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そのさんじゅう

――30――




 ――真っ白な空間だった。



「あ、あれ?」


 体を起こす。

 頭は不思議とぼんやりしていて、思考がはっきりしない。

 服装はいつものスーツ。特専の、先生としての衣装。


「そうだ」


 どうしてここに。

 そう呟くよりも早く、事態に気がついた。私はあのとき、オリジンの罠に掛けられて、それで、ええっと?



「来たれ【夜王の瑠璃冠】」

――『おねえちゃん!? 無事?!』

「え、ええ。たぶん?」



 確証は無い。

 けれど、何故か変身は解除されているし、ここはどこだかわからない。いったい何がどうしてどうなって、私はどこにいるんだろう? 疑問ばかりが浮かんでは消えて、混乱と焦りが募る。


「とりあえず、移動して――」

「その必要はありません」

「――誰?!」


 立ち上がって、警戒をする。

 すると目の前には、さっきまでいなかったはずの女性が立っていた。彼女がぱちんと指を鳴らすと、周囲がビルの屋内の様な景色に変化する。

 これって、ええっと、いったいどいうことなの?


「お久しぶりです、観司未知様。主がお待ちですので、ついてきてください」

「お、お久し? ……あ、待って」


 歩き出す彼女に、慌ててついていく。

 ぴしっと整えられたひっつめ髪。顔立ちはとても整っていて、細眼鏡がよく似合っている。髪は黒で瞳は青。鮮やかな色彩は、見惚れるほどに美しかった。

 もう少し正面から見せてくれたら思い出せる様な気がするのだけれど、あいにく今はもう、彼女のスーツの背しか見えない。


「ご立派になられましたね」

「え?」

「さ、こちらです。――連れて参りました。失礼致します」


 言葉の意味を尋ねる前に、立派な扉を開けて中に入っていく彼女。

 戸惑いながらも、私は社会人らしく頭を下げて、入室した。


「失礼します。お呼びということでしたが――ぁ」


 立派な机。

 大きな窓。

 たくさんの書類を整理する、白髪のおじいさん。まだまだ現役で働いている年配の男性、という雰囲気だけれど、優しげな、宇宙の色の瞳を見ていると、心が落ち着く様だった。


「あなた、は」


 この方を、私は、知っている。


「楽にしてくれ。ほれ、ミカ、お茶の一つでも出してあげなさい」

「ええ、では」

「おいおい、そいつは儂のとっておきの」

「なにか?」

「……う、うむ。それで良いぞ」


 軽快なやりとり。

 ため息を吐く女性――ミカさんと、主さん。懐かしい。“あのとき”と、なにも変わっていないやりとりだ。それがなんだか、たまらなく嬉しい。

 言われるがままにソファーに腰掛け、戸惑いながらお茶を見る。


「あの」

「時間は気にせんで良い。経過はせん(・・・・・)

「は、はい――ぁ、おいしい」

「うむ、そうだろう。とっておきだからな」


 全部、見透かされている様だ。優しい瞳と声に促されるまま、お茶を飲み干す。

 薫り高いほんとうに良いお茶だ。心の底から、染み渡る様なお茶だ。


「――では、改めまして。私はミカエラと申します。お久しぶりですね」

「儂のことは好きに呼べばいい。そういう慣例でのう」


 女性が、ミカエラさん。

 おじいちゃんが、ええっと?


「では、おじいちゃん、でも?」


 失礼なことを言った気がする。

 けれど何故だろうか。この空間にいると、その、普段よりも素直な自分になれる気がするのだ。不思議だけれど。


「! おお、おお、良いとも。ぬしの二人目の祖父となろう」


 一人目は、きっと仙じいのことだ。

 私は前世でも現世でも、祖父という存在を知らなかったから。


「それで、その、ここはどこなのでしょうか?」

「ああ。名称にさほど意味は無いのだが、そうさな……“始源領域”とでも呼んでおこうか」

「始源領域……」


 始まりの場所、とか、そういった意味だろうか。

 見た目は完全に、オフィスビルの社長室だけれど、おじいちゃんは即興であろうその名が気に入ったようで、満足そうに頷いていた。


「戸惑うことも多かろうが、さて、なにから話した物か」

「私たちは、ずっとあなたの過程を見ていました。――ああ、ご安心を。監視と言うことではありません。物語を紐解く様に、毎日更新される小説を読む様に、俯瞰して大局を見ていたのです。あなたを主人公とした物語、という方が伝わりますか? 不快に思われましたか?」

「は、はい。おっしゃっている意味はわかります。それと、不思議と不快にも思っていません」


 ミカエラさんは私の言葉に、口元を緩めて胸をなで下ろした。

 とても、こう、クールな女性だと思っていたから、その表情に驚かされる。親しみやすいような、どこか近親感を覚えるような、そんな笑顔だ。


「それは良かった。ふふ、あえて誤解を怖れずに言うのであれば、私たちはあなたのファンなのです。あの日、新しい生を受けてから、よく、頑張りましたね。本当にご立派です」

「そんな! ただ、がむしゃらに生きていただけです。私なんかよりも、たくさんの苦難を乗り越えてきた方は、たくさんいます」

「それでも、ですよ」

「っ――ありがとう、ございます」


 しゃがんで、私の手を取って微笑んでくれるミカエラさんから、そっと目を逸らしてしまった。そんな風に言われると、その照れる。


「こほん」

「それでは、あなたの物語を聞かせて下さいませんか?」

「ごほんっ」

「ええ、ええ、存じておりますとも。けれどその上で、聞かせていただきたいのです」

「うううっううっんっ」

「あなたの、口から、あなたの声で」

「ミカエラ」

「承知致しました」


 戸惑う私の前で繰り広げられるコント。

 しきりに私に話しかけて下さるミカエラさんを咳払いで呼び戻そうとしたおじいちゃんは、ついに諦めて名を呼んだ。すると、本気では無かったのか、ミカエラさんはすっと戻った。


「まずは、未知。ぬしを何故あの世界に送り込んだのか教えておこう」

「はい……転生先があの世界であったことに、意味があったのですか?」

「いや、ない」

「えっ」


 首を傾げる私と、おじいちゃんの横でため息を吐くミカエラさん。

 慣れてらっしゃるんだろうなぁ、なんて、思わせられる。


「あの世界で無くても良かった。ですが、あの世界は条件にあっていた、と、主はおっしゃりたいのですよ」

「な、なるほど。条件、とは?」

「うむ。――神、とは、全能であるが万能ではない。普通は己の世界に異物は紛れ込ませない様にしているのだが、あの世界は魂を送り込む隙があった。故に、あの世界に転生させたのだよ」

「ええっと、おじいちゃんの世界は、ないのですか? おじいちゃんも、その、神さまなのですよね?」


 私の死後、私に出会って、“気まぐれだから気にしないで良い”と笑顔で送り出してくれた神さま。てっきり、私は彼の世界に転生した物だとばかり思っていたのだけれど。


「儂の直轄世界は無い。いや、全てそうというべきか……まぁ、その辺りの細かいことは気にせんでも良い」

「はぁ……?」

「だからなんだ、儂が言いたいのは――すまなかったな。幸福な生を送らせてやりたかったが、まさかあやつがあのように暴走しようとは」

「そんな! 私は、幸せでした。幸せです、おじいちゃん」


 そう、告げると、おじいちゃんは目を瞠る。

 それから、優しい瞳で一度、次いで二度、大きく頷いた。


「そうか……そうか」

「主はあとからその現状に気がつき、“忘れていた”とおっしゃって、あの世界で生きていける力を付与しました。世界に法則を書き加えるという妙技で数年沈黙状態に至り、妙なバグが生まれてしまったのも、調整に手を加える暇がなかった、ということもあります」


 そうか、そうだったんだ……。

 いやでも、数年? 数十年じゃなくて? やろうと思えば、高校生くらいの時には変身できていたのだろうか? それはそれで、その、複雑な気持ちだけれど。


「本当は、現状の説明と“反則技”を用いたあやつへ意趣返しに助けてついでに調整しようと思ったのだが……」

「無理、なのですか?」

「うむ。強くなりすぎて(・・・・・・・)おる。これに手を加えると、ただの人間とさせておくことはできなくなり、世界から弾かれることだろう。だが、反則技――予備の世界を動力源に使用したあやつ相手では――このままでは、勝てん」

「主や私は、他人の世界への干渉権は持ちません故に……」


 思わず、息を呑む。

 おじいちゃんの目に浮かぶのは、心配、だろう。ミカエラさんも目を伏せて、おじいちゃんの言葉を肯定していた。

 そうか、勝てないのか。うん、なら、仕方がない。


「私は――それでも、戦います」


 諦めないで、戦い抜こう。

 これまでだって何度も、もう駄目かも知れないということはあった。けれど、その全てを乗り越えてきたんだ。例え勝てなくても――この命、燃やし尽くせば、負けない程度に持ち込むことだってできるはずだ。


「だから、どうか、オリジンのいなくなったあとの世界を、お願いします」


 そう、私は立ち上がって頭を下げる。

 一世一代、最期の願いだ。転生させて貰って、さらに助けて貰って置いて、こんなことをお願いするのは我が儘だろう。欲深い、と、思われるかも知れない。

 けれど、それでも、私は私の世界を救いたいから。


「……主」

「うむ、ああ、そう言うのだな、ぬしは。ここで諦めるという選択肢は、そもそも持っておらなんだか。ああ――そうか。いや、だからこそ、か」

「おじいちゃん……?」


 これまで見せた、どんな顔とも違う表情だ。

 まるで、そう、故郷を思う様な郷愁の表情。悲しげで、羨んでいて、それでも愛して止まないなにかを思い出す様な貌だった。


「条件がある」

「条件、ですか?」

「うむ。簡単だ。これ以上の調整は、世界からの認識が変わる世界から弾かれる。だが、一つだけ、調整を受けても弾かれない方法がある」

「それ、は」


 尋ねようとした口を閉じ、続く言葉を待つ。

 おじいちゃんの顔は真剣そのもの――だったのに、何故か急に、不敵に笑って見せた。


「超越者は、その魂の行く末を確定することで、その存在立証を補強される」

「それは、どういうことでしょうか?」

「内定だよ。おぬしの死後を、儂の同僚(・・)に内定することで、“神候補”として確約される。すると世界はおぬしを、“強大な力を持った異物”ではなく、“いずれ世界に招かれる己の仲間”であるように認識する、ということだ」


 ――つまり、それは。

 言われた言葉を理解して、思わず目を瞠る。

 それは、つまり、私は死後……神さまになる、と、いうこと?


「どうだ?」

「――私に、背負えることかはわかりません。ですがそれで、世界を守れるのなら、この命を捧げます」

「かっかっかっ、そう難しく考えんで良い」

「ですが……」


 笑ってそう言ってくれるけれど、その、やっぱり不安は不安だ。

 前の生を、そして今の生をも全うできていない私にできることなのか。


「いいか、未知。儂の可愛い孫娘」

「……はい」

「精一杯生きて、生き抜いて、今の生のことだけにその命を燃やし尽くせ。燃え尽きた魂が旅立つ場所が“ここ”であり、そこでおぬしが教師として、今度は世界を育ててやれば良い。それは、おぬしが今の生を燃え上がらせて初めてできることだ。精一杯、生き抜いて、儂に見せてくれ。良いな?」

「――……はい――っ」


 温かい目。

 優しい手。

 力強い声。


「うむ、うむ。良い返事だ。では、ミカエラ」

「はい。――さ、未知様。瑠璃の王冠をこちらに」

「あ、はい。夜王の瑠璃冠……良い?」

――『もちろん!』


 魔法魂剣から響く声に微笑んで、ミカエラさんに渡す。

 すると、ミカエラさんは愛おしげにそれを一撫でしてから、おじいちゃんに手渡した。



「良し、行くぞ――【創世主権限】」



 おじいちゃんが手を翳すと、宇宙の色を帯びた力が瑠璃冠に注ぎ込まれる。

 すると、瑠璃色の光が溢れ出し、聞き慣れたアナウンスと共にその形が変化し始めた。




【権限承認! 十二歳魔法少女衣装を二十七歳魔法導衣に進化!!】




 えっ。

 そう、驚く間もなく。




【さぁ、新たな戦士よ! 変身せよ!!】

「えっ、あの、えっ」




 剣の形をしていた瑠璃冠は、また、杖の形になる。

 けれどそれは、少女用のステッキでは無い。私の身長よりも長い、装飾儀仗。

 物語の魔法使いが持つような、長い杖だ。




「さぁ、新たな同胞の誕生を歓迎しよう! 神名に“瑠璃”の称号を抱きし、天変万化、森羅万象の魔法神!」

「燃え尽きるその日まで、私たちは気長に待っています。干渉できないのは、管理者がいる場合のみ。いなくなったあとのことは、心配なさらなくても大丈夫です。多くは手助けできませんが、世界の崩壊を招くことはしないと約束致しましょう」

「行き方は簡単だ。変身をすればいい。そうすれば自動的に、元の場所に戻れる。さぁ、行くと良い。最高のエンディングを、その手で掴め!」




 頷いて。

 杖を手に抱き。



「いくよ」

――『うん!』



 想いに応えて。




「【ウルトラ・ミラクル・トランス・ファクト】!!」




 踏み出した。





2017/11/24

誤字修正しました。

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