えぴろーぐ
――エピローグ――
【かつてこの世界でも同様に管理者であったオリジンは、あなたの世界と違い計画を成功させてしまいました。けれど結果を生み出すことが出来ず、彼の行為はエスカレートします。無為に世界を荒し、憎悪を集め、管理者の力を異能というかたちで人々に与えてしまうだけでは飽き足らず、身勝手にその力さえも奪おうとしました】
【軸は違えど根は同じ。我が主は、あなたの世界のオリジンの行動も鑑みて、一度はオリジンの追放を決めます。しかし、管理権限を持つ上位神たちの意見もくみ取り、あの御方はオリジンの幽閉に方針を変更しました。許しではなく、目のあるところに居た方が安心、ということなのですが、逆に捉えればチャンスでもあります】
【けれど、そうして彼の最後の悪足掻きであった、ダストの存在を見逃してしまいました。私たちは解決策を練り、その最中に、異世界にコンタクトを取る存在を見つけます。これがあのアリスという少女であり、つまり、これは私たちの後始末を、あなたにお願いしてしまった形になります】
【なにか、お礼がしたいと思っていましたが、あなたが本格的に神として召し上げられるまで、具体的に行動を起こすことが出来ません。せいぜいが、あの反転解除でした】
【故に、一つだけ、私が出来るお礼をあなたに致します。といっても、物理的なモノではありません。情報、という謝礼です。もちろん、あなたが我々の仲間入りを果たした際には、重ねて御礼申し上げます】
【その、情報と申しますのは、あなたとコンタクトをとった、あのアリスという少女のことです】
【彼女の、アリスの明かされることはないであろう、本当のフルネームは――】
――/――
――ハワイ・黄地邸
あれから。
なんとか気持ちとか、感情とか、色んなモノを立て直した私は、霊術船を使ってみんなでハワイに戻ってきた。
その最中に聴いたのは、キアーダの話だ。退魔七大家序列六位、藍姫。現当主はダスト側について消息不明となった前当主の娘で、藍姫聖歌さんというらしい。正式に当主にはなっていないそうだが、父と母が遺した汚名を雪ごうと、真摯に復興作業に参加していると、後に千歳さんから聞いた。
キアーダ・トゥ・サナート。死の鐘。この世界の鈴理さんの身体を乗っ取った、笠宮装儀の――そして、藍姫初代の弟の、なれの果て。そして、この世界の乙女さんの死。
『助けられなかったんです』
『私、強くなったって思ってました。でも、まだまだだった』
『悲しい目で寂しそうに笑って、最期は自分勝手に満足して』
『それでも、そんな満足して欲しくなかった! 生きて、欲しかった』
『未知先生、私、もっと強くなります。もう誰も、目の前で失わないで済むように』
そう、涙をにじませる夢さんを抱きしめて、ゆっくりと、胸の裡をはき出して貰った。
そうやって霊術船で移動して、到着したのが五日前のこと。復興作業の手伝いもして、今日、帰還のことについて話をしようと、こうして黄地邸に集まった。
黄地邸では焼けた屋敷の修理に人が駆り出されていたので、どこか閑散とした中での集まりとなった。とはいえ、もう、ここを逃したら次に集まれるのはいつになるかわからない。そこで、今回は無理をしてでも、と、今回の件で接触した人たち以外も来てくれていた。
「あらやだ未知、ずいぶんと可愛くなったわね! 前も今もとっても素敵よ!」
「ふふ、ありがとう、馨」
屋敷に着くなりそう飛び込んできたのは、オレンジ色のパーマヘア。垂れ目で色気のある男性、橙寺院馨だった。
馨は私の脇に手を入れて持ち上げると、その場でくるくると回る。そんな私たちを、鈴理さんたちはぽかんと見つめていた。
「あー! 馨さんばっかりおねえさんと遊んでずるいです!」
そう飛び込んできたのは、四年経って背も伸びて、大和撫子という言葉がぐっと相応しくなった春花ちゃんだった。
東雲春花。拓斗さんの妹で、向こうでも親交のある子だ。
「まったく、時子様の家だというのに騒々しい」
「そう言うなって、テイムズ。いつものことじゃねーか」
「そうなのですね……解放の英雄というのも、中々に個性的なご様子だ」
そう言って屋敷の奥から出てきたのは、テイムズさんとサーベ、それから幸眞さんだった。
「さ、中へ入りましょう。未知さん、あなたも」
「はい、幸眞さん」
そう、微笑む幸眞さんは、ずいぶんと穏やかな様子になった。
鈴理さんから彩音さんの言葉を伝えられ、ようやく心を落ち着かせることが出来たようだ。今は、復興作業をしながら、のんびりと未来のことを考えるのだという。
「アリュシカさん、大丈夫?」
「うん。ありがとう、未知」
段差を上るとき、アリュシカさんにそう注意を促す。
私としてはこう、あの状態での唯一のファインプレー、アリュシカさんの回復だ。色んな機能が不全になっていたようだが、そこはまるっと解決。とはいえ、衰えた筋肉がつくまで、松葉杖は外せない。
「手を貸すよ。ほら、いち、に」
「あ、ありがとう、凛おねえちゃん」
そんなアリュシカさんの介助をしているのが、この世界の凛さんだ。アリュシカさんは、当然ながらこの世界に残ることになる。そんなアリュシカさんを心配して、彼女の引き取り手として立候補したのが凛さんだった。
よって、未だ政府組織はガタガタだが、戸籍標本が登録できるようになったら、アリュシカ・四階堂となるようだ。凛さんはどこか懐かしそうな笑みを浮かべながら、アリュシカさんに優しく手を差し伸べている。
「師匠」
「? どうしました? 鈴理さん」
「なんだか、えへへ、良かったです。リュシーちゃんも、みんなも」
「……ふふ。ええ、そうね」
悲しいことがあった。
後悔もたくさんあった。
それでも、この優しい光景を守れたことは、誇ってもいいような。
そんな、気がした。
時子姉。それから、千歳さん。
二人を中心とした談合には、多くの人が集まっていた。それこそ、この世界ではメイドとして出奔せず、当主を勤め上げている都さん――退魔七大家序列五位、緑方都――など。
堅苦しい挨拶などは順当につつがなく終わり、後始末について少し触れた。藍姫は正式に当主交代。青葉は血縁に当たる人間が居ないため断絶……というところであったが、千歳さんが青葉空を調練し、その結果によってはいずれ彼女の子供ができたとき、その子を当主として教育する、ということになったそうだ。それらの話が諸々と終わると、一部の当主たちも退席する。そうなると、次は私たちの、親しい人たちとの話だ。
「改めて。ありがとう、未知」
「そんな、顔を上げてください、時子様!」
「そうね、時子姉って呼んでくれたらそうしましょうか?」
「……はい、時子姉」
優しく微笑む時子姉の姿に、絆される。
そう、今日話すのは帰還の話。――ミカエラさんが(影でこっそり)手伝ってくれる元の世界への帰還というのが、今日だった。
「二度も世界を救ってくれた。本当に、感謝してもしきれないわ」
そう、優しく告げるのは馨だ。だから、今度は謙遜せずに、ただ代表として頷く。
「お気持ちは受け取りました。どういたしまして、みんな」
みんな、それぞれが優しく微笑み、中には涙ぐんでいる方もいた。
「そんじゃ、未知。そろそろだとは思うがその前に、例の話だ」
「例の話? 師匠、なんですか、それ?」
サーベの言葉に、鈴理さんが首を傾げる。
――あの日、ミカエラさんから受け取ったメッセージを、私はサーベに相談した。それからどうにか腰を落ち着かせて話そうとしたができず、こうして、ぎりぎりになってしまったのだ。
「考える時間がなくて、悪いとは思ってる。だが――」
サーベはそう目を伏せ、それから、真摯に、アリスと向き合う。
「――アリス。オレたちは、おまえのことを心の底から仲間だと思っているし、あー、なんだ。家族とも思っている」
「アル? ……ありがとう。私も、そう思ってるよ」
「ああ。で、だ。それは離れても変わらない。これは絶対だ」
「なんの話? どこかに、派遣?」
派遣、という意味ではそうかもしれない。
でも、もっと根深い話で――とても、大切な選択肢だ。
「ちょっと違うが、まぁ、そうだ。で、だ。良かったら、おまえも、未知と一緒に向こうの世界にいかないか?」
「――え?」
飲み込めず、困惑するアリス。
アリスは今日まで、積極的に本土に戻り、復興活動に従事してくれていた。それはあるいは、今日離れてしまうコトへの寂しさと葛藤だったのかもしれない、とは、うぬぼれではないだろう。
だから、知らないのは、話せずにいた鈴理さんたち私の生徒を除けば、アリスだけになってしまっていた。
「それは、私はもう、いらな――」
「話は最後まで聞け、馬鹿妹」
「――むぅ。じゃ、じゃあ、未知はやっぱり、私と結婚してくれるの?」
「だから……イヤ待てなんの話だそれは? やっぱりっておまえ未知まさかおまえ」
「わー! わー! それは今ともかく!」
話がややこしくなるから!
そう、身を乗り出して止めると、なんだか爆発しそうだった空気がほどよく緩和されていた。うぐぐ、結果オーライだけど、うぅ。
「はぁ、まったく。気が抜けちまった。でだ。もう良いから単刀直入に言うぞ」
「うん。アルはうっかりさんだから、それくらいでちょうどいい」
「おい。……まぁいい。おまえの名字の話だ。覚えているか? アリス」
「――ううん。正直、私の記憶からはすっぽり抜けている」
幼い頃に家族を亡くしたアリスは、そのショックで自分の名前も忘れている。年数経過で“アリス”と呼ばれて居たことは思い出したらしいのだけれど、名字や家族の顔は、ついに思い出せなかったのだとか。
「それが、わかった」
「そう、なの?」
「ああ。――九條アリス。それが、おまえの本当の名前だそうだ」
その言葉に、鈴理さんたちが目を瞠る。
そうだろう。私の世界に、その名前を知らない人はおそらく存在しない。それほどのネームバリューが、彼にはあったから。
「そして、兄の名を“九條獅堂”――未知の世界では、未だ存命だそうだ」
「っ」
そう、獅堂もまた、家族をあの大戦で失っている。つまり、逆だったのだ。この世界では獅堂が死に、私の世界ではアリスが亡くなっていた。だから、アリスは私たちを連れてくる、という任務を果たせたのだ。
もっとも、魔界や亜次元にいても、“魂の重複”にはあたらないそうだけど……それはともかく。
「オレたちは、アリス、おまえを家族だと思っている。だが同時に、同い年の友人と姉代わりと、血の繋がった兄のいる世界に、行かせてやりたいとも思っている」
「アル……」
「ま、時間はあんまりないが……どうだ?」
サーベの言葉に、アリスは俯く。その表情に、サーベはあえて朗らかに笑った。
「ま、良いさ。今日決められないんだったらそれでもいい。オレが全力で、決めたときに送り込んで――」
「私も!」
「――ああ」
顔を上げて、アリスはサーベを見る。
「私も、みんなを家族だと思ってる。どこに行っても、それは変わらないって、信じてもいい?」
「当たり前だ。ばーか」
「……なら、私は、未知と行くよ」
アリスは私たちに向き直ると、一人一人顔を見る。
「鈴理」
「うんっ」
「夢」
「ええ」
「静音」
「う、うん!」
友達。
そして。
「未知」
「アリス」
「うん。私は、未知と行くよ。兄にあってみたい。友達と離れたくない。でもそれ以上に、私は、未知が好きだ。未知と、未知の世界を、歩いてみたい」
腕を広げる。
そうすると、アリスはそこに飛び込んできた。小柄な身体。小さな身体で、たくさんの思いを背負ってきた少女。あやふやな記憶の中、家族の記憶と家族そのものを失って、復讐心と葛藤して。
今、こうして、世界を広げる決心をするまでに成長した、私の妹分。
「――時間だ。いいな?」
「ええ。色々とありがとう、サーベ」
「いいさ。それより、もし次があるんなら」
「?」
黄地邸の庭に出て、並ぶ。薄く水が引かれた空間。口々に、別れを告げるみんなの姿。その中で、サーベは私にそっと近づいた。
「あのときの約束、果たしてくれよ?」
「あのとき? って――」
『何でもするわよ。な・ん・で・も』
「――あ」
リップ音。意識の狭間で、誰も見ていない瞬間に、そっと唇を掠めた熱。
「なんでもしてくれるんだろ? そのときを、楽しみに待ってるぜ。未・知?」
「っっっっっ」
ああ、もう、本当に最後の最後まで!
でも、うん、しんみりとした別れは、きっと、私たちには相応しくないんだろう。発動する術式が虹色の光を放つ中、私はサーベに向かって声を掛ける。
「また会えたら――そのときは、考えてあげる」
「は、おい、ちょっと待て未知、おまえマジか――」
景色が掻き消える中、最後に見えたのは驚きすぎて転ぶサーベの姿。
その光景に、私はアリスと顔を合わせて、笑った。
――To Be Continued――




