そのじゅうさん
――13――
透明な台座が下っていく中で、わたしたちはただじっと息を潜めていた。なにせ、こうまでして敵が隠している拠点だ。鬼が出るか蛇が出るか……きっと、ろくでもないことには違いないと思う。
というか、なんで悪い人って地下が好きなんだろう? 思い出したくもない歴代変態たちはみんな、地下室が好きだったなぁ。
「……未知と一緒に侵入した、敵の拠点を思い出す」
「そこは、どんなところだったの?」
「飼育場。異能持ちじゃないひとを飼って、好き放題してた」
なにげなく尋ねたわたしの言葉への返答は、息を呑むには十分すぎるモノだった。飼育。人間を飼い殺して、当時の天使たちとやらは何がしたかったのだろう。世界征服? 世界平和? いずれにせよ、罪のない人たちをモノのように踏みにじった先に、理想なんかあるのだろうか?
なんか、嫌だな。少なくともわたしは、そんな風に、蹂躙でしか解決できない人間になりたくない。
「ついたわね」
どこかに着地する。薄暗い場所……だけど、灯りがない訳ではない。景色は巨大な浄水施設のようにも見える。高い天井と幾本もの柱。壁には水かな? 液体が流れていて、それがさらに床下へと続いている。
よくよく見てみれば、ベルトコンベアのようなものもあった。これで魔天兵が運んだコンテナをどこかに輸送するのだろう。
「とりあえず、これを辿れば良いのかな?」
「そうね。ま、行ってみるしかないでしょ」
「匂いの一つも無い。妙なところだ」
「あ、あかりが欲しいかも――っ……みんな、隠れて」
静音ちゃんに言われて、慌てて柱の陰に身を隠す。すると、台座の裏、壁の奥からなにやら大きなモノがのっそりと現れた。
身長はビル二階分くらい。筋骨隆々の身体、短く太い足と、巨大な鉈が握られた長く太い腕。顔には鋼鉄の仮面が被せられ、背にはぼろぼろの白い翼と、鎖が巻き付けられた黒い翼。身体にも拘束具のようなモノが嵌められているが、動きを阻害するようなデザインではない。なんとなく、罪の象徴のような、そんな気がした。
「アリス、あれは?」
「魔天兵、の特徴はある。でも、あんなタイプははじめて見た」
「き、気がつかれないように移動しよう」
「わたしたちくらいだったら、真っ二つにされそうだもんね……」
決められたルートを巡回しているのか、動きに迷いはない。というか、周囲を確認するそぶりもない。こっそり解析したいなぁ。
「なるべく、力は使わない方向で行くわよ。脱出経路が不明なうちから暴れたくはないからね」
「はーい」
苦笑しながら告げた夢ちゃんから目を逸らしながら返事をする。ばれてたか。そうだよね。
それからはひたすら息を殺しながら、奥へ奥へと進んでいく。時折さっきの巨大魔天兵とすれ違う以外は、どうにか好調だ。ただ、どうやらこの巨大魔天兵、たぶん一体二体どころじゃない。複数体で巡回しているから、下手に見つかると全部来るかも、とは夢ちゃんの談だ。
ぼんやりと見える灯りは、天井近くに付けられた照明だった。なんの光なのか、うっすらと青い光だ。
「広すぎるわね」
「異界かな?」
「た、たぶん」
「空間を作ってる、ということ? なるほど」
どれほど進んだのだろうか。休み休み歩いて、ときにはコンベアに乗って階層を移動して、また見つからないように柱に隠れて、気配が察知できるようになってきてからはほとんどコンベアに乗って移動した。
「ところで夢ちゃん、それはなにをやってるの?」
「ん? 保険」
移動中、なにやら壁に書いている夢ちゃん。気になって聴いてはみたけれど、帰ってきたのはそんな言葉だった。まぁ、けっこう歩いたもんね。道導くらいは必要なのかも。
階層を移動した数は十にも上り、正直、あんまり戻るときのことを考えたくない。あと、生き埋めも怖いけれど……さすがにそうなったら、奥の手を使うしかないだろう。
「ストップ」
夢ちゃんに言われて前を見る。コンベアの流れの終着地点だ。わたしたちは上から見下ろすような形で、全容が見える。その先では、コンテナから宝石のようなものを取り出して仕分けをしている人形の姿があった。そう、人形だ。球体関節にマネキンのような身体。頭部にはプラネタリウムの投射機のようなものが刺さっていて、ロボットアームのような腕で仕分けをしている。
宝石がなんなのか、目をこらそうとすると夢ちゃんに止められた。
「眼球」
「えっ」
「本物じゃないわね。精巧な義眼かしら」
眼球かぁ……自分で見ていたら確かに、声の一つもあげてしまっていたかも知れない。
よくよく観察してみると、二方向に仕分けられていた。片方はベルトコンベアで粉砕器に。もう片方は、さらに奥へ進んでいく。この仕分け作業を二ライン六体の人形で精密に分けていて、選び抜かれた義眼だけが、一番奥の部屋へと進んでいくようだ。
わたしたちが行かなければならないのは、この奥の部屋で間違いないだろう。だが、奥の部屋に行くにはベルトコンベアで運ばれる以外の道はなく、そのベルトコンベアに乗って移動するのは無理がある。置かれているコンテナの脇を縫うように行けば物陰はあるけれど……そもそもあの人形、どこが死角なんだろう???
「物音を立てて注意を惹くとか?」
「巨大魔天兵まで来るかも知れない。却下」
「あぅ」
そうだよね……。でも、実際問題、やるとするのなら囮が確実ではあると思う。そうならそうでわたしがちょっと魔導術で光って、防御に徹して逃げれば良い。でも却下されるだろうなぁ。
なにせ、奥にある物がなんだかわからない。ちょっと行って帰ってこられるモノならまだしも、情報ゼロで行くのはリスキーだ。
「うーん、どうし――」
『――』
「――!」
頭痛。
「え、あれ?」
見れば、夢ちゃんも静音ちゃんも、アリスちゃんまで、頭痛を覚えたようだ。そして、痛みだけでは終わらない。
『――』
視界に浮かび上がるのは、奥の部屋に抜けるまでの“ルート”だ。何秒後にどこを渡り、何秒待ち、どこに隠れ、どのように移動するか。それがマッピングのように表示されている。
「……どうする? 夢ちゃん」
「他に手がないのは確か。みんなは?」
「やってだめなら戦う。それだけ」
「う、うん。ちょっと怖いけど、い、いざとなったら、たたっ切るから!」
頷きあって、行動開始。
先行は夢ちゃんだ。見本となることを意識して、動き方、止まり方、警戒、秒数と正確に見せてくれる。そのまま、夢ちゃんはコンベアの奥に消えていった。
……と思いきや、ひょこっと顔を出して手招きしてくれる。安全確認までしてくれたみたいだ。頭が上がらないよ、夢ちゃん。
「じゃ、次は私が行ってみる」
そう言ってアリスちゃんは軽快に、ひょいひょいと移動していく。小柄さを生かして動く姿は中々堂に入っていた。
「す、鈴理はどう思う?」
「悪いモノでは無い……と、思うけれど、うん、嫌な予感もする」
「ま、待ち受けているモノに、た、たいして?」
「わかんないんだけどね? うん、なんとなく、見てはいけないようなー……うーん?」
この感覚の理由が、ちょっとよくわからない。ただ、懐かしいような、締め付けられるような、言葉に出来ない感覚だ。
「な、なんとなく……うん、なんとなくわかるよ、鈴理。わ、私も、確かめるために行ってくる!」
ひらりと飛び、きびきびと動いてすり抜けていく静音ちゃん。そんな静音ちゃんの跡を追うように、わたしも人形たちの作業場に飛び込んだ。
(まずは五秒で走り抜ける)
短距離を五秒で物陰へ。
(次は匍匐前進でコンベアの下)
床を這うようにコンベアの下を潜り、数秒待って、もう一度。
(ここはゆっくり、体勢を低くして)
人形の仕分けの仕草を見計らい。
(走って、隠れる)
急いで、けれど物音は立てずに走って、コンテナの影。
(あとはここを潜るだけ!)
積み重なった空のコンテナ。その山の間を急いで抜ければ、もう、奥の部屋は目前!
「っぁ」
なのに、さっきまではなかったものに足を滑らせる。
度重なる移動でベルトコンベアから落ちたのだろう。義眼の一つを踏んで、バランスを崩して。
(だめだ、転ぶ!)
浮遊感。
「っ」
強く掴まれる腕。
「……ギリギリセーフ」
引き上げてくれたのは、アリスちゃんだった。
「心配で見に来た。――二人は、動けそうになかったから」
「ありがとう、アリスちゃん。ひやひやしちゃったよ」
「いい」
「でも、動けないっていうのは?」
アリスちゃんはわたしの手を引きながら、ゆっくりと首を振る。
アリスちゃん自身も状況がよくわかっていないようで、困惑しているようだった。
「あれ」
そう、アリスちゃんが指さしたのは、呆然と部屋を見上げる静音ちゃんと夢ちゃんの姿だった。コンベア付近は暗がりでよくわからなかったけれど、踏み込んでみれば体育館くらいの広さはありそうな場所。そこには無数の人形がつり下げられていて、義眼は機械作業でその人形にはめ込まれているようだった。人形の形は少女のものだ。奥に行くにつれて形ができあがっていくらしく、わたしの見える範囲にあるものはまだまだのっぺりとしたものばかりで、全容が掴めない。
アリスちゃんに手を引かれたまま、どんどん奥に進んでいく。義眼がはめ込まれた人形は、なんらかのテストを受けている。けれどそのテストがよくわからないうちに、破棄されてダストボックスに無造作に捨てられていた。テストに受かった人形は植毛され、服を着せられ、さらに奥に流れていく。だが、それも全体のほんの一部で、大半の人形がテストに合格できず、破棄されていった。
それが、何故だろうか、つらい。
小柄な人形。
――心臓が煩い。
銀色の義眼。
――胸が締め付けられる。
シルバーブロンドの植毛。
――握りしめた手に冷や汗を掻き。
「ぁ、ああ、ぁ」
いちばん奥に横たわる、人形のような女の子。
閉じられた瞳、長いシルバーブロンドの髪、白い肌。
「そん、な」
「鈴理……?」
見間違えるはずがない。
だって、彼女は、あの子は、わたしたちの大切な友達だから。
『きてくれて、ありがとう』
聞き間違えたりなんかしないよ。
小さな頃の声だったとしても、ぜったいに、間違えない。
なんで、こうなっちゃったのかな。
「リュシー、ちゃん」
聞こえるのは、無感情な駆動音と無慈悲な人形破棄の音。
自分の心臓の音と、少し短い呼吸音。
それ以外の全てが音を失った。
『それ、なんだかいいひびき。うれしい。わたしのなまえに、していいの?』
言葉が出ない。
声にならない。
ただ、一すじ、涙が零れて、滲んだ。




