そのご
――5――
各会場から、大会開始の盛り上がりが聞こえる中。
鈴理さんの試合を見に行こうと思っていた、の、だが。
「どなたでしょうか?」
「…………」
不詳、観司未知。
何故か、会場裏手で囲まれております。
事の起こりは、まぁ、そう語るほどではない。
会場に向かう最中に路地裏に引き込まれ、暴れれば観客に被害が及びそうだったので大人しくついて行き、開発中のエリアに放り込まれたという顛末だ。
今後の拡大を見込まれて作られているこのエリア。建設中の建物のさらに裏側で、直ぐ後は海で、周囲の人気はまったくない。こういったエリアに入り込むためにはそれなりのツテがなければならないはず、なのだが……。
うーん、巨大な組織の陰謀とか、そういう風に考えてしまうのは私が夢見がちということになってしまうのだろうか。まぁ、監視の目をくぐり抜けただけ、という可能性もあるが。
で、冒頭に戻る。
私を取り囲むのは、全身をフード付きの外套で覆ったものたちだ。顔はわからないが、体つきはガッシリしている。となると、男性?
いずれにせよ、なんで地味な教師である私を連れ込んだのか、なにをするつもりなのか、何の用事があるのか、答えて貰わなければなにもできない。
「あの……?」
「英雄と持て囃されし化け物共の贄となって貰う」
「はぁ。人質になれ、と?」
「化け物共が化け物と衆目に知れれば、蒙昧な人間たちの曇った目も晴れることだろう」
化け物、化け物ねぇ。
異能者否定団体系、かな。怒りを覚えるよりも先に、呆れを覚える。
彼らは結局のところ、“あの戦い”で悪魔の手が及ばないシェルターに逃げ、その地獄や恐怖をまったく知らず、利権を奪われたと主張する人間たちに過ぎない。
彼らの主張を、あの恐怖の中で戦ってきた人たちと同じモノとして、人間に絶望することなどない。――仙じいは、それを上回ってしまうほどに、怒りを覚えてしまったのであろうけれど。
「抵抗しなければ命だけは奪わない」
「命以外は奪う、と?」
「…………くひっ」
あー、もー、やだー。
正義にかこつけた変質者ほど腹の立つ存在は居ない。人間としての気配があるのが、さっきから喋っている正面のこの男だけで、あとの四人はどことなく無機質なのが気になるが……。
まぁ、いい。
「無残に穢された愛人の姿を見れば、化け物共もその本性を露わにすることだろう」
「愛人……って、いやいやいや」
「選ばれし魔導の輩でありながら化け物共に身を捧げし不遜、悔いるがいい」
「話が通じない……」
なんだろう、日本語なんだけど、外国の方と話しているような気がするよ……。
狂信者とかその類いの人間は、心底話が通じない。己の思想に妄信し、神の思想に盲信する。昔からちょくちょくいる、厄介な人種だ。
――ちなみに、当時のミラクルラピにも居た。悪魔をなぎ倒しながらカメラを構える謎の集団で、誰にも迷惑を掛けるなと言った私の言葉を盲信し、人知れず現れて盛大に応援しカメラを構え、人知れず消えていく。私は先頭を張っていたアレ以外の誰も、素性を知らない……。
「抵抗を封じ抑え込め――“エグリマティアス”」
エグリ……んん?
組織の名前? いや、違う?
私の周囲にいた外套たちが動き出す。
彼らは意思を感じさせない動きで、けれど姿がかき消えるほどの速さで私に掴みかかった。
「【速攻術式・術式接続】」
一度は、前に跳ぶ。案の定、リーダー扱いの失礼な男の正面は、空白地帯だった。
速攻術式の応用性を高めるために、碓氷さんのところで閃いた魔導術式がある。今回はせっかくだ、初の実戦投入とさせて貰おう。
「っ、お、俺を守れ!」
「【1・身体強化・2・電撃・3・麻痺・展開】」
外套たちが、命令変更によって動きが変わる。
別に司令塔をさくっと撃破、というつもりも無かったのだが、私を攻撃するのではなくひ弱な人間を守る方に行動を変えて貰えるのなら、こちらとしてもありがたい。
なんかあの外套たち、ちょっと嫌な予感がするしね。ポチも連れてこられれば良かった、けど、純正悪魔の彼がここに来るのはリスクが高いしなぁ。
「ひとつ」
強化された視界は、外套の動きを正確に映し出す。
差し出された手の形は、掌底。その手首に下から掬い上げるように手を当てると、麻痺を伴った電撃が走る。
やっていることは単純だ。身体強化に電撃を接続、電撃に麻痺を接続、身体強化の一環として発動させることで、身体強化継続中に限り、身体強化の行動中に電撃を、電撃の稼働中に麻痺を発動させている。
これが私の、ニュー速攻術式である。
――ズドンッ
「ずどん?」
呟きながら距離をとる。
何事かと見てみると、外套の手から噴き上がる黒煙。燃え上がる外套。
へ? あれ? さんざん人の仲間を化け物呼ばわりしてくれたので、麻痺だけではなくたっぷりと痛い目を見て貰おうと仕掛けた電撃。それが、思わぬ成果をたたき出す。
守れ、と指示を受けた彼らは、後退した私になにもしない。それをいいことに、外套の正体を見極める。
『320480858013228085801321235203……35048043802513215513』
機械音声が流れる。
燃え尽きた外套の下から覗くのは、フルアーマー。近未来的な黒い機械兵士が、外套の下から出現する。
って、ええー。機械兵士? 機械なの? SFなの? でも手首から覗く配線コードも間違いないしなぁ。だから、妙な気配がしたのか。人間じゃないのなら、この生気のなさも頷ける。内心、おばけとかそっちだったらやだなぁって思ってたし。
「や、やつを捕まえろ!!」
『328085801342』
外套は燃やされて危険、とでも思ったのだろうか。
四体全員が外套を脱ぎ捨てると、機械兵士が現れる。全員、同じ形だ。量産機?
だが、いずれにしても同じ事だ。――人間でないのなら、手加減は必要ない。
懐から取り出すのは、トランプ。
箱に二枚から三枚は入っている白紙のカードを、ちょちょいと加工し魔導術に耐えられるように手を加え、その上から“術式刻印”を施してある。
ちなみに、術の使用許可は碓氷さんの家から取ってある。秘伝を扱えるなら既成事実が云々と言っていたが……まぁ、表向きは迷惑料だ。裏向きの意味は持たせないよ?
「ふたつ」
一足飛びに近づくと、飛びかかってきた一体と交差する。
その瞬間に、機械兵士の背中にトランプを貼り付けた。
「【展開】」
――ズガンッ
『――!?』
すると、トランプが爆発。
なにかに誘爆したのか、そのまま機械兵士は爆発四散。き、機械だよね? 機械だ。良かった。
事前準備がびっくりするほど大変な割に、調整利かないんだよね、これ……。
「なんだ、それは、化け物共の恩恵か?!」
「私の目からすれば、人を簡単に貶める貴方の方が、よほど人の道を外れているように思えるけれど」
「黙れ! おい、やれ! 早く捕まえろ!」
あるいは。
私を殺せと命じていたら、機械兵士たちも私に“アレ”を使わせるところまで追い込めたのかも知れない。
だが手加減を想定されていないのだろう。あからさまに動きの鈍い彼らが、私を捉えられる道理はない。
「みっつとよっつ」
襲いかかってくる三体。
同時ではない。二体と一体による波状攻撃。その隙間を縫って、後方の一体にトランプを貼り付ける。
私自身は、踏み込んで二体の間に立ち、左右へ手を広げるような掌打で電撃。首筋に当てた一撃は、機械兵士の頭を吹き飛ばす。
「いつつ。【展開】」
――ズガンッ
そして、最後の一体が爆発する。
どんな超技術を用いたのかは知らないが、もっと真っ当なことに使用して欲しいものだ。
「ひ、ひいいいいいいいっ」
「逃がさない」
逃げるリーダー外套に追いつき、その背に電撃。
「ぎゃんッ?!」
出力を絞られた一撃は、悲鳴と共に男を打ち倒した。
「さて――警備に連絡、かな」
惨状を見て、ため息を吐く。
物的証拠、“消されないように”仲間の誰かについていて貰えるように連絡しないとなぁ。
試合終了の歓声が、私の耳にまで届く。
結局試合、見に行けなかったなぁ。はぁ……。
2016/09/15
誤字修正しました。




