そのさんじゅういち
――31――
――光が満ちる。
――ああ、この身体に満ちる力を、私は知っている。
――これはきっと、誰かの優しさと愛と絆の、力だ。
「いくよ」
――『うん!』
私の身長よりも長い、星の意匠で彩られた瑠璃色の杖。
それを大きく振りかざすと、私は、流れ込んでくる知識に身を委ねる様に、その名を叫ぶ。
「【ウルトラ・ミラクル・トランス・ファクト】!!」
溢れ出る瑠璃色の光。
足下に展開される、巨大な魔法陣。
力の放流の中で瑠璃色の帯が私の身体に巻き付いて、衣装を変えていく。
「見えた!」
景色が変わり、見えるのはオリジンの姿。
真っ白な空間の中、一人、昏い笑みを浮かべる性別不詳の美青年。
狂った様に笑い続けていた彼が、急に、その顔を引きつらせた。
「な、なんだよ、おまえ。どこから入ってきた?!」
怯え、後ずさり、威嚇をするオリジン。
なるほど、世界の予備を使ったというのは本当なのだろう。最初に見たときとは比べものにならないほど膨大な力が、彼の周囲に渦巻いていた。
けれど。
それでも。
私たちは、負けない!
「絆を穢す邪なるもの」
――一部を編み込んでおろした瑠璃色のストレートヘアには、星の髪飾り。
「愛を嗤う悪しきもの」
――瑠璃色の軍服の意匠に所々はめ込まれた白銀の鎧には、花を模したレリーフ。
「誰かの涙を踏みにじるものよ」
――ロングスカートから伸びる白銀の脚甲。腕にはめ込まれた白銀の腕甲。
「今、ここに、瑠璃の王冠より至りし正義の裁きを受けよ」
――銀の花と星の意匠が施された、煌びやかで荘厳なマントを大きく翻し。
「魔法戦姫、ミラクル・ラピ・アルティメット――推参」
――星を装飾された儀仗。“夜煌神の瑠璃王冠”を振りかざした。
かつん、と、ブーツが鳴る度に足下から瑠璃色の波紋が生まれる。
水面を歩くように、波紋を浮かばせながら歩いて行くと、オリジンは怯えながら大きく後ろへ跳躍した。距離の制限のない空間なのだろう。なにかにつっかえた様子もない。
「なだよそれ、なんだよそれなんだよそれなんだよそれなんだよそれッ!!」
「あなたが忘れて切り捨てた、愛と正義と絆の力。未来を築く、希望の力よ」
「そんなことがあってたまるか! ボクが持つべきだろう!? その力は!!」
オリジンはそう叫ぶと、空中に大きく手を振り上げる。
すると、彼の背後に千を超える隕石が出現。燃えさかり、轟音を放ちながら降り注ぐ天災。
「よこせぇえええええええええッ!!」
「【祈願・現想・奇跡・成就】」
対して、私の背後に浮かび上がるのは瑠璃の槍だ。
数百、数千、数万、数億。特専の校舎を優に越えるほどの範囲に展開された光槍が、息を呑むオリジンに向けられる。
「えっ」
「穿て」
轟音。
「ひっ」
隕石を砕き、破片も消滅させ、天変地異の先触れを再現し。
「あ、ああ、いやだ、ボクを守れ!!」
オリジンの張った障壁にぶつかり、弾け、けれど弛まず。
「我が意に応えて輝け」
「ううううぁあああああ【滅世煌界】ゥゥゥッ!!」
「【天城裁火】」
光槍をかき消す様に、オリジンは叫ぶ。
地上を輝かせる光は、世界の終焉。白い空間に紫の地割れが走り、光が十字架を作って巻き上がると、巨大な十字架は事象を崩壊させ、空間を破壊しながら迫ってきた。
だが、それとて制御されていない力だ。杖を振りかざした頭上。上空何千メートルといえるほどの位置に作られた光の王冠から下されるのは、天罰の光。街を覆い潰すような光の柱が、事象崩壊した空間を修復しながら、オリジンの身体に直撃。
「ぁあああああああああッ?!」
吹き飛び、障壁を砕かれ、それでも彼を守る力の膜は揺るがない。
あれがきっと、世界の力。本当なら生まれるはずだった世界を呑み込んで生まれた、犠牲の象徴。
「行くよ」
――『うん、おねえちゃん』
「【祈願・幻創・奇跡・成就】」
儀仗の装飾が解け、その形を鋭い槍に変化させる。
モードチェンジ・“夜煌神の瑠璃王槍”。
「やねろ、来るなァァァァッ!!」
踏み込み。
波紋と共に、世界が砕け、瞬く間に修復され。
「はぁぁぁッ!!」
一撃。
「ッ【滅世剣】!!」
――オリジンが生み出した剣に阻まれ。
「もっと、速く!」
百撃。
「う、嘘だ、こんな」
――オリジンの持つ剣に罅が入り。
「もっと、強く!!」
千撃。
「う、うぁ、ぁぁ、あぁッ?!」
――余波で全ての音が掻き消えて。
「もっと、世界を守る力を――」
万撃。
「嘘だ、嘘だよ、こんなの、信じられッ」
――オリジンの剣が砕け散り。
「――私に!!」
それは億の瞬きにも見え。
けれど、ただの一突きに、全てを乗せて。
「なんだよ、それ。ゴミ屑のくせに、なんで、こんな――!?!?!!」
――オリジンの心臓に、突き立てた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!!!」
吹き飛び、何千キロと転がって行き、やがて止まる。
「うそだ、うそだ……こんな、はず、ない、のに」
起き上がったオリジン。
光の膜は跡形も無く吹き飛び、心臓を中心に頬までひび割れている。
まるで、蝋の人形が壊れていく様な姿。それは“神候補”となったからだろうか。なぜだか不思議と、彼の“裡”が“そう”である理由がわかる。
――なにも培ってこなかったから。だから、彼の内側には、空虚な闇が広がっているだけだった。
「もう、いい」
「?」
オリジンは空ろな表情のまま、そう呟く。
その場で膝を抱えて座り込み、それから、虚ろに嗤った。
――『まずい、おねえちゃん、止めて!』
「ッ」
何故かはわからない。
けれど言われるがままに走り、槍を構える。
「【至源殻世】」
けれど、私の槍は一歩遅く。
「なっ」
金属音と共に、槍が、弾かれた。
形成されたのは、透明な“殻”だ。卵の殻の様にまん丸なそれが、ぼろぼろのオリジンを包み込む。てっきり再生でもさせるのかと思えばそうでもなく、ただただ、硬い殻に守られて微睡むオリジン。
「ぜんぶぜんぶゼンブ全部だ」
「なに、を?」
「全部使って、ボクは旅に出る。この世界も終わりだ。全てを使って、ボクのために果てろ、愚かな人間よ」
全て。
その言葉が指し示すとおり、オリジンに力が集まっていく。
「まさか」
――『うん。管理者権限で、世界の力を燃料にして引き籠もる籠を作ろうとしてる!』
「なんて、迷惑な!」
槍を打ち付ける。
けれど、彼自身の持つ本当にあらゆる能力を、殻を強固にするためだけに使ったのだろう。槍を叩きつけても、びくともしなかった。
「ッ【祈願・現想・奇跡・成就】!」
轟音。
爆音。
震動。
光の柱も、空間崩壊も、事象遮断も。
全て防ぎきってなお、無傷。
「無駄だよ。察しが付くよ。神の力だろう? だったら無駄だ。優れた力だけど、これの前では出力が足らない。ひ、ひひっ、ぐ、づぅ、は、はは、ボクも近く死ぬだろう。全ぶつかって崩壊する。だからさ、みんなで一緒に死んでよ? 良いだろう? ひ、ひひひっ、ひひゃはははははははっ」
――つまりこれは、オリジンの自殺だ。勝てないから、己の命を燃やして燃料にして、燃やし尽くして爆発させて死ぬ。死と崩壊が同時なら、きっと、おじいちゃんもミカエラさんも手出しできない。
自暴自棄の八つ当たり。誰も彼も巻き込んだ、はた迷惑な無理心中。
「そんなものに、この世界を殺させたりしない――!」
「いいよ。好きに攻撃すれば? 無駄だから」
出力が足らない?
なら、どうする? どうすればいい? もう一度、力を借りる? それとも、誰かの力を得る? どうする、どうする、どうする、どうする。
――『おねえちゃん』
「……?」
――『力が、流れ込んでくる』
「え?」
身体から、溢れる力。
杖から流れ込んでくる、力。
この力は、なに?
己の内側に、耳を澄ませて。
――「ミチ、どうか無事で」
――「未知先生だって戦ってるんだ。退いたら忍者が廃る」
――「わ、私たちだって、た、戦えます、先生!」
――「未知先生に後れをとるなよ、ミョルニル」
――「俺たちにできるのは、あいつの帰る場所を守ることだ!」
――「誰よりも自分を犠牲にする未知の負担になるつもりは、僕には無いよ」
――「おれたちの力を、今も戦う未知に見せてやれ!」
――「カカッ、粋な計らいをしおって。どうせ未知じゃろう。怪我は負わんぞ」
――「ああ、もう、未知はまた無茶をして! 帰ってきたらお説教よ!」
――「ああ、我が姫君よ。無事に帰還し、膝枕をしてくれ……!」
――「未知先生……今日のめっが終わっていませんよ。私のママ」
――「未知、負けないで。あなたならきっと大丈夫だから」
――「キミならできるよ、我が親友。だからハヤく、カエッておいで」
――『ボスに顔向けできん戦闘はしない。我が力の髄を見よ!』
――「もう、未知。あなたのいない世界はつまらないわ。早く、帰ってきて」
――「未知!」
――「先生!」
――「ラピ!」
――『お願い、負けないで、魔法少女!!』
――「どうか、神さま。師匠を助けて下さい。わたしの……わたしたちの、魔法少女」
力が溢れてくる。
誰かの声が聞こえてくる。
私が築いてきた絆が、私の背を押してくれる。
「そっか、私は一人じゃないんだね」
――『私もいるよ、おねえちゃん』
「ええ。そうね。それに、おじいちゃんとミカエラさんがくれた絆も、ある」
誰かがいつも、私を支えてくれた。
その誰かはきっと、いつも、傍に居てくれたんだ。
「オリジン」
「?」
「あなたが全てを使って引き籠もるというのなら、私は全てを使ってこじ開けましょう」
「は?」
「それに、きっと、うん。認めたくないけど、これが一番“私らしい”エンディングだから」
「なに、を……?」
杖を掲げる。
苦笑と共に。
けれど、決意と隣り合って。
「行くよ! 相棒!」
――『うん、やろう!』
「【祈願・幻創・奇跡・成就】!!」
杖の形が変わる。
煌びやかな槍でも、装飾儀仗でも、子供向けステッキでも無い。
形はただ最小限に、両手で持てる柄だけ残して。
「集え、無限の愛!!」
【二十七歳愛の力を魔法力に変換!】
魔法導衣に変化は無い。
けれど、衣装から溢れでた力が瑠璃色の光で剣を作った。
「なにを、するつもりだ?」
オリジンが疑問に思うのも無理は無い。
でもね、そこで身動きも取れずに刮目しなさい。
【二十六歳愛の力を魔法力に変換!】
【二十五歳愛の力を魔法力に変換!】
【二十四歳愛の力を魔法力に変換!】
【二十三歳愛の力を魔法力に変換!】
【二十二歳愛の力を魔法力に変換!】
一歳分。
一つの苦難を乗り越え、劇的な成長を迎えるための力。
たった一つで世界を変革させる、巨大な力。注ぎ込まれてついに、導衣から鎧が外れてシンプルな衣装に変化する。
「集え、無限の絆!」
【二十二歳絆の力を魔法力に変換!】
【二十一歳絆の力を魔法力に変換!】
【二十歳絆の力を魔法力に変換!】
【十九歳絆の力を魔法力に変換!】
剣は長剣に、長剣は大剣に。
衣装が導衣からヘソ出しルックのセーラー服衣装に変わる。まだ、サイズは同じだ。
「集え、無限の希望!」
【十八歳希望の力を魔法力に変換!】
【十七歳希望の力を魔法力に変換!】
【十六歳希望の力を魔法力に変換!】
大剣は光の束に。
同時に衣装がもう一回り小さくなる。
キツキツだけれど無理すれば着れる、ロリータ向けかな、くらいの衣装。
「集え、無限の勇気!」
【十五歳勇気の力を魔法力に変換!】
【十四歳勇気の力を魔法力に変換!】
【十三歳勇気の力を魔法力に変換!】
光の束は、光の柱に。
衣装はついにぴちぴちに。最早着慣れた装甲付き魔法少女衣装。オリジンが、ぽかんと口を開けて私を見る。
「集え、無限の夢!」
【十二歳夢の力を魔法力に変換!】
衣装から装甲が剥がれ。
【十一歳夢の力を魔法力に変換!】
ぷぎゅる、と足下から音が響き。
【十歳夢の力を魔法力に変換!】
そしてここからは、成長してからは未踏の領域。
九歳サイズはそこまで変化が無くピッチピチだけれども!
「集え、無限の少女力!」
【九歳少女の力を魔法力に変換!】
――ミチッと音がする衣装。
【八歳少女の力を魔法力に変換!】
――ビリッと流石に破れる部位。
【七歳少女の力を魔法力に変換!】
――パァンッと音を立ててどっかのパーツが吹き飛んだ。
「これが六歳魔法少女。私が手にした原初の力」
髪もツインテールに戻り、色んなところが涼しげで。
――それでも、ステッキから伸びる力は理外のものだ。私は今、月ほどのサイズまで膨れあがった光の結晶を、天高く掲げている。
「なんだよ、それ、そんな力、ボクは知らない。それじゃあまるで、創世神話の力じゃないか……」
「そう。今日から新しい物語が始まる。だからこれが、この物語のエンディング」
「ひっ、や、やめろ、来るな、来るなァアアアアアアアアアアアッ!?」
逃げることも戦うことも許されない。
それが、彼の選んだ“引き籠もる”ということだから。
「い、いやだ、こんな、ボロ切れを纏ったような痴女に――」
「【ミラクル☆ウルトラ☆アルティメット☆スラッシュゥゥゥッ】!!!!!」
「――ぃぃぃぃぃいいイイアアアアアアアアアアアッッッ!?!?!!!!」
振り下ろした極光が。
瑠璃の光を纏った剣が。
殻も滅亡の力も、古き神、オリジンを呑み込んだ。
「これにて、魔法少女のオシオキ完遂! 今日もラピは、きゅーと☆だよ♪」
ポーズを決めて、ぱちっとウィンク。
晒した肌が寒くなって、思わずくしゅんとくしゃみをした。
うぅ、結局、こうなるんだね。
――『でも、格好良かったよ』
「ありがとう。そう言ってくれるのは、あなたと鈴理さんだけよ」
――『えへへ……じゃ、帰ろっか?』
「ええ、そうね」
頷いて、相棒を抱きしめる。
帰りましょう。
――私たちの、帰るべき場所へ。




