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そのじゅうに

――12――




 真っ白な空間。

 ゲームパッドを手に、モニターを見ながら奮闘するオリジンは、まさしくそれに熱中していた。


「うわっ、なに今の?! 体力が一割吹き飛んだ! 固定ダメージ? ずっこいなぁ!」


 画面の向こうでは、仙衛門によって吹き飛ばされたオリジンの姿がある。

 本物にはとうてい及ばない性能であるとはいえ、紛れもなくオリジンそのものを模したものだ。ダメージを与えられる、ということだけで、オリジンにとっては予想外であった。

 ――最も、その予想外も驚きもなにもかも、彼にとっては画面の向こう側の、“遊戯”の話でしかないのだが。


「よーし、敵キャラ(・・・・)も揃ってきたみたいだし、そろそろ本腰入れて遊ぼうかなぁ――」

『伝達装置にアクセスを確認 対応を設定してください』

「――ん? なんだよもう、こんなときに」


 そんなとき、オリジンの後ろで音声が聞こえる。

 遊戯台近くの半透明スクリーから発せられた自動音声。それは、誰かが指定の場所で“神託”を願ったときに流れるモノだ。

 手順を踏まれたのであれば、オリジンが対応するのが道理である。だが、今、オリジンは“とても愉しいゲーム”をしているのだ。そんなことに気力を割く気は起きない。


「……自動対応で設定」

『対応設定をしてください』

「ランダムでいいよ。じゃ、そっちの会話もボクには聞こえない様にしてね。めんどっちぃから」

『サイレントモードに設定 自動送受信対応設定 番号五番“とても機嫌の悪――ザザッ』


 ノイズ。

 それは、設定された機械が“偶然起こす”ような現象。

 だからこそ、興味を割いていないオリジンは、よく聞き取ることが出来なかった。


「うん? 今、なにか言った?」

『ザザッ――自動送受信設定 番号三番(・・)“とても機嫌の良いときのボク”に設定』

「ひゅー、どこの暇な天使か知らないけど、運が良いね。じゃ、あとはサイレントでよろしく」

『設定完了』


 これまでに何度も、陳情に来た天使はいた。

 けれどオリジンは、その全てを“無視”してきたからこそ、手慣れた自動対応であった。だからこそ――紛れ込んだ意志に、気がつかない。


「よーし、続き続き!」


 ゲームパッドを握りしめ、愉しげに再開するオリジン。

 他人の痛みなど理解せず、他人のことになど興味を持たず、だからこそ、気がつかない。





『ふふふ……これくらいの手助けなら、別に良いわよねぇ?』





 オリジンの背後に響いたその声は、オリジンの耳に届くことは無く――白い空間に、消えていった。




























――/――




 ――祭器領域・カドゥケウス



 真っ白な大地だった。

 鳥籠領域のそれよりも遙かに洗練された、白い石で出来た大地。地面には溝が掘られ、どこからか落ちてきた水が流れ込み、中央に向かって循環する水路を作っている。

 その中央部分に置かれているのは、祭壇だ。円卓状の祭壇に、跪いて願いを請う台が一つあるだけの、シンプルな領域。セブラエルが城を持っているということだから、彼女の領域もお城なのかと思ったのだけれど……どうやら、勘違いだった様だ。


「すごいね、空気が洗練されている。常に循環させて、質の良い聖域が形成される様にデザインされているみたいだ」

『わかるのか?』

「ああ。ここで儀式を行えば、相応の対価を得られるよ。手間暇掛ければ人間一人くらい蘇生させられるんじゃないかな? 魂が残っていればの話だけれどね」

『とてつもないってことだけはわかったぜ』


 私はそう、獅堂と七の会話を聞きながら、ガブリエーラさんの後ろについて進んでいく。


「これより、主に意を問います。とはいえ、ある日を境に、主は一度も降臨してくださりませんでした。おそらく、質疑応答のみを目的とした分霊の召喚をさせていただき、意を問う形になりましょう」

『セブラエルの居城にいった連中も、同じ様なことをしてる……つぅことか?』

「はい。とはいえ、こちらのほうが熾天使セブラエルの設備よりもよほど正確ですので、後ほど情報の統合を成されたらよろしいかと思います」

「そう……。ありがとうございます、ガブリエーラさん」


 私が頭を下げると、ガブリエーラさんは控えめに首を振る。

 恐縮そうにされているご様子から見るに、礼を言われることを慣れても居ないのだろう。


「――では、始めます」


 跪いて、祈りを捧げるガブリエーラさん。

 一言紡ぐごとに水路に輝きが満ち、聞き取ることの適わない詠唱が紡がれるごとに、光が舞う。幻想的で神秘的な光景に、私たちはいつしか言葉を失って、見入る様に佇んでいた。


「――故に、我が主に意を願う」


 そして、最後の言葉が、謳う様に諳んじられた。

 円卓の中央、光輝く台座の上、舞い降りる様に神がかった顔立ちの神秘的な青年が舞い降りる。

 宇宙を閉じ込めて封をした様な髪色と瞳。男性とも女性とも見分けの付かない中性的な雰囲気。黄金の装飾が施された白いローブ。


「主よ、我が問いにお答え願いたもう」

『いいよー。ボクはとても“機嫌の良いとき”のボクだからね、気の向くままに応えてあげよう』

「ありがたき幸福に存じます」


 主、と言った。

 流れで判断は付くが、やっぱりあの人が“主”なんだ。そう、“神さま”と“主”が別人であったことに安堵の息を吐きながらも、疑問に思う。そうであるのなら、私を転生させてくれたあの神さまは、なんだったのだろうか? と。

 人から信仰を得て、心身から創造されるという“亜神”……という感じでもなかったしなぁ。


「さ、皆さん、伺いたいことがあるのでしたらどうぞ」

「……なら、僕から」


 私と獅堂を見て、まず、七が質問のとっかかりを掴んでくれる様だ。

 目的とかなんとか色々聞きたいことがあるけれど、いざ相対すると、なにから聞けば良いのかわからなくなってしまうからね。


「あなたにとって、天使と悪魔と人間とは、どういう存在なのかな?」

『ボクにとって? みんなには小難しい言葉で神託した(伝えた)けれど、そうだなぁ、天使はボクの仕事を肩代わりしてくれるモノ、悪魔はボクの手足と成り動いてくれるモノ、人間はボクの欲求を解消してくれるモノ、かな』

「欲求の解消、とは?」

『簡単さ。ボクはより強くなって出来ることを増やしたい。その欲求を叶えるためには、“信仰心”が必要なのさ』


 人から信仰されることで力を増す。

 それは、世に聞く“亜神”の在り方ととても似通っていた。亜神……例えば、フィフィリアさんの一族が操る“ミョルニル”。あれの持ち主である雷神トールも、人々の願いや信仰によって生み出された亜神の一つである。


「それは、悪魔や天使からは得られない?」

『そうだよ。そもそも設計図から違うからね。悪魔や天使には長い寿命と強い力を与える代わりに、糧にはならなくなった。人間には才能の種だけ与えて、ある程度の成長を待たなくちゃならない代わりに、信仰を得られる。神さまっていうのはね、そういうシステムなんだよ。人間に干渉できるのは、天使経由ってね』


 なるほど。

 その才能の種こそが異能者、ということか。


『なぁ、俺からも良いか? あんたはじゃあ、信仰を得るためになにをしたんだ? 俺はかっこういい必殺技を生み出すために散々神話や伝承に触れてきたが、あんたみたいな神は見たことも聞いたこともない』

『そりゃあそうさ、ボクは人間の前に姿を顕していないからね。ボクが信仰のためにしたことは二つ』

『二つ?』

『そ。それが、悪魔には(・・・・)、“人界に侵略し、天使に撃退されろ”。天使には(・・・・)、“人界に侵入した悪魔を撃退し、人々の前で主を崇めよ”ってね』


 ――思わず、息を呑む。

 たくさんの人が悲しみを背負ったあの事件。悪魔による侵略戦争の全てが、この“主”が信仰を得るための、茶番だとでもいうのか。

 いや、そうか。よくよく思えばあの、荒廃した“もう一つの世界”あり得た可能性の先を象るあれはきっと、それが成立した世界なのだろう。


『なのに、セブラエルったら失敗しちゃうんだもんなぁ。結果が伴わないのなら、過程なんてどうだっていいのに。だからボクは言ったんだ。人間たちが全然信仰をしていないから、信仰を取り戻すまでは顔も見たくない! って』


 その言葉に、ガブリエーラさんが小さく唇を噛む。

 散々利用して、労りの言葉も向けず、死者を貶める。それはまるで、それこそ、悪魔のような言葉だ。そして、この神の子供の様な言葉を受けて、きっと、セブラエルは焦ったのだろう。


 魔導術師を異能者に変えて、神の与えた“才能の種”を持つ人間ばかりにしようとした。そんなところ、なのかな。


「なら、今のあなたの目的はなに?」

『簡単さ。“やり直す”ことさ』

「やり直し……?」

『ああ。とはいえ、時間遡行をしようっていうんじゃないよ? 適当に二千年くらい寝て、起きてからリスタートするってこと。準備が面倒(・・・・・)だけど、終えたら楽だしね』

「っ畏れながら、我が主よ!」


 突然、ガブリエーラさんが声を上げる。

 その顔は蒼白になり、唇は青い。いったい、どうしたというのだろうか? いや、主人が引き籠もると言えば焦るのはわかるが、なんだか様子がおかしい。


『なんだい?』

「あなたが眠られるというのは、その間、世界の管理は代役を立てて下さるのでしょうか?」

「世界の管理? ガブリエーラさん、それは……?」

『ああ、簡単だよ。世界ってのは不安定で、放置しておけば歪みが生まれる。神さまの仕事には、この歪みを無くすことが一番の仕事なのさ』

「でも、それなら、二千年も寝てしまったら、どうなるのでしょうか?」

『そんなの、決まっているじゃないか。“リセットしやすいように”、ゼンブ更地になるんだよ。ククッ、あはははははははっ』


 愉しげに言う言葉に、血の気が引く。

 もしもそんなことになれば、世界の破滅だ。


「……準備とは?」

『準備は準備さ。人間に絶望を与えて信仰をゼロにすること、人々の希望の芽を摘み取っておくこと。一つは直ぐにでも完遂できそうだね』

「え?」

『君たちの仲間だろう? 今、ボクの別のアバターと戦っているけれど、まぁ、まず勝てないだろうね』

「ッ場所は?!」

『セブラエルの城だよ』


 今、この瞬間も、みんなが戦っている?

 目的も、方法も知れた。なら、聞きたいことはあと一つだけ。


「――あなたの元にたどり着くには、どうしたら良い?」

『アバターの残滓を追えば良いんじゃない?』

「そう、わかったわ」


 私は、聞き終えると、獅堂と七を見る。

 二人は違わず、ついてきてくれるようだ。




「ガブリエーラ、僕に座標を」

『ああ、ならボクが特別にあげよう』




 主から受け取った座標を手に、七は私たちを集める、

 向かうのは居城――今も戦うみんなを、救出するために……!


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