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そのじゅうよん

――14――





『んん』

『めいぎじょう、ちちとははとする』





 彼女の父は弱い人間だった。

 楽なことが好きで辛いことが嫌いで、異能を授かっていたが力は弱く、研究者であったが苦手な分野には目もくれなかった。



 彼女の母は弱い人間だった。

 貧乏が嫌いで金持ちが憎く、自分が金を持って裕福であることに執着して、いくら金銭欲を潤わそうと決して満たされることはなかった。



 彼女の両親は、弱く利己的な人間だった。

 見合いの席で妥協して、異形憑きの娘を出産し、珍しく稀少な力が彼らから僅かに残った愛情を奪い去った。天使に子供を売り払い、多量のお金にやっと満足を得て、幸せの絶頂からたたき落とされるように強盗に遭って死んだ。






『みらいをみるちからを、かれらはほしがった』

『だからわたしをここにつないで、ちからだけをしぼりとろうとした』





 計画は失敗だった。

 眼球をえぐり取っても、魂から切り離された目に力は宿らない。だから片目は再生させ、もう片方には特殊な術式が書き込まれた義眼を埋め込んだ。その結果、未来以外を見ることはできなくなったが、天使たちにとってはそれで充分だった。

 ベストな結果とは言えない。計画は、ベターな着地に落ち着いた。だから天使たちは、義眼に繋いだ人形に、未来を介する機能を付与。疑似的な量産に踏み切った。





『かみさまのちえをだいべんするかのようだ』

『だから、みらいをみるにんぎょうは“でみ・あばたー”とよばれた』





 人形の制作には成功した。だが、使用可能期間が短く、材料の入手・加工が困難であった。また、オリジナルの近くにあっても情報量の多さから破損してしまうため、生成にはオリジナルの傍でなければ成功しないのに、使用時には遠方に運ばなければならない。

 だが、それでもなお、未来を見る力は有用であった。人形が一体あるだけで、二箇所から未来予知を行うことが出来る。また、オリジナルは一度使用すると間隔を開けねばならないが、人形は破損するまで連続使用が出来る。





『みらいをみるためには、よぶんなちしきはいらない』

『だからこどものまま、からだのじかんをとめられた』



『みらいをみるだけなら、ごはんをたべるひつようはない』

『だからここのきかいにつないで、いかされるようになった』



『みらいをみるにんぎょうには、こころはいらない』

『だからともだちもかぞくも、わたしにはあたえられない』





 それでも、未来を見るということは情報を収集し続けると言うことだ。任意の未来を観測しようとすれば、相応の霊力と体力を消費することになる。だが、無造作に無関係に所得し続ける彼女の視界は、未だ運命もあやふやな未確定の情報の固まりだ。

 自分が死ぬ未来も、自分が存在しない未来も、自分が余所でも人形のように扱われる未来も、彼女にとってはすべて見慣れた光景であり、それでも、暗黒に彩られた、絶望の今よりは光と希望に満ちていた。





『でも、あるひ、みらいがかわったの』

『そのことについては、これまでみたいに、うまくみえなくなった』





 諦観と絶望。無機質な棺の中で願った終焉。最早なにもかも諦めていたときに、不意に、未来が変わった。

 異なる場所から現れた存在。何故か、誰とも縁を持たないはずの自分に縁を持つ人間。何年も変化のなかった自分の未来に差す光明。ただ、ただ、孤独を嫌う幼い少女の心が希った、彼女の今の終わり。

 異なる運命を辿った彼女が、過酷な運命を切り拓くために手に入れた異能――“魔神抱擁”。それは、自身の傷を攻撃に変換する、未来を切り拓くための力。

 異なる世界に生まれて孤独に飼われていた彼女が発現した異能は、本来の鈴理たちの世界に暮らす彼女とは、まったく違う能力だった。





『こうきばんらい』

――幸輝万来。





 自身の望む未来に、もっとも相応しい存在を引き寄せる力。幸運を手繰り寄せる、超常型アンノウンタイプの異能。ただ彼女は、漠然と認識したその力を用いて、彼女の望む未来――たった一つの願望に縋って、呼び寄せた。





『みたいけしきも、いきたいばしょも、しりたいものもない』

『ただ、いちどだけでもいいから、わたしは、“ともだち”がほしかった』



『うそでもいいの』

『いまだけでいい』



『わたしの、ともだちになって』




 狼。

 忍者。

 吟遊詩人。

 炎の巫女。

 ――それから、呼べなかった瑠璃色の女神。




 異世界に縁を持つ人間と、その人間をこの世界に招いてくれた人間。

 そのひとたちと、友達になりたい。ただ、たわいもないことを喋りたい。

 誰かの運命を覆して葬るためでなく、誰かの幸運な未来を踏みにじるためでなく。





 それが、名前のない、ただの道具でしかなかった彼女の願いであった。
























――/――




 たぶん、時間にしたら一瞬のことだったんだと思う。頭に流れ込んできた映像と言葉は、この世界を歩んできたリュシーちゃんの記憶だった。あまりに凄惨で、悲しみに満ちた、有栖川博士と出会えなかったリュシーちゃんの人生(記憶)

 夢ちゃんは唇を噛み、静音ちゃんは強く拳を握り込み、アリスちゃんは諦観と怒りがない交ぜになった表情で、俯いている。



 だから、わたしは。



「わたしは鈴理。笠宮鈴理。鈴理って呼んで」

『……すずり? ごめんね、わたしになまえはないの』

「なら、わたしの友達の名前をあげる。きっと、許してくれると思うから」

『さっきの、りゅしー、って?』

「そう! アリュシカ。親しいひとは、リュシーちゃんって呼ぶんだよ!」

『したしい……いいの? みがってによんだのは、わたしのわがままだよ?』



 嘘でもいい?

 今だけで良い?



 そんなの、許せるわけがない。



「うん。だって、それでも、選んだのはわたしだから」

『――っ』



 リュシーちゃんに呼ばれて、それで悪感情なんて持つはずがない。これはきっと、たったそれだけのことだったんだ。


「鈴理ばかりずるいじゃない。碓氷夢。特別に夢で良いわよ」


 わたしの肩に手を置いて、夢ちゃんが。


「で、出遅れたっ。わた、私、私も! 水守静音。静音で!」


 ぐっと踏み込んで静音ちゃんが。


「アリス。名字はない。私もあなたを、リュシーと呼んでも良い?」


 いつの間にか前に出てたアリスちゃんが。


『ぁ――……ぅ……――すずり?』

「なぁに、リュシーちゃん」

『ゆめ?』

「なに? リュシー」

『しずね?』

「う、うん、リュシー」

『あ、ありす』

「いつでも呼んで、リュシー」


 口は動かない。でも、頭に伝わる思念は、少し震えていた。


『めがさめたらまぼろしだった、なんて、ないよね?』

「幻になんかさせないよ。わたしたちが、必ず」


 閉じられたリュシーちゃんの瞳。その左目から、ひとしずくの涙がこぼれ落ちる。その涙に、誰よりも早く、夢ちゃんがうんうんと頷いた。


「よし、じゃあ連れて帰るわよ」

『……ぁ。ごめんね、ゆめ。わたしはきかいにつながれているから、ここをうごけない』

「そ。で、動かしちゃいけない機械ってどれ?」

『? わたしのうしろ。ぜんぶだよ?』

「ふぅん。いける? 静音」

「う、うん、余裕」


 そう、静音ちゃんは腕輪を撫でる。そっか、その手があったか。


「鈴理、鈴理、静音はどうする気なの?」

「あー、アリスちゃん、えっとね、詳細は師匠と合流後でも良い?」

「未知と? うん、もちろん」


 こう、一応敵の拠点だから詳細はヒミツ。本当は使う気も無かったんだろうけれど、友達のためなら話は別だ。静音ちゃんは腕輪の嵌められた左手を、困惑するリュシーちゃんに向けた。


『なにをするの? すずりたちにかんするみらいはよくみえないから、わからないんだ』

「だ、大丈夫だよ。ちょっと、隠れていて貰うだけだから」

『う、うん――わかった。しんじる』


 覚悟を決めたのか、少し声が強ばるリュシーちゃん。いやまぁ、ビックリはさせちゃうと思うけれど、そこはほら、うん、ごめんなさい。

 そうして、アリスちゃんが固唾を呑んで見守る中、静音ちゃんは語りかけるように、腕輪の力を解放した。




「魔鎧王の主、静音が命ず。汝を我が剣の試練場に招き入れん――封ぜよ【ゼノ】!!」

『えっ、ひゃっ、えぇぇぇえええーっ!?!?!!』




 光の中に消えていく、リュシーちゃんと後ろの機械。根こそぎごっそりと機械がなくなると、ただ、がらんとした空間だけが残っていた。静音ちゃんの便利ボックス、だんだんと容赦がなくなってきてるなぁ。


「すごいね、静音。なんだかみんなに関わってから驚いてばかりな気がする」

「あ、あははは……私なんて、二人に比べれば普通だよ」

「「それはない」」

「えっ」


 うんうん、ほんとにね。むしろ一番普通なのはわたしだと思うなぁ。


「さて、あとは脱出するだけ――」






――Uuuuuuuuuuuu!!!

――Uuuuuuuuuuuu!!!



――施設に異常を検知!

――魔天鬼兵集合、侵入者の排除及び施設の保全に移行!!






「――というわけには、いかないみたいね」


 夢ちゃんに頷いて苦笑する。思いがけず巨大魔天兵の名前もわかったし、重要拠点も潰せたし、もしかしたらわたしたち、けっこう良い仕事をしたのではなかろーか。

 ならあとは、いつものように、頑張って切り抜けるだけ!




『ォオオオォォ』

『シ、ニュウ、シ、アアアア』

『コ、ロセ、セ、コ、コロ』




 この部屋は入口が狭いので、中々入ってくることが出来ない。それもそうか、万が一暴走してリュシーちゃんが巻き込まれたら、向こうにとっても損失だもんね。侵入を許す気が無いのなら、入れないようにするのが手っ取り早い。事実、リュシーちゃんからの指示がなければ、この部屋には入れなかった。

 仕方なく壁を壊してやってくるようだけれど、のんびり待っている必要はない。


「鈴理、天井抜ける?」

「待って。私がやる」

「アリス? ……わかった、お願い」


 アリスちゃんはそう志願すると、天井に人差し指を向けた。


「みんなに比べて役に立ててないから、一度、しっかり役目を果たしたい」


 呟くアリスちゃんの指先に集まる、白い炎。高温すぎて色が変化し、やがて霊力を練り込まれて黒に変わる。近くに居るだけでけっこうな熱量なんだけど、これ、大丈夫なの??




「“焦焰の息吹ディザスター・ドラグブレス”」




 轟音。

 それこそ魔天鬼兵すらも飲み込める太さのビームが、天井を突き抜け、階層を抜き、熱でなにもかも溶かしながら空を穿つ。見上げれば、青空の向こう側、雲がぽっかりと口を開けていた。


「じゃ、あとはここに来たときみたいに衝撃で飛んでいく」

「あわわわ、待って、待ってアリスちゃん、飛ぶのは任せて!」

「そう?」


 さすがに慌てて止めると、静音ちゃんと夢ちゃんはほっと胸をなで下ろしていた。さすがにこの距離をあれで飛ぶのは、怖いもんね……。


「【速攻術式セット平面結界フラットバリア速攻追加インクリース飛行制御展開陣(フライトユニット)展開イグニッション】」


 大きく生成した平面結界フラットバリアの上にみんなで乗り、飛行制御で垂直に飛んでいく。異界を抜け、建物部分を抜け、空に出て、見下ろすと無数の魔天鬼兵が外に出てこようと穿たれた壁をよじ登っていた。


「出てきそう。夢、どうする?」

「た、たたっ切ろうか?」

「いんや、大丈夫。保険があるから」

「あ、そういえば夢ちゃん、なにかしてたね」


 思い返すのは道中。道すがら、壁になにかを書いていた夢ちゃん。夢ちゃんはそっと指を弾く仕草をすると、手遊びでもするように、気軽にぱちんっと指を鳴らした。



「【遠隔展開リモートイグニッション】」



 閃光。

 耳をつんざく音。



「きゃあああっ」

「敵襲?!」

「な、なにっ???」



 真っ赤に染まる眼下の風景。

 魔天鬼兵の悲鳴で彩られる森。




「異界の存在力を燃料にして爆破したんだけど……これは封印ね」

「当たり前だよ夢ちゃん……」




 解決はしたけれど、ちょっと物騒すぎる。

 やっぱり一番普通なのはわたしだ……なんて、益もないことが脳裏をよぎったのだった。





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