そのにじゅうに
――22――
『管理者の越権? なんだよそれ!』
『ぼくは神だぞ! なんで、玩具をとりあげられなきゃならないんだ!』
『管理者権限を放棄したのはぼく? うるさいうるさいうるさい!』
『じゃあおまえも殺してやるよ、ミカエラァァァァッ!!』
『追放……なんで……そんな……もういいだろ、痛い目には遭わせたじゃないか』
『返り討ち程度? ぼくをたたきのめしたんだ! 悪いのはおまえだろ!』
『い、いやだ、追放は嫌だ!!』
『ひ、ひひ、ただでは放棄なんかしてやらない、してやるもんか』
『いいか、おまえは世界を破壊するんだ。綺麗に掃除して、ぼくに捧げるんだ。そうしたら、また、返り咲いてやるんだ!!』
『追放ではなく幽閉にする? 再教育? チッ、なんだよそれ。いや、それならしばらくは大人しく……』
『あ、これもういらないなぁ。名称設定“ダスト”。どこへなりとも消えてくれ』
『ああ、嫌だ、嫌だ、なんでこんなことになったんだ。嫌だ、嫌だ、嫌だ――』
最初に覚えていたことは、無垢の魂に刻まれた欲望だった。
復讐、憤怒、嫉妬、傲慢、強欲、怠惰、憎悪。あらゆる感情を植え付けられた泥の人形。屑と名付けられ破棄され、不運にも、私は人間界で目覚めた。
宿命づけられた運命は、破壊と再生、そして“神”に世界を献上する、ということだけだった。だが、なにを破壊してなにを再生すれば、綺麗になるかはわからない。なら、それを知らなければならないと、そう、漠然と思った。
人は、醜い生き物だった。
欲望のために同族を殺した。
欲望のために金品を奪った。
欲望のために犯し辱めた。
欲望のために嘆きを踏みにじった。
人は、美しい生き物だった。
愛のために命をなげうった。
希望のために理不尽に立ち向かった。
勇気を以て悪意に身を晒し抗った。
誠実に他者に向き合い自由を説いた。
『なんと、不安定で矛盾した生き物なのだろう』
私は、ただ、その多様性という悪魔に愕然とした。
醜い人間は殺さなければならない。
美しい人間は残さなければならない。
『ならば、選定を』
委譲された神の権限を用いて、樹を生み出した。完成品は生み出せない未熟な力だ。けれど、望んだままに種は生まれる。
愛と希望、そして真逆の悪意と絶望。これらを養分にして成長する樹だ。聖樹と名付けたこの樹は、海底より根付き、成長する。成長を終えると陽光に身を晒し、母なる海と遍く天空を支配する。すると、この樹は、与えられた養分に従って、正しく選定を始める。正しき者は楽園に導き、その悪しき肉体を滅ぼし魂に祝福を与える。悪しき者はなにもせず、樹に全てを委ねることで枯れ果てた大地の中、争い飢えて死んでいく。
人間も。
動物も。
すべての生命体が祝福され、樹の中で、清らかな魂として生き続ける。
「これ以上の幸福が、いったいどこにある?」
たどり着くために、正義も殺した。
理想のために、愛と勇気も踏みにじった。
だが、約束しよう。樹が育ちきった果てには必ず、彼らの魂も救うと。
悪も利用した。
吐き気のする邪悪も、目的のために使用した。
だが、約束しよう。目的の果てには、卑劣の汚名を背負ってもこの悪を淘汰すると。
あと一歩だ。
あと一歩で、樹は陽光に身を晒し、祝福の花を咲かせる。
あと一歩で、我が運命は成就し、宿命から解放され、目的を果たすことが出来る。
“神”へ捧げる。
なるほど。ならば良いだろう。
「この私こそが、神になる」
楽園の神となって、私こそが、真なる“オリジン”として、この世界に君臨しよう。
それも、あと一歩、だというのに――ッ!
「超変身――【ウルトラ・ミラクル・トランス・ファクト】♪」
女の持つステッキから奔った瑠璃色の光が、鎖に変わり、茨に変わり、深紅の稲妻となって女の身体を駆け巡る。
スーツが砕け散り黒い手袋に、胸元を大胆に開けた黒いドレスに、腰までスリットの入ったロングスカートに、レースの入ったマントへと変化した。
ストレートヘアは片側をかき上げて黒い六芒星の髪飾りで纏め、口元には毒々しいルージュ。茨模様のタイツ、黒のハイヒール、コルセットのような鎧、深紅と漆黒の鞭。首下に輝く茨のペンダントには、棘と花をあしらった星の飾り。
「あハ」
星をあしらった指輪に口づけを落とすと、女はそう、妖艶に笑った。
「なにものだ、貴様――!」
雰囲気が違う。
オーラが違う。
空気が違う。
力が違う。
「闇堕ち魔法戦姫――魔王戦姫、ミラクル・ラピ・ウルティマ」
ミラクルラピ?
それは、力持つ少女の名ではなかったか? あの女が少女に変身するのかと思って見れば、目の前に居るのはいったいなんだ?
どう見ても成人女性。だが、それ以上に、アレからは世界を救世できるような清らかさや神聖さは、一切ない。
「ヤミラピ、と、そう呼ぶことを許してあげるわ♪」
ヤミラピと名乗ったその女は、深紅の稲妻を迸らせながら、赤みがかった黒髪をかき上げる。
能力は? どう仕掛ける? 鞭が主戦力か? いや、関係ない。先ほどまでと同じように、女から目を離さず、喰らい尽くせば良い。
沈黙。
瞬き。
「っ、どこだ!?」
消失。
「ふふ、こ・こ」
首下に絡んだ手。
耳元に吹きかけられる息。
「ッッッォォオオオオオッ!! 【光あれ】ッ!!」
咄嗟に生み出した光の槍が、打ち払われる。
「乱暴ね。もしかして、そういうプレイがお望み? ふふ、良いわ。アダルティに殺してあげる」
「ッ近寄るな!」
いつ踏み込んだ?
いつ回り込んだ?
いつ動いたというのだ!
「? あら、ちょっとごめんなさい」
女が手の中に生み出した茨の電話機を耳に当てる。だが、どこにも隙がない。どこからも踏み込むことが出来ない。
「ん、あら夢、泣いていたの? そう? ふふ、良いのよ。あなたが欲しいのなら、そうね。ベットの中で慰めてあげる。――そう、みんなで、が、良いのね? ええ、良いわよ。――? おかしな夢ね。私以外、誰が居るの? 良いから、身体を綺麗に磨いて待っていなさい。最高の夜に、シテ、ア・ゲ・ル♪」
卑猥な言葉。
妖艶な声色。
美しい唇が――違う!
「――この隙に獣のように襲ってきてくれるかと思ったのに、随分と奥手なのね。いいわ、激しく攻められたいのなら、望むままにしてあげる」
神槍を形成。
魔槍を形成。
掛け合わせ、天魔の槍を創造。
「神罰執行権限行使――大いなる神の手によって屠られることを光栄に思え!」
黒と白。
天と地。
闇と光。
神と魔。
相反する属性は互いが互いを嫌い、反発し、相転移する。存在の摂理を歪め、糺し、消滅させる力。養分も消し飛ぶだろうが、聖樹は消えない。計画は、あの女を消してからやり直せば良い!!
「【神裁】!」
掲げ、投げる。
衝撃で保護膜が全て砕け、地に満ちる水が消し飛び、着弾から全てを消し飛ば――
「おいたを許した覚えはないわ」
――すよりも早く、槍が半ばから断たれる。高速で振り抜いた無が刃のように、私の槍を切り捨てた。それだけで、着弾すらも許されず、粉々に砕けて消えた。
「光の槍よ」
「あら、鬼ごっこ? あハ、良いわ、付き合ってアゲル」
飛翔。光の槍を雨のように降らせる。
跳躍。追いすがるヤミラピが、鞭で全ての槍を打ち落とす。
「おおおおおォォッ!!」
「雄叫びは凜々しいわね。でも、だぁめ。私の肌には触れさせてあげられるようなテクニックとは言えないわ」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!!!」
槍を切られ。
剣を斬られ。
「ごめんなさい。あたしは“私”のように、優しくはないの」
胸元に、手を当てられる。
どうして、どうやって、ここまでの接近を!?
「【魔茨】」
胸に奔る稲妻。
「ぐがぁぁあああああぁぁぁッッッ!?!!」
全身を駆け巡る激痛。
「【呼び声・星屑の涙】」
空間を切り拓いて降り注ぐのは、無数の隕石。
卵殻を揺さぶりながら、私の身体を打ち据えて焼く悪鬼の所行。
「づァァァァッ――ぐ、、ァ、づぅ……卑劣な、外道め!」
「類は友を呼ぶというじゃない? 己の悪徳を悦びなさい。その狂信が、あたしを引き寄せたのだから」
なにか手はないか。
なにか、手段は――。
「っ」
聖樹が目に入る。余波で傷ついてはいるが、それだけだ。なら、聖樹ならば堪えられる。我が救世の聖樹なら、あの女を屠ることが出来る。
「【悪しき者を封ぜよ】――管理者権限行使――【聖なる者へ縄を】――構築」
「次は何を見せてくれるのかしら?」
「――【天鎖・魔境・神封】――設定完了――【神縛りの楔】!!」
「きゃっ」
女の身体に巻き付くのは、膨大な神力の込められた鎖だ。
そんな意図はなかったのに、何故か、女の肉体を強調するように縛り上げている。
「???? い、いや、いい。そこで大人しくしていろ!!」
「んふふ、良いわ。少しくらいはあなたの趣味にも付き合ってあげる。頭を垂れて拝みなさいな」
「んん???? そ、その余裕、いつまで持つか。く、はははははっ!!」
拘束など、あの女の戯れで持っているだけであろうことは、もはや明白。ならば、その慢心に侮蔑を送ろう。そう、跳び上がり、樹の幹に手を当てる。
「残念だったな、ヤミラピとやら。我が身はこれより聖樹の一部となる。我が祝福に臆し、頭を垂れよ」
聖樹の内部へ接続。
集めた力を変質。
「【聖樹融合――救世神化】」
この絶望に身を委ね、狂え、人類の救世主よ!!
――/――
眩い光と共に、聖樹の中に沈み込んでいくダスト。彼の趣味に付き合ってあげてもいいのだけれど、ただ見ているのも面倒ね。
「ふわぁ……退屈すぎて眠くなっちゃうわ」
鎖を砕いて、橋の欄干に腰掛ける。指先を根に向けて弾けば、養分とされていた人間たちは全て、あたしの思うがままにハワイへ転送された。
もっとも、一人だけ、足下に残しておいたのだけれど。ふふ♪
「未知、なのか?」
「あら、他の何に見えるの? サーベ」
「ああ、いや、その、雰囲気が違いすぎるから」
「んふふふ、そんな初心な言葉があなたから飛び出すなんて、意外だわ」
足を組み替えると、サーベは気まずげに目を逸らす。
「見たい?」
「本当に未知なんだろうな、おまえ」
「疑い深いのね。なら、あなたの知る味で判断したらどうかしら?」
「は?」
未だ巧く身体を動かすことが出来ないのだろう。思うように反応できないサーベの胸元を引き寄せて。
「むぐ!?」
無理矢理、血の気の失せた唇を奪った。
「む、んぐ……っ……んむ……はっ……み……ち……っぁ……」
「んふ……あ――んふふふ……ちゅ……っ……した……ふふふ」
絡め、絞り、掴み、撫で――霊力を、直接送り込む。
やがて銀の架け橋が途切れると、サーベは真っ赤な顔で額に手を当てた。
「どう?」
「っっっ、間違いなく、この霊力の質は未知だよ、ちくしょう。どうなってんだ」
「あら? もしかして、少女衣装を無理矢理着ていた方が好みだった?」
「……勘弁してくれ」
サーベはそう、首を振りながら起き上がる。
「情けないところを見せちまったな」
「構わないわ。むしろ、全部さらけ出してくれても良いのよ?」
「……衣装が少女じゃないと、精神がそうなるのか? 大人衣装を嫌がるわけだ」
サーベの勘違いは、あえて正さない。だってそうでしょう? 我に返ったときに羞恥に切望する私の姿を思うと、身体の熱が収められないもの。ふふふふ、内側からそれを眺めるのが、なによりも楽しみなの。誰にも、奪わせないわ。
ああ、でも今度こそ、夢たちとふかーい関係になってから戻ってあげないと、ね。
「で、どうするんだ? あれ」
「完成まで待ってあげるわよ、もちろん」
「何故だ? 完成前に倒すと、なにかあんのか?」
「ふふ、そんなの、決まっているじゃない――」
目を細め、唇を持ち上げる。
サーベはあたしの唇を見て、なにかを思い出して目をそらせた。こっちの世界でも、本当に、七はむっつりね。調教のし甲斐があるわ。
「――最強だと信じて疑わない姿を心ごとへし折るのが、一番、愉しいからよ♪」
「あ、そう」
あたしのウィンクに、サーベはしらけた目でそう返す。もう慣れてきちゃったのかな? もっと過激なことをしなきゃダメ? んふふふ、しょーがないなぁ。
「サーベ。暇つぶしに――」
『ォオオオオオオオオォォォォッ!!』
「目覚めたか。あん? 何か言ったか?」
「――なんでもないわよ。野暮な駄犬ね」
ばきばきと身体を変化させて吼えるのは、光輝く聖樹で出来たドラゴン。背から小さな木を生やした巨大な竜が、卵の殻を突き破った。
「おいおい。海水が流れ込むぞ!」
「【停止】」
水の流れをせき止めて、サーベを抱えて空を飛ぶ。卵殻とよばれたあの施設にどんな意味があったのかは知らないけれど、どうも、ある程度、聖樹とやらを縮小しておく機能もあったのだろう。
足首から下は海に浸かっているが、大きな尾の付け根も含めて、陽光に身を晒していた。
『命乞いをしろ。懺悔の言葉を告げろ。己の罪深さに嘆き狂え』
あたしの常識と性格は私と真逆だ。けれど、モノの感じ方が平凡な私は、真逆になったところで極端な感性になるだけ、という面もある。
それでも、大切なモノにはさほど違いはなく、怒りを感じるポイントはズレても、大切なものは同じ。だからこそ、こう言える。
「懺悔をするのはあなたの方よ。あたしの子猫を愛して良いのはあたしだけ。あの子たちを愛でて良いのは、あたしだけなの」
あたしの愛する可愛い可愛い子猫たちを、我が物顔でいたぶった罪は、その貧相な頭にたたき込んであげなきゃならない。そうでしょう? 私。
『我が名は既にダストにあらず。我こそは神、聖樹の竜神“ドラグ・オリジン”なり!!』
「そ。でも、あたしにとって、あなたは所詮、屑に過ぎないわ」
『ほざけェェェェッ!!』
咆吼。
顎を開いたダストの口から、光と闇を混ぜた螺旋のビームが放たれる。
「【闇夜の赤雷】」
「おわっ!?」
轟音。
サーベを片手で抱き直して、稲妻で咆吼を空へ逸らす。
『小癪なッ!!』
「おいおい、そろそろオレのことは離してくれないか?」
「嫌よ。あ、こら」
サーベは舌打ちをヒトツすると、足掻いて抜け出して、海に落ちていく。彼は水の半精霊だし、海上の方がまだ戦いやすいのだろう。もっとも、戦わせるなんて可愛いことはさせてあげない。サーベのプライドも弄んだことだし、あとでたっぷりプライドを傷つけられたサーベに逆上して襲って貰わなきゃならない。……途中で戻ったら、未知、どんな顔をするのかしら。そう、想像に笑っていると、ダストは苛立ちの咆吼をあげた。
「クスクス……ああ、ダメよ、こんなところで」
『いい加減』
「ん?」
『話を聴けェェェェェェェェェッ!!』
あらやだ、泣いてるの?
狂ったような咆吼。愉しい愉しい悲鳴。でも、遊んでアゲルのはここまで。これがリリーみたいな可愛い女の子なら、もっともっと味わってあげたけれど。
『【光】【闇】【竜】【樹】【聖】【邪】【炎】【風】【天】【魔】【神】』
背中の樹が輝き、顎の中に宇宙の色を宿した光が見える。
「【祈願】」
あたしは、ただ祈るだけだ。闇堕ちした魔法少女は、お行儀良く詠唱をする必要なんてない。でも、その上で詠唱すれば、それはなにに繋がるのか。
「【女王様の躾け】」
『我が創造の果てに散れ――【崩滅竜法“ドラグ=イレ”】』
「その不作法な口、いい加減閉じさせてあげる」
咆吼が放たれる、間際。
あたしは、空間に生まれたひずみに、思い切り足を踏み入れる。
『世界ごと消え――』
「【成就】」
刹那、空から現れた巨大な足。
空間の先で巨大化されたあたしの足が、鋭いハイヒールでダストのアゴを刺し貫いた。
『――がふっ――――――――――ぐがッ……アアアアアアアァァァッ!!?』
爆発。
ダストのブレスが行き場をなくし、体内で暴発。海の水をかき出し、海底を露呈させながら、聖樹の身体が粉々に砕け散った。
『ばか、な、なぜ、こんな、こんな、間抜けな技で、この私がアアアアアアアッ!!』
聖樹の竜。
背中の樹から、頭だけ生えたダストが叫ぶ。
「所詮、あなたが屑でしかなかったから、こんな最期なのよ。――そうでなければ、あたしに愛でられる未来もあったかもしれない。でも、選んだのはアナタよ、間抜けなダストさん?」
『い、い、いやだ、いやだいやだいやだ、こんな、踏みつぶされて終わるなんてイヤダァァァァァッ!!!』
落ち行く先。
海水が戻った先。
水面の上で佇むのは、サーベの姿。
「オレたちの世界の痛み、その身で味わえ、ダスト」
『ひっ』
サーベの掲げる手に、集まる霊力。
その真上で、あたしもまた、鞭に赤雷を纏わせる。
「【死せる神よ、暗澹たる鎌を振るい、生者を骸に変えよ】」
『やめろ、やめ――』
「【夜王の灼雷】」
黒い靄を纏う死に神が、巨大な黒い鎌を振り抜く。
空を染め上げるほどの赤雷を纏う鞭が、稲妻のように降り注ぐ。
『――ろぉォォォォァァアアアアアアアアアアアァァァァァッッッ!?!?!!』
その力と力の狭間で、かつて世界を支配しようとした神の代理人は、塵となって掻き消えた。
「さて、と。ん?」
あらゆる意味で最後の気力だったのだろう。ふらつくサーベの下に転移して、倒れた彼の体を抱き留める。
「また、助けられちまったな」
「ふふ、お礼はなにを請求しようかしら♪」
「く、く、なんでも言え。ああ、でも、一つだけ」
「なぁに? 機嫌が良いから、何でもするわよ。な・ん・で・も」
「――――――――――ありがとう、未知」
それきり、目を閉じて、意識を落とすサーベ。
「はぁ、もう、ほんとうに……しようのないひと」
だから、あたしも今日のところは素直に、未知に身体を明け渡して、綺麗に終わらせよう……。
「――なんて、する必要はないわよねぇ?」
サーベをハワイに転送。そうね、千歳の前で良いかしら。着替え中? 知らないわ。ぽぽいと放り込んで、あとは丸投げ。遠見で……と、いたいた。
チャンネル諸島? 辺鄙なところね。まぁ良いわ。ちょちょいとワープ。キアーダのやつ、よほどため込んだのね。超変身してあれだけ戦って、まだ力が余ってるわ。んふふふふ。
「どれどれ……ん、発見♪」
たき火の傍で膝を寄せ合っている五人の姿。一人はアリュシカかしら? 幼い上に機械でがんじがらめだけど、間違いない。あたし、可愛い女の子は間違えないのよね。
転移で、あたしよりも鈴理に懐いている静音の後ろに移動。抱きしめて、うなじにそっと口づけを落とす。
「わひゃあああああああああっ!?!???」
「ええええええっ、し、師匠!?」
「未知? じゃあ、やっぱり、さっき遠くで見えたドラゴンを倒したのは、未知なんだね」
『え? え? え?』
夢から反応がないと思えば、寝ているのね。相変わらず間の悪い子。
「な、なんてあだるてぃな師匠……って、もしかして、ヤミラピ!?」
「ふふふ、直ぐにわかるなんて、鈴理は良い子ね?」
「はぅっ」
かいぐりかいぐり撫で回すだけで、とろんと蕩ける鈴理。まったく、私は普段、スキンシップが足りないのよねぇ。
「静音も元気そうね」
「せせせ先生、そそそそいうのは、ゆゆゆゆ夢にやってください!!」
「寝てるじゃない」
「うっ」
「それとも、そんなに嫌だった?」
目を細めて、顎を持ち上げる。それだけで、静音は顔を真っ赤にした。
「そ、それは、そ、そんな、こ、ことも、な、ないですけれど」
「あら? 浮気? 鈴理も可哀想に」
「ど、どっちなんですか!!」
さて、鈴理は行動不能で静音もからかい倒したし、次は……と、その前に。
『あなたが、みち?』
「ええ、そうよ。アリュシカ」
『わたしのことも、しってる?』
「ええ、もちろん。あなたのともだち」
『そう、なんだ。えへへ、ともだちいっぱいで、うれしい』
「んふふ。そう。だから、これはプレゼント――【創造再生】」
ぱちん、と、指を弾く。すると、瑠璃の星が赤雷を放ちながら、アリュシカの胸に吸い込まれた。
『えっ、あっ、からだがあつい。とけちゃう、ぁっ、あっ、ぁぁっ』
眩い光。
その向こうに佇むのは、一糸纏わぬ幼いアリュシカ。
「あ、れ?」
可愛い女の子が自分の声帯では喋れず、なおかつ機械の補助つきなんて認められないわ。さっくり治癒の奇跡をかけてあげると、アリュシカは、自分の身体を眺めてぱちくりと瞳を瞬かせた。たっぷり肢体も眺めたし、あたしのマントを被せてあげる。幼女が自分の身のものを纏わせるのって良いわよねぇ。
「みち、が、くれたの?」
「ええ」
「ありが、とう……っ」
涙を流すアリュシカを、鈴理と静音が抱きしめる。
さてさてそれじゃああたしは、物欲しそうなアリスのもとへ。
「未知、その」
「よく頑張ったわね、アリス」
「っ……未知! なんだか雰囲気が違うけれど、やっぱり、未知は未知だ」
可愛らしい、赤混じりの金髪を撫でる。するとアリスは、くすぐったそうに身を捩った。隣では、鈴理と静音がアリュシカの目と耳を塞ぎながら、ごくりと生唾を呑み込んでいた。
そんなに暑く見つめられると、盛り上がってしまうわよ?
「私、未知にお礼がしたい。でも、何が出来るかわからない。何かない?」
「そう……なら、アリスの可愛い唇を貰おうかしら?」
顎をあげて、目を合わせる。すると、アリスは目を大きく瞠った。
「で、でも、唇は結婚する人にしか捧げてはならないって、馨が……」
「あら、良いじゃない。ケッコン、する?」
「わっ、わた、私で良いの? ――なら、いい。未知になら、全部あげる」
目を閉じて、唇を差し出すアリス。その可愛らしい唇に息を吹きかけると、アリスは目を閉じたままぶるりと身体を震わせて、頬を朱に染めた。
なんて可憐で、美味しそうな唇だろうか。思わず舌なめずりをして、差し出すことしか知らない初心な乙女に大人のキスを――あれ?
「み、未知?」
戸惑うアリス。
硬直する静音と鈴理。
思わず引きつるあたしの頬。
「師匠の指輪が、光ってる?」
まさか、そんな、だって!
『世界を救ってくれてありがとうございます、未知』
『こんなことしかできませんが、せめてものお礼です』
『詳細はまた後ほど、メール致しますね』
「ちょ、待ちなさい、ミカエラ! せめてこの唇だけでも――」
『ごめんなさい。さすがにそれは、未知が不憫ですので……【反転解除】』
「――あっ、ちょっ、だめ……ああもう、むりっっ」
光が満ちる。
引きずり込まれるように、闇の中に、あたしの意識が沈んで――
反転する価値観。
裏返る人格。
「ぁ」
表に出る性格。
反転した人生観。
――私の意識が、戻る。
「未知、あれ? 衣装が変わった?」
「……」
「あわわわ、師匠、大丈夫ですか!?」
「…………」
「も、もう大丈夫? 元通り? あ、アリュシカはまだ見ちゃダメ!」
「………………」
「え? え? え?」
「……………………」
「――あれ? ここは……って、未知先生? え? なにが起こったのかしら??」
「…………………………」
「海、ちょっと泳いでくるね」
「わー! 待って師匠、身投げはだめぇぇぇぇぇぇっ!!」
――――――――――ふっ、あはは、あなたって本当に最高ね! 私。




