そのにじゅうきゅう
――29――
――創造領域。
オリジンは、悔しげに遊戯台を叩く。
突如として現れた魔法少女が、周辺一帯の鬼亀を一掃し、壊し突くし、人間たちに勇気を与えている。
慌てて仕様を変更。昼夜関わらず神獣を送り出せる様にしたが、未だ、足らない。
「なんでだよ、なんなんだよ、おまえ!!」
遊戯台を叩き、急いで調整するデータ。
リソースはほとんど無限。より強力な個体を作り出し、魔法少女が壊すよりも早く生産できる様にしなければならない。オリジンは苛立ちながらも確実にデータを作り上げ、鍵盤のような入力装置を打ち込んでいた。
「ひ、ひひっ、でもこれで終わりだよ。次はもっと強力だ。絶望に泣きわめけ、ゴミ屑共めッ! あっははははははは――」
入力完了ボタンを呼び出し、高笑いをしながらそれに指を叩きつけるオリジン。
多少の計画変更はあったが、結局は、創造領域に居座る自分に勝てる存在などありはしない。
ゲーム感覚でここまでやってきて、オリジンは未だ、ゲーム感覚のまま動く。ゲームマスターである自分に、この居城に、達せられる物などありはしない。創造領域とはそういう場所なのだ。どこからとも独立した、特殊空間なのだから、と。
だからこそ、オリジンは、足下を掬われる。
『error:入力内容が正しくありません』
点灯する赤いランプ。
モニターに浮かぶエラーの文字。
「――はは、は、はぁ? あれ? 間違えたかな?」
『error:error:error:error』
「ちょ、ちょっとなんだよこれ。入力制限? なんで、ソドムのデータまで消えているんだよ!? おかしいだろ!!」
ソドム――鬼亀のデータまで消え、創造領域の基本機能である神の泥システムに根付いた泥の神獣、以外の全てのデータが消去されていく。
そう、オリジンの目の前で、ウィルスにでも侵される様に消えていく。
「ど、どうしてだよ、なんで、なんでこんな!」
『いやはや、さすがに苦労したよ』
「誰だ?!」
モニターに浮かぶのは、デフォルメされた少女の姿。
青と緑のオッドアイ。白銀の髪の少女を模したキャラクター。
彼女から響いてくるのは、合成音声で作られたのであろう少女の声であった。
「なんだよ、おまえ!」
『本当は全部消してやるつもりだったんだけどさぁ、根底のシステムは流石に丈夫だねぇ。この私を持ってしても消しきれなかったよ』
「は? ど、どうやって」
四方八方からポップされるホログラムモニター。
投影されるそれらに映し出されるキャラクターは、一様に笑顔だ。笑顔だからこそ、彼女の背後で消されていくデータの束に、オリジンは焦りながら遊戯台に縋り付いていた。
『どうやって? 簡単さ。君は無警戒にもそちらからこちらへ繋いで画像を送ってくれただろう? ほら、君がわざわざ自分の姿を映して宣言した、あのくだらない言葉さ』
言われて、オリジンは思い出す。
終末術式【ノア】を起動した際、オリジンは絶望へのオープニングというつもりで、自身の姿と声を見せつけてから、神獣を送り出したときのことだ。
「それが、なんだっていうんだよ」
『繋がりが出来ると言うことは、道が生まれると言うことだ。道があるのなら辿るのは容易い。少々時間が掛かってしまったが、くっ、今、どんな気持ちだい?』
「な、にを」
『くっははは、はははっ、圧倒的な強者から、最高のタイミングで引きずり降ろされた気分はどうだと聞いているんだ。あっ、ははは、くっ、ははは、ははははははっ』
「やめろ、やめろよ、笑うなよぉッ!!」
遊戯台に拳を叩きつけても、結果は変わらない。
そのままオリジンは、ずるずると膝を突き、項垂れた。
『私の報復の味は如何だったかな? なに、あえて感想を言わずとも良い。その顔を見れば充分伝わってくる。さぁ、もうすぐおまえを殺すものが来るぞ。せいぜい、絶望の中で、私たち人間を甘く見たことを悔やめば良い!! あっはは、ははははっ、ひひゃはははははははっ!!!!』
声は、そのまま響いて消えた。
代わりに固定されて表示されるのは、今の人界の情勢であった。
オリジンは力なく映像を消そうとするが、見せつける様なモニターは、オリジンの命令を受け付けない。
――ローマ
ジャッジメントハンマーと名高いローマ法王と、聖人とされる東雲拓斗。
二人が苦戦して戦うソドムを、魔法少女の☆が撃ち抜く。
『おお――神よ』
『ラピ……ははっ、負けていられねぇな』
信徒たちは今ここに、その力を取り戻した。
もう、彼らの信じるものはぶれない。神とは、ラピであったのだから。
――アイルランド
イルレア・ロードレイス。そして、レイル・ロードレイス。
神獣たちを討ち倒しながら市民を誘導する彼女たちの前に現れる、三体のソドム。このあとに訪れるのはきっと、凄惨な悲劇だろう。
そう誰もが悲観する中、諦めずに立ち向かうイルレアとレイル。炎と銀が爆ぜる中、降り注いだ流星がソドムを討った。
『ボクのヴィーナスは、いつの間にかマーズになっていたようだね』
『ふふ、さすが、私の恋したひと。さ、レイル。並び立つのに相応しいのはどちらか、勝負よ』
『くっ……そんな勝負ナラ、負けられないナ!』
歓声の中、立ち向かう二人の姿。
最早その場に、悲観を覚える者など居ない。彼らは、魔法少女の奇跡に巡り会えたのだから。
――イタリア
水の都、ヴェネツィア。
唸る水を操る七と、その水を器用に利用しながら戦うテイムズの姿があった。彼らもまた避難誘導を済ませ、初めて肩を並べるはずなのに、息の合った動きで敵を討ち倒す。
それでもソドムは倒しきれず苦戦していると、水を割り道を作りながら駆け抜けた瑠璃色の光が、ソドムを他の神獣ごと撃ち抜いた。
『おお、久々に見たよ。あれが魔法少女か!』
『ははっ、そうか、クロックめ。さ、テイムズこうなったらあとは掃討戦だ。行くよ』
『ああ、幼い少女に後れをとるわけにはいかんからな!』
強き女性に贈るエールの言葉。
イタリアにはこれから、星をイメージしたピッツァが贈られることだろう。
まるでかの女王、マルゲリータを象ったときのように。
――日本:ソドム消滅・神獣減少
――アメリカ:ソドム消滅を確認
――インド:………………
――ロシア:…………
――ドイツ:……
――中国:……
世界地図が明滅する。
オリジンをして、信じられない速度で消されていく神獣たち。
最早、これ以上生産できる訳でもないのに、戦況報告は続く。
「こんな、こんなばかな、ばかな」
――『もうすぐ、おまえを殺すものが来る』
「そう、だ。ボクを殺すものが……」
モニターを見る。
自慢の神獣が、少女の一撃で消える映像。
その猛威に、オリジンは唇を震わせて後ずさった。
「ひっ……い、いい、いやだ、死にたくない、死にたくないッ、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!」
この時、オリジンはようやく理解する。
自分がこれまで立っていたのは、高台の上だった。その舞台が壊し尽くされ、闘牛の角が己に迫っているという事実を、否応なしに突きつけられた。
「っそうだ、殺さなきゃ。どんなものを使ってでも、殺さなきゃ!」
オリジンは、狂笑を浮かべながら準備をする。
だから彼は、思いつかなかった。いったい、彼女がどうやって、この創造領域に来るというのか。
追い詰められ、命の危機を覚えて、迎撃の準備を過剰なほどに整える。
『く、はは』
その背後では未だ、モニターが動いていたことなど、知る由もなかった。
――/――
――北極圏・上空。
あらかた鬼亀と強めの神獣を討ち倒したとき、ベネディクトさんからの通信に気がついた私は、少女防寒パワーを纏ったまま、上空で通信を繋いでいた。
『……という訳で、旦那様が回線を傍受。巨大神獣の生成を止めた上で、現在、創造領域への入口を形成して下さっています』
「そ、そうなんだ。ありがとうございます」
いや、すごいな、有栖川博士。
虚堂博士の事件からずっと、報復の機会を狙っていたのだとか。そして、降って湧いた機会に目的を達成。最高の嫌がらせをしたのだとか。
現在はハッタリをしかけて混乱させ、その間に私が博士にこっそり転送しておいた創造領域への座標を利用して、通り道を形成して下さっている様だ。
人界の北極から転移できそうなことはわかったけれど、通じる道がなくて焦っていたので、助かっている。道、というのは比喩で、こう、独立空間に一番近いのは地球の北極だけれど、独立した空間には違いないから入口くらいないと移動できない、と。
もっとも、移動できたところで、課題は残されているのだけれど。
『と、入口の座標が完成した様なので転送致します――どうか、ご武運を』
「はい。なにからなにまで、ありがとうございました」
座標コードを受け取って、夜王の瑠璃冠に入力する。
これでいつでも、創造領域の入口を目指すことが出来るだろう。
――『未知?』
「ごめんなさい、なんでもないの」
では、創造領域にいってどうするのか。
決まっている。結局、神というシステムが必要なら、殺さずに懲らしめて、管理させるしかない。けれど、そんなことが本当に可能なのか。不安が、胸裡を巡る様だった。
「でも」
それでも、このままではみんなが不幸になる。
だったら私は――最悪、私自身が創造領域に残ることになったとしても、戦わなければならない。
「行こう」
――『うん、おねえちゃん』
魔法魂剣を翳す。
北極上空に生まれるオーロラ。その奥から、眩い光が溢れ出た。
「【ミラクル☆テレポート】!」
転移。
景色が切り替わり。
次元の狭間に浮かぶ、真っ白な光に手を伸ばして。
『そうか、だったらもう、全部潰せば良いんだ』
『もう、新しい世界なんて作れなくて良い』
『そのリソース全てを使って、逆に殺してやれば良い』
『滅びろ、魔法少女! ――【創世崩滅】』
溢れる光。
悪意の牙。
――『おねえちゃん!』
激しい衝撃と熱。
痛みを覚えるよりも先に、視界が、白く、染まった。
『ひ、ひひひ、ひひゃははははっ、やった、やった、やった、ボクの勝ちだ、ゴミ屑めッ!!』
こんな、ところ、で?
けれど、不意打ちに抗うことも出来ず。
「ぁ」
意識が、遠くへ、消えていった――。




