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そのなな

――7――




 準決勝と決勝の間には、長めに設けられた休憩時間がある。

 これは、決勝戦は演出の都合上、夜に行われるため、夕食の時間などが設けられているのだ。その間、島には露店が建ち並び、街並みは祭りの風景に彩られる。

 この間に勝負を決めるために、私は拓斗さんに手を引かれ、デートに見えるように島を歩いていた。これで、うまく引っかかってくれると良いのだけれど……。


「大丈夫だ」

「……うん」


 心配に気がつかれたのかも知れない。

 手を引いてくれていた拓斗さんが、軽く、手を握って笑いかけてくれた。


「敵を油断させるためだ。純粋に、デートを楽しもうぜ?」

「ふふっ、そうね。では、エスコートして下さいますか?」

「もちろん。お手をどうぞ、お嬢様」


 私の前に回り込み、腰をかがめて手を差し出す拓斗さん。

 その芝居がかった動作がどうにも面白くて、私は、微笑みながら手を取った。


 それでは、うん、ちょっと純粋に楽しんで、みようかな。











 拓斗さんが構えた鉄砲から、木くずの弾丸がはき出される。

 軌跡は一直線。軌道は一筋。ぽこんと当たったぬいぐるみは、ぐるぐると回って傾き、転がる。


「おおー、すげーな兄ちゃん!」

「いやいや。女の子の前で格好付けたいだけだよ」

「かーっ、にくいねー!」


 屋台のおじさんから受け取ったぬいぐるみを、拓斗さんは私に手渡す。

 意外に手先が器用で、朗らかで、お兄ちゃん気質。無邪気な横顔に恋をした過去を思い出して、少しだけ、懐かしくなった。


「好きだろ? 犬」

「うん、ありがとう」

「よしよし、良い笑顔だ」


 拓斗さんは、私の髪型が崩れないように撫でると、手を引いて次に行く。


「なんだか、昔を思い出すね」

「ああ、祭りか? 懐かしいな」


 悪魔の到来を恐れ、祭りが中止になりかけた時。

 そのお祭りを楽しみにしていた子供たちのために、悪魔の手から街を守ったことがある。その後も、こうして拓斗さんと露店を巡った。


「拓斗さん、あの頃も上手かったよね? 射的」

「三番目に来訪した場所が銃の聖地でな? いや、飽きるほど撃たされたよ」

「ふふふ、そうなんだ。久々に聞きたいな、拓斗さんの“異世界探検談”」

「お、いいぜ。それならこれはつい半年前のことだがな、落ちた場所がエルフの里だったんだが、そこの坊主が生意気で――」


 拓斗さんはそう、子供に言い聞かせるように話してくれる。

 昔から、彼はそうだった。大人ぶって難しい言葉を使ってばかりだった獅堂も、甘え下手で人見知りだった七も、それから、前世の精神年齢に振り回されていた私も、拓斗さんの前ではただの子供だった。


 誰よりもオトナで、頼もしくて、話し上手な男性。

 決して弱みを見せず、頼もしい背中しか見せず、器用なひと。


「あははははっ、それはひどいよ、拓斗さん」

「そうは言うがな? ちんちくりんで全身フードだぜ? まさか女の子だとは想像もしてなかったよ」

「もう、そういう言い方。女の子は傷つくんだよ?」


 だから、恋をして。

 けれど、恋に破れた。



『最初に“落ちた”世界で、恋をした。その恋が、おれは忘れられない』



 戦いの最中。

 みんなが寝静まったとき。

 時子姉にそう言った彼の、寂しげな背中。


 震える、声。


 ああ、終わったんだ、なんて。

 そう思って、私は恋を失った。

 ……って言っても、吹っ切れるまで二年もかかったのだけれど!


「――いつものおまえに、戻ってきたな」

「え?」


 優しい微笑み。

 はにかんだような、片えくぼ。

 愛嬌のある表情の奥には、優しい瞳。


「いや、なんでもない。それよりも。次はどうする?」


 優しい笑顔。


「……わたあめ、食べたいな」


 温かい手。


「よし! じゃあ、行くか!」


 大きな背中。


「うん……っ」


 本調子で無かった、と問われれば、いつだって私は否定をするだろう。

 それでも、心のどこかの燻りやわだかまりを、拓斗さんはいつの間にか見つけ出して、いつの間にか取り除いてくれている。

 ああ、もう、敵わないなぁ。


 私はもう、貴方に恋はしていない。

 でも、私は貴方のことが、兄のように好きだよ。


 私の、実らなかった、初恋のひと。















「さて、残念だが、わたあめはお預けだな」


 そう、不意に足を止めた拓斗さんに倣う。

 周囲の気配を探り……ああ、うん、なるほど。確かに終わりのようだ。


「うん、本当に残念」

「ああ、だから、さっさと片付けよう」

「ええ。頼りにしているよ? おにーちゃん?」

「ははっ、任せとけ。妹分殿?」


 拓斗さんに手を引かれて、小径に入る。

 私たちを“尾行”している数は、一。連絡を取って、集まるつもりかな?


 他の先生方は、生徒の護衛。

 獅堂と七は、怪しまれないために、解説役を続行。

 試合開始まで、あと数分。終了前に、終わらせる。


「こっちだ。二人きりになろう」

「はい……拓斗様」


 尾行に聞かれることを目的とした会話。

 そんな状況がどこかおかしくって、私は苦笑を堪えるので一生懸命になってしまう。


 でも。

 それも、ここまでだ。





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