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そのじゅうよん

――14――




 ――東京都・関東特専



 なんとなく、不安に思った。

 夜の特専は、周囲が森ばかりなのもあって、薄暗い。その代わりに星がよく見えるから、わたしは時々外に出て、灯りを見つめていた。


「あ、あれ? 鈴理?」

「? ぁ……こんばんは、静音ちゃん」

「こ、こんばんは。どうしたの? こんなところで」


 寮のすぐ前。

 ベンチに座って空を見上げていたわたしに声を掛けてくれたのは、静音ちゃんだった。

 静音ちゃんはわたしの隣に腰掛けて、控えめに尋ねてくる。


「うーん、なんとなく、かな。静音ちゃんは?」

「わ、私は、寝付けなかったから」

「ふふ、そっか。ちょうど一人で寂しかったから、静音ちゃんが来てくれて良かった」

「う、うん……わ、私も、そう思う」


 異能科と魔導科で建物は違うけれど、同じ居住区寮の住まいだ。

 こうして今まで遭遇してこなかったのが、むしろ、不思議な様な気もする。


「今頃、師匠はなにをしているんだろうなぁ」

「しゅ、出張、だっけ?」

「うん、そうだよ。でもリリーちゃんもポチも、九條先生も鏡先生もいないからね」

「……厄介事?」

「たぶん、だけどね」


 ……十中八九、そうだろうって思う。

 師匠が出張に出かける前、あの日の部活で見せた師匠の顔は、どこか大事ななにかを決めた表情だった。

 心配、だけれど、わたしに出来ることはいつも待つことだけだ。悔しいけれど、まだ、待つことしか出来ない。それでも、そう、それでも、待つこと以上の何かが求められるのなら、それに答えたいっていう思いだけは変わらないけれどね。


「そろそろ、戻ろっか?」

「う、うん、そうだ――鈴理! 上!」

「へ?」


 言われて、空を見上げる。

 満天の星々で彩られていたはずの空。そこに突如、神々しさを身に纏う、見たこともないほどに完成された美貌の青年が、ホログラムみたいに浮かび上がった。

 夜空と星々をそのまま閉じ込めた様な髪色と、瞳。まるで空に融けてしまいそうだと、恐ろしさを覚える。あれは、なんだ(・・・)




『信仰を忘れし愚者に問う』




 響く声は美しい。

 けれど、震え上がるほど冷たい。




『汝らの主は誰か』




 伝わる声は麗しい。

 けれど、痛みを覚えるほど残酷で。




『汝らの神は何処か』




 上げられる声は艶やかで。

 けれど、泣き出したくなるほど冷淡で。




『主を忘れし愚者に、我は真なる選別を行う』




 選別。

 なにかを、選び出すということ?




『選別より抗いしモノのみを、我は方舟に乗せ、新世界に運ぼう』




 これは、誰?

 誰なら、こんなことを言う義務があるというのだろうか。誰なら、誰かを選ぶことが出来るというのか。




『我が名はオリジン――貴殿らを創造せし神なり。これより、選別の儀を執り行おう!』




 神さま?

 神さまがあんな風だなんて、わたしは知らない。第一、どんな権利があってなにを選ぶの? 誰をどう、選ぶの?


 あの地獄の様な日々で、どんなに請おうとも、助けてはくれなかったのに。


「鈴理?」

「ん、ごめん、静音ちゃん。大丈夫」


 頭を振って、胸の裡から沸き上がった感情を振り払う。

 実際、選別の儀とはいうけれど、どんな儀式を行うというのだろう?

 そう頭をひねっていると、ふと、何かが降り始めたのがわかった。


「雪……?」

「す、鈴理、雪にしては大きすぎるし、早い!」


 遠目からも見えるってことは、大きいってコトか。

 それ、当たり前のコトだったね! うぅ、ポンコツでごめんね、静音ちゃん。

 そう、落ち込みながら、降り注ぐ球体にぶつからないように避ける。本当に、なんなんだろう? これ。なんだか泥みたいに溶けてきたし……。


「っす、鈴理」

「どうしたの?」

「い、異能がうまく使えない。ううん、能力覚醒した分以外は、ま、まったく使えない」

「ええっ」


 異能が使えないと聞いて、わたしも慌てて霊力を循環させる。

 循環、循環……あれ?


「あれ? 使えるよ?」

「わ、私も、従来の異能ではなく、し、進化した方は使えるから、なにか条件があるのかも?」

「そうだね……って、静音ちゃん、後ろ!」


 静音ちゃんの背後に迫る、カマキリの足。

 巨大なそれは、何故か猿の胴体から生えていた。それを、本当にギリギリで気がついて、それで。



「切り伏せろ、ゼノ」



 ――静音ちゃんは、神がかった反応速度で一刀の下、切り捨てた。


「静音ちゃん」

「……」

「異能、いる?」

「……あ、あははー……」


 苦笑いをする静音ちゃん。

 そうだよね、そうなるよね。どう考えても、異能がなくても強いもんね。いつの間にか、本当に強くなったもんね、静音ちゃん……。


『ぎぎがががが』


 でも、どうやらまだ息絶えてはいないみたいだ。

 蜘蛛の下半身に猿の胴体、それからカマキリの腕と鳥の頭。背中からは、天使の羽が生えている。


「し、神獣、だよね?」

「うん。ずいぶんとごちゃまぜだけど、間違いないよ」


 前に見たときと、纏う空気が同じだ。

 それに、肌を打つ様な寒気。心臓を鷲掴みにする様なプレッシャー。危険な相手だって、身体の奥底から教えてくれる気配。

 ……静音ちゃんが無我の境地で片腕を落としてくれて、本当に良かった。


「どう思う? ゼノ」

『神の力を感じる。神力を用いて生み出された生体兵器に違いないだろう。霊力を阻害する領域を形成している故、覚醒していない未熟な異能は発動しないことだろうな。熟練の異能者でも、判断を鈍らせる、発動しづらさを感じるほどだ』

「く、詳しいね?」

『領域形成は専門家といっても過言ではない。この程度の判断、論じるまでもない』


 試練の悪魔、とか呼ばれるほどだもんね、ゼノ。

 相手の能力に合わせた空間に引きずり込んで、試練を課す。それってきっと、わたしたちが思っているよりもずぅっと高度なことだったんだろうなぁ。


「疾ッ」

『ぎがっ?!』

「わわっ……ありがとう、静音ちゃん」

「ううん。でも、気をつけて。く、来るよ」


 不意のつもりで襲いかかってきた神獣を、けれど静音ちゃんは身体を反転。黒い長剣状態のゼノで蜘蛛の足を一本、綺麗に叩き切りながら退けてくれた。

 妖力や魔力は、神の試練とやらに関係ないのだろう。万全に扱えるようで、静音ちゃんは軽々とゼノを使いこなしている。いや、たんに静音ちゃんが熟練の技術で取り扱っているから不調に見えない、と言われたら、「なるほど!」としか言えないんだけどね……?



「【速攻術式セット平面結界フラットバリア展開イグニッション】」



 ……うん、魔導術は問題なく発動する。

 さすが、師匠の力だ。嫌がらせしかしてこない神さまと違って、本当の意味でわたしを救ってくれた力だ。その力で神さまの嫌がらせを倒せると思うと、やる気が出るよね!


『ぎ、ががが、ぐ、ごぁぁぁッ!!』


 奇声を上げながら襲いかかってくる神獣。

 わたしが一歩前に出て、平面結界フラットバリアで押しとどめ、反発バウンドで弾くと、わたしの頭上を飛び越えてきた静音ちゃんが一刀両断の構えをとった。


「斬り断て、ゼノ!」

『ぎぎが?!』


 黒い閃光のようだった。

 神獣の頭上から股下まで、一直線に駆け抜ける光。


「浅かった」

「そうなの?」

「う、うん。見て」


 息も絶え絶えの神獣は、ガードに使ったもう片側の鎌を切り落とされ、嘴を叩き折られている。だというのに、まだ、わたしたちを睨み付けていた。

 ぼこぼこと音を立てて、神獣の切り口から白い泥が傷を回復している。短期決戦高火力じゃないとダメ、ということかな? でも、きっとどこもこんな調子だろうから、消耗を少なくできるのであったらその方が良い。


「静音ちゃん」

「う、うん。やろう!」


 盾を構え。

 剣を構え。


『ぎぐぐがごあああッ!!』


 回復しきっていない神獣を、真正面から見据えて。





「私の友達に触れるなよ、外道――雷揮神撃」





 頭上で、声が、響いた。



『ぎぎっ?!』

「喰らい尽くせ、【ミョルニル】!!」

『がぎぎぐぎぃぃぃッ!?!?!!』



 稲妻が駆け抜け、神獣を灼き尽くす。

 それは、なんというか、普段よりも遙かに火力が高い。もう、ものすごく高い。

 なにせ、周囲の木まではじけ飛んでいる。


「フィーちゃん?!」

「は、春休みで実家に帰っていたんじゃ?」

「ふふ、ほら」


 頭上を指さすフィーちゃんに吊られて見ると、そこには、以前に合宿で見かけたことの在る牛車が駆け抜けていくところだった。

 稲妻を纏いながらものすごい勢いで空を飛び、雪の様に落ちてくる泥の神獣を、着地前に殲滅している。


「当主直々の送迎だよ。“友達を助けに行くと良いよ”とね」


 当主――フィーちゃんのお父さんが、そうしてくれたということだろう。

 あれ、でも、ということは、今空で泥相手に無双してるのってフィーちゃんのお父さんってコト? す、すごいひとなんだなぁ。


「それで? 鈴理のピンチに真っ先に駆けつけそうな夢は?」

「夢ちゃん? 夢ちゃんは実家だよ?」

「さすがに、私ほど早くは到着できない、ということか」


 そうだよね。以前、夢ちゃんの実家に行ったときも電車でけっこうかかったし。

 それに、あのメッセージの情報も入手しなきゃいけないだろうし、フィーちゃんとは逆に、解放して貰えないのかも。




「なにかが起ころうとしている。いや、既に起こっているのかも知れない。――鈴理、静音。今はひとまず、校舎に行こう。安全というだけなら寮の結界で十分かもしれないが……それでは、満足できんだろう?」




 不敵に笑うフィーちゃんに、わたしたちは苦笑しながら頷く。

 なにもできないかもしれない。けれど、自分からそれを選ぶのは嫌だから、わたしたちは寮母さんに、生徒を寮から出さない方が良いという連絡だけ残して、特専の本校舎へ足を進めた。





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