そのじゅういち
――11――
やっとの思いで洞窟から出ると、外はすっかり夜になっていた。その間も夢ちゃんは師匠との通信を試みてくれていたけれど、状況は芳しくない。向こうでもなにかあったのか、魔力を多く使われるような事態になり、余剰魔力と距離の問題で通信がうまくいかないのではないか、というのが夢ちゃんの見解だった。
とにかくまずは寝床の確保。夢ちゃんのヒミツ道具でテントくらいはどうにかなるそうだけれど、敵に見つかりにくそうな安全な立地となると、慎重に探さなくてはならない。
「【速攻術式・探索展開陣・展開】」
ということで、わたしは持ち前の展開の速さを生かして周囲の捜索をしていた。一応、二手に分かれて、わたしはアリスちゃんとペアだ。
「他の魔導術師の魔導も何度か見たけれど、鈴理と未知の魔導は早いね」
「うん。これが、わたしが師匠を師匠と呼べる理由だったりするんだ」
どこに目があるかわからないから、必要以上の情報は出さない。夢ちゃんに厳命されていたことだ。まぁ、嘘は言っていない。
「私も戦闘以外で助けになれたら良いのだけれど……ごめんなさい」
「ううん! むしろ、戦闘で助けになってくれるなら嬉しい! 探索中は、どうしても無防備になるから」
「そう言ってくれるのなら、頑張る」
むん、とやる気になってくれるアリスちゃんに笑みを返す。なんというか、可愛い方だ。せっかくだし、アリスちゃんとよくお話をしておこうかな。過去のこととかヒミツとかはともかく、好きなモノも嫌いなモノも、なにも知らないまま友達だなんて、ちょっと寂しいからね。
「そういえば、アリスちゃんは幾つなの?」
「数えてない。そういう、鈴理は?」
数えてない、か、そっか、そうだよね。
でも、気を遣われることが嫌なのはわかるから、謝ったりはしない。それは、こうして向き合ってくれるアリスちゃんに失礼な行為だ。
「もうすぐ十八歳だよ。……思えば、色々あったなぁ」
「そっか。なら、私もそれくらいにする。同い年の方が、その、友達らしい」
「――えへへ、そうだね、アリスちゃん!」
乏しい表情を僅かに緩ませて、アリスちゃんはわたしにそう告げる。その言葉と表情が嬉しくて、わたしはアリスちゃんに抱きついた。
「ん、暑い」
「アリスちゃんはあったかい!」
「炎系異能者はみんなこう」
そーなのかー。でもそういえば、会長はあったたかった気がする。炎系、というよりスイーツ爆発系、だけど。
『もしもし、鈴理?』
「ん? 夢ちゃんから通信だ。『はい、こちら鈴理』」
『ちょうど良い場所を見つけたから集合』
「『わかった。アリスちゃんと戻――」
「待って、鈴理、あれ」
「――っごめん、まだ戻れない。通信、繋がったままにするね』」
アリスちゃんに指さされた方を見るために、二人で岩陰に隠れる。空の向こうできらきらと光る姿。暗がりでよく見えない、けど、そのための魔導術だ。
「【速攻術式・望遠展開陣・速攻追加・暗視鏡・展開】」
わたしの正面に展開された六角形のスペースが、遠方の様子を映し出す。アリスちゃんもそれをのぞき込み、敵の姿を露わにした。
「これは、天兵?」
「惜しい。魔天兵だ。ノアの戦力」
ノア……確か、敵の組織の名前だ。それが、幾つかの物資を持って飛行している。
「『夢ちゃん、どうしよう』」
『嫌な予感がするわね……。いいわ、野宿は中止。尾行し到着地点を確認したらそこで休むわ。座標を教えて』
「『りょーかい。【速攻術式・座標送信・展開】』」
『オーケー。じゃ、私たちは鈴理の座標を目指していくから、敵方向へ直進』
「『うん。北西に直進するね』」
通信を終えると、アリスちゃんは少し考え込んでいるようだった。
「アリスちゃん?」
「……状況ができすぎている。何かしらの思惑が動いている可能性もある。気をつけて」
「確かにそうだね。――うん、わかった。ありがとう、アリスちゃん」
「いい。今はひとまず、行こう」
言われてみれば、こっちの方に足を進めたのも“こっちの方がいい気がしたから”だ。たぶん悪いモノでは無いとは思う。そういう、悪意の感覚には慣れているから。でも、相手が良い人だから結果が良くなるとは限らない。確かにちょっと迂闊だったかも。
「鈴理?」
「ううん、なんでもない。行こう」
「ええ」
これで足下でも掬われたら大惨事だ。よくよく考えてみれば、アメリカにいるんだよね? ということは、土地勘なんて絶対ないわけで。とにかく今は迷わないように、アリスちゃんと一緒に進んでいこう。
魔天兵がコンテナのような物資を運んで飛んでいったのは、北西一直線だ。そこになにがあるのかわからないけれど……わたしはただ、わたしを導くなにかに身を委ねる以外に、取れる手段はない。だったら、やるしかないよね。
夢ちゃんたちとも無事に合流して、交代で魔天兵の動きを探る。日本では中々見ないような広い土地を歩く回ることに疲労感もあったけれど、それでもなんとか日が昇る前に、魔天兵の着地先を見つけることが出来た。
それについては一安心……なんだけど、問題はその先だ。ぽかんと見送るわたしたちのことなんか、もちろんあちらは知ったことではない。遠くに見える魔天兵は、コンテナを“海向こうの島”に降ろすと、また、引き返して消えていった。一瞬、見つかるかも知れないと思ってびっくりしちゃったけど、幸い、わたしたちの隠れていた場所には気がつかなかったみたいだ。
「あれ、たぶんチャンネル諸島ね」
「ゆ、夢、アメリカの地形まで覚えているの?」
「ざっくりとだけどね。必須知識よ」
「あ、あはは、わたしはぜんぜんわかんないや」
「いちいち驚かされて疲れた。戦いになったら、わたしがみんなを驚かせる」
「期待してるわよ、アリス」
さて。そういったものの、今、わたしたちは大きな局面に立たされている。なにせ周囲にはもう何年も人が住んでいないような廃屋か、ありのままの自然が広がるばかりだ。この状況で海を渡るのは至難の業といっても過言ではないだろう。
それはみんなわかっているのか、思い思いに頭を悩ませていた。
「うーん。ひとまず、寝ましょう」
「夢ちゃん?」
「疲れてて、思い浮かぶことなんかないわ。鈴理」
「なに?」
ウィンクして、夢ちゃんはわたしに告げる。夢ちゃんのことだ。きっと、最善を選んでくれていることだろう。
「テント出すから整地して」
「ふふ……うん、任せて」
「アリス、料理は?」
「野戦料理は得意」
「じゃ、静音は魚をお願い」
「わ、わかった。捕まえてくる」
静音ちゃんはそう言うと、剣を一振。どうやって捕まえる気なのだろう? 気になるけれど、今は自分にできることをやっておこう。アリスちゃんも、静音ちゃんについていくみたいだし。
「【速攻術式・地表均一化・展開】」
うん、以前よりも効率が上がったみたいだ。大きな石をより分けて、小石を敷き詰め、ぼこぼことした地面を均一化させる。傍で見ている夢ちゃんが、「そこはもうちょっと広く」とか指示を出してくれるからやりやすいしわかりやすい。
だいたい整地を終えると、今度は二人でテントを張る。地面に固定するのも魔導術で良いし、作業自体はけっこう楽だ。あそこにトイレだの、あっちにたき火だのと、周辺環境も整えていく。即席だけど、悪くないんじゃないかな? むしろ、けっこう良いかも。
「ま、こんなもんね」
「すごいね夢ちゃん。本格的!」
「そりゃあね。で? 鈴理。なにかあった?」
「ぁ」
そうだった。さっき、アリスちゃんに言われたこと。それをふと思い出して、夢ちゃんに話してみる。一人で考えるよりも良いだろうしね。
「――ということがあったんだ」
「なるほどね。参ったわ、盲点だったわね」
「そうなの?」
なにかと鋭い夢ちゃんのことだから、気がついているものかと思ってた。
「おそらくそれ、アリスだから気がつけたのよ」
「えーと、つまり?」
「私も静音も、“こうした方が良い”という直感があったわ。それはさっき、二人で歩いたときに共有済み。てっきりここに呼び寄せられたときになんらかの作用が働いたのかと考察していたけれど――ここに連れてきたアリスがその様子だったんなら、気をつけた方が良いわね」
あー、確かに、わたしもアリスちゃんと二人ではなくて夢ちゃんや静音ちゃんといたのならそう考えていたかも。だって、本当に悪意や危機感を覚える気持ちではなかったから。
この感覚の着地地点がどうあれ、気に留めておかなきゃいけないかもしれない。もしかしたらそこに、わたしたちだけこんな遠くに飛ばされた理由も隠されているのかも知れないし。もちろん、偶然かもだけれどね。
「でも、ほんと、嫌な予感がしないのよねー」
「そうなんだよねー」
まるで――うん、そう、まるで、大切な友達に、呼ばれているみたいだ。突拍子もなく思ったその考えは、思ったよりもわたしの心にぴったりとはまり込んだ。
でも、だとしたら、どうして? そんな疑問をかき消すように、手を上げる静音ちゃんの姿が見える。大きな葉っぱに乗せられているのは、こんがりと焼かれた魚やタコだった。静音ちゃん、ほんとうにどうやって魚を獲ったんだろう? え? 斬った? どういうこと?
「ま、まずは英気を養って、どうやって向こうに到着するか考えましょう」
「うん、だね」
夢ちゃんの言葉に頷いて、まずはひとまず腹ごしらえ。お風呂には入れないのは憂鬱だけど、今回は魔導術で浄化だけ。警戒陣だけ残してみんなでテントに入ったら、あとはもう眠るだけだ。
一眠りしたら、いよいよ海を渡る。
ただ、導かれるように、この暗い海の向こう側へ。




