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そのに

――2――




 島に到着すると、各クラスごとに点呼を行い、それを終えるとチームに分かれて行動することになる。

 チームは任意の相手と届け出を出し、受理されると競技ごとのグループに分かれて行動することになるため、鈴理さんはチームメイト夢さんと有栖川さんと合流すると、彼女たちの出場する“フラッグ・キャスト”グループへ移動していった。


 で、私は、というと。


「観司先生、先生はエキシビションには参加されないんですよね?」

「陸奥先生……はい。私は皆さんの応援です」


 点呼と注意事項の説明を終え、一息吐いたとき。

 声を掛けて下さったのは、異能科の先生である陸奥先生だった。


「観司先生だったら、良いところへいくでしょうに、もったいない」

「ふふ、ありがとうございます。ですが私は、他の先生方には及びませんよ?」


 まぁ、競技に使用可能な術式ではあまり活躍はできないだろう。

 基本の応用、基本の流用、基礎の基礎。そんなものを駆使して戦う教員を観客は見たいのではないしね。だから当然、選ばれるのは他校の教員や観客を沸かせることが可能な“特別”を持つ先生だ。

 そう、例えば。


「ほう? 陸奥先生は私が代表であることが気にくわない、と?」

「げっ、瀬戸先生……」


 瀬戸先生の、“速攻詠唱クイックワード”のような。


「観司先生。あなたも遊んでいないで職務に戻ったらどうですか?」

「ま、待って下さい瀬戸先生、観司先生を引き留めたのは僕です。決して彼女が悪いわけでは――」


 瀬戸先生が私にそう、お説教をしようと身を乗り出す。

 すると、陸奥先生はそんな私を庇うように、一歩大きく踏み出して前に出て下さる。まぁ、瀬戸先生とは和解した仲だし、別に変なことは言われないだろう。

 そう、苦笑して、陸奥先生を押しとどめようとして。


「もちろん、私が好成績を残した際の例の“褒賞”のために身を休めるとおっしゃるであれば、多少のことは目を瞑りますが」

「――っておいこら褒賞ってなんでやがりますか先輩!」


 思わず、ずっこけそうになる。

 いやいやいやいやいや! それってもしかしてあれ? 膝枕で頭なでなで!?

 ちょっ、まさかそれ本気だったの!?


「職務中は先生と呼ぶ、ぐらいの良識は持ったらどうですか? 陸奥先生」

「女性の同僚に個人的な褒賞を強請ることの方が良識に欠けた行為だろ!」

「あなたは昔から、どうも常識に欠けますね。敬語くらい用いたらどうです?」

「常識に欠けるのは貴方の方だと思いますがね?!」


 思わず混乱してしまったが、ふと、我に返る。

 あれなんか、この二人、まさか旧友?


「その、お二人は旧知の仲なのですか?」

「ええ。特専に通っていた際、私が魔導科から、陸奥先生は異能科からの留学生として共にローマに遠征したのでですよ。その際に彼は、猿のように手が掛かりましてね」

「無駄に周囲を威圧していた瀬戸先生にはこれっぽっちも言われたくない言葉です」

「では、言われないよう精進して下さい」

「誰のせいだと……」


 いや、なんか、こんなに素を出す陸奥先生は初めて見た気がする。

 ……え? 通り魔事件の時の“綺麗なおねえさん”発言? 忘れましたが?


「お二人は、仲が良いのですね」

「そんな戯れ言を……。観司先生、罰として耳かきを追加しますが構いませんね」

「構います」

「おいなんだそれ“きれいなおねえさん”の耳かき?! 羨ましい!!」

「羨ましい? ではお願いしたらよろしいのでは? もっとも、私のように膝枕と頭なでなでがついてくるとは限りませんが?」

「なん……えっ、な、えっ?」


 言い争う二人に巻き込まれると、きっと私にとって不都合な未来が待っている。

 そう、そっと二人の傍を離れた。いやだってさぁ、だってさぁ。









「教員宿泊区に移動しなければならないのに、もう」


 なんだかどっと疲れた。

 いかにもSFな空中投影型の地図に従い、均整に整えられた道を歩く。初日の午前中は開会式と注意事項。昼休憩を挟んで、最初の競技が行われる。

 今日の午後と明日の午前で全ての競技の第一試合を終わらせる日程となっているのだが、これが中々大変だ。

 なんてったって七つの校から学年ごとに決められた生徒たちが大集合。第一試合を終えさえすればトーナメント方式でざっくり半分に減るのだから、今日に比べたら明日の午後はマシだろう。


 そう資料を見ながら考えていると、教員宿泊用の施設に到着した。

 関東エリアは五階か。確か、前回の優勝校から七階、六階と振り分けられていく。うちは前回三位だったので、五階だ。

 もう獅堂も七も割り当てられた自室へ移動済みかな。いや、英雄は特別施設に移動とかあるのかな? なにぶん、こんなに英雄たちがこの行事に参加したことなんかないから、どうなっているのか把握し切れていない。


 と、そう考えていたせいだろう。私は走り寄ってくる相手にまったく気がつかず――



「未知!」

「ひゃっ?!」



 ――両脇に手を入れられ、軽々と持ち上げられた。


「ぇ? あっ、た――拓斗さん?!」

「おう。軽いな。ちゃんと食ってるのか?」

「も、もう、降ろして!」

「はっはっはっ、悪かったって。そう拗ねんな」


 黒い髪に黒い目。顔立ちは平凡よりも少し上。服装は黒いジャージで、その下は鋭く鍛え上げられていることを、知っている。

 笑った顔がまぶしい、快活で愛嬌のあるお兄さん役。そして、英雄の仲でも極めつけに珍しい異能を保持するかつての仲間。


「お久しぶりです、東雲しののめ先生。お元気そうでなによりです」

「未知にそう畏まられるとむずがゆい。おれが悪かったから、普通に喋って下さいませんか? 観司先生」

「ふふ、仕方ないなぁ。拓斗さんがそうおっしゃるのであれば、やぶさかでもありませんね」

「……勘弁してくれ」

「はい、拓斗さん」


 私を降ろして、柔らかく頭を撫でててくれる拓斗さん。

 獅堂よりも年上だったはずなのに、ある事情で、私とそう外見年齢は変わらない。だが、確かに年上のお兄さんだと思わせる包容力のある雰囲気が、昔、私は好きだった。


「獅堂と七は元気か?」

「うん、元気、いつもじゃれ合ってばかり。拓斗さんは? 恋人はできた?」

「元気だが、寂しい独り身だ。貰ってくれないか?」


 ドキ、と、少しだけ高鳴るのは、かつての残滓。


「ふふ、私が三十になってもひとりだったら、その時は寂しい拓斗さんを貰ってあげる」


 だからこれは、今の私が抱いている感情では、きっとない。


「おいおい、そんなことを言われたら、未知以上の女を捜さなきゃいけなくなるじゃないか」

「いっぱいいるよ。ほら、時子姉だってそうでしょう?」

「おれは年上趣味でもロリコンでもないぞ」

「……時子姉に言ったら怒るよ、それ」


 軽口を叩いていると、高鳴りはどこかへ消えていった。

 昔は兄のように懐いていた彼に、特別な感情があったことは否定しない。当時、獅堂は中二病で子供っぽく、七は弟分で、仙じいは実の祖父のように思っていて、“アレ”は“ない”から、彼だけが特別見えていたことも否定しない。

 けれど諦めた私は、もう一度彼に恋情を向けることは難しいのだろう。だからあの高鳴りは、思い出が、鳴いただけ。それだけ。


「――仙衛門のことは、聞いた。よく頑張ったな」


 呟くように零れた言葉は、気遣いに満ちている。


「ううん。私にできたことなんて、後始末だけ。そうなる前に、気がつかなかったから」

「おいおい、お兄ちゃんが褒めているんだぞ? 素直に、頷いておけ」

「……うん」


 でも、うん、ずるいなぁ。

 こんなに頼もしい、男らしいことをされたら、普通の女の人だったら“ころっ”とやられてしまうのではなかろうか。というか、あの忌まわしき同期会から四年、大人の色気が増した気がする。

 ……うらやましい。


「……という訳だ。おまえたちも、モノにしたいならもっと努力しろよ?」

「へ?」


 私の後に向かってそう、拓斗さんが告げる。

 慌てて振り向くと、そこには獅堂と七が、心なしか不機嫌そうに立っていた。


「久々だな。獅堂、七」

「拓斗、あんたなんでこんなところで油売ってんだ。さっさと帰れよ」

「おいおい、自分で連絡しておいてひどいやつだな。なぁ七?」

「そうだね。拓斗は獅堂を説教しておいてよ。僕は未知と戻るから」

「はははっ、変わらないな。でも、まぁ」


 拓斗さんはそう朗らかに笑うと、おもむろに、獅堂と七に歩み寄る。

 そして二人の頭に手を置いて、かき混ぜた。


「おれは、おまえたちにだって会いたかったんだぞ?」

「うわっ、おい、こら、やめろ! 恥ずいだろうがッ!?」

「わわわわわっ!? た、拓斗!? ちょっ、ちょっ、待っ」


 楽しそうに二人をなで回す拓斗さんを見ていると、どうにも昔を思い出す。

 そしてその光景があんまりにも懐かしくて、楽しくて、思わず声を出して笑ってしまった。



 うん、あれだ。

 今回の遠征競技戦、少なくとも退屈だけはしなくて済みそう、だ。





















――/――




 暗闇に蠢く声がある。


『英雄に構われている女がいる?』

「ええ、間違い在りません」

『ではおそらく、ひさぎが後見人だったという女だろう』

「では、アレを利用なさいますか?」

『うむ。良い餌になろう。存外に良い機会となった。支援機も増加させよう』


 声は告げる。

 込められているのは悲願か、野望か、欲望か。

 声に滲む闇は、暗く淀んでいるようですらあった。


「はっ……畏まりました」

『全ては我らが悲願のため――ぬかるなよ』

「全ては我らが悲願のため――心得ております」


 だが、彼らは知らない。


「関東エリア教員、観司未知、か。穢せば餌になり得るか? ふん、悪く思うなよ。呪うなら、化け物共にすり寄った、愚かな己を呪うが良い」


 彼らが手を出そうとしているものが、なんであるか、など。


「く、くくく、はははははははっ――我が思想こそ至高であると、今こそ示してくれようぞ……!」


 悪意を滲ませ盲目になった彼らには、知る由もなかった――。





2016/09/10

誤字訂正しました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 6周目です♪なぜか定期的に読み返しちゃうのもラピの魔法でしようかね〜(*´ェ`*) [気になる点] 周回するたびにだんだん最後の高笑いのときに、悪役の方にむせてほしいように思えてきました笑…
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