そのにじゅうよん
――24――
――今日から、これが君の守る世界だ。
『せかい?』
――そうだよ。君は管理者だ。世界を育み、守るんだよ。
『ぼくが、かんりしゃ?』
――うむ。やり方は教えよう。導き手を与えよう。
『できるかな?』
――できるとも。我々は皆、そうして生まれ落ちる。
『そう、なんだ』
――君も、世界と共に成長し、守っていくのだよ。
『わかった。やってみる』
最初に渡されたのは、石ころだった。
管理者は誰しも、石ころの様な種を渡されて、それを育てる。育てた世界に満ちるエネルギーはまるで発電所の様に、次元そのものを支える力となる。だから、先達は新しい神を導き、やがて手放し、神々は己の子と己の世界を支えていく。
もし、神の手を離れて、神を忘れてもしっかりと生きていけるのなら、神は世界の歪みを正す方法を子に伝え、新しい種を貰い、世界を生み出す。けれど、一人でも神を信じる子がいるのなら、彼らは世界に留まり、守りながら成長を見守る。
それが、管理者のルール。“信仰がゼロにならなければ、世界は作り直せない”という絶対遵守の約束事。
『でも、ボクの守る世界だろ? だったら、ずぅっと見守っていたい』
だから彼は、種を三つに分けた。
一つは人界。物理法則に支配され、多種多様な進化を許容した。
一つは天界。神が人を見守るために、人の言葉を聞き取れる心の生命を許した。
一つは魔界。誰もが進んで持つことを嫌がる過酷な試練を与えられる、強靱な体躯を託した。
幾つか、保険のための誓約をかけながら、彼はそれぞれの世界に子を生み出す。
『セブラエル。君は人々が挫けそうな時、強く導くものだ』
――はい、我が主よ。謹んで承りましょう。
『ガブリエーラ。君は届かぬ声を拾い、ボクの声を響かせるものだ』
――はい、我が主よ。その御心、必ず果たして見せましょう。
『ゴグ・サタヌス。君は怒りだ。子らが怠惰に溺れたとき、過酷さと試練を与えるもの』
――承知致しました、我が主。
『リズウィエアル。君は誘いだ。子らが進むときより強くなれるよう、心を揺らすもの』
――ええ、かしこまりましたわ。我が主。
『アダム。ああ、それからイヴ。君たちは先達だ。自由に学び、遊び、生き抜くもの』
――はい、お父様。
――わかりました、父上。
彼はそう子らを使わせ、それから、幾億もの間、人々を見守り続けていた。
モデリングケースであった原初の生き物が死滅し、彼らをベースとした物が生まれ、アダムとイブの子たちは数を増やして大きくなった。
『うーん、育つのが遅いなぁ』
彼らの成長を楽しみ、それでもだんだんと、彼は過程を疎ましく思う様になる。
成長の価値を、経緯によって得られた恩恵を、面倒に考える様になる。
『そうだ』
そして。
『歪みを正す力をほんの少しだけ、けれど多くの人々に与えて眠ってしまおう。起きたときが、楽しみだ』
その判断が。
『与える力はそれぞれ別の物。ばらまいた種が、魂の形で変化する様にして』
全てを。
『余裕を持たせて、継承や進化もできるようにして――よし』
狂わせた。
『じゃ、おやすみなさーい』
彼はそうして眠りにつき、時折目を覚ましては成長を喜んだ。
人々がいつの間にか言葉を覚え、社会を作り、文明を生み出し、それに一喜一憂するうちに考える様になる。
『そうだ、もう少しだけ長く寝てみよう』
世界の歪みを正すこともせず、妖魔が生まれて人々を責め立て、歪みを正す力を持った人間たちは独自に術を生み出した。
力の種は様々な在り方を生み出し、同時に、それは天使や悪魔にも影響を与えていく。
一向に返事の無い主の声に、天使たちは己らの不甲斐なさを責め、“天装体”を編み出して人界に降り立った。
魔族たちはそれを人々の怠惰によるものとし、明確な脅威となるために己らを“悪魔”と名付けて、悪意の種で人々を狂い惑わせる災害と化した。
人間たちは救いを求めて、自分たちで信仰の対象を生み出し、心の拠り所とした。
『なんだよ、これ』
その、己の怠惰による“結果”を、“結果”だけを見てきたはずの彼は認めない。
『おかしいだろ?! なんでボクじゃ無くて、そんなのを信仰しているんだ!!』
全てが思う様になってきた。
全てが想像どおりに着地した。
全てが当然のことで、子らの努力など見もしなかった。
『セブラエル、ガブリエーラ……ッ!!』
だから、彼は当然の様にかんしゃくを起こす。
本来ならば彼自身も、成長した世界と共に成長していくはずだった。けれど、見守ること、共に歩むこと、共に進むことを拒否した彼の心は、子供のままだ。
『信仰を取り戻すまで、ボクは戻らない。せいぜい、ボクの機嫌をとってみせろよ!』
彼はそう、苛立ちのまま閉じこもる。
創造領域。世界を管理するために先達がもたらした遊戯台で、ただただ、幼い子供の様にふてくされる。
その行動の帰結が、容赦なく他者に降りかかることなど――彼は、気がつくことも気にすることも無く、ただ、自分勝手に見放し見捨てて、殻に閉じこもったのであった。
――/――
『――という訳で、引き籠もっていたんだ』
オリジンの“とても機嫌の良いとき”という設定を与えられた質問返答機能に告げられて、ガブリエーラは膝を突く。
主に尽くしてきて、その全てがこうも、明確に裏切られた。ガブリエーラは立っていることも難しいほどの衝撃に足ふらつかせ、座り込んでしまったのだ。
『これでゼンブだけど、それで君はどうするの?』
「私は……」
最初は、主の愛を身近に覚えていた。
けれどそれも遠くなり、やがて、なにもわからなくなった。
その真実は、信じて尽くし、裏切りの罪も甘んじて受け入れてきた彼女にとっては計り知れない物であった。
「私は……」
だが。
いや、だからこそ。
「私は……逃げません。できることを、必ず、全うします」
ガブリエーラは静かに告げる。
その瞳に、強く気高い意志を宿して。
「手伝って、くれますか?」
『手は出せないけど、口は出してあげるよ』
「ありがとう、ございます」
告げられた言葉に、ガブリエーラは強く頷く。
例え眼前の主が、虚像でしか無かったとしても、投げかけられた言葉を燃料に、ガブリエーラは己の戦場で戦い抜く覚悟を定めた。
「お願い――――応えて」
それを、なにもできなかった天使たちの、贖いとするように。




