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そのよん

――4――




『この快晴、この熱気、やって参りました遠征競技戦! 本日実況を勤めますリムちゃんです! みんな、よろしくーっ!』


 空中に投影されたホログラフが、実況席の様子を映し出す。

 その様子を、わたしと夢ちゃんとリュシーちゃんは、ぽかんと見つめていた。なんだかこの島だけ近未来なのは、気のせいなのかな?

 というか……。


「あの子って、アイドルの?」

「リムっていえば、そうよねぇ」


 染色した金髪に、鳶色の瞳。ボブヘアの美少女は、幾度となくテレビでみたことがある顔だ。

 そう首を傾げる私と夢ちゃんに、リュシーちゃんが苦笑する。


「彼女は、異能者の中でも“特性型スキルタイプ”の古名家、古来より妖怪退治なんかを生業にしていた鏡、鉄、轍、流、轟からなる“退魔五至家たいまごしけ”の一つ、“とどろき”の次期当主だよ。本名は、とどろき夢理ゆめりだったかな」

「わたしと夢ちゃんが合体したような名前だね?」

「ががががったい?」

「夢ちゃん?」

「……なんでもないわよ?」


 目をそらした夢ちゃんを尻目に、実況に耳を傾ける。

 今紹介しているのは、解説のメンバーだ。九條先生が特別解説枠。英雄の皆さん、鏡先生や、今大会に来て下さったという東雲拓斗さんは別の会場で解説をしている、らしい。

 それから、瀬戸先生と、四国エリア特専の先生、柿原かきはらさん、という女性の先生。この二人が魔導術解説枠、らしい。

 ……仕方が無いのはわかっているけれど、師匠がいないのが、やっぱりちょっと不満だったり。


『では、皆様にルールのご紹介を致します! “フラッグ・キャスト”は各チームに渡される“フラッグ”を指定時間守り抜いたチームを勝者とする競技です! 全試合共通で魔導異能混合の特殊エリア内では、攻撃によるダメージは“LIFEPOINT”を削り、0になった選手は転送術式により“行動不能”エリアに強制転送されます! “フラッグ・キャスト”では、これに加えて相手“フラッグ”を三分以上確保するか、破壊すると勝利となります!!』


 つまり、旗を壊すか奪うか、選手を全員行動不能エリア送りにするか、ということだ。

 全員倒すよりも、フラッグを破壊する方が遙かに手っ取り早い。これに加えて、禁止事項が話される。

 やっちゃいけないことは、フラッグを隠すこと、だ。広いエリアに埋められたら、試合がダラダラしてしまうから、とは師匠の言葉だ。見えるところにありさえすれば、幻覚で増やすのはあり。背中に差しておいて、一部だけ服から出しておくのもあり。透明にするのはダメ、ということらしい。

 ちなみに、師匠と仲の良い陸奥先生は、在校時代、能力でフラッグを一万個に見せたらしいのだけれど、違和感なくそんなに増やせるのは一握りらしく、セーフだったようだ。


『それでは、第一試合は――四国エリア特専の魔導術師チーム、VS……おおっとこれは珍しい! 魔導術師と異能者の混合チーム、関東エリア特専だーっ!!』


 会場がざわめく。

 ええっと、あれ? そんなに珍しいの?

 そうリュシーちゃんを見上げると、苦笑して頷かれた。


 空中に浮かぶホログラフにはチーム名。

 四国エリアのチーム名は、“斑鳩いかるが”。

 わたしたちのチーム名は、“ラピスラズリ”。

 命名は夢ちゃんだ。わたしの“みらくるり☆”は却下されてしまった。かっこいいと思うんだけどなぁ。


『それでは――フィールド・オープン!!』


 リムさんの言葉と同時に、真っ白な石畳だった会場に変化が起こる。

 鬱蒼とした森。涼やかな草原。点在する岩場。魔導異能混合科学の結晶と謳われる近代最高峰の“仮想フィールド”技術により展開された景色に、会場が大きくざわめいた。


「すごい……」

「うわぁ。リュシー、知ってた? これ」

「いや、実は父が開発に携わっているんだ」

「ほへぇ。リュシーちゃんのお父さん、すごーい」

「あはは、ありがとう。父にも伝えておくよ」


 係員さんの指示に従い、仮想フィールドに降り立つ。

 フラッグを持つのはわたし。背中にくくりつけて、棒の部分が首筋から顔を出している。

 相手チームは、ひとまず設置している。増やすなり何なりが可能なのは試合開始直後。隠さずに設置ということは、幻覚で増やすのだろう。


『さあ、両者、位置につきましたね? それでは――』


 早鐘を打つ心臓。

 肩を叩いてくれる夢ちゃんと。

 ウィンクをしてくれるリュシーちゃん。


 うん。

 大丈夫。

 二人が居るから、わたしはやれる。


 そして。




『――“フラッグ・キャスト”、タクティカル・スタートォォッ!!』




 開始のランプが、赤く輝いた。


















――/――




 私の左には瑞穂。

 私の右には甲斐。

 フラッグは私の後に設置。私が屈めばフラッグは見えなくなるから、その瞬間にフラッグを増やし、直ぐ後の森へ移動。

 甲斐と立てた作戦に穴はない。森へ移動したら、私がフラッグを守るように交代する――と、見せかけて反転。逆に前衛に見せかけた瑞穂は大きく後退。フラッグの幻影が直ぐ見破れるモノ以上にできないので、これで充分。


「やるわよ、甲斐! 瑞穂!」

「おう!」

「合点、承知」


 試合開始のブザーと同時に、私たちの視界にはLIFEPOINTが表示される。

 LIFEPOINTは全員に開示される情報だ。削られれば油断を誘えるし、傷つかなければ余裕を見せられる。


「【術式開始オープン形態フォーム情報制御ソースコントロール様式アーム視覚情報添付アイズセット付加パーツ二個ダブル展開イグニッション】!!」


 まずは、素早く本物を瑞穂の背のベルトに差し、同じタイプのベルトに本物のフラッグを模した幻影を設置。

 魔導術は、込められた意味を意思によってねじ伏せ、魔力をくみ取って顕界けんかいさせなければならないため、基礎の魔導術でも展開に三秒から四秒は必要だ。私の使ったこの魔導術も本来ならば七秒は詠唱にとらなければならないが、努力を重ねて、五秒半まで縮めた。

 向こうが基礎的な魔導術展開速度だったとしても、身体強化以上の時間は取れない。そして、私たちが森へ向かえば、トラップを準備させないために他の詠唱はせずに追いつくことだけを考えなければならないだろう。

 集中を必要とする魔導術。よほど実戦でも経験していないかぎり、状況判断と同時に詠唱をする事なんて不可能なのだから!


「身体強化完了」

「行動、開始」


 甲斐と瑞穂が私を抱え、森へ移動。

 抱えられているうちに身体強化を終え、森に踏み込むと同時に散開。


「追いついて――来てる。よし!」


 異能者は肉体強化タイプではないのだろう。

 森に入ってきたと知覚できたのは、魔導術師の二人。事前に調べたかぎりでは、一般家庭の出身である笠宮鈴理と、何故か情報が詳しくは洗えなかったがおおむね一般家庭であろうという碓氷うすい夢。

 警戒するのなら碓氷の方だろう。何が出てくるかわからない。だが、笠宮の方は一般的な魔導術師である以上、執れる手段はざっくりと弾丸か剣の二択。であるならば、奇襲が通ずる!


「甲斐」

「ああ」


 甲斐は私の言いたいことを察すると、碓氷のすぐ前に軌道を修正。

 これで並びは甲斐、私、瑞穂で、瑞穂が殿。これで二人がフラッグを持つ可能性のある私と甲斐に食いつこうとした瞬間に反転。瑞穂はそのまま奥へ走り抜いて防御。

 さぁ、餌はここよ。食いついてこい!


「【術式開始オープン形態フォーム爆裂エクスプロージョン様式アーム個別ピンポイント術式停滞フリーズ】」


 詠唱し、留め置く。

 本来なら二年生の進級試験で求められる技術だが、血の滲むような努力で扱えるようにした。

 固定時間は私の限界では十秒にも満たないが――


「っ」


 後ろ、十歩先。

 詠唱は聞こえない。身体強化で組み付き、それから詠唱するつもりだろう。追いつこうというこの瞬間で展開するには集中できるタイミングは、そこしかないはずだ。


 ――だから、ここで、一人は脱落して貰う!


「【停滞解除フリーズキャンセル展開イグニッション】!」


 展開された魔導術が爆裂の形で顕界。

 それを笠宮は……盾? いつの間に? いや、防がれたとしてもそのための爆裂術式。煙幕の生じる隙に距離をとって、もう一撃加えれば良い。


「【術式開始オープン――」

「【反発バウンド】」

「――ッ!?」


 ズドンッ、と、爆発音。

 その熱と衝撃の“全て”が、身体強化以外の防御を一切していなかった私に、突き刺さる。


――LP:150000→4500

「あぅっ!?」


 爆風に吹き飛ばされ、転がり、木に体を打ち付ける。

 なんで? なにが? どうして? なにが、起こったの?!


 詠唱、しなければならないのに、LIFEPOINTが削れた時に生じる仮想痛覚が、感覚を鈍らせる。集中、を、しな、きゃ!


「【術式開始オープン形態フォーム防御ディフェンス展開イグニッション】」


 軋む体に鞭を打ち、体を起こして防御結界を展開。

 条件付けされていないようなものだが、条件付けするような詠唱時間が無いのは相手も同じ!

 この一撃を防げば――


「【回転ロール】」

――ザンッ

「え……?」


 薄く、回転したナニカが私の結界を容易く切り捨てる。

 そのナニカは、笠宮の手を離れず、その術式を展開行使すれば世界の法則に弾かれて消滅するはずなのに、消えることなく返す手で私に迫る。


「ひっ」

「梓!! くっそォォォッ!!」


 私を庇うように前に出る、甲斐。

 同じく反転して碓氷を迎え撃ったはずなのに、LIFEPOINTは初期値十五万から五千五百五十まで減っている。まるで、五十程度の威力の“弾丸”を何発も受けたような、ぼろぼろの姿で。


「甲斐!!」

「せやあっ!!」


 私の叫びと、笠宮の声が重なる。

 回転するナニカは、決死の覚悟を決めた甲斐を容易く切り捨てると、再度私に牙を剥く。


「い、いやっ、やだ、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うっ、ざ、罪悪感が、で、でも、ごめんね!! ――【回転ロール】」

――ザンッ


 LIFEPOINTが削られる。

 四千五百の数字が一瞬で零になり――視界が、白く、染まった。






 そして。






「っ?! あ、あれ?」

「おー、梓。やっぱ守り切れなかったか。すまん」

「へ? え? あれ? え? ええ?」

「行動不能エリアだ。開始五分で、な」

「ええ? え? ――ぁ」


 会場が一望できるこの場所は、入場口の真上に設けられた脱落選手のための、行動不能エリアだ。ということは、あのまま、錯乱したまま、送られた?


「なにが、あった、の?」

展開イグニッションの一ワードで、みぞおちと股関節と利き手の肩に三発、きっついのを打ち込まれた。なんとか逃げ回ってみたんだが、木に張り付くは気配はないは、詠唱短くてやたら正確に打ち込んで来やがるせいで、詠唱中に喉を潰されて、せめて最後に梓だけでも逃がそうと耐えるつもりだったんだが……一撃で脱落さ。つーかなんだよあれ、忍者かよ」


 一ワード? 伝説クラスの“速攻術式”? いや、そんな机上の空論レベルのとんでも術式使いなら、調べて出ないはずがない。

 なら、一家秘伝? いや、歴史の浅い魔導術で一族秘伝になり得るようなものを研究することほど、無駄なことはない。そんな気の違ったような家があるとも思えないし……まさか、稀少度の高いということしか判明しなかった、異能者の能力?

 でもでもでも、だったら詠唱は必要ない。なら、なにが?!


『これはまさかのダークホース! 連携は不可能とまで言われている魔導術師と異能者のチームワークが、四国特専のエリート魔導術師二名を瞬殺! これはどう見ますか? 九條先生』

『まさしく意表を突く戦いだが、あれはチーム“ラピスラズリ”がチーム“斑鳩”の作戦を裏まで読み切っていたんだろうなぁ』

『ほうほう。九條先生の所属する関東エリアの生徒、ということですが、心理系能力者なのでしょうか? それとも、裏社会にどっぷりで有名な“霧の碓氷”の方でしょうか?』

『裏社会とか人聞きの悪いこと言ってんじゃねー。まぁ、どちらも希有な能力者だが、おそらくハズレだろうな』

『と、言いますと?』

『試合で公開していない以上詳しいことは言わないが、有栖川の能力でのことではないだろう。で、七人姉妹全員を別々の特専にやっていて、“特性スキル”か秘伝魔導のどちらかを必ず習得させる“霧の碓氷”も、ヤバいやつらだが今回は良いとこ作戦立案担当ってところだろう。となると、人間の裏を読むようなずば抜けた観察力を持つのは――』


 実況を流し聞きながら見るのは、試合の様子。

 フラッグを守る瑞穂の表情は、暗い。だが長年付き合っていてようやくわかるという程度だが、あの表情は、カウンターで決めてやろうという意思の見える、表情だ。

 それを見た笠宮、すんでの所で追撃を止め、そんな笠宮を見て、碓氷も中距離援護に切り替えた。


 読んだ?

 異能でも魔導でもなく、観察力で?


 そん、な。


「どんな環境で生きれば、あんな化け物ができあがるんだか……。梓、今回の試合、負けは負けだが得られるものは大きいんじゃないか?」

「ちょっと甲斐、まだ負けたと決まった訳じゃ――」

「いや、ほら、あれ」

「――え?」


 上空。

 瑞穂では、フィールドで戦っているモノでは到底気がつけない位置。

 脚甲グリーブから光りの粒子を噴出して宙に浮かぶ、有栖川の姿。


「ぁ」

『おおっと有栖川選手、いつの間に?!』


 実況と観客が沸く。

 それを、笠宮に、まるで全てを見抜くような目で観察されている瑞穂は、気がつかない。


 そして。


『おおっと、有栖川選手、剣を片手に急降下! 瑞穂選手、気がつくがこれは――』


 風切り音に気がついた瑞穂が、空手で居合いの構えをとる。

 だが打ち抜こうとした彼女の魔導は、碓氷が手甲から放った弾丸に打ち落とされた。そうすればもう、後に残っているのは、フラッグを背に晒す、瑞穂の姿だけ。


『有栖川選手の斬撃、フラッグに命中――!! 初戦から大番狂わせ。勝者はなんと、混合チームの“ラピスラズリ”だぁぁぁぁぁぁッ!!』


 盛大な拍手。

 熱量を伴った声援。


「こんな、ことって」


 呟いた言葉が、観客の声にかき消される。

 私はそう、甲斐が肩を揺らすまで、呆然と勝者たちに見入っていた――。





2017/04/03

誤字修正しました。

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