そのさん
――3――
事前準備がばっちりだったおかげか、着地は難なく成功した。
下は畳。左右は襖。前後は廊下。天井は板張り。灯りは提灯。映画のセットのような有様に、ポチを頭に乗せた笠宮さんはぽかんと口を開けていた。
「し、ししょー、これってなんなんでしょうか?」
「試練、ということだからね。なにかが待ち構えているのだと思うけれど……進んでみようか?」
探知魔導だけ発動させて、ひとまずまっすぐ進んでみる。いやー、この年期の入り方、魔導術登場以前のものなんだろうなぁ。忍者屋敷、恐るべし。
探知に引っかかる影はない。行き止まりまで進ませるのだろうか? この間に、碓氷さんと非常に仲の良い有栖川さんが呼ばれなかった理由でも考えてみようかな。碓氷さんのお父さんがどうしてそこまで笠宮さんの存在を危惧しているのか、気になるし。
「笠宮さんは、碓氷さんとはどうやって知り合ったの?」
「ぁ、えと。夢ちゃんとは中学一年生の時に同じクラスだったんです。それで、いつもびくびくしていて気弱で人見知りだったわたしを、夢ちゃんは放って置けずに声を掛けてくれたんです」
当時、自分を襲ってきた変質者が見目の若い男性で、クラスの男子すらも怯えていた、と笠宮さんは続けてくれた。面倒見の良い碓氷さんは笠宮さんを放って置けず、笠宮さんは自分から他人に話しかけることすらも怖く、その性質が二人を引き合わせた。
碓氷さんとはそれから徐々に仲良くなっていき、碓氷さんのおかげでクラスメートとも会話できるようになり、笠宮さんの変質者吸引体質のことを初めて相談できたのも、碓氷さんだったという。
「友達だから、護るよ。そういってくれたんです。だから、今度はわたしの番」
「……うん、そうだね。ちゃんと碓氷さんのお話、聞きに行こうね」
「はいっ」
うーん、世話を焼きすぎてしまうから、笠宮さんが弱点になり得ると思った?
けれど、今の笠宮さんはけっこう強い。実際に、沖ノ鳥諸島の異界でも、碓氷さんを護っている。
最新の情報を仕入れられない“霧の碓氷”ではないだろうし……ううむ、そうなると、本当に何が理由なんだろうか?
「……師匠」
笠宮さんと同時に足を止める。
その先にあったのは、大きな襖だ。
「行こう」
「はい!」
襖を開け放つと、広い空間に出た。
廊下よりもずっと明るく、天井も高い。大広間、といったところだろうか。
『力を示せ』
どこからか響いてきた声。
強ばる笠宮さんと、毛を逆立てるポチ。って、ポチ?
「どうしたの? ポチ」
『わふぅん……?』
「悪魔?」
大広間の中央。
開く畳。せり上がる床。上に鎮座する――武者鎧。
『観司未知よ。貴殿の介入は試練の失敗とする』
「私は介入しない。ルールはそれだけ?」
『如何にも』
声は鎧武者から発せられているわけではない。
となると……“視た”かぎりでは、天井の方から発声系魔導陣。別室からの監視かな。
「わかったわ。ポチ」
『わんっ』
『介入は……』
「私“は”介入していません。前提を違えるおつもりですか?」
『んぐっ……良いだろう』
よしよし。
碓氷の用意する試練のみだったら笠宮さんに任せても良かったのだけれど、“悪魔の気配”が気に掛かる。けれど、それも、ポチがいれば一安心だ。
『では下がれ』
「はい。……笠宮さん」
声に従って下がる前に、笠宮さんに声を掛ける。
瞳に宿るのは決意と覚悟、僅かな不安。なら。
「あなたならできるよ」
「!」
「一緒に、たくさん勉強をしたね? 成果を見せてくれるかな?」
「はいっ!」
……なら、その不安を消してあげれば良い。
決意と覚悟と、挑戦心。燃えるように瞳を輝かせた笠宮さんの一歩は、心強い。
『……では、試練の賞品だ』
ガシャンというけたたましい音。
天井から降ってきた鉄格子が、私をすっぽり取り囲む。同時に、武者鎧の向こう側の襖が開き、何故か着物姿の碓氷さんが、鉄格子の向こう側、柔らかそうな布団の上で座り込んでいた。
……気のせいだろうか。雲行きが怪しい。
「鈴理!?」
「夢ちゃん! ――待っていて、今、わたしが夢ちゃんを助けるから!」
碓氷さんは一目で現状を把握したのだろう。
弱々しく鉄格子に縋り付き、涙で潤んだ瞳で笠宮さんに視線をよこす。
「ごめ、ん、ごめんなさいっ、私の、私のせいで、鈴理……」
「夢ちゃんは悪くないよ。わたしが、夢ちゃんの足枷にならないって証明する。そうしたら、みんなで一緒に、学校に行こう?」
「ちがうの、違うのよ……私が、夏休み中、姉さんたちに“あんなことを”相談しなければ、こんな、うぅ……しにたい」
「夢ちゃん……?」
あれ? なんだろう、この碓氷さんの感じ。
デジャブがある。前にもこんな反応を見たことがあるし、私自身もこんな嘆き方をすることがある。それは一様に、知られたくないことや恥ずかしいことを、世間の目にさらされたときの反応に近い気がするのだが……ううううん??
『お喋りはそこまでだ。戦え、示せ、己が碓氷夢に相応しい人間か、この場で見せてみせろ!』
「わたしは負けないよ。だから、そこで見ていて? 夢ちゃん」
「うぅ、あう、あぅぅぅ」
さめざめと泣く碓氷さん。
疑問符を浮かべる私。
二人だけシリアスな、笠宮さんと“声”。
どうしよう。
これ絶対、なにかすれ違っている……?
「【術式開始・形態・攻勢展開陣・様式・平面結界・展開】」
笠宮さんが菱形の平面結界を展開。
――武者鎧の目が赤く光る。
「【術式変換・形態・操作陣・付加・術式持続・展開】」
平面結界が笠宮さんの指示下に置かれ、自在に動く。
――武者鎧は背中の薙刀を手に取り、ゆっくりと立ち上がった。
『わんっワオンッ』
ポチの術が、笠宮さんにかかる。纏うのは風。鎌鼬の鎧。
――立ち上がった武者鎧が、薙刀を構える。その瞳は、どこまでも無機質だ。
「ポチは援護、行くよ!」
『わんっ!』
先行は笠宮さん。
踏み込んだ足は、風がその力を強化する。故に、その一歩は疾風。
『試練ヲ』
対し、鎧は躊躇無く薙刀を捨て、脇差しで斬りかかる。
結界で止められるが、それを無視するかのように蹴りを突き出して笠宮さんをはじき飛ばした。だが、笠宮さんは風の力で着地ロスを無く行動。
瞬く間に鎧に接近すると、その盾を横薙ぎに払った。
「【回転】!」
『ヌゥ!?』
けれど鎧もさるもの。
すんでの所でそれを避けると、足で薙刀を蹴り上げて掴み、なぎ払った。
「……というか、ポチと笠宮さん、連携できていない?」
「ポチと秘密特訓したんです!」
おおう、預けていた間にそんなことを……?
これはもう、私の使い魔ではなく笠宮さんのマスコットな気がしてきた。
さて。
笠宮さんの心配は、今のところは必要ないだろう。
碓氷さんも、鉄格子の中にいるかぎりは安全だ。
(ポチ。悪魔の気配、わかった?)
頭の中で、ポチに語りかける。
(わからん。だが、あの鎧は怪しいな。原動力に嫌な匂いがする)
(わかった。調べてみる)
(うむ)
契約を用いた念話を切り、じっと鎧を“視る”。
原動力は碓氷で用いられている魔導陣に間違いないだろう。だが、これは……“なにか”、見本のようなものに沿って作っている?
もう少し、何かわかればいいのだけれど……。
「鈴理! もう、もういいの! 私のことはもういいから!」
声で、我に返る。
鎧の振るった斬撃は、すんでの所で躱してきたのだろう。ただ、黒いブレザータイプの服装が、所々破れている。……というか、何を考えているのだろう。未成年の少女にこんな破廉恥な技を仕掛けて、私がにこにこ見守っていると、本当にそう思っているのだろうか。
天井に向かって非難の目線を向けると、どこか気まずげな空気を感じた。
今は腕周りやお腹周りが少し破れているだけだが、下着姿を晒すような形になれば容赦なく介入してもろとも教育的指導だ。
そう、思い切り睨み付けると、“声”は少しむせた。
「良くないよ。一緒に帰ろう? 夢ちゃんがいない学校生活なんて、わたし、いやだよ」
「鈴理……私が、私が悪いの!」
「夢ちゃん?」
空気を読んで止まる鎧。
鉄格子に縋って泣く碓氷さん。
柔らかく微笑みながらも、困惑した様子の笠宮さん。
「私が――“女の子を好きになってしまったかもしれない”なんて、姉さんたちに相談したから!」
『同性であっても婚姻は認める。が、嫁にするなら強くなければならない』
「もう父さんは黙っててよばかーっ!!」
『うぐっ』
異能者やらなんやらの影響で同性婚は法的には認められているが、まぁ、一般的ではない。碓氷は血を絶やすことには敏感だが、既にお姉さんもいるのであれば碓氷さんが同性と結婚しても良いのだろう。
……って、そうじゃなくて!? というか、そういうことか!!
「結婚? あの、試練さん、わたしと夢ちゃんは恋人ではなく親友ですよ?」
「うわぁぁぁんっ、もうやだぁぁぁぁっ!!」
まったく気がついた様子もない笠宮さんの一撃に、告白どころか自覚も仕切っていないのにフラれる碓氷さん。あまりの不憫さに、私はそっと目頭を押さえた。
「ゆ、夢ちゃん、大丈夫?」
「ふ、ふふふふ、私は所詮変態百合女……鈴理に好かれたいと思ったのが間違い」
「わたしも夢ちゃんのこと、好きだよ? えへへ、なんだか照れちゃうね?」
「ぎゃふん」
ふわふわな笠宮さんは、なるほど可愛い。
碓氷さんは“悪夢”によって自覚する前ならば撥ね除けられたであろう微笑みオーラも、今は受け流しきれずに撃沈している。
ううむ、不憫な……。
『試練ノ、続キハ、ドウスル』
と、鎧の言葉で我に返る。
しまった。完全に忘れていた。
「へ? あ、ごめんなさい、やります!」
『ソウカ、ナラバ……Gigabhgdhftyjbjnocxzhesrdgfhj――』
震える鎧。
増す眼光。
様子が、おかしい?
(見つけたぞ、ボス!)
(ポチ? まさか……)
(ああ! おそらく、悪魔の“影”を魔導で安全に使用したのであろうが、そんなものは、人間に扱えるモノではない!)
鎧が刀を構える。
当たらないように手加減をしていた時とは違う。
かちゃ、と、刃を立てた。
「え?」
『――resehtjykulhgfdnsrerwxcsydfkn.looiugfbdrexw……邪魔モノハ、排除スル』
鎧が刃を地面に突き立てる。
すると大広間全体を、漆黒のオーラが包み込んだ。
……って、これは、“異界化”!?
(ポチ! 悪魔の正体は、わかる?)
(わかるとも。アレは影に過ぎんが間違いない。魔鎧王、試練の悪魔“ゼノ”に違いあるまい。王クラスの悪魔だ!!)
つまり、全盛期のポチと同等の悪魔の、何分の一かの力を纏ったコピー品。
「ポチ! 【限定解除】!」
『心得た! スズリよ、駆け抜けるぞ!』
「っ――うん!」
笠宮さんの身長よりも大きくなったポチが、笠宮さんに並ぶ。
私は直ぐに鉄格子を魔導術で切り裂くが……薄い膜が張られていて、出られない。
試練の対象者以外は、参加できなくさせるのか……!
どうにか方法を見つけるから。
だから、笠宮さん。それまで無事でいて……!
2017/04/03
誤字修正しました。
2024/02/01
誤字修正しました。




