そのじゅうはち
――18――
縦横無尽に駆け回る乙女さんを夢ちゃんが牽制しながら、アリスちゃんが遠距離攻撃を仕掛ける。
「この芸術はなぁ! これまで儂が喰ろうてきた哀れな魂共の最期の表情じゃ! 愉快じゃろう? 美しかろう?」
空を飛び、わたしたちを俯瞰する笠宮装儀――キアーダ。入口から入り込む魔天兵の対処は静音ちゃんに任せて、わたしとキアーダが一対一で向き合う。
「悪逆非道とは、あなたのことを指すんだね」
「カカカカカカッ! 言うてくれるなよ、鈴理ィ! 血縁者だろう?」
「そういう煽りはきかないよ! もう、乗り越えたことだから!」
速攻術式・平面結界・接続。
速効追加・変質許容・展開。
「【再起動】!」
「ぬぅ!?」
会話の中に小声で詠唱を挟み込む、杏香先輩直伝のテクニック! 二重詠唱は無理だけど、これならやっとできるようになった。その間に杏香先輩は三重詠唱に成功していたけれどそれはともかく。
再起動によって、直前の詠唱をもう一度省略起動。平面結界の運営に都合が良いように、師匠が考えてくれた術式!
わたしの全部は、みんなとの絆で出来ているから!
「カカッ! ――“干渉制御”」
事象への干渉。
今、キアーダが空に浮かんでいるのも、その効果だろう。本当に様々な効果を及ぼす異能。だからこそ、わたしの取れる手段は一つ。
「させない! ――“干渉遮断”!!」
「なに? ……なるほど、なるほど」
空を飛ぶ力は消せていない。まだ、わたしの知らない使い方があるの? うむむむ、悔しい!
平面結界を展開。複数設定で六枚。足の裏に二枚、背中に二枚、前に二枚。変質許容の効果により、前の一枚を変成。縦に伸ばして剣の形を取る。
「盾と剣、騎士のつもりかのう?」
「悪を倒すのは、魔法少女か勇者だからね!」
「カカッ、少女の方が好みだが、まぁ良い。――“自己干渉”」
キアーダはそう唱えるが、見た目で変わったところはない。
「“速度・膂力・硬化”」
瞬間。キアーダの身体がぶれる。直感で振り向くと、腕を振り上げたキアーダの姿があった。
「っ【硬化】!」
衝撃。
平面結界が一撃で砕かれ、弾かれる。
「【飛行】!」
直ぐに背の平面結界を飛行設定にして、なんとか距離を取る。けれど、キアーダの攻勢は終わらない。彼女は己の掌を壁の彫刻で傷つけると、流血を振り払うように手を上げた。
「“血脈干渉・剣化・硬化・鋭化”」
血流が剣に変わり、固まり、刃が輝く。それで、やっとわかった。自分の内部のみに干渉対象を絞ることで、外部からの如何なる干渉も受け付けないようにしているんだ。でもそんなに効率の良い干渉が、できるものなのかな?
――よし、やってみよう。
「こう、かな? “自己干渉”」
身体の内側に潜り込む。精神を解析し、解体し、分析し、構築する。
「違う違う、そうじゃない。自己と内側を分けろ」
「え?」
にやにやと、薄気味悪い笑みを浮かべたキアーダがわたしにそう助言する。でもその助言が、足りないピースがきれいに嵌まったときのように、自分にぴたりと合っていた。
内面を切り離して俯瞰する。自己強化の定義を付けて、異能を発動。
「“速度”」
確定。強化保存。内側に干渉した力が、わたしに当てはまる。さきほどと同じ速度で揮われた剣を、はじき返せる程度には。
「カカカッ、やはりそうか! 貴様、貴様の世界? 次元? で、へまをした儂を、取り込んだな!」
「っ」
それを確かめるために、わざわざ? いやでも、違う、本当に心の底から喜んでいるように見える。なら、何故?
「いいじゃろう、いいじゃろう、教えてやろう」
キアーダはそう、満足げに微笑む。その笑みは、あの寄生虫お祖父さんが嫌がらせに緩急を付けるときに、ほんの僅かな飴として褒めるときとよく似ていた。
……こんなことで改めて認識したくはなかったけれど、もう否定のしようもないほど同一人物だ。
「この力が始まったのはいつからだと思う? 鈴理という可哀想な少女か? 装儀という愚かな男か? 否、否、否よ。元々は魔を狩る一族に発現した、ほんの僅かに事象に干渉する能力だった」
まるで、面白おかしい喜劇を話すように、キアーダはくるくると回る。両手を広げて、悪意を零しながら、毒華のように。
「男の名は藍姫双蔵左門。退魔七大家序列六位、藍姫初代当主、藍姫双非壱華の弟にして劣等者であった。誠に――愚かな男じゃったよ」
ほんの僅かに滲ませた苦味。そこにあった感情は、怒りと、憎しみと、嘲りと――後悔?
「彼奴は、劣等感に打ち勝つために己の魂を代償に力を強化した。頭の足らない自分を補うために、自我を持たせるという愚を犯した。力は弱かったが狡猾で、魂食いによって力を増したのさ!」
口調が変わる。
声色が変わる。
感情が変わる。
表情が変わる。
人格が変わる。
「故に! 儂は魂を喰った! あんな男でも愛した女だった! 故に! オレは魂を喰った! 苦しみの中でも、愛を与えられた子供だった! 故に! あたいは魂を喰った! 笑顔を絶やさぬ良い女だった! 故に! ぼくは魂を喰った! 逆境の中でも、よく笑う男だった! 故に! 私は、魂を喰ったのさ!」
唐突に、人格が戻る。最後の最後、最期に戻ってきた人格が、おじいさまのものだったと直感した。
「他者を慮る、優しい子だった。だから私も息子夫婦が優しく育てるように誘導したのだが、あやつらも悪魔共に早々に喰われおってのう。なんとか魂が甘美になるよう苦悩と痛苦の中に置いて磨き上げたが、あとちょっとのところで、樟居の阿呆が無理をさせるから壊れてしもうた。次代は喰らった相手の口調を則ることにしておったが、なにも残らなかったのでなぁ――こうして、初代の口調に戻した、というわけじゃ! カカカカカッ」
噛みしめた唇から、鉄の味が滲む。この、目の前にいるものは、少女でもなければくたびれた老人でもない。ただの化け物だと、ただただ、痛感させられた。
「この力は、何代にも渡って強化されてきた力じゃ。それが、貴様の代で、軸であるはずの人格を失うほどに塗りつぶされたという。であるのなら! ――もっともっと力に馴染んだ貴様を喰らえば、どうなると思う? 儂はそれが、たのしみで楽しみで愉しみで!!」
三日月のように歪んだ口。
醜く歪んだ瞳に浮かぶのは、喜悦。
「――なんと、力とは甘美なのか」
化け物が、そう、狂笑を上げた。
「さぁ、授業を続けよう、儂の愛しい末裔よ。なぁに、覚えきるまではきちんと遊んでやるとも。儂はむかぁしから、年頃の少女と遊ぶのが大好きでのう!」
化け物はそう言うと、両手を広げて嗤う。
愉しそうに、愉しそうに、嗤う。
「さぁ刮目せよ! この身に宿りし異能は、いずれは運命さえにも干渉する稀代の異能! 今や壊れ尽くした娘の身体に名付けしは、悦楽の仇名!」
そうして、わたしとよく似た顔で、彼女は歪んだ霊力を解放した。
「――“死の鐘”なり!!」
この連鎖を。
「この悪夢を終わらせることが、わたしが、この世界に来た理由なのかもしれない」
霊力と魔力。
霊力と霊力。
「さぁ、儂を愉しませろ! 鈴理ィィィィィィッ!!」
「もうこれ以上、あなたの好きにはさせない! キアーダァァァァッ!!!」
絶望と希望が、衝突する。
――/――
鈴理とキアーダが激突する姿を尻目に、私とアリスは母さん――いや、風間乙女のもとに走る。
「あなたたちの力は調べ尽くした。所詮、近接の刃使いなど、侍とさほど変わらない無能に過ぎないわ」
「アリスがいてもそう言える?」
「ええ。あんな力、ここで使えば洞窟が崩れるわよ」
そりゃごもっともだ。だから、きっと、この場に誘い込むことは彼女の提案だったんじゃないだろうか? 私たちは屋根のあるところを探す。なら、ここ以外の洞窟を潰せば選択肢は一つだ。誘導はさぞ楽だったことだろう。
キアーダが鈴理につきっきりになるのは予想外だったみたいだけど――まさか、私も“ここ”の方が都合が良いと思ってる、とは、想像もしていないんでしょうね。
「アリス、作戦D!」
「D。了解」
いくつか配置決めに提案した作戦。その中でもDは、ここに来るまでのアリスの異能を見て決めた、“複数・若しくは高速の敵が居る”こと前提での作戦のことだ。苦手なのかとも思ったけど、歴戦の戦士は経験値が違う。実のところ、私たちの誰よりも戦場経験の長い彼女は、それはもう簡単に了承して見せた。
そして、その戦い方こそが、彼女の異能の真骨頂。
「まぁ、良いわ。百鬼――」
「“炎嵐”」
「――夜……ッ!?」
異能の発現寸前に、風間乙女は大きく横に転がる。その後ろ、趣味の悪い彫刻が焼け落ちる。
「不可視の壁!?」
「ここ四年、使う機会がなかったから心配だった。まだまだ私も現役」
そう、乏しい表情ながら得意げな顔を見せるアリス可愛い……間違えた。そう、大気の壁を高熱化させて目に見えない障壁を生成して、風間乙女の進行方向に置く、というアリス謹製の異能トラップだ。
「驚くのはまだ早い! サァサァご覧あれ! ここに開帳せしは先祖代々語り継がれた忍びの極意! 風間忍術なんて目でもないと、私の忍術で証明してあげるわ!!」
小太刀“蒼灰”。
退魔五至家、“鉄”の施した術銘“灰被り”。
それは、私自身が発動したことがある忍術を、短時間再生させる。不死鳥の灰と、シンデレラの灰被りから取ったという――母さんのアドバイスによって実現した、私だけの固有兵装。
「どう足掻こうと現実は変わらない。誰も彼もが分不相応な願いを口にして、無力なまま死んでいく。それがこの世界の理よ!」
「ハッ! そんなクソッタレな理は、私の祝福の鈴の音でぶちこわしてやろうじゃない!」
負けない。
ああ、負けられるわけがない。
「私の名前は碓氷夢! 碓氷夢幻流の正統後継者にして、現の氷威、碓氷甲と――世界最高のくノ一、碓氷乙女の一人娘!」
「ッ――!?」
蒼灰よ、私に応えて武威を示せ。
私の誇りを、私の魂を、刻んで見せろ。
「【灰被り】!」
――起動術式・忍法・絶氷舞踏・展開。
装填。
本当なら、二つ同時は扱えない“とっておき”を、可能にした武装。
私の周囲に渦巻くのは、解かれた巻物だ。
「【起動術式・超忍法】」
彼女が、目を瞠る。
落ちるフード、長い髪。本当に、なにもかも、母さんなんだね。
「【是光陰矢如・展開】!!」
腕甲“黒風”に装填されるのは、一つ一つに術式刻印が施された特別製。それに、刻印紙柱の忍法を掛け合わせることで、超高速高威力の弾丸を射出する。
洞窟? 崩れないよ。貫通力は高いけど、それだけだからね。空気孔なら、地上まで綺麗に刻んであげるけどさ!
「私相手に手札を隠せたことは評価するわ。でも、誰が誰の娘とはき出すそのくだらない妄言は、ここで後悔させてあげる!」
「やってみなさい、口先以上に出来るもんなら!!」
未来と過去が交差する。
一つの因果を、巡るように。
――/――
かがみのむこう。
つるぎをふるう、わたしのともだち。
わたしはただ、このばで、みていることしかできないの?
『諦めるのか?』
あきらめる?
あきらめるのには、なれている。
『諦めるのか?』
わたしがのぞんで、できるものなんてなかった。
わたしがねがって、かなうことなんかなかった。
『諦めるのか?』
だって。
『諦めるのか?』
わたしだって。
『諦め、られるのか?』
わたしだって、たたかいたい。
まもってもらうだけなんて、もういやだ!
『ならば願え』
わたしはたたかう。
このきかいなんか、ひきちぎってでも!!
『ならばその意志を、代償としよう』
え?
『我が名はゼノ。試練の剣、宿命の門番、魔鎧の王』
ぜの?
『我が主の名は水守静音。妖精の歌姫にして、誇り高き剣の王』
ほこり、たかき?
『故に――貴殿の力を、主に預けよう。我もまた、彼女の友なれば』
ちからが、みちる。
いままでにないほどに、おおきく。
わたしも、みんなとたたかえる?
『是』
ふふ、ありがとう。
やさしい、よろいのおうさま。
2018/12/15
誤字修正しました。
2024/06/03
誤字修正しました。




