そのにじゅうご
――25――
――東京湾。
空からは鳥型の神獣が。
海からは魚型の神獣が。
陸からは海をかき分け、鬼亀が進軍する。
「ああ、醜いわね」
その大げさな行軍を、リリーは落胆の声で迎える。
「コンセプトはなに? アプローチは? デザインは? 全部ごちゃ混ぜにして、醜い暴力だけで強くなったつもり? ああ、本当に醜いわ」
空に浮かぶリリーはそう、顔を歪めて天を仰ぐ。
コンセプトが不透明な、適当に強そうなものの強そうな部位だけ固めた泥の神獣。美しさも怖さもない醜い化け物に、リリーは失望を浮かべる。
「本当は、私はこんなことに駆り出されるほど安い女では無いのよ? でも、仕方がないわ。未知のためだもの。だから――」
『ギルイィエエエエェッ!!』
鳥の神獣がリリーに嘴を向けて飛来する。
弾丸の如く勢い。風圧がリリーの頬を撫で、アメジストの髪が緩やかに揺れる。編み込んだ髪をリリーは片手で弄びながら、軽く、指を弾いた。
「――あなたたちに、“恐怖”がなんであるのか、刻んでさしあげますわ」
『ギラララララララ――ガギグ?!』
次元吼。
発生した次元の衝撃が、鳥の神獣の動きを止める。
「【闇王の重鎚】」
『ギャンッ!?!!』
黒い波動が下から上に付き上がり、鳥の神獣が粉々に砕け散る。
悲鳴と断末魔。重音を皮切りに、神獣たちの視線が集まる。それは海を進む鬼亀も同様であり、その巨大な顎を持ち上げて、白い閃光を滲ませる。標的は小さくとも、神の兵器は精度が高い。必ず当てて見せようと、リリーに向かって解き放たれる。
「【闇王の帳】――ねぇ、こんなもの?」
『グラッ?!』
あっさりと、当然の様に防がれる閃光。
神の兵器を前に、防げる存在など居るはずが無い。その認識を、リリーは易々と覆した。
「主とやらはよほどの間抜けなようね。兄弟姉妹での婚姻は禁忌と設定するが故に、己の子らがもしも子を成したらどのようなものになるのか、想定されていなかった」
故に、リズウィエアルは、能力を用いた。
直接の兄弟では無く、孫に当たるワル・ウルゴから因子の提供を受けたとき、“幸運にもゴグ・サタヌスの覚醒因子のみが、我が子を作る様に”……と。
故に、リリーとは正真正銘の忌子を指す。あるはずのない、あり得るはずの無い力を持つ、真の魔王となるべく生まれた存在。
「闇が光を防げるはずが無い? ふふ、お馬鹿さん。|私の能力が闇と重力だと《・・・・・・・・》、いったい何処の誰が、言ったのかしら?」
リリーが手を翳すと、闇で固めた槍が四方八方に飛来する。
「【闇王の槍衾】」
槍は正確に鳥の神獣を打ち落とし、砕き、丈夫な物はその場で“爆破”し、炎に強い物は“凍らせ”、素早い物は“稲妻”で片付けた。
「私の力は“闇天の王領域”。闇に、あらゆる概念を付与すること。闇への畏怖が高い能力ほど強いから、連想させる力……“重力”の使い勝手が良いと言うだけのことですわ」
それは、“信仰”を集める力。
闇という存在に対しての畏怖が信仰となり、リリーは集めた信仰を元に様々な力を操ることが出来る。万能の力。
リズウィエアルの“幸運”が、先祖の遺伝子を牽引したが故の、あり得ない存在。
「講義は終わり。あとは纏めて、沈みなさいな」
指を弾く。
空間が歪み、 二降りの剣が現れた。次元を切り裂く剣――次元双剣“パンデモニウム”。二降りの剣を、舞う様に操ると、リリーは美しく微笑んだ。
「言ったでしょう? 恐怖を、教えて差し上げますわ」
『オオオゴアアアアアアッ!!』
鬼亀の口内に光が灯り、二劇目がはなたれる。
余波だけで海を割りながら突き進むそれを、けれどリリーは決して動じることは無く、次元双剣で切り捨てる。そして、嫋やかに微笑んで見せた。
「さ、泣きわめくことを許すわ。【闇王の恐怖】」
『グロッ!?』
それは、“恐怖”の波動。
恐怖を持たぬ人形たちに刻み込む、暗黒の術式。
我が物顔で進んでいた彼らも、やがて、怯える様にその足を止めた。
『ご、ごが?!』
信仰。
闇への恐怖。
万人が用いるそれは、放たれた瞬間に彼らの心を蹂躙させる。
「あっははははは! なによ、良い声で泣けるじゃ無い!」
蹲る鬼亀。
そんな彼を見下ろすリリー。
恐怖に侵された心で、それでも鬼亀はリリーを気丈にも睨み付けた。
「へぇ、良いわ。少しだけ遊んで差し上げます」
『グロォッ!!』
海を走り、巻き上げた魚の神獣にも気がつかず、鬼亀は襲いかかる。波に未知たちが飲み込まれはしないか、気が気では無い。
リリーはつまらなさげに指を弾くと、そんな彼の突撃すらも叩き潰した。
「次元吼――懲りないわね」
もう既に、醜さをさらけ出した鬼亀には興味が失せたのだろう。
適当に未知を見ると、未知の周囲を必死に守る少女たちの姿があった。時折、水中から吹き出す爆発は獅堂のものだろう。海の上を野原の様に駆け回り、神獣を切り刻んでいるのはポチによるものだろう。
誰も彼もが、神獣たちを圧倒しながら、未知の出番を待っている。
「なら、私も前座なら前座らしく、未知の舞台を綺麗にしておいてあげますわ」
やれやれ、仕方がないと言いたげに。
あるいは、それが義務ならと嫌々に。
「【闇王の穿星】」
黒い閃光を、解き放つ。
光を呑み込み、まっすぐと伸び、流星群のように空中で拡散。
一閃一閃が意思を持つ様に、神獣たちを穿ち削り切り取り、砕き。
『グロァアアアアアアアアアァッ!!』
「さようなら」
鬼亀の頭から身体全体を、舐める様に削り取った。
「さ、あとはあなたの分よ。見せて頂戴、私の未知。この私を打倒した、その大いなる力を!」
リリーは踊る。
くるくると、主役の登場を待ちわびる童女の様に。
くるくると、演劇に謳う幼い姫は、踊り待つ。
「ふふ、ふふふ、あははははっ!」
後付けの感情。
与えられた恐怖、
穿たれた苦痛に、怯え惑う神獣たち。
だが、彼らは最早、リリーの興味の外側の住民だ。
「さぁ、導きに応えて――私の、魔法少女」
切り刻まれ、挽き潰された神獣が空に融けていく。
それをリリーは一瞥もすること無く、ただ一生懸命に、“舞台作り”に励むのであった。
――/――
あれから、どれほど時間が経ったのだろうか。
一瞬だった気もするし、とても長かった気もする。
わたしはわたしなりに、久遠店長の導きで力を使って、それから。
「ねがえ、ねがえ、ねがえ。あいとせいぎ、きぼうとゆうき、みらいのしるべ」
内側から響く言葉に準える様に。
外側へ響く言葉を失わない様に。
「ねがえ、ねがえ、ねがえ。やさしさのおう。ふだんのせんし。きせきのしょうじょ」
わたしが、わたしであるように。
師匠が、望む姿になれるように、渾身の力を込めて。
「ねがえ、ねがえ、ねがえ。あくをだとうするもの。ぜつぼうをくだくもの」
巡り。
――力が満ち。
巡り。
――身体が熱く。
巡り。
――心が、研ぎ澄まされて。
「ねがえ、ねがえ、ねがえ。われらのこえに、こたえて、いのれ。なんじこそ――」
あの日、守ってくれた大事な人に。
あの日、進む勇気をくれた、掛け替えのないひとに。
「――まほうしょうじょ、なり」
わたしに出来る最高最大の、恩返しをするために!!
「おねがい。わたしたちをたすけて――ラピ」
光が満ちる。
光が満ちる。
光が満ちる。
光が、収束して、そして。
「お待たせ、鈴理さん」
光が、鈴理に微笑んだ――。




