そのにじゅうなな
――27――
少女力。
ずぅっと何気なく使っていた言葉だが、これはようは少女っぽい服装、言動、容姿などが魔法の力として変換されるという“霊力によく似た”力であるようだ、というのが魔法少女歴の長い私の考察だ。
第二期状態になって、この、変換される少女力の判定が甘くなり、“服装は少女っぽいから、言動まで気にしないで良いよ”と条件が温くなった……と、考えて間違いないだろう。
では、“今”――正真正銘“少女の姿”で変換される少女力は、どれほどのものなのか。
「集え、少女たちの願いの力」
かつては使えた技。
これまでは、変換効率が悪すぎて使えなかった技。
「魔法少女通常攻撃――」
少女力の出力だけで飛翔して、巨大な亀の神獣に指を向ける。
「【ミラクル☆スター】!」
簡単な発動ワード。
指先から瑠璃色の☆が発射され。
『ギガ――ゴラッ?!』
海を割りながら突き進んだ☆は途中で巨大化し、亀型巨大怪獣の胴体を丸々、星型にくりぬいた。
「未知……あなた」
「リリー! 怪我は無かった? 遅くなって、ごめんなさい」
「ええ、もちろん。普段のあなたも好きだけれど――ふふふふ、素晴らしいわね」
「あ、ありがとう?」
なんだか、クスクスと笑うリリーの顔がこわい。
いや、可愛らしい笑顔なのだけれど、なんというか、リズウィエアルさん的というか!
「名残惜しいけれど、いくのね?」
「ええ」
「そう。では、下の子供たちは守ってあげる。だから、あなたの本当の力を私に見せてちょうだいな」
本当の力、か。
空を見上げれば、巨大な泥が今度は三体も降りてきていた。一つ一つが、先ほどよりも強い力を秘めているのがわかる。
「わかったわ。リリーも、怪我をしたらいやよ?」
「? ――ふふっ、ええ、ええ、良いですわ。安心して、行ってきなさいな」
「ありがとう。行ってきます」
飛翔。
少女力の余剰分が、瑠璃色の翼を象る。
手に提げるのは魔法魂剣。第二期ステッキとも言える、魔法少女の剣。それを脇に構えたまま、生きてるだけで沸き上がる膨大な少女力をチャージ。
魔法魂剣に注入すると、瑠璃色の光が眩く輝いた。
「【ミラクル☆スラッシュ】――やぁあああああああっ!!」
そのまま、光る剣を振り回す様に一回転。
『ごる?!』
『ぎぎッ!?』
『グロウァッ!?!!』
斬撃音。
断末魔。
空に流れる雲が割れ、掻き消えて、晴天が見えた。
「溢れる力は少女の絆! 悪い子なんかに、魔法少女は負けません!」
神獣という神獣が、余波で吹き飛び粉々になる。
そうすると、まるで本当に雪でも降っているかの様に、東京湾を泥の残骸が漂い、やがて光の粒子となって消えた。
おおよそ千体、一撃必殺。まだまだ湧くけれど、その程度の力では、真の魔法少女は止められないと言うことを、オリジンに思い知らせよう。
「お願い、瑠璃冠。私に、みんなを救う力を」
――『うん、おねえちゃん。みんなで一緒に、やろう!』
響く声。
伝わる熱。
震える想い。
「【ミラクル☆バースト】!!」
少女の絆を翼に乗せて、私たちは、青空の向こうへ飛び立った――。
――/――
――関東特専。
鬼亀の侵攻は、苛烈の一言で片付けられないほどに厄介であった。
泥の神獣は最早川端と彼を支持する生徒や学生たちに任せて、その他の異能者や魔導術師たちは、こぞって鬼亀の対処に尽力していた。
「【起動】!」
「リュシー、そっち行った!」
「オーケー、ユメ。【射撃】!!」
泥の神獣を打ち払い、放置し、鬼亀に向かう姿の中には、アリュシカや夢の姿もある。アリュシカは天眼の使用が叶わず、ずっと、父に渡された異能兵器で戦闘を行っていた。
時間が経つごとに、制限の強くなる異能。その度に左目の奥が痛み、けれどアリュシカは顔には出さない。
(スズリがこの場に居なくて良かった。居たら、きっと気がつかれてしまう)
アリュシカはそう、自分自身に苦笑を浮かべながら、鬼亀へと走る。
「リュシー、無理してない?」
「もちろん」
「あとから鈴理を交えて質問タイムを設けるからね?」
「えっ」
思わず動揺し、それを夢に悟られる。
一杯食わされて、アリュシカは深く息を吐いた。
「まったく。ぜったい、無理はしないこと。良いわね?」
「ああ、約束するよ、ユメ」
約束をしてしまったら、それを破ることはアリュシカにはできない。
なら、アリュシカにできることは、無茶はせずに全力で戦うことだけだ。
「見えた!」
「近くで見るとより大きいわね」
ようやく鬼亀の足下にたどり着くと、二人はそう息を呑む。
場所は森林公園よりも外側。まっすぐ進めば、学生寮に被害を与えてしまうであろう位置だ。生徒の避難は終えているとはいえ、避難場所も同じ特専内。これ以上、勧めるわけにはいかなかった。
「あっ、りゅ、リュシー!」
「シズネ! 戦況は?」
「よ、良くは無い。超常型で制約の無い黒土君が頑張ってくれてるけど、た、待機陣は負傷者で溢れてる」
悔いる様に伏せられた目。
色々とメンタルが強靱になってはいるようだが、それでも、直視に耐えない光景があったのだろう。アリュシカは、静音の表情の意味を汲んで頷いた。
「っそうか……」
「ゆ、夢は? まさか――」
「いや、大丈夫だよ。途中で私を追い越して、瀬戸先生のところへ向かった」
「――良かったぁ……。せ、戦況の共有、だね。ふぃ、フィーもそっちにいるよ」
怒号。
轟音。
悲鳴。
爆発。
聞こえてくる情勢は、なにもかもが戦火に塗れている。
平和の象徴であり、アリュシカにとって掛け替えのない思い出の詰まった学校に、悲劇という暴力が猛威を振るっている。彼女は父に頼んで転送して貰い、実家から慌てて駆けつけたばかりだ。だからこそ、遅くなったことを悔いていた。
「りゅ、リュシー!」
「シズネ?」
そう、俯いたアリュシカの頬に両手が添えられる。
精一杯、前を向く静音の顔。力強い瞳は、鈴理のそれに似ていた。
「大丈夫!」
「?」
「だ、大丈夫! ぜったい、絶対、みんなの努力が無駄になったりしないから、大丈夫!」
「シズネ……。ふふ、そうか、大丈夫か。はははっ――うん、大丈夫、大丈夫だね」
添えられた手に、アリュシカは自分の手を添えた。
冷えた手は冷たい。けれど、手から伝わる力強さは、なによりも温かかった。
「なら、早く倒さないとならないね」
「う、うん! やろう!」
木々の向こう。
咆哮を上げながら異能や魔導を弾く、鬼亀の姿。時間経過と共に強くなるのだろうか。また、一回りも大きくなっていた。
「叩き切るよ、ゼノ」
『応』
けれど、アリュシカも静音も、怖じ気づいたりはしない。
その強者の気配がそうさせたのか、鬼亀はアリュシカたちの方を見る。口を開き、牙の生えそろった口蓋の奥から覗かせるのは、白い光だ。
「【起動】!」
せめて、その光を止めなければならない。
ロングライフルを起動させ、アリュシカは光に狙いを定め。
『ゴログッ?!』
爆音と共に閉じた口に、首を傾げた。
「え?」
「りゅ、リュシーがやったの?」
「い、いや、違う。でも今のは……」
おそらく、爆弾の様な物が放り込まれた。
そう口にしようとしたアリュシカの前に、黄金の髪が翻る。
「えっ、お母様?」
「ふぅ、遅れてごめんなさいね、リュシー。それから、ごきげんよう、静音様」
「ご、ごきげんようです?」
クラシカルなメイド服。
絶世の美女という言葉では足らない美貌。
アリュシカの母、ベネディクトは綺麗なカテーシーで、静音に礼をする。
「何故、ここに……?」
「旦那様の命で、これまで未知様の手伝いをしていました。ですが、そちらが片付きましたので、先行して駆けつけたのです。爆弾が手元にあって助かりました」
「ミチの? それじゃあ、ミチが、ここに――」
アリュシカが言い切る前に、ベネディクトは笑顔で空を指さす。
思わず見上げたアリュシカと静音が見たのは、空を舞う幼い少女の姿。
「――あれ、って、まさか」
煌びやかに纏う瑠璃。
夜明けの空を背に飛翔する、希望の象徴。
「魔法、少女」
戸惑いの声。
咆吼を上げる鬼亀。
「みんな! 頑張ってくれてありがとう! 遅れてごめんなさい!」
幼い声だ。
けれど、どこか面影を感じる声だ。
「【ミラクル☆スター】」
圧倒的な気配。
それでも、懐かしく頼もしい力。
『グロゥァァァッ?!』
胴体を星型にくりぬかれて爆散する鬼亀。
次いで、爆発的な歓声。魔法少女はそのまま☆の弾丸で神獣を一掃すると、また、光に包まれて消えていった。きっと、次の戦場に向かったのだろう。
「――シズネ、お母様」
「うん。せ、先生が、切り拓いてくれたから」
「ええ、全力を尽くしましょう」
制限でもあるのか、鬼亀の追加出現は無い。
なら、残るは、細々とした泥の神獣の追加分を食い止めるだけだ。
――この日、世界は目撃する。
愛と正義と希望の象徴。
かつての戦いを終わらせ、世界を救って天に還った魔法少女。
そして、再び戦いのために、当時のままの姿で天から舞い戻った、魔法少女。
――ミラクル☆ラピの、神話の体現を。




