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そのさん

――3――




 いつもの制服に魔導コートを羽織り、左腕には関東特専のシンボルである、九條獅堂先生をイメージした炎を象ったマークの腕章。

 空を見上げれば晴天。こんなに気持ちの良い天気の日に試合ができるのは。ひょっとしたらちょっとラッキーかもしれない。


「いよいよだね、夢ちゃん、リュシーちゃん」

「そうね。このイベント、高等部からだもんね。気合い入れなきゃ」


 そう握り拳を作る夢ちゃんの格好は、魔導戦用にカスタマイズされている。

 いつもの制服に黒いレギンス。ここまでは大会規定でいつもとさほど変わらないが、改造を施されているのは外套だ。

 右腕に嵌められた手甲は分厚くて、黒い。手の甲から覗くのは三本の筒で、肘周りには先日着ていた青い朝顔の着物を、切り取って縫い付けたモノだ。なんでも、師匠の刻んでくれた“術式刻印”をコピーしようと思ったら、やられていたことが高度過ぎてできなかったそうだ。


「私も負けてられないな。見ないうちに、随分と“仲良く”なったようだし」

「リュシー、えと、違うの、私もテンパってて、そのあのうぅ」

「ふっ、冗談だよ、ごめん、ユメ」


 そう笑うリュシーちゃんの格好も、修学旅行の時とそう変わらない。

 白い制服にスパッツ。それから、腕輪と、両太ももの銃と、腰の剣。ただ、今回は足にゴテゴテとした脚甲グリーブを嵌めているようだった。


 先日のわたし命名、“夢ちゃんの結婚騒動”を終えた後、追い詰められると暴走しがちの夢ちゃんは、極限まで暴走してわたしと師匠にアプローチし、その足でリュシーちゃんに告白まがいのことを打ち明けて―― 一晩明けて翌日、夢ちゃんは急に我に返った。

 わたしを見て石になること一時間。覚醒しても動けず、仕方なく手を引いてリュシーちゃんの元へ連れて行き、様々な覚悟を決めつつ「ユメが望むなら」と、詳しい事情を求めるリュシーちゃんの前で、爆発。

 今は一生懸命気にしないようにしているのが丸わかりで、ちょっと話題に出すと真っ赤になり、未だに師匠からは逃げている。


 気持ちはわからないでもないけれど。


「夢ちゃん――幸せにしてくれるんじゃなかったの?」

「ぶふぅッ!?」


 あれだけ人にアプローチしてきたんだ。

 ちょっとくらいはからかっても、許されると思うんだ。


「スズリとミチ先生だけしか、みてくれないのか? ユメ」

「げほっ、ごほっ、ごほッ」


 意図を察したリュシーちゃんが、乗っかる。

 するとわたしの発言で吹き出していた夢ちゃんは、言い訳もできないほどにむせてしまった。


「ちちちちちちちちがうのそのあのそのえとあわわわわわ」

「くっ……ははははっ、ごめん、ユメ、冗談だ」

「ふふっ、あはははっ、ふふふ、ごめんね、夢ちゃん? つい」

「ついじゃないよ死ぬかと思ったわ!!」


 だって、なかったことにしよう、とはいかないよ?

 まぁおかげで、わたしまで師匠に名前で呼んで貰えるようになったのは、嬉しかったけど。





「試合前に、ずいぶん余裕だね、関東」





 掛けられた声に、不意に振り向く。

 相手は三人組。魔導科を示す黒いブレザー。左腕に掲げるシンボルは、魔法の杖。

 四国エリア特専――わたしたちの、初戦の相手だ。


「えっと?」


 何の用だろう?

 そう思って、首を傾げながら“観察”する。


 声を掛けたリーダー格の女の子は、お下げ髪の委員長風。込められている感情は、侮蔑、挑戦心、憤り、かな。

 向かって右の男の子は、目元を前髪で覆った猫背の少年。込められている感情は、怠惰、心配? あと、どこか挑戦心もある? 読みにくいけどそんなところかなぁ。

 向かって左の涼やかな、背の高めな女の子。目を合わせないようにしているけれど、意識が向いているのは、うーんと、夢ちゃんかな。色々と頑張って“抑えて”いるように思える。意欲? 欲求? 欲を覚えている? 違うなぁ。表に出さないようにする、というのは、真っ当な感情ではないと自覚していることの裏返しだ。せっかく向こうからちょっかいを掛けてくれたのだし、試合前に掘り出しておきたいかな。


(夢ちゃんは、左の女の子を見ていて)

(? わかった)


 小声でそう言うと頷いてくれたので、改めて彼女たちに向き合う。


「わたしたちが、なにか?」

「ずいぶん余裕ね、と、そう言ったのよ。誇り高き魔導術師の癖に、異能者におんぶにだっこなんて、恥ずかしいとは思わないのかしら?」


 直球だなぁ。

 右の男の子。焦り、かな。

 左の女の子。反応。自分を見始めた夢ちゃんを気にしてる。


「友達同士でチームを組んだの。その方が、息が合うからね。ね?」

「ああ、そうだ。それに私は異能者ではあるが、彼女たちより自分が上だと思ったことはないよ」


 確かに、魔導術師と異能者の混合チームは珍しい。というのも、授業も校舎も居住区ですら違うから、仲良くなりにくいのだ。だから、大会規定では認可されているのに、実際にチームを組む人は滅多に居ない。


「そう。なら精々、仲良しごっこを続ける事ね」

「おいおい、挑発は適度に、だぞ? あずさ

甲斐かいは黙っていなさい」

「……挑発、するなら、私が、やる」

瑞穂みずほも黙りなさい」

「……ちぇ」


 わたしたちがなにか反応を返す前に、彼女たちは颯爽と去って行った。

 うーん、中々個性的な人たちだなぁ。


「で? どうだった? 鈴理」


 夢ちゃんが、色々察して声を掛けてくれる。

 うーん、そうだなぁ。


「梓って呼ばれてた子はリーダーで間違いないかな。ただ、指揮は執るけれどブレインは甲斐って呼ばれてた男の子。普段は引いて、誰かのフォローに回ることが得意なんじゃないかな。瑞穂って呼ばれていた女の子は、たぶん、戦闘意欲が強い子。自己顕示欲よりも珍しい戦法の人と戦いたいんじゃないかな? 視点が、夢ちゃんの手甲に集中してたし。前衛タイプだね。だから、ええと、梓ちゃん? が手綱を握る役目なんだと思う」


 わたしがつらつらと告げると、夢ちゃんとリュシーちゃんは、ぽかんと口を開けてわたしを見ていた。ええっと?


「スズリは、すごい」

「鈴理……あんたの観察力は買ってたけど、日に日に異能レベルになっていくわね」

「確かに。読心能力者だってこんなに読み取れるかわからないよ」


 そ、そうかな?

 えへへ、なんだか照れちゃうなぁ。


 通りすがった男の人の視線の動きで心理状態を把握して、危険人物か否かを確かめる生きるための術がみんなのために役だって、なんだか嬉しい。


「では、我々の作戦はどうする?」

「作戦立案は、夢ちゃん、お願い」

「はいはい、任されましたよ。鈴理、フラッグを持つとしたら誰?」

「うーん、そうだなぁ……」


 梓ちゃん。彼女がリーダーなら、どうしたいって思うだろう?

 順当に考えれば、設置か保持で梓ちゃんか甲斐君が守り、瑞穂ちゃんが前衛に出て攻撃。でも、わざわざ顔見せに来たということは、こちらの動きを読みたいという気持ちがあったと言うこと。なら、言動を顧みると、瑞穂ちゃんがバトルジャンキーな一面を見せ、前衛とわたしたちに“思わせたい”って意思があったとしたら?


「甲斐君か梓ちゃんが保持するパターンが一つ。でも可能性として高いのは、こちらの意表を突くために、二人が持っているように見せかけて瑞穂ちゃんがフラッグを守る、かな」

「オーケー。それなら、それに意表を突かれた場合の臨機応変案を加えた三パターンでいこう。ひとまず、鈴理の予測がズバリ当たるようだったら、瑞穂さん? 以外の二人はどう動く?」

「意表を突くためにも、全力で前に出ると思う。そこでわたしたちの二人、最低でも一人は脱落させるつもりで攻撃してくるんじゃないかな?」

「そう……なら、私たちは向こうに“私たちが作戦を見破っている”と感づかせないうちに、飛び出してくる二人をカウンターで迎撃、ね」

「――スズリ、ユメ、私は二人のおんぶにだっこにならないように、頑張るよ」


 リュシーちゃんが苦笑してそういうと、ふと、さっきの三人のことを思い出す。

 異能者におんぶにだっこで試合に臨むのではないかと、彼女はそう言った。彼女たちだって色々あったのかも知れないけれど、それはそれ。


「あのねぇ……。私たちはアンタを信頼しているから、気兼ねなく作戦を立てられるの!」

「そうだよ、リュシーちゃん。一緒に頑張ろうね!」

「……ああ、すまない。……うん。がんばる」


 照れて笑うリュシーちゃんの頭を、二人でなで回す。

 うん、やっぱり、負ける気がしないよ。リュシーちゃん、夢ちゃん!


















――/――




「――あれで、良かった、の?」


 対戦相手の三人組から少し離れたところで、瑞穂が私にそう告げる。

 少しだけ心配そうな彼女に、私は自信満々に頷いて見せた。


「ええ、もちろん。あれであいつらは、瑞穂は好戦的な前衛だと思い込んだはずよ。そうすれば、幻影でフラッグを私と甲斐で守るように動いておけば、まず瑞穂を狙うでしょう?」

「そうすれば、瑞穂に向かった人間を、俺と梓で挟み撃ち、か? こえー女」

「うるさい。いい、私たちは勝たなければならないのよ――!」


 絞りカス。

 残滓の術者。

 残り物。


 英雄、魔法少女をシンボルにする四国エリア特専だからこそ、差別発言はよく聞こえてくる。彼らは、魔導術師に力を入れるこの特専に良い感情を持っておらず、私たちは何度も蔑まれた。

 だから、異能者に当たったらボコボコにして、魔導術師に当たったら、力を求めて四国にいく訳でもなく近場でのうのうと暮らす魔導術師に、思い知らせてやろうと、そう思ったのに。


「よりによって異能者とチーム? おまけに、Sランク稀少度の異能者? 異能者の庇護下に入って試合に臨む? ――ふ・ざ・け・ん・なーッ!!」

「梓、うるさい」

「ふぎゅっ?!」


 瑞穂の手刀が頭にめり込む。

 うぅ、アンタは手加減ってものを、さぁ!


「ま、俺らは何があっても、お嬢に、梓についていくよ」

「そう、気にせず、行こう」

「アンタたち――ふ、ふふ、そうよ、そうなのよ! 私たちの連携に隙はない! それをあの恥知らずな魔導術師に思い知らせてやるわよ!」

「ま、こんだけ丁寧に意表をつくんだから、まず万が一はないと思うがね」

「うん、そうだよ、梓の作戦、なら、大丈夫」

「ふはははは!! 見ていなさいよ、関東――!!!!!」


 叫び声が響き渡る。

 この試合、この大会、私たちの勝利で飾らせてもらうわよ――関東!!





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