そのじゅうなな
――17――
チャンネル諸島の爆発から一夜明け、わたしたちは今後のことについて話し合っていた。
「未知先生と通信が繋がれば良かったんだけどね」
夢ちゃんはそう、小さくぼやく。
けっきょく、ハワイに行く手段はまだできていない。場所は夢ちゃんが最初に地図を見たときにわたしたちの世界との整合性を確かめてくれていたようで、星の観察もして遜色ないことも確かめたので、空を見ながら方向感覚に従って行けば海上でもなんとかなるようだ。
だけど、やっぱり手段がない。一応施設の残骸から船の材料になりそうなモノを静音ちゃんとアリスちゃんに集めて貰っているけれど、うーん。
「術式刻印で残骸を船に仕立て上げることは出来るのよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。ただ、それだと耐久性が心許ないのよねぇ」
「あー、そうだよね。ばらばらだったもんね」
夢ちゃんが吹き飛ばしたあと、異界は衝撃で閉じたようで魔天鬼兵ごと存在せず、ただ施設上部の破片だけが周囲に散らばっていた。このぼろぼろの破片だけど、確かに耐久性は不安だ。
そうなると、もう、耐久性は捨てて、速度で勝負するしかないのかな。
「おーい! なにも見つからなかったよ」
と、アリスちゃんの声が聞こえてきた。申し訳程度にぼろぼろの破片を持ってきたが、どうやらだめらしい。アリスちゃんと一緒に帰ってきた静音ちゃんも、破片を手に苦笑している。
「み、見て」
静音ちゃんは、そう言って大きな破片を地面に置く。するとどうだろう。破片は地面に当たってぽきっと折れてしまった。うひゃー……異界と繋がってたせいかな? こんなに脆くなるなんて。
確かに、これは“なにも見つからなかった”、だね。
「木で筏を作る?」
「うーん。もう、隠れ待つっていうのも手なのよね」
「そうなの? 夢ちゃん」
「ええ。向こうの切り札の一つはこうしてぶんどって、取り逃がしたとは言えサイレントエッジにもダメージを与えて撃退した。となると、リュシーを守りながら洞窟なんかに隠れるのも手ではあるわ」
なるほどなぁ。移動手段がなにもないのなら、師匠と通信が繋がるまで隠れ住むってことなんだね。
「手頃な洞窟を探す?」
「どのみち、手段が出来るまで雨風凌げる、テント以外の手段は欲しかったからね」
「て、手分けする?」
「いや、こういう瓦礫拾いならともかく、直ぐに合流できない距離で手分けするのはやめておきましょう」
「じゃ、決まりだね、夢ちゃん」
……ということで、洞窟探しに決定。アリスちゃんもわたしたちになれてきてくれたのか、戸惑うことなく賛同してくれた。
そうと決まれば、出発準備だ。
「そうだ、静音ちゃん、リュシーちゃんの様子は?」
「ゼ、ゼノが相手をしていてくれてるよ」
「ゼノが? そう、なんだ??」
どうやって、とは聴かない方が良いのかな?
最初にある程度、魔導術で地形を把握する。それからだいたいの目星を付けて移動を開始。そうやって外周を歩き始めて三時間ほど経った頃に、わたしたちは洞窟を見つけることが出来た。
海から繋がっているようだったので簡単な筏を作って中に入ると、大きな空洞になっていた。満潮になっても穴は埋まりきらないほど大きいし、水に浸からない陸地もある。隠れ場所として最適な空間、なんだけど。
「こりゃ、安眠は難しいかも知れないわねー」
なんて、夢ちゃんは心底嫌そうな顔で肩を下げた。すごく大きな空間だ。けれど、その壁面にはびっしりと彫刻が施してあった。
そう、びっしりと、隙間などほとんどなく――苦悶を浮かべた人間の表情や仕草の彫刻が。
「悪趣味」
「た、たしかに。人目に付かないところだから、しゅ、趣味の悪い人がこうしたんだろうね」
綺麗な島なのに、こんなのがあったら観光も出来ないよね。リュシーちゃんに見せられない感じだ。本当に、ゼノの中に入っていて貰って良かった。
「ま、とりあえずは休憩ね。あんまり見ないようにして」
「賛成。疲れはとっておくべき」
「だねぇ」
ひとまず座り込んで、夢ちゃんがスープを配る。たき火で暖まって、一呼吸ついたらまたまた相談タイムだ。
「今後どうするか、は、このさい置いておきましょう」
一息ついてから、夢ちゃんはそう切り出した。
「まずは住み心地の良い空間に変えよう」
「確かに、それが一番だよね」
「で、どうする? 燃やす?」
「き、斬り削るのも、あ、あり?」
そうそう、この趣味の悪い彫刻がなくなれば、まだ安心も出来ることだろう。
そう、じゃあ、全部で、なんて言おうとして。
「おいおい、ひとのアルバムを勝手に削るだの燃やすだの……失礼じゃろう?」
――聞き覚えのある、声が、響いた。
それは、そう、ちょうどわたしが喋っていたような声で。
「っ」
飛び上がって、臨戦態勢に移る。静音ちゃんが前、夢ちゃんとアリスちゃんが左右に、わたしが後ろに立つ。
彼女は、写真でしか見たことのないはずの彼女は、洞窟の奥に、まるで最初からそうしていたかのように佇んでいた。
「予知の小娘がいないのう? どこに隠したのやら。おまえはしらんか?」
「知るはずがないだろう」
黒い髪、金の目、褐色の肌。まるで制服のブレザーを改造したような軍服ワンピースに身を包み、彼女――キアーダ・トゥ・サナートは、傍に佇んでいたサイレントエッジ……乙女さんに、そう、愉しげに聴く。
それから、余裕と悪意に満ちた目を、わたしたちに向けて、舐めるように見回して――わたしで、止まる。
「っ――ほう、ほう、ほう! 見たか刃の! 儂がおるぞ!」
「あなたとは色もなにもかも違うでしょう」
「いいや、儂さ! 儂にはわかる!!」
それは、どういう、ことなのだろう。
いや、違う、わたしは、考えたくなかっただけだ。冷静に自分自身を“観察”すればわかる。ただ、直視したくない未来から、目を逸らしていたんだって。
「なるほど……寄生虫の面目躍如って訳ね」
「夢、鈴理の様子が……夢?」
「寄生虫の分際でのこのこと鈴理の前に出てくるなんてよほど塵芥に帰りたいのかな?? いいよわかった並行世界だろうと何だろうとその存在余すことなくたたっ切る」
「静音まで……。いったい、どうしたの????」
夢ちゃんと静音ちゃんが、わたし以上に怒ってくれるから、なんだかちょっと落ち着いてきた。
「カカッ、そうかそうか、どこから来た? 過去か? それとも天国か? いいや、そんなはずがなかろうなぁ? おまえの魂は、この儂が、余すところなく喰ろうてやったのじゃからのう!! ……カカッ、カカカカッ、くカカカカカカカカッ!!!!」
わたしたちの敵であるはずの、乙女さんの顔が歪むのが見える。
「あなたは、自分の孫娘を食べてしまったんだね――笠宮、装儀」
乙女さんはここに居て、夢ちゃんが存在しない。
――わたしの初めてのともだち。救いの手はきっとなかった。
師匠が存在せず、世界は救われることなく天使と悪魔に侵された。
――笠宮装儀を止められる存在はなく、わたしはひとりで。
「ふむふむ、なるほど、なるほどのぅ――その魂の色、蘇った? いや、にわかには信じられんが……別の世界? というやつか」
いったい、どんな地獄を生きてきたのだろう。
樟居先生が居たかどうかはわからない。けれどきっと、この寄生虫のせいでこの世界のわたしは変質者に狙われて、友達もいなくて、信頼できる人もいなくて、心を壊されて身体を乗っ取られて、苦しんで苦しんで、消えていったのかな。
「鈴理」
「アリス、ちゃん?」
「だいたい、わかった。つまり、私が私の世界で鈴理と友達になれなかったのは、アレのせいなんだね」
アリスちゃんがそう、静かに告げる。それだけで、どうしてだろう。少しだけ、この世界のわたしが救われたような気がした。
すずり。
すずり。
すくわれなかった、わたし。
あなたでも、ともだちになりたいって、言ってくれるひとがいるよ。
だから、今。
「わたしが――わたしたちが、あなたを解放してあげるから、もうちょっとだけ待っていてね」
なにも持ってない頃のわたしだったら、なんて答えるかな?
「新品の苗床と思えば、多少の前戯も一興か。付き合えよ、サイレントエッジ」
「孫娘を食べた? ……そう。まぁいい。私は私の仕事をするだけ」
きっと、こう言うと思うんだ。
『本当に、わたしでいいの? わたしなんかのために、戦うの?』
うん、あはは、我ながら、卑屈だな。
でも、そんなわたしの手を取って、引っ張り上げてくれたひとがいた。
そんなわたしを助けてくれたひとがいた。
そんなわたしと友達になってくれたひとがいた。
『あなたで、良いんだよ』
今度はわたしが、あなたを助けるね。
みんなが、わたしにしてくれたように――!




