そのにじゅうろく
――26――
夜明けの空。
朝日の昇る少し前。
瑠璃色の空間で、私は一人、佇んでいた。
『戦うの?』
問いかける声に振り向くと、そこには少女が佇んでいた。
いつかの悪夢で、私を呼んでくれた声。それは、私があの日、生まれ変わる前の世界で触れ合った少女の姿。
私が“観司未知”になる前の、教師になりたかった“――――”という女性の、“妹”の姿。こうしてよく見てみると、彼女は不思議と“私”にこそ似ている様な気がした。
『おねえちゃんが戦わなくても、きっと、みんな頑張ってくれるよ』
「――そうね」
誰もが前を向いて。
誰もが戦っている。
「きっと、私が戦わなくても、みんなは希望を抱いて戦える」
過去の、絶望だらけの大戦では無いんだ。
きっと、あの強大なオリジンに立ち向かっていける。
『相手は、ほんものの神さま。おねえちゃんでも、勝てるかわからないんだよ? わたしはもう、おねえちゃんに死んで欲しくない』
強い言葉だ。
魂に直接響く様に、私の心に染みていく。同時に、先に旅立ってしまった過去に、申し訳なさを覚えた。
「ありがとう、“――”。あなたの気持ちは、とても嬉しいわ」
『でも、行くんだね』
「ええ。私の力で拭える涙があるのなら、何度でも立ち上がるわ」
『痴女でも?』
「うぐっ……そ、そうよ」
即答できなかったことには、その、許して欲しい。
でも、間を置いても強く応えた私に、彼女は深くため息を吐いた。
『頑固』
「ええ、そうね」
『本当は、嫌なくせに』
「返す言葉も無いわ」
『恥ずかしいのとか無理なのに』
「それでも」
『戦うんだ……?』
「ええ」
頷くと、彼女は悲しそうに眉を寄せる。
けれどどこか、安堵を宿した表情で、ふわりと私に近づいた。
幼い少女の姿。光に透けた身体。優しい笑みの、顔。
『元々、わかってたんだ。幼い女の子を助けて死んだおねえちゃんが、力があるのに誰かを助けない訳が無いって――うん、信じてた』
「……“――”」
『それも、少し違うの。わたしは本当は、おねえちゃんが前世と今世で培った、絆の結晶体。原初の神々から“想意精霊”と呼ばれる存在。おねえちゃんが助けた誰かが、おねえちゃんを助けたいと思った心の象徴』
……そう、なんだ。
ああ、そうか。だからだろうか。彼女の姿が時折、鈴理さんと被る瞬間もある。鈴理さんもまた、彼女を象る一部であると言うことか。
それはそれで、なんだか照れくさいのだけれど。
『だから、おねえちゃん』
「なに?」
『わたしも。いいえ、“わたしたち”も、一緒に戦わせて』
「……それは」
『ただ、力を貸させて、わたしの――わたしたちの、“魔法少女”』
差し出された手。
浮かべられた笑み。
力強い意思の込められた、言葉。
「ええ――一緒に戦おう。未来を取り戻すために」
彼女が、想いの結晶だというのなら。
私は、きっとなにより、その思いに応えたい。
「来たれ【瑠璃の花冠】」
こんな空間だというのに、瑠璃の花冠は応えてくれる。
十二歳少女用の可愛らしいステッキだ。
『きれいだね』
「自慢の相棒よ」
『ふふ、そっか』
力を貸して。
そう握りしめると、瑠璃の花冠は優しく鳴動した。
「我が心に絆の橋を――接続【魂核内壁】」
“――”が、一緒にステッキを握りしめてくれる。
「導きに応えて示せ――【魔法魂剣】」
すると、その幼い体躯が光となって解けて、私の身体に吸い込まれていく。
「我が声に応えて開け、夜の花――咲け【夜王の瑠璃冠】」
溢れんばかりの瑠璃色の光が、空間という空間を埋め尽くしていく。
その光の中で私は、解けゆく少女を、力強く抱きしめた。
『聞こえる? おねえちゃん』
――ねがえ、ねがえ、ねがえ。あいとせいぎ、きぼうとゆうき、みらいのしるべ。
――ねがえ、ねがえ、ねがえ。やさしさのおう。ふだんのせんし。きせきのしょうじょ。
――ねがえ、ねがえ、ねがえ。あくをだとうするもの。ぜつぼうをくだくもの。
――ねがえ、ねがえ、ねがえ。われらのこえに、こたえて、いのれ。なんじこそ。
「ええ、聞こえるよ」
――まほうしょうじょ、なり。
――おねがい、わたしたちをたすけて。
『だから』
「一緒に」
――ラピ。
「『魔法少女を始めよう』!!」
掲げる手は、“小さく”。
「【デュアル・アルティメット・トランス】!!」
光が、弾けた。
【説明しよう!】
【観司未知は魔法少女である! 宇宙の果てよりもたらされし至高の力、“少女パワー”と少女たちの絆が合わさるとき、愛と正義と希望の魔法少女、“ミラクル・ラピ”に変身することが可能なのだッ!!】
――可憐で華麗で最強――
――強くて綺麗でかわいい――
――少女と絆の力が溢れ出す――
――無敵で素敵できゅーとな女の子――
――刮目せよ! これが全世界最高インフィニットな少女力――
――みんな! 最高の応援をありがとう。ラピは今日も、頑張るネっ☆――
【さぁ、戦え! 魔法少女!!】
――/――
祈りを捧げるわたしたちの前で、瑠璃色の光が弾ける。
その余波で周辺の神獣が“のきなみはじけ飛び”、なんとも綺麗な海になった。
やがて収束した光は、その場に一つの像を象る。
「少女の涙で、夜が曇るとき」
――夜色の手袋、瑠璃色の籠手、黄金で刻まれた花の紋章。
「誰かの悲しみが、闇を彩るとき」
――夜色のニーハイ、瑠璃色の脚甲、黄金で刻まれた星の紋章。
「絆と希望の夜明けから現れて」
――夜色のインナー、瑠璃色の肩当て、銀の胴鎧、透き通った青のフリフリ。
「愛と正義の魔法で悪を討つ」
――夜色のスパッツ、膝上十五センチの瑠璃色フリフリスカート。
「全世界最強の無敵インフィニット少女」
――ツインテールに星飾り。目元には星のメーク。イヤリングは花模様。
「真・魔法少女ミラクル☆ラピ! 第二期モードで無敵に推参ッ!!!」
――その装甲系キュートな衣装を、年相応の身体に包んで。
「さぁ、このミラクル☆ラピが、みんなの悲しみを止めてあげるんだから♪」
――十二歳少女用を、十二歳の身体で着用。くるっとターンで、スカートが翻った。
度々の映像資料でしか知らない姿。
それだってすべて再現CGだったのに、今、わたしの目の前の姿は違う。
「……師匠?」
「ええ」
いつもよりも、高い声。
それでもちゃんと、師匠の面影を残す姿。
「お待たせ、鈴理さん」
強くてはっきりとした声が、わたしの耳たぶを震わせた。
「すごいです、師匠、いつもの師匠はかっこういいけれど、今日はかわいいです!」
「ふふ、あなたにそう言われると、なんだか安心するわ」
「そ、そうですか? えへへ」
なんだかすごく変な感じだ。
だって、師匠の小さな顔が、わたしよりも低い位置にある。
師匠に言われた言葉が嬉しくてはにかんでいると、その隙に、久遠店長がすっと跪いた。
何故か、滝の様に涙を流しながら。
「ずっと、会いたかった。俺の愛しい姫君よ」
「今、そういうの良いから」
「つれないな。だが、君のそんな仕草も、魅力的だよ」
ズバッと師匠は切り捨てるけれど、久遠店長はめげない。
久遠店長のこういうところ、本当に凄いと思う。
「クロック」
「なんでも命じてくれ」
「困っているひとたちを、助けに行って?」
「心得た――!」
首を傾げて告げられた言葉。
余波を浴びただけなのに、胸が締め付けられる様な可憐な表情。
直接それを浴びた久遠店長はふらりとよろめくと、承知の言葉を残して掻き消えた。
「鈴理さん」
「はいっ」
「凛さん」
「は、はい」
「春花ちゃん」
「っはい!」
ボートの上の三人に、少女の師匠は声を掛ける。
俯いていて表情は見えない。どうしたものかとおろおろしていると、師匠は、優しげな笑みと共に顔を上げた。
「守ってくれて、ありがとう――行ってきます」
その笑顔に見惚れる刹那の間に、師匠は羽でも生えているかのように飛び上がる。
わたしはその姿が消えてしまう前に、慌てて師匠の背中に、声を掛けた。
「いってらっしゃい、師匠! 必ず、帰ってきてくださいね!!」
その声は届いたのだろう。
師匠は軽く後ろ手を振ると、そのまま、空の向こうに消えていった。
なんだろう。なんだか、こう。
「夢心地、かも」
「ええ、わかるよ、鈴理さん」
凛さんの言葉に、そうですよね、と頷く。
そうやってただぼおっと空を眺めるわたしたちの隣で、春花ちゃんは呆然と呟いた。
「おねえさんが、魔法少女だったんですね……」
「えっ」
「えっ」
「……えっ、みなさん、ご存知だったんですか?!」
むしろ、その、うん。
ごめんなさい、師匠。
帰ってきたら、説明はお願いします。
そう、わたしは心の底から師匠の帰還を信じて、それから慌てて春花ちゃんに弁明をするのであった――。




