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そのご

――5――




『――条件一致。試練対象の増加、承認』




 機械音声が響き渡ると、鉄格子周辺を覆っていた結界が解かれる。

 良かった、良かったけど、夢さん……それは後で後悔するたぐいの言い回しだよ?


「【速攻術式セット身体強化フィジカルエンチャント展開イグニッション】!」


 高速で端まで移動。

 夢さんをひっつかんで、笠宮さんの傍へ。

 そのまま、ポチと並んで二人を庇う。


「お待たせ、笠宮さん。ポチ」

『うむ。待ったぞ、ボス』

「師匠……あの、その、夢ちゃんと結婚、しちゃうんですか?」

「その場合は笠宮さんも一緒に結婚する流れになっちゃうからね?」

「なら、いいです。戦いましょう、師匠! 夢ちゃん!」

「えっ、何が良いの? あれ? 笠宮さん?」


 そうこうしているうちに、鎧が立ち直る。だがどうやら試練の見直しでもしているのか、直ぐには動かない。

 ううん、どうしよう。開いてはならない扉を開いてしまった気がする。

 い、いや、もう纏めて全部後で考えよう。


「夢さん、武器はありますか?」

「切れた鉄格子、中が空洞になっていたので、これに魔導術を刻みます!」


 夢さんはそういうと、着物を裂いて広げる。


「【術式刻印レリーフィング形態フォーム銃創ライフリング様式アーム精密射撃ロックオン付加パーツ攻勢圧縮アタックプレス追加プラス術式起動要請フリーズワード】」

「夢ちゃん……すごい……」


 布に魔導術式を刻み、それで鉄パイプを包む。

 なるほど、そうやって作っているのか。考案した霧の碓氷はとんでもないな……。


「碓氷の家にある布は全て、いつでも“術式刻印レリーフィング”が可能なように、魔導布でできています。ですから、後はどこかで弾丸をどうかにすれば……」

「そう、なら、私が何とかしましょう」

「へ?」


 布を巻いた鉄パイプは、夢さんの二の腕よりも少し短いパーツだ。

 ならば、と夢さんの腕に鉄パイプを固定。肘側に魔力を込めて指を当てる。


「そそそそそんな近くにみみみみ未知せんせぃ、だめですぅぅぅ」

「――夢ちゃん?」

「ひぇっ」


 ええっと、こうだったかな?


「【術式刻印レリーフィング】」

「なっ?!」


 驚愕に固まる夢さんに、反応を返す余裕はない。

 初めて扱う魔導術式だ。これはちょっと、骨が折れる。


「【形態フォーム弾倉装填マガジンバレル様式アーム矢弾形成アロウブレット付加パーツ徹甲形成アサルト追加プラス術式接続要請コネクトワード】」

「う、うそ……。簡単に刻むって言っても、こんな一族もやったことのない応用課題みたいな術式を軽々と……?」

「いや、難しかったよ? これでやじりの形をした弾丸が随時補填されるから、夢さんはこれで援護をお願いね?」

「は、はいっ!」


 ふぅ、なんとかなった。

 っと、夢さんも良い返事だ。あとは……。


「笠宮さんは、夢さんをカバーしながら反発につとめて……笠宮さん?」

「鈴理です」

「えっ、と?」


 あれ笠宮さん、なんだか笑顔がこわい?


「夢ちゃんばっかり、ずるい」

「す、鈴理さん?」

「はいっ、任せて下さい師匠!!」


 なんだろう。

 盛大に墓穴を掘っている気がする……?


『ボス、来るぞ!』

「っ――各員、散開!」

「はいっ、師匠!」

「は、はいっ、先生!」


 刀を振り上げた鎧を、ポチが受け止める。

 同時に、夢さんが大きく下がり、夢さんを護るように鈴理さんが立った。


「射撃援護開始します! 【展開イグニッション】!」

「【速攻術式セット魔導剣ブレイド展開イグニッション】!」


 手刀を作り、その先から瑠璃色の剣身を生み出す。

 狙いはポチが抑え込む鎧の、腕!


「せやあッ!」

『ヌァッ!?』

「【反発バウンド】!」


 鎧の眼光が輝き、目から光線が放たれる。

 それを難なく避けると、後方の鈴理さんが跳ね返した。

 避けた鎧にポチがタックルして体勢を崩させると、その足を夢さんが貫く。


 今!


「ッ!」

『グゥォ!』


 体勢を崩し、足を打ち抜かれた鎧の左手を、持っていた刀ごと切り落とす!

 なにも言わずとも、全てのタイミングを合わせてくれる仲間たち。まるで、英雄仲間と戦っているかのような感覚。

 互いを信頼し、思い合っているからこそできる連携攻撃!


「【展開イグニッション】!」

『バカナ、個人ノ力ヨリ、コンナニモ違ウ、カ?!』

「【反発バウンド】!」

『グ、ウゥゥアァァッ!!』

『我を忘れるなよ? ゼノの影よ! ガウッ!!』


 夢さんの弾丸が、鎧の片目を潰す。

 もう片方の目から放たれた光線を、鈴理さんがまっすぐ跳ね返す。

 残った右腕を、ポチが食いちぎる。


 さらけ出されるのは、がら空きの胴体!


「これが、絆の力だ!! 【速攻術式セット切断スラッシュ展開イグニッション】!!」


 そして、私の斬撃が。


『グゥヌゥオオオオオオオオオオオオォォォッ!?!?!!』


 鎧の脳天から、真っ二つに切り裂いた。















 ズシン、と、鎧が広間に横たわる。

 あ、危なかった、どうなることかと思った……!


「お疲れ。待たせてごめんね、ポチ」

『我はステーキを所望する』

「ふふ、了解」


 周囲の異界化は、まだ解除されていない。

 そう簡単に解除されないだけかも知れないけれど、鎧が動き出さないか警戒は続けておこう。

 ……二人を、そっとしてあげたいしね。


「ごめん、ごめんな、う、うぇっ、すずりぃ……」

「大丈夫、だいじょうぶだよ? 夢ちゃん」

「でも、でも、ぐすっ、わ、私、鈴理を傷つけたっ」

「このくらい、へっちゃらだよ? でもどーしても謝りたいって夢ちゃんがいうなら、転校なんかしないでずっと一緒に居て?」

「うん……うん、うんっ」


 鈴理さんを抱きしめて、声を上げて泣く夢さん。

 そんな夢さんの背中を、鈴理さんは優しく撫でている。

 なんだか不穏な空気になったりして一時はどうなることかと思ったけれど、友情的な意味で落ち着いてくれて良か――


「あと、わたしをお嫁さんにしたいの? 師匠……未知先生をお嫁さんにしたいの?」

「うぇっ、ぐすっ、わか、わかんない」

「うんうん、本音みたいだね。わたしも女の子同士のこととかよくわからないけれど、夢ちゃんとも師匠ともリュシーちゃんともずっと一緒に居たいから、リュシーちゃんとも相談、で、いいね?」

「うん、うぇ、うん、鈴理の、いうとおりに、するぅ……ぐすっ」

「ほら、夢ちゃん? 良い子良い子」

「うぇぇ、鈴理ぃ……ぐすっ、うぇっ、うぅ」


 ――った? の?

 宥め賺す鈴理さんの言葉選びは、なんだか妙だ。教育実習の時に先輩の先生に、生徒に恋愛感情を向けられることはザラにある。問題を起こさないようになだめて、かつ、他に目を向けるように、傷つけないように導く必要がある、なんて言ってたっけ。

 男の人ならそういうこともあるのかなー、なんて話半分に聞いていてごめんなさい。あの先生、今どこでどうしているんだっけか? あ、元生徒と結婚したって年賀状届いてたな。おいこらできてないじゃないか。


『ボス』

「ああもうどうしよう誰に相談したら良いのだろうか」

『ボス』

「獅堂? 七? 拓斗さん? いや、時子姉かなぁ」

『ボス。現実逃避はそこまでだ』

「え?」


 ポチに言われて目を遣ると、カタカタと震える鎧がいた。

 トドメ、刺し切れていなかったか!


『試練、ヲ、試練ヲセネバ、試練ヲォオオオオオオオオオオ!!』

「っ」


 鎧の構成が組み変わる。

 色は黒銀に、形は西洋騎士のように、刀は両手剣に。


『試練の悪魔“ゼノ”の形に近づこうとしているのであろうな。アレはリビングアーマー。中身のない鎧の亡霊騎士だ。どうする、ボス。正真正銘の悪魔級だぞ』

「に、逃げましょう、未知先生!」


 夢さんが声を上げ、鈴理さんが深く頷く。

 だが、異界化が解除されていない以上、どこにもいくことはできないだろう。


 ああ、わかっていた。

 最初にポチが悪魔の気配を感じ取った時点で、気がついていた。


 どうせ、こんなことになるだろうって。


「二人とも、下がって。ポチは二人の護り。いいね?」

『心得た』

「だ、だめです! 私はっ、私だって、未知先生を失いたくない!」

「師匠……もしかして」


 追いすがる夢さん。

 ナニカに気がつく鈴理さん。

 そうだよね。気がつくよね。はは、ははははは。


「大丈夫。失うのは、私の尊厳だけだから」

「え?」

「大丈夫。失うのは、私の尊厳、だけ、だから」

「そん、げん?」

「――失望しても、良いから。だから、下がっていて」


 困惑する夢さんを置いて、一歩前に出る。

 空気を読んで夢さんの手を引く鈴理さんの顔は、安心しきっていた。

 シンライサレテウレシイナァ。


「来たれ【瑠璃の花冠】」

「大丈夫だよ、夢ちゃん! ステッキを取り出した師匠は、時代劇のラスト十五分みたいになるから!」

「え? えっと、え?」


 うん、いや、まぁ。


『ボス、来るぞ』

「来ないよ。だって――魔法少女の変身シーンは、誰も妨害できないから」

『なるほど』


 ステッキを構えると、黒いオーラを纏った西洋騎士の動きがぴたりと止まる。

 そうだろう、そうだろう。ここから先は、魔法少女の時間だからね!


「【マジカル・トランス・ファクトォォォッ】!!」


 体が瑠璃色の光りに包まれる。

 眼鏡は空中に溶け、服は全て消え、髪はツインテールに強制変換。

 衣装はいつものフリフリ魔法少女にチェンジ。だが、相手はバリバリの近接系。


 今日はここから、もう一段階!


「【トランス・ファクト・チェーンジッ】!!」


 私を“この”姿にしたことを。

 地獄の釜で後悔しろ、悪魔モドキ!





「少女の愛がピンチに陥るとき」

――踏み出す足は、ピチピチ足袋に花飾りつきの雪駄。

「ラブリー時空からやってくる」

――脚を覆うのは瑠璃色の袴。ただし、膝上ショートパンツ。

「愛に唄い、愛を謳う、究極無比の愛戦士」

――胸を覆うのは布。包帯のようにぐるぐると、形がハッキリわかる痴女晒し。

「そう、その名も、我らが魔法少女」

――上着は巫女服上部。ただしサイズが小さすぎて襟を掛け合わせず紐でギリギリ留め。

「ミラクル☆ラピっ。サムライフォームで、おして参るっ♪」

――構えるステッキの形は、鞘つき日本刀。侍なのに巫女とはこれいかに。





 しん、と、空気が凍る。

 試練の悪魔はストイックなのか、珍しく何も言わない敵だ。

 それよりも気になるのが、凍ったように声を発しない背後にある。


 な、なにか言ってくれないかなぁ、なんて――


「み、未知先生が、わ、私のせいで痴女衣装に……? せ、責任は取ります! 結婚して下さい!」

「ゆ・め・ちゃ・ん?」

「ひぃっ?! ち、違うの、鈴理! これはそのあの混乱してだってあのその」

「ちょっと向こうでお話ししようね? あとね、ラピは痴女なんかじゃないよ? あんなにかっこいいのに」

「かっこ、いい? お、おもしろい冗談ね? ひ、ひぃっ、鈴理、目が怖い?!」


 ――うん、放置でいいや!


「試練の鎧さんは、このラピが、愛の力で制裁おしおきしちゃうぞ☆」


 ぱちりとウィンク。

 飛び交う星マーク。

 揺れる胸。は、恥ずかしい。もうやだぁ……。


『良いだろう、貴殿を試そう。魔法少女ミラクル☆ラピよ』

「フルネームでよばないでくれるかなぁ?!」

『ボスよ、少女言葉が抜けているぞ』


 急に滑舌がよくなった鎧に、思わずツッコミを入れてしまう。

 だがだめだ。ちゃんと心は殺しておかないと、弱くなる……!


「可憐に咲き誇る瑠璃の花。すぱっと一閃、いっくよーっ♪」

『来い』


 鎧に一歩踏み込む。

 だがその一歩は、他のフォームの時のように音を立てたりはしない。

 清流のように静かな踏み込みは、世界の景色を静かに加速させる。


「ひとつ」

――ザンッ 鎧の背を切る。

『なに?!』


 鎧の知覚の外で動く。

 だがこれは、早いのではない。音のない踏み込みで、気配を探らせなくしているだけだ。


「ふたつ」

――ザンッ

――もう一撃背に。

「みっつ」

――ザンッ

――上段斬りを半身で避け左手を落とし。

「よっつ、いつつ」

――ザン、ザンッ

――胸を袈裟斬り、避けてもう一撃

「むっつ、ななつ」

――ザ、ザンッ

――剣を半ばからたたき落とし、右手を切り。

「やっつ、ここのつ、とおっ!!」

――ザ、ザ、ザンッ!!

――三連撃で、関節に突き打ち込む!!


『ぐぅおおおおおおおおお?!』


 よろける悪魔の姿を見て、刀を鞘に収める。

 体勢は杖が教えてくれる。抜刀術に、一番向いた形を。




「【祈願セット魔ヲ祓ウ愛即ノ斬ラブリースラッシュ成就イグニッション】!!」




 瞬き。

 神速の抜刀が、鎧の“核”を捉える。


『なに、が?』

成敗せーばい☆」

『ぐ、ぁ?!』


 すらり、と、鎧の体が斜めに“ずれ”る。

 そして、ウィンクとともに真っ二つに割れる。


「魔法少女は今日も可憐に、わるーい大人をト・ウ・ッバ・ツ♪ これにて、解決だヨ♡」


 腰を振って、にこっと微笑む。

 ちゅどんっと上がる、瑠璃色の爆発。

 ぽっと頬を染める、夢さんと鈴理さん。

 さっさと子犬に戻る、薄情な使い魔(ポチ)



 今日も何とか解決完了。




 あー。




 もうやだ。





2016/09/07

誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔法少女状態で敵を倒した後の”間”がなんともいえない
[一言] まさかのノーリアクション
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