そのさん
――3――
「【速攻術式・想意転写・展開】」
空中に浮かび上がるモニター。
周辺情報の収集を済ませ、地図に一つ、黒板用に一つと二つを展開。みんなにきらきらとした目で拍手をされると、その、少し照れる。
オリジン討伐から、できることの幅が広がった。無詠唱でもやれるのだけれど、あれはあれで冷静でないと難しい。そのうち、もっと慣れないと実戦登用には早いだろうなぁ。
「さて、それではまずは、目的を明確にしておきましょう」
助けて欲しいと言われて、助けたいと応えた。けれど未だ、何に対してどう助け、どこを最終目標とするのか判断がつかない。前回はワル・ウルゴを倒し、魔導術を世界にもたらしたことがゴールだったが、それだって手探りだった。今回は、助けを呼ぶ声があって、それに対して明確に動くことが出来るチャンスがある。私だけならまだしも、鈴理さんたちもいるからね。目標は決めて動きたい。
「はい」
「どうぞ、夢さん」
「ノアの壊滅じゃないですか?」
ノア……反抗組織の壊滅。それも確かに重要かも知れないけれど、同時にとてつもないことだ。ああいう組織は、草の根でいつまでも生き続けるからね。どうしても長引いてしまうし、逆転して差別を産みかねない。それは、申し訳ないけれど、その折り合いに私たちが介入するのも少し違うかな、とも思う。
「は、はい」
「はい、静音さん」
「ダストの一刀両断」
い、一刀両断かぁ。
確かにカリスマ性のある存在を排除すれば、組織も衰退に繋がることだろう。だが、今日までまとめ上げてきた手腕。そして、イマイチ目的が不明瞭なところ。ちょっと、短絡的に過ぎるかも知れない。目的としてアリかナシかだと、アリなのだけれど……生徒たちに暗殺させるくらいだったら私がやります。
「はい!」
「鈴理さん、どうぞ」
「サーベさんの救出!」
「っ……それは」
それは、そうだ。
どうしてそれを言わなかったのだろう? きっと、怖かったからだ。もう彼がこの世にいないのではないかと、旅立ってしまったのではないかと、怖れていたからだ。
「わたしも、わたしの世界のサーベさんに助けて貰ったことがあります。色んな技を知っていて、とても頭が良くて、いつだって冷静で、強い、わたしたちの尊敬する“英雄”さまです。だからきっと、大丈夫です!」
力強く頷く鈴理さん。
そんな彼女の肩を、微笑みながら支える夢さんと静音さん。
ああ、本当に私は、この子たちに、教えて貰ってばかりだ。
「――アリスちゃん、ごめんなさい。私も鈴理さんに思い出させられたわ。あの人がそう簡単に、どうこうなったりはしないと」
「うん。そう、だよね。アルは図太いから」
「ふふ、そうね」
私たちが信じずに、誰が彼を信じるのか。助けたら、信じていなかったと謝罪しよう。怒られてしまうだろうなぁ。
「じゃ、こんな方針はどうですか?」
「夢さん?」
「一つ、敵の拠点探し。二つ、拠点の情報からサーベさんが捕まっている位置の捜索。三つ、サーベさんの情報と合わせて、敵の目的の割り出し。四つ、ダスト自身か、もしくは彼の目的の排除。そこまで落ち着けたら、呼び出したサーベさんが私たちを還してくれるんじゃないかな? というのもあります」
「順番は前後しても構わない。そうですね?」
「はい」
確かに、その方針が達成できれば、私たちも悔いることなく帰還できる。
さすがは夢さんだ。年々、冷静さと情報収集能力に磨きが掛かっている。
「よし、決まり! っていうことで、アリスに聞きたいことがあるんだけど、良いかしら?」
「うん。隠すつもりは無い」
「ありがと。それじゃあまず、アリスだけがこっちに来れた条件って、なに?」
夢さんが率先して質問をしてくれるので、私たちはそれを聴く体勢に移る。すると、アリスちゃんは躊躇うように私を一瞥した。
「ええと、未知、その、もしかしたらショックを受けるかも知れない」
「大丈夫。三人は色々なことを乗り越えてきたから、大丈夫。むしろ、あとで知る方がショックを受ける可能性があるわ」
「……わかった」
慮りはすれど、本当に隠す気は無いのだろう。アリスちゃんは、じっと黙って待っていてくれた夢さんたちに、ゆっくりと向き直る。
「世界に同時に、同じ魂は存在できない。私はあなたたちの世界では死んでいるか、いなかったことになっていて――あなたたちは、私の世界にいない」
……言われてみれば、私が最初に来たときは、この世界の私は両親と共に飛行機事故で死んでいた。鈴理さんが並行世界の過去に飛んだときは、鈴理さんはまだ生まれていなかった。なるほど、同じ世界に同じ魂は存在できない、ということなのかな。
「あー、なるほどね。ま、そういうこともあるでしょ」
「え? それだけ?」
「わ、私も、今この場に居るのは運が良かった面が強いから」
「そういう意味では、わたしもだね」
「未知の生徒は、みんな変。未知も変?」
変じゃないからね? もちろん、痴女でもないよ??
そうツッコミたくなるのをぐっと堪えて、アリスちゃんを受け入れているみなさんの姿を眺めるに留める。
「で、もう一つ」
「?」
「最初に鈴理を見て、“勘違いだった”ってなんのこと?」
「ぁ」
アリスちゃん自身もすっかり忘れていたのだろう。ぽんっと手を叩いて頷く。
「ノアの幹部に、鈴理と似た容姿の人間がいた」
「へ? わたし?」
「でも、ここに鈴理が居ると言うことはアレは鈴理ではないし、髪の色も違う」
「なるほどね。それで勘違いか。いいわ、納得した。ありがとう、アリス」
「うん」
鈴理さんに似た人、かぁ。
気になるけれど、優先順位は低い。なによりたった今、同一人物説はあり得ないことが証明されたしね。
「アリスちゃん、協力者なんかは居るのかしら?」
「うん。未知も知っている人。私は今生死不明だろうから、敵を欺くためにも死んだことにしたい。だから、一番目立たない場所にいる協力者のとこで、方針を伝えたい」
「なるほど、懸命ね。皆さんもそれでいいかしら?」
「もちろん」
「は、はい」
「はい!」
よしよし、良い返事だ。
なら、あとは行動あるのみ。そうアリスちゃんを見れば、彼女もしっかりと頷いてくれた。
――/――
空は蒼くて、雲も白い。とても穏やかなはずなのに、国中の色んなところが穴だらけだ。これが、師匠が訪れた世界。わたしたちが、救世のお手伝いをする世界だ。師匠の、魔法少女のいなかった世界だ。
――わたしがいないと聞いて、ただ納得しかなかった。きっと、この世界のわたしは、誰にも救われずに死んでいったのだろう。なら、わたしは、せめてその死が安らかであったことを願うしかない。
「鈴理、大丈夫?」
赤い、ルビーみたいな綺麗な目。友達になれたアリスちゃんは、わたしの世界にはいないから来られたのだという。
「うん、大丈夫!」
表情は乏しいけれど、ファリーメア――メアちゃんよりはわかりやすくて、表情以上に感情が豊かだ。師匠とも信頼し合っていて、ちょっとだけ妬けてしまう。
それ以上に――わたしの世界に戻っても、友達になることが出来ないアリスちゃんを、せめてこの世界で助けたい。まだ出会ってぜんぜん時間が経ってないけれど、そう思ってしまったらもう止まれない。うぅ、わたしってけっこうめんどくさいやつかも。
「鈴理ー、あんたまた余計なこと考えてるでしょ?」
「む、余計じゃないよ、夢ちゃん」
「じゃ、めんどくさいことだ」
「うっ」
夢ちゃんはやっぱり、わたしのことはなんでもお見通しだ。得意げに笑う夢ちゃんからつぃっと顔を逸らすと、頬をつつかれた。むぅ、なんだか掌の上な気がする。
「ここなら、空けてるね」
アリスちゃんがそう言うと、ちょっと見晴らしの良い場所に出た。
なんでも、またさらに強くなった師匠の魔導術でも長距離転移は骨が折れるのだとか。だから、障害物がなく空から一直線に跳べる場所を選んだそうだ。
「ええ、そうね。ではみなさん、近くに。手を繋いで」
「はい、師匠!」
師匠と手を繋ぎ、夢ちゃんと手を繋ぎ、夢ちゃんは静音ちゃんと、静音ちゃんはアリスちゃんと、アリスちゃんは師匠と。手を繋いで円環を作る。魔導陣に見立てているのだとか。
「【速攻術式・目標転移展開陣・展開】」
師匠の素早い詠唱。こんなものでいいんだ? なんて疑問に思う暇もなく、周囲の景色が切り替わる。まるで、回転扉に乗って、景色をぐるっと回したみたいなへんな感覚だ。ちょっと、面白いかも。わたしも師匠の弟子なんだから、こういうの、使いこなせるようになりたいなぁ。
「目標地点到着。どう? アリスちゃん」
「うん、バッチリ。さすが未知」
着いた場所は、竹藪の中だった。
まっすぐ続く道。その向こうには、すすけてぼろぼろになったお屋敷が見える。すきま風が吹いてきそうな、今にも崩れそうなお屋敷だ。何年も放置されていたのかな? 塀までぼろぼろで、所々壁が崩れている。なんだか、寂しいところだ。
「えっと、これ」
「それは?」
アリスちゃんが取り出したのは、一枚の紙切れだった。思わず師匠が首を傾げて尋ねてしまうほど、なんてことのない紙だ。
「受諾者、アリスが求む。信に足る盟友四人と我が血を刻み、門へと通じん」
アリスちゃんの言葉に従い、紙切れが仄かに光る。
すると、紙からびっしりと呪文のようなものが浮かび上がり、中心が五芒星で彩られた。
「ここに、血を一滴」
「へぇ。【汝盟約果タセシ使命抱ク者也……】かな?」
「夢、読めるの? あなたが未知たちのブレインなんだね。すごい」
未だ夢ちゃんの暴走を一度も拝んだことのないアリスちゃんは、そう、夢ちゃんを褒める。だけど夢ちゃんは夢ちゃんでわたしたちの生暖かい視線に気がついているものだから、乾いた笑い声で誤魔化しながらすぅっと目を逸らした。
いやでも夢ちゃん。ブレインなのは間違いないんだし、堂々としていても良いと思うよ?
「そうそう、この中心。鈴理も」
「あ、うん。――はい」
霊力でちょっぴり指先を傷つけて、紙に垂らす。
そうすると紙はぼんやりと輝いて、それを確認したアリスちゃんは紙を天に掲げた。
「【開門】」
――『【承認】』
かちり、と、何かがはめ込まれたような、かみ合ったような音。
「ええっと?」
「す、鈴理、あれ!」
「へ? ――っ」
静音ちゃんに言われるがままに見ると、道の先――さっきまでぼろぼろのお屋敷が佇んでいた場所に、別の風景が見えた。
立派な塀。大きな門。静かで落ち着いていて、でもとても大きなお屋敷は、傷一つ無く荘厳な佇まい。幻覚の中に本当の姿を隠していた? でも、幻覚にも見えなかった。
「おそらく、何かしらの共通条件を持つ土地を使った、空間異相の術ね。碓氷でも、妹に得意なのが居るわ」
「そうなんだ……空間をずらしているんだね?」
「ゼ、ゼノの試練みたいだね」
ゼノの試練は、こう、もっと異次元な凄さがあった気もするけれど……あんまり気にするのは辞めておこうかなぁ。
「ようこそ、隠れ拠点“天狗の住処”へ。さ、行こう」
アリスちゃんの言葉にみんなで顔を合わせて、それから頷いて歩き出す。
鬼が出るか蛇が出るか。どうか見知った方だとやりやすいなぁなんて、そんな風に思いながら。
2018/11/29
わかりにくい箇所を加筆しました。




