そのにじゅう
――20――
――東京湾。
九條先生に捕まれて、なにやら赤い球の中に収納されて、わたしは東京湾にやってきた。
モーターボートにみんな居る……って聞いたんだけど、あれ、フェリーとかじゃないのかな? サイズ、大きいよね? 船の種類なんかわからないからなぁ。
「到着っと」
「わわっ、あ、ありがとうございます、九條先生」
「おうよ。ほら、行ってこい」
「はいっ」
視線の先。
甲板にいるのは、師匠とリリーちゃんと、久遠店長。それから、操舵席? の後ろにポチと凛さんと、見知らぬ女の子がいた。誰だろう? 可愛い子だ。
「笠宮鈴理、ただいま参りました!」
「無理をさせてしまってごめんなさい。来てくれて、ありがとう。鈴理さん」
「いいえ、ご褒美です!」
「クスクス……ほぅら、言ったでしょう? 未知。喜ぶに違いないって」
「……ええ、そうね。リリーの言うとおりだったみたい」
「?」
なんのことだろう?
あ、師匠のことだから気にされていたのかも。優しいからなぁ、師匠。
「リリーちゃんも、久しぶりだね」
「ええ、そうね。夢たちは元気にしていたかしら?」
「うん。あ、この戦いが終わったらみんなで旅行するんだ。リリーちゃんもどう?」
「そうねぇ。今回は夢のために遠慮しておくわ」
なんで夢ちゃんのため? 夢ちゃん、喜ぶと思うんだけどなぁ。
女の子、好きだし。最近は否定もしなくなってきたし。
「よし、来たな。概要を説明する。おまえたちも出てこい」
「お久しぶりですっ、凛さん!」
「……ええ、久しぶりね」
「あああ、あの、初めまして、東雲春花です!」
「はいっ、こちらこそ、初めまして! 笠宮鈴理です!」
『元気が良いのはいいことだワン』
東雲……東雲拓斗さんの縁者なのかな?
凛さんは特殊部隊服に身を包んでいて、春花ちゃんも似た様なベストを特専の白い制服の上から着ていた。ポチもそれっぽい装具を付けているのは、ちょっとなんでかわからないけれど。
「俺と鈴理の力で、未知のステッキに干渉をする。生半可なことでは済まないだろう。故に、俺たちは長時間無防備になる」
「あー、なんだ。つまり、俺たちはその間の護衛か?」
「そうだ。獅堂、おまえには俺が“海中で燃え上がる”設定を張り付ける。一番危うい水中は任せたぞ」
「オーライ、騎士殿。ま、任せてくれや」
海中で燃え上がる、“設定”?
相変わらず、久遠店長の力はよくわからない。いや、すっごいことをしているっていうのはわかるんだけどね? 久遠店長だからなー。
「リリー、君には上空から広範囲の殲滅をお願いしたい。聞き届けてくれるだろうか?」
「ええ、よくってよ」
「助かるよ」
く、久遠店長が見たこともない態度で跪いてる?!
なんだかんだで尊敬しているフィーちゃんには、見せられない光景だ。
「凛、春花、君たちは船に近づく敵を打ち払って欲しい」
「力の限り、全うします。鈴理には指一本も触れさせないわ」
「はいっ、頑張ります! お姉さんの敵は、私の敵です!」
そう、凛さんはわたしと師匠をまっすぐと見つめて言ってくれる。
なんだか、照れちゃうなぁ。
『クロック、我はマスコットをすればいい――そうだな?』
「ポチ?」
『リリーよ、冗談だ。我の役割は?』
「遊撃だ。海上は走れるか?」
『我が足に走れぬ場所など無い。風の上でも野を駆ける様に走って見せよう』
「頼もしいな、同士よ」
『ふっ……任されよ、盟友』
あっ、これ、ぜったいろくでもないヤツだ。
そっと師匠と目を合わす。師匠は、重く頷いた。うん、だよね。
「鈴理、君の役割は霊魔力同調により魔法少女の真の姿を刻み込んでくれ。具体的なイメージは俺が“設定”をする。君は、これを握りしめ、“これ”がイメージの元だと思ってくれたら良い」
「これって……」
渡されたのは、一つのロケットペンダント。
中に写真が入るタイプのそれは、久遠店長と学校行事の“遠足”に行った際、中を見せて貰ったものだ。
だから、自然と、わたしの役割も理解できた。
「では、そろそろ始める?」
「ああ。だが未知、その前に最後の仕込みだ」
「え?」
久遠店長はそう言うと、背負っていた白銀の大剣を引き抜く。
そして、師匠の前に跪くと、剣を捧げる様に差し出した。
「今一度、この剣を君に捧げたい」
「はぁ……いいの? 私はもう、幼い少女ではないのよ?」
「構わん。君に捧げなければ、意味が無い。これは必要なことだ。今回ばかりはな」
「――そう」
師匠は戸惑いながらも、久遠店長から剣を受け取る。
そして、頭上に掲げると、それを跪く久遠店長に差し出す。
「あなたの忠誠、受け取ります。今一度、私のために剣を振るいなさい、幻理の騎士よ」
「拝命いたしました。この忠義、御身を守る剣となることでここに証明いたしましょう」
久遠店長に剣が渡ると、その体躯が銀の光に満ちる。
霊力でも、魔力でも、妖力でも、天力でもない。不思議な光だ。
いつまでも眺めていたくなる様な、そんな、輝き。
「――よし。では、始めよう」
そう、宣言する久遠店長に頷く。
いよいよ、始まるんだ。わたしたちの魔法少女の、エンディング後のプロローグが……っ!
準備を終え、配置につく。
甲板には久遠店長が用意した六芒星の陣。
中央に師匠。右に久遠店長で、左にわたし。二人で、中央の師匠を見る形。凛さんは師匠の後ろで春花ちゃんは師匠の前。二人は、わたしたちと違って陣の外だ。リリーちゃんは早々に空に昇り、九條先生も海に潜って、ポチは一応まだ甲板の上。たぶん、一番リラックスしているのはポチだろうなぁ。なんだか。毛繕いしてるし。
「準備は良いな? 笠宮鈴理」
「はい……!」
「未知、君はステッキの展開を」
「ええ。来たれ【瑠璃の花冠】」
師匠は陣の中央に座り込んだまま、祈る様に両手でステッキを持つ。
それから、久遠店長はわたしを見て、頷いた。
「起動――“空想哲学”」
「息を潜め、牙を研ぎ、爪を揃え、獲物を捉え」
陣が、震える。
「設定開始」
「思考を回すは冷たき意思を、思念を燃やすは灼火の意志を」
やがて徐々に、陣に銀の光が満ちて。
「術式追加」
「摂理に満ちるは、我が矜持」
そこに、青と緑の光が、混ざり合った。
「上書き干渉」
「【“霊魔力同調展開陣”】」
「接続準備」
「【“心意刃如”】」
「接続開始――“幻理の法典”」
「【“創造干渉・狼雅天星】」
狼雅天星にした理由は、師匠とも繋がりの深いポチを基礎にすることで、応力干渉もするためだという。そうすることで、より深く世界の理に干渉できるのだとか。
わたしの頭とお尻に、金色の耳と尾が生えて、髪も黄金に変化する。獣人形態、とでも言えば良いのかな。
「集中を途切れさせるな」
「っはい」
久遠店長に言われ、より深く力に干渉していく。
そうだ。気を抜いている暇なんて無い。今はただ、届けないと……!
そう、願う気持ちはやがて力へと干渉し――わたしはただ、導かれるままに、大きなうねりの中へ飛び込んでいった。
――/――
――創造領域。
遊戯台の上。
天体を操作する様に、オリジンは鍵盤を叩く。その度に光が満ち、地球の景色が見える球体の上空に、白い球が生まれていた。
「~♪」
鼻歌を歌い、愉しそうに作業をするオリジン。
彼の目に映るモノは人間では無い。彼の意向に従わない、愚かなでくの坊。それが、オリジンの主観で見た彼ら人間であった。
「前回は空中でやられちゃったんだよね。だったら、今度のは空中戦も可能にしよう。うんうん、こういうのはさ、やっぱりブラッシュアップしていかなきゃねー」
泥のデータが更新され、改良され、改造されていく。
それこそ、オリジンの目は真新しい玩具で遊ぶ、子供の様だった。
「出力も上昇。あ、あと、能力制限もいっぱい掛けよう。くくっ、これから君たち人間には、眠れぬ夜が訪れる。朝は戦いを強いられ、夜は己を駆逐する“神の泥”に怯え、休まる暇も働く暇もなく戦い続ける。農地は痩せ、家畜はいなくなり、海には泥が漂い続けることだろう。さぁ、空を見上げて許しを請え。自ら泥に身を捧げよ。君たちに提示した選択肢は二つのみ。醜い犬死にか、相応しい恭順のみと知れ!!」
鍵盤を叩く。
美しいメロディ。神秘的な声。醜い言葉も、旋律は麗しい。
「さぁ、踊れ、愚かな人間たちよ!」
そう、オリジンは最後のワードを押す。
――あくまで己は座したまま、努力も苦悩も味わうこともなく、ただ、映画を眺める様な作業プレイ。傲慢と慢心の狭間で、オリジンはうっそりと笑みを浮かべて。
「くくっ、あっははは、ははははは、あははははははははっ!!」
やがてそう、声を上げて嗤うのであった。




