そのよん
――4――
忍者の家に生まれた。
物心ついた頃には修行を始めて、小学校に入学前には魔導術の基礎を覚え、特専初等部入学と同時に“術式刻印”の基本を覚えた。
私の周りの人たちはみんな、年相応の子供たち。人形遊びにヒーローごっこ。女の子も男の子もそんなに変わらない。誰も彼も、修行に身を費やしたりはしない。
ある程度成長して中等部に進学すると、女子も男子も恋愛や英雄の叙事詩にのめり込む。私は、私には、その感覚がうまく理解できなかった。
だから、お姉さんぶって面倒見が良いように振る舞って、人とは違う自分を隠すことばかりうまくなって。早熟してしまった心は、対等な存在を作ることを許さなかった。だから、そう、だから、あからさまに弱者として振る舞っていた少女の味方について、面倒を見ていれば、いつか私もみんなのことが理解できる人間になると、みんなに溶け込めると、そう信じていた。
なのに。
最低な私。
打算だらけの私。
そんな私を救っていたのは、弱者だと思い込んできた、私の庇護者。
いつだったか、彼女の厄介な体質で彼女が変質者に襲われた後のこと。
実家の事情で助けに行けず、震える彼女を抱きしめて、優しい言葉を掛けたことがあった。
『間に合わなくてごめん。私が助けられていたら、こんなことには』
『ううん。良いんだ。夢ちゃんが巻き込まれなくて良かった、から』
『何言ってんの! 傷ついたのはアンタでしょ? 私、護るって言ったのに……』
『えっとね、わたしは護られてるよ? 夢ちゃんがこうして傍にいてくれるから、明日も頑張ろうって思えるんだよ。だから、夢ちゃんが傷つくくらいなら、助けになんて来なくてもいいんだ。わたしは頑張って助かるから、夢ちゃんは、こうしてまた抱きしめてくれたら嬉しいな』
私よりもずっと弱いのに。
いつもいつも、傷ついてばかりなのに。
なんで、のうのうとしているだけの私に、優しくできるの?
いざというときに、助けにも来られない私に、優しくできるの?
私の親友、笠宮鈴理は、私よりもずっと弱い。
私の親友、笠宮鈴理は、私なんかよりもずっと強い。
だから、きっと、どうしようもなく惹かれて。
だから、きっと、こうして私の弱さが彼女を傷つける。
だから。
どうか。
だれか。
「鈴理、鈴理を助けて!!」
鉄格子にしがみつく。
何故か父さんや姉さんたちに魔導術での連絡が、通じない。
鉄格子だって、私の魔導術で無傷で済むほど丈夫ではないはずなのに、びくともしない。
「鈴理!!」
叫ぶ。
喉が痛くても構わず、呼び立てる。
突如豹変した鎧武者型訓練用魔導器“試丸Z”の猛攻に、制服を朱に染めながら戦う鈴理。
すごく強いはずのポチだって、動きづらそうに戦っていて、鈴理を庇いきれていない。私が、私なんかが鈴理に惹かれてしまったばかりに、鈴理が怪我をしている。
「お願い、誰か、鈴理を――うぁ、ぁあぁ……」
泣きたいのは鈴理のはずなのに、私ばかりが泣いている。
そんな私を、私は私自身で引き裂いてしまいほどに憎かった。
私を信頼してくれた親友、鈴理。
私を信用してくれた友達、リュシー。
私に信じさせてくれた先生、未知先生。
そうだ。
未知先生、は?
鈴理が誰よりも信頼して。
リュシーの約束を守ってくれて。
私たちを、ぼろぼろになりながら助けてくれた、未知先生、は……?
「――碓氷さん!! 聞こえますか!?」
「っはい!」
遠くで声を上げる、未知先生の姿。
ずっと呼びかけてくれていたのだろうか。
周りが見えなくなってしまっていた、私に。
「やはり、声が響きづらいか……【速攻術式・伝音展開陣・展開】」
未知先生が詠唱をすると、突如、私の正面に魔導陣が出現する。
『碓氷さん、聞こえますか?』
「っ、はい!」
『良かった。体調に変化はありませんか』
「わ、私は大丈夫です! でも鈴理と、それにポチが!」
『ええ、わかっています。あの試練の悪魔にとって試練の対象は、笠宮さんだけです。ポチをこじつけで参加させましたが、“異界化”したこの場では笠宮さん以外、全力を出せないのでしょう。私も、鉄格子を壊しましたがここから先に出られません』
そんな……。
頼みの綱だった未知先生も、とんでもない術でびっくり箱みたいに助けてくれる未知先生でも、ダメなの?
どうしたら……私に。何ができる?
『そこで、碓氷さんに協力して欲しいことがあります』
「っ、なにか、できることがあるんですか!?」
『ええ、おそらく。ですが心して聞いて下さい。その、とても不本意なことかも知れません』
「なんだってやります! どんなに確率が低くても、やります!」
『うんと、確率は高いのだけれど……』
「お願いします、未知先生!!」
命の危険があろうと、たとえ一族秘伝を晒すことになろうと、鈴理には変えられない。
だから、言いよどむ未知先生に頭を下げる。どうか……どうか!
『わかりました』
「じゃあ!」
『はい。説明します。覚悟は、良いですか?』
「はい!」
鈴理の様子を見る。
軽く腕を切っただけ。それも止血されていて、今はポチが全力で護っている。
でも、その力の均衡だって、いつ崩れるかなんかわからない。
『試練の悪魔は、“碓氷さんの同性婚の対象”を試練の相手と定めています。ですから私もその場に参戦させるために、不本意でしょうが、私も貴女のお嫁さん候補であると告げて下さい』
「ほわっ?」
え?
は?
うぇぇええええぇぇっ?!
『おそらく、よほどの意思を込めないと難しいのかも知れません。ですが、そこはその、気合いで』
「うぇっひょい?」
『碓氷さん?』
「は、はい、ヤッテミマス?」
『不本意でしょうが、その、お願いします』
「ハ、ハイ」
どどどどど、どうしよう。どうしよう!?
ただ告げるだけじゃだめなんだろう。熱意を込めてって、それは要するにその、本気でってことだ。
重婚? 重婚って良いんだっけ? あ、ほんの二~三年前に、貴重な異能者の保持を目的に良くなったんだっけ? なーんだなら安心……じゃなくて!!
真反対の位置にいる未知先生を見る。
癖のない黒のロングヘア。
知的な眼差しと淡い色合いの唇。
女性として憧れてしまう、細い腰と形の整った、お椀型の胸。
私を信頼してくれる瞳の色は、透き通るような瑠璃色。
「ゆ」
『ゆ?』
「ゆめって、よんでください」
『うん。夢さん。あなたならできるよ』
優しく、そうやって背を押してくれる、クールビューティーな未知先生。
そんな、未知先生が、私のお嫁さんになってくれるの? の?
なら。
私はもう、迷わない。
この気持ちが友愛なのか恋愛なのか知らないけれど、そんなの後回しだ!!
「やいこら試丸! そこに捕らえられているのは私のフィアンセだ! 私もろとも戒めを解放して、愛の連携試練ぐらい、やらせて見せろ――!!!!」
そして。
『――条件一致。試練対象の増加、承認』
解き放たれる。
2017/04/03
誤字修正しました。




