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そのじゅうなな

――17――




 泥の侵攻が始まった翌日。

 世界は混乱の渦に包まれていた。なにせ、唐突に“神”を名乗る存在からもたらされた言葉。選別という大きなワードは、多くの人を混乱させ、戸惑わせ、嘆かせ、苦しめる。

 では今日の至るまでの全てが試練だというのなら、何故、勤勉に生きて戦い抜いてきた人たちが救われないのか。今もなお、襲われ続けているのか。


 神、とは、なんであるのか。


「――朝を迎えると、侵攻は落ち着いたようですね。新たな泥が振ることはありませんが、一度降った泥が消えることはありませんが、討伐すればそれきりのようです。今、国連が中心に緊急対策会議を開いているようですね」


 仮の拠点となった有栖川博士謹製の特殊ボートの上で、ベネディクトさんの言葉に耳を傾ける。今は泥の神獣による侵攻が始まって九時間。船上で仮眠をとり、休んでいるとはおっしゃるもののいつ休憩を取っているか不明のベネディクトさんに、現段階で集め終わった情報を聞いておく。

 今のところ、泥が振ってくるのは夜のみ。二十四時間ごと、かも、数時間の休憩があるのか、ということかも不明なので今は様子見の段階だ。もっとも、あの神……オリジンと名乗った彼の享楽的な様子を視る限り、ゲーム感覚で昼夜分けている可能性は高いと思うのだけれど。憶測でしかないのだけれどね。


「会議を開いて直ぐは責任のなすりつけ合いが行われたようです」

「それは……時子姉たちは、大丈夫だったのでしょうか? あ、それとも、まだ?」

「いえ、それについては終えています。責任をとって黄地時子様がご意見番の地位を返上。此度の問題の解決に尽力し、解決次第全ての権限を退魔七大家に返還することを即署名捺印いたしました。これにより、責任追及をしていた一部の高官は顰蹙を買い、会議の主導は英雄と管理協会に向いています」


 そ、それって、時子姉のことだから前々から言っていた“そろそろ引退したいけれど周囲が離してくれない”というのをこの機会に素早く活用した、ということではなかろうか。

 でも、権力に執着する人間には、時子姉の考えなんてわからないことだろう。事態集約のために己の全てを投げ打ったが、欲深い人間の奸計により隠居。世間からは同情を集めつつフェードアウトする時子姉の姿が見えるようだ……。

 うん、きっちり解決して、時子姉の隠居先に遊びに行こう。そのためにも、まずはこの事件を収束しないと。


「各地の異常は主に三つ。一つは泥の神獣、一つは異能の抑制、一つは亜神の強化(・・・・・)です」

「亜神の強化? 亜神といえば、人々の信仰から生まれた神さまのことで、所謂天照大神やゼウス、トールなどのことを指すのですよね?」

「はい。旦那様の情報に寄れば、古く侵攻された伝承は神として力を持つのだそうです。総合異能者ランクB以下かつ未覚醒の異能者はそれでも異能を封印されているようですが、覚醒済みの異能者は“扱いにくい”という程度で収まり、覚醒済みかつ伝説級レジェンダリー・クラス特性型スキルタイプ異能者は強化されているようです」

「そう、ですか。――そういえば、オリジンはこう言っていました。“二千年間世界の管理を放置して引き籠もるためには、信仰を一度全てゼロにする必要がある”と」

「世界の管理を放置……なるほど。博士に情報共有をしておきました(・・・・・・・)。なにかあれば、またいつでも提供をお願い申し上げます」

「はい、もちろんです。……あれ、いつ共有を?」


 えっ、そんな暇在った?

 訳もわからず首を傾げるが、ベネディクトさんは上品に微笑むばかりでなにも教えてくれない様子。う、うーん、霊力発動は感知しなかったけれど、異能か機械だと思っておこう。


「それと、もう一つ。“超常型アンノウンタイプ”の異能は、一切の抑制がなされていないようです。おそらく、オリジンも予測していなかった萌芽を迎えた異能なのであろうと、旦那様は推察なさっていました」


 あ、それでクロックはすんなりと、世界の壁を越えさせたのか。

 そうなると、拓斗さんの“異邦人トリッパー”も発動させられるのだろう。発動させてどうにかなる異能でないことは、残念だけれどね。


「――最新の情報です。市民を近場の警察・消防施設か特専に収容。覚醒済みの異能者は大概、戦闘慣れをしています。そこで、施設防衛に覚醒済みの異能者と……それから、まったく能力阻害を受けていない魔導術師の方々が、防衛にあたるようです。そこで政府は特例を発令……ふふ」

「ベネディクトさん?」

「失礼しました。特例を発令し、懲役の数年を恩赦(・・・・・・・・)することを条件に、虚堂静間博士を解放。魔導機械による防衛に尽力することで、結果に左右される形で減刑とする。その監督役に、同じ分野のプロフェッショナルとして、旦那様……有栖川昭久博士を配置なされるそうです」

「っ!」


 虚堂静間博士。

 数々の犯罪に手を染め、世界を混乱に貶めようとした異端の科学者。けれど後の調査で天使(か若しくはそれに付随する超常存在)による洗脳のあとが発見され、減刑が求められていたが、洗脳の上であれ、罪を犯したのは自分自身であると表明し減刑を撥ね除けていた――そう、手元の端末に“その後の経緯”が表示される。

 私としても、彼の罪過には複雑な気持ちがある。それはやはり、元生徒で父親を虚堂博士の作為によりなくしている、葵美さんのことがあるからだ。けれど、彼女自身も洗脳の恐ろしさを知っているから、虚堂博士を許したいと思っていると、定期的にやりとりしているメールの内で心情を吐露したこともある。

 誰もが、感情と折り合いの中で生きているのだ。なら、今回のことでみんなが前に進める一押しになるのであれば、私はそれを後押ししたい。そう、願っている。


「そう、なら、前向きに考えても良い状況、なのかしら?」

「いえ、実のところ、ほぼ無限に振ってくる泥の神獣……その数が多すぎるため、予断は許さない状況に違いありません。昨夜の分も未だ掃討には時間がかかり、次の補充までに今の分を全て片付けられるのかと問われますと、微妙なところです」

「あっ……そうよね。私たちはどうも忘れがちだけれど、慣れていない人間なら、目の前にしただけで魂のプレッシャーを覚えることになる、と」


 一番最初に特専で変身する羽目になったとき、あの頃はまだ練度が低く能力覚醒にも至っていなかった鈴理さんは、悪魔から浴びせられるプレッシャーだけで命の危機に瀕していた。

 それは、能力覚醒に至った異能者はともかく、“ただ力が使えるだけ”という段階の魔導術師では荷が重いことだろう。


「では、私も関東特専に戻らねばなりませんね」

「その必要はありません」

「へ?」


 必要が無い、と言われて首を傾げる。

 ええっとそれはつまり、どういうことなの?


「観司先生は英雄九條獅堂の要請により、サポートとして自由行動権を要求、承認されております。自己判断で動いても良い、とのことです」


 えぇ、し、獅堂、いつの間にそんなこと。

 いや、獅堂のことだから時子姉の解任騒動のごたごたにそっとねじ込んだのだろう。要領が良いからなぁ、獅堂は。


「そうなると……」


 選択肢はいくつもある。

 どこか、人員の薄い場所に赴いて魔導術師を指揮しながら防衛に当たっても良いだろう。けれど、オリジンは“創造領域”で座して、私たちに泥の神獣を送り込んでくるだけだ。

 ……人界からオリジンの領域に突入したとして、どうすればいい? 実際に突入できるのはクロックと七の合わせ技のみ。その上で、神域でそうであったように、創造領域では異能が更に軽減されることだって考えられる。

 英雄の、仲間たちみんなで突入して、異能の制限が掛けられた状況で、果たして犠牲を出さずに解決することができるのか。そもそも、オリジンを倒してしまったら、誰が世界の管理をするのか。泥の神獣を間引き、オリジンを倒さずに、改心させ、犠牲も出さない。



 その可能性があるとしたら――やっぱり、一つしか無いよね。



「なら、やっぱり私がやります」

「観司先生が、ということであれば、魔導術師の指揮を?」

「いえ――魔法少女が、です」

「! ……それは、しかし、観司先生の将来が……」


 泥の神獣を間引くのは、みんなにお願いしても良いかもしれない。

 けれど、世界各地を回ることが出来ないだろう。なら、やっぱり魔法少女の力を使うしかない。

 となると、もう、人前での戦闘は避けられないだろう。あんな衣装で、あんな格好でも……覚悟を、決めよう。前世からの夢だった教師になることはできたんだ。まだ夢半ばだけれど、一度はなれたんだ。だったら、もう、諦めよう。






 例え、痴女と後ろ指を指されて教師を続けられなくても。

 それでも私は、みんなの命を取る。羞恥心を代償に助けられる命があるのなら、私はいくらでも“それ”を売り払おう。






 祈る様に手を握る。

 満ちる光の色合いは、瑠璃。ラピスラズリの輝き。


「来たれ【瑠璃の花冠】」


 手に収まるのは魔法のステッキ。

 私をいつも助けてくれた、私の“神さま”からの贈り物。この子と、私はいつだって歩んできたんだ。そりゃ、融通が利かなくて海に流そうと思ったことも一度や二度ではないけれど、そこはそれ。踏みとどまったから許して下さい。


「よろしいのですか? 観司先生。リュシーも、あなたの……いえ、これ以上は、あなたの決意に水を差すことになりますね。申し訳ございません」

「いいえ、謝らないで下さい。そうして心配していただけたこと、嬉しかったです」


 頭を下げるベネディクトさんに、首を振る。

 この方は私の力を、その強大さを知っているのに、こうして引き留めてくれる。さっきのやりとりだってそうだ。まず、陣頭指揮を尋ねた。それは、ベネディクトさんの中に、“私を変身させて戦わせる”という選択肢がそもそも存在しなかったからであろう。

 あの、有栖川博士の奥さんで、心優しいアリュシカさんのお母さんであることも、頷かされる。優しくて、思いやりがあって、素敵な方だ。



「……未知? 今の光は?」

「あ、リリー、ごめんなさい。起こしてしまったかしら?」

「別に構わないわ。それで、どう――あら、そう、変身をするのね?」

「ええ」



 起き出してきたリリー。

 その後ろには、ポチが居て、口を挟まずに座っていてくれている。春花ちゃんと凛さんも起きているようだが、会話を聞かない様に下がっていてくれているのだろう。甲板の端に、菫色のポニーテールと黒髪が見え隠れしていた。

 ……うん、やっぱり、私は恵まれている。こんな優しい子たちが、集まってくれているのだから。


「私としては、未知、あなたが嫌がるコトなんてする必要ないと思っているのよ?」

「ありがとう、リリー。でも」

「ええ、ええ、わかっていますわ。心配くらい、させてちょうだいな」

「……ごめんなさい、いいえ、ありがとう」


 リリーは、そうとだけ言って目を伏せる。

 どう言っても、止まらないことは目に見えているのだろう。なんというか、頑固で申し訳ないです。


「では、いきます」

「ご武運を」

「行き場がなくなったら、魔界で匿ってあげますわ」

「ふふ、ありがとう」


 手を掲げる。

 これがきっと、分岐点。あの日、特典を受け取って初めて戦ったときの様な、私のもう一つのスタートライン。

 なら、きっと、躊躇わない方が良い。






「【ミラクル・トランス――」

『はい、そこまで』

「――ファク、きゃぁっ」






 なんて、色んな覚悟を決めていたのに。

 突如目の前に現れた火の玉に、仰天して尻餅をつく。それは、なんというか、聞き慣れた声というかこんな人魂は一人しか知らない。


「獅堂?!」

『よ』

「よ、じゃなくて! そこまでって、いったい」

『あー、まぁ、俺も半信半疑なんだがな?』


 半信半疑?

 なんというか、いつも自信たっぷりな獅堂にしては、こう、珍しく歯切れが悪い。


『なんとかなるかもしれない。うちの鬼札が、そう言っているから連れてきた』

「へ?」

『人魂解除。状況適合ってな!』


 人魂が弾けて、形を作り、炎の中から二つの影を見せる。

 一人は獅堂。何故か、異能を抑制された様子がない。なにをしたんだろう。

 そして、もう一人。炎に収納するという規格外の運び方で現れたのは、黒髪青目のクール系美青年。



「クロック?」

「うむ。一つ、提案があってきた」

「ぇえ……」



 嫌な予感しかしないのだけれど?

 そんな想いが胸の裡を駆け巡る中、私はただ、クロックを呆然と眺めることしか、できなかった――。





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