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そのろく

――6――




 波乱の内に初日を終え、二日目。

 早朝に集められた関係者・責任者たちが集い、緊急会議が開かれた。


 議題は勿論、昨日、私が撃退した外套の男たちと、機械兵士のこと……なのだけれど。


「信用できません。おおかた、英雄方の気を引きたくて自作自演でもされたのでは?」


 と、状況説明が行われてこの方、ずっとこの様子。

 かなり薄めに髪を染色して、ネイルやお化粧が派手目の女性。中国地方特専の仁川先生だ。彼女はどうも“英雄方”とお近づきになりたかったようなのだが上手くいかず、苛立っておられた。

 そこにこんな早朝からこんな厄介事の固まりのような会議に出させられて、苛立ちが最高潮に達したのであろう。それはまぁ、あの無駄に顔の整った獅堂なんかと友達をやっていれば、自然となれるようなモノだから、会議が進まないこと以外は別に構わないのだが……。


「確かに」

「やはり縁故採用」

「気を惹きたくて」

「どうせ誘惑」

「こんな馬鹿なこと」


 残念なことに、中年以上の教員関係者が似たような意見、とは、もう……。

 しかも、表立って発言をしているのは仁川先生のみ。あとはひそひそと陰口を立てるように囁き合っている。

 彼らは、“女性教員の自作自演”という形で、さっさと片付けたいのだろう。そうすれば、大きな組織をつつくことも、藪を探る必要も無い。

 私一人の問題なら、もう、それでも構わない。私が一人で片付ければ良い。でも生徒たちが危険に晒されるかも知れない問題で、妥協するわけにはいかない。


 かといって、私や、あるいは私と親密な仲にある可能性のある、とされている獅堂たちが口を挟めば、ややこしい状況になるだけだろう。例え正論を言っても、言い訳をしている、庇っていると捉えられかねない。陸奥先生や南先生がいればフォローしてくれたかも知れないが、彼らは生徒の護衛側。

 あー、もう、どうしよう。


「そのヒト、コネ採用なんでしょ? 実力がないヒトがあんなのどーにかできるわけないじゃん! もう、このヒト本土に返して処分して終わりでいいんじゃ――」

「その、実りのない口はそろそろ閉じた方がよろしいのでは?」

「――なっ」


 横から突き出された声に、仁川先生は勢いよく立ち上がり……声の主を確認すると、口を噤んで座り直した。


「先ほどから聞いていれば、実の無い話ばかりのようですが、いつになったら本題に入るのでしょうか? 観司先生の進退に興味はありません。それよりも、この会議の進退の方がよほど大事だと言うことは――」


 パリッと決まったスーツ。

 きりっと整えられた髪。

 くいっと上げる、眼鏡。


「――論じるまでも無く、わかることでしょう?」


 “速攻詠唱クイックワード”の権威とまで呼ばれる若き精鋭。

 瀬戸先生が、心底見下したような目つきで、会議場をぐるりと見渡した。


「証拠も無い真犯人当てゲームの時間は終わりです。明確な犯人は観司先生が捕縛し、心理系能力者による尋問も終えていないというのに、こんなくだらないことで時間を浪費。観司先生があの機械兵士をどうやって搬入したか、誰か存じ上げているのかと思えばそれも無し。端末の魔導術使用履歴は? 端末の連絡履歴は? 観司先生の周囲に不審者は? まさか、なにも調べていない、と?」


 瀬戸先生の弁舌に、容赦は無い。

 だが何故だろう。今はその鋭利な切り口が、頼もしい。


「では、仁川先生、根拠の提示を」

「――あ、ありません」

「工藤先生」

「ひ、ひぃ」

「素隈先生」

「ええとですねあの、あ、ははは」

「川本先生」

「っ」

「御手洗先生」

「ない、です」

「蝦夷先生。あなたまで、とは言いませんよね?」

「あぶぶぶぶ」


 おお、すごい、陰口を言っていた方々の名前を諳んじて、最後に至っては失神させた。


「嘆かわしい……それでは各校の担当エリアの警備強化、及び島に出入りした人間の洗い出し。それから機械兵士の詳細調査と現行犯の尋問。緊急マニュアルに従い担当校が対応、以上、解散!」


 蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う、各校の教員たち。

 その中でも真っ当な方々は、私に頭を下げてから退出してくれた。


「瀬戸先生、見直したよ、あんたすごいな」

「このようなことで、九條特別教導官の手を煩わせるわけにはいきませんので」

「亮治、未知を守ってくれてありがとう」

「いえ、鏡心理カウンセラー。効率よく事を運ぼうとしたに過ぎません」

「謙遜か? なんだ、未知の傍には良い男がいるじゃないか」

「東雲先生にそういっていただけるのであれば幸いです。が、私は価値ある女性を守ったに過ぎません」


 ……と、いつの間にか瀬戸先生が獅堂たちに囲まれている。

 なんとか分け入って瀬戸先生の前に立つと、彼はいつものように眼鏡をくいっとあげた。

 うーん、なんだろう。お話しする機会が増えてきたせいか、だんだん、望むことがわかってきたような気がする。

 ――周囲に、余計な人影はない。ちょうど、獅堂たちも壁になってくれている。うん、なら、まぁ、助けてくれたのだし。


「瀬戸先生、屈んでください」

「いいでしょう」


 瀬戸先生の綺麗にセットされた髪に触れる。

 意外と整髪料なんかでべたべたとはしていなくて、むしろ髪質は結構良い。


「良い子、いいこ」


 なでなで、なでなで、なでなで。

 あれ? なんか、反応が無い。なんだろうと思って覗き込むと、真っ赤な顔の瀬戸先生。あれ? いったい何を間違えた?


「よォ瀬戸先生、向こうでどっぷり話をしようぜ?」

「亮治、僕も聞きたいな?」

「なななななにがどういうことなのでしょうかねははは――ぉぉ?!」


 獅堂と七に引きずられ、フェードアウトしていく瀬戸先生。

 あとには私と拓斗さんだけが、ぽつんと残された。


「――良い仲間に、巡り会えたみたいだな」

「うん。運がいいのかな? 私」

「いや、巡り合わせは運だけじゃだめだ。未知が努力をしているから、運命の神もおまえを目指すのさ」

「ふふ、なんだか獅堂みたいな言い回し。“運命とは我が友。それは巡り征く焰王の覇道と知れ”だっけ?」

「言ってたな。今は言動が大人しくなっちまってつまらん」

「まだ太陽シリーズは使っているけれどね」

「まじか。聞きてー」


 朗らかに笑う拓斗さんを見て、思わず私も笑みがこぼれる。

 うん、そうだ。いつも、無力感に苛まれたとき、行き場の無い失望に囚われたとき、そっと隣でなんでもない話をして、笑わせてくれたのだった。

 私が、前を向けるように。


「なぁ、未知」

「どうしたの?」


 ふと、笑みを抑えて真剣な眼差しになった拓斗さんに、見つめ返す。


「今回のこと。おれは未知が危ないんじゃないかと思ってる」

「私が? でも私は、よほどのことが無い限り……」

「それでも、だ。だから未知に、頼みがある」


 魔法少女……少女、だよ?

 そう、こほん、魔法少女になるところまで追い詰められたとしても、魔法少女になってしまえばそうそうピンチになったりはしない。しぬほど変身したくないから、微妙な気分だけれども。

 それでも、心配は心配なのかな? 私が忠告側でも、同じようなことを言うであろうし。


「幸い、未知はどこの担当でも無い応援要員だ。だから、表向きは念のため、じっとしていることにして欲しい」

「と、いうと?」

「おれの傍にいてくれ。それが一番安全で、安心だから」

「へ?」


 え?

 あれ?

 どういう?

 えっ、は、え?


「詳しい作戦を説明する、いいな? まずは――」


 あ、ああ、そういう……。

 なんだか無駄にドキドキして了承してしまったが……え、ええぇ?


 まぁ、了承しちゃったからやるけれど……ううむ、本当に大丈夫だろうか?







 貴賓室、というものがある。

 特別な立場・地位の人間やその招待客・家族などが不自由なく観戦できるように設けられた場所だ。

 今回、英雄の一人である東雲拓斗はその能力の都合から、依頼を受領という形で半強制の獅堂や七と違い、解説役に回ることは任意とされていた。

 そのため、貴賓室での観覧、という立場に回ることができるのだが、複数人のVIPが点在するこのスペースは今、下品にならない程度のざわめきに満ちていた。


「流石英雄」

「すばらしい」

「どこのどなたなのだろう」

「おお、お麗しい……」


 東雲拓斗が手を引いてエスコートしてきた相手。

 黒いドレスに身を包み、華美な装飾品に彩られ、上品に施されたメイクを纏う。

 ……まぁ、魔改造メイクを施されたこの私、観司未知な訳なのだが。


「さ、座って」

「はい」


 勤めて上品そうな声色で、拓斗さんが引いてくれた椅子に腰掛ける。

 私は人形、私は人形、人形じみた深窓の令嬢、という自己暗示をかけながら。


「なにか飲み物は?」

「拓斗様のおすすめであれば、いただきたく存じます」

「可愛いことを言うな。――君、彼女のシャンパンを」


 上品なウェイトレスさんは、私を見て呆けていたが、直ぐに立ち直って恭しく頭を下げる。

 うんうん、わかるわかる。私も鏡を見たとき、「おいおい誰だよこの上品美人」って思ったもん。魔改造メイクこわい。

 しかし、それにしても。


「杯を傾ける姿、まるで天上の神子のようだ」

「あの声を聞いたか。美しい調べに陶酔するモノもいることだろう」

「美しい瞳だ。夜明けの空のような、神秘的なラピスラズリ」


 周囲の方々、ちょっと言い過ぎでは?


「ほら、二日目の試合が始まるぞ。あの子は君のお気に入り、だろう?」

「ええ、とても可愛らしくて、強い女の子ですわね」


 それから拓斗さん。

 私の“正体”を誤魔化すためとはいえ、先ほどからちょっと甘すぎる。

 どこで身につけたのかは知らないが、エスコート力といい、優しく腰を引き寄せる仕草といい、なんだこのひと、どうなっているんだ。私は大人の男の人に弱いというのに、もう!


「ほら。あの反発結界は便利だな」

「ええ、本当に」


 私たちが今、観戦しているのは、フラッグキャストの準決勝だ。

 無名のチームにもかかわらず、破竹の勢いで勝ち進み、ついに準決勝までのし上がった一年生の魔導異能混合チーム、“ラピスラズリ”。

 そう、鈴理さんたちのチームだ。第一試合で行われた獅堂の解説、鈴理さんのずば抜けた観察能力の情報は、鈴理さんたちにとって不利なものにはならなかった。

 そんな能力に一切頼らない謎スキルを前に対策のとりようがなく、悟られまいと顔を隠したりしても呼吸や会話でバレ、警戒してミスをする。

 そのミスを夢さんが綺麗に掬い上げて、有栖川さんと鈴理さんにサインで指示出し。一人も脱落させずにフラッグだけ破壊するなどの成果もあげながら、ついには準決勝。相手は東北エリアの異能者グループだが、既に圧倒されている。


「状況判断がずば抜けている。ありゃ、実戦経験があるな……おい、心当たりがあるって目、してるぞ」

「ノーコメントで」

「なるほど、なるほどなぁ」

「ニヤニヤしないでよ、もう」

「わるいわるい」


 肩を寄せ合って囁き合う姿は、端から見れば睦み合っているようにしか映らないことだろう。


 そう、これが拓斗さんの作戦。

 観司未知“ではないひと”に彼と親密だと匂わせて、狙いを絞る。そして親密だと匂わせるために四六時中一緒にいることによって、私が狙われるとき、拓斗も参戦できる状態にしておく、という狙いだ。

 獅堂でも七でも良かったのだが、二人は解説役に従事せねばならず、流石に解説席に“親密なヒト”は連れ込めない、ということで。


「お、勝ったぞ。ここまでで、異能の使用はゼロか」

「有栖川さんの異能は、デメリットも強いからね」

「あー、フィードバック系か。なるほどな」


 勝利を告げる実況。

 沸き上がる観客。

 喜びを分かち合う、鈴理さんたち。


 そんな光景をこうして拓斗さんに抱き寄せられながら見ることになるなんて、予想もしていなかった。


「努力の成果だよ。――摘み取らせちゃ、いけない」

「ああ、そうだな。だからこそ」

「うん」


 私たちの役割は、この大会を守ること、だ。

 誰かの妨害にあって終わったりなんかしないように、誰かの努力が潰えるようなことには、させないために。


 表には出さず、全てを片付ける――!




 拓斗さんの腕を、無意識に強く掴む。

 かつての仲間が、傍に居る。それだけで、もう、負ける気はしなかった。




――/――




『失敗だと』

「申し訳ありません。ですが、新たな情報が」

『ほう? 東雲拓斗、“異邦人トリッパー”に愛人、か』

「これを殺せば、やつとて」

『手段は問わん。先ほどよりも上位の駒を投入する。だが、わかるな?』

「はっ。必ずや、成し遂げて見せましょう」

『うむ。期待しておるぞ』


 影の密談。

 彼らは語る。

 その意味も知らず。


「クソッ! 耄碌ジジイどもめ! ……だが、まぁ、いい。今度こそ、成功させるだけだ」


 影の独白。

 彼は燻る。

 その結果など、知る由もなく。


 そして。


「今度こそ、貴様たちの最後だ。化け物共め!」


 影は動く。

 彼の目には狂気しか無く。

 その破滅へ、自ら足を踏み入れるように。


「きひ、ひゃ、ひゃはははははははははッ!!」


 狂ったような声を上げて、彼は笑い続けていた。





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