そのじゅういち
――11――
大きな峠。
道なき道。
天空回廊。
何故か厄介で困難な大陸ばかりに当たりながら、クロックと時子はなんとか進んでいた。
「時子、そろそろ近いぞ」
「あ、そう。それで、どの辺り?」
どことなく荒んだ声なのは、クロックに散々“堪能”されながら進んだためだろう。
もちろん妙なことをされたわけではないが、思いついた様にクロックの口から零れる言葉の数々は、時子を辟易させるのに充分以上の破壊力を持っていた。
『む、幼女の香り――すまん、時子、おまえのだった』
『道なき道を行く、か。時子、足場が悪い。俺が床になろう』
『ふぅ……時子、そういえば幼い親戚がいたな? 彼は今どうしているんだ? ……なに、良いショタに貴賤はない』
思い出せば頭痛しか起こらない数々のメモリーに、時子はそっと蓋をする。
幼い親戚と言えば当然ながら彰のことであるのだが、未知を好いている彼を生け贄にするつもりなど、時子には毛頭無い。
「真下だ」
「真下……?」
言われて浮遊石から身を乗り出す。
確かに眼前には大きな城がある様だったが、時子の目にはカタリナたちの姿など見えない。せいぜい、米粒のようなシルエットが動いていることしかわからなかった。
「クロック、視力は?」
「時と場合による」
「そう。どうなっているのかしら? みんなは無事?」
時子は早々に理解を投げ捨てて、クロックにそう問う。
聞いてしまった方が数段早いという時子の判断は功を奏し、直ぐに状況を知ることが出来た。
「そうだな、戦闘になってはいるようだが……む、このままではまずいな」
「まずい? 追い詰められているの?」
それが、良い情報かどうかはさておき、ではあったが。
「時子、先行する」
「ええ、後から行きます」
「心得た」
クロックはそれだけ告げると、米粒のようなシルエットめがけて跳躍する。
異能者でも躊躇う高度を、なんの逡巡もなく跳べるのは、彼が鋼のメンタルを持つ故か。落下していくクロックにため息を一つ落とすと、時子もまた、その場の最適解を選択する。
(拓斗が追い詰められる相手。単純な武力のみでは心許ない)
なら、補助にも攻撃にも優れた、トリッキーさが必要か。
時子は瞬時に手札を選択すると、空中に向かって霊力の込めた手を差し出す。
「【井・鬼・柳・星・張・翼・軫・南方司る七星よ・我が約定かわせし式神に・その真なる姿を解放せん】」
象るは星座。
二十八宿の区切りに於ける、南方の七星。
「【式揮憑依・現れ出でよ・五徳の礼神・神名解放】」
五徳。
礼・義・智・信・仁。
儀式に準えて、呼び起こすのは四聖獣。破壊の徴であり、再生の証。
「来たれぃ【朱雀・急々如律令】!!」
式揮憑依。
黄龍を身に宿しながら憑依させることは、負担を増させる様なことにはならない。同じ区分の霊獣を宿し合うことは、むしろ能力の増幅を意味する。けれどそれも、破壊されない器を持つ時子だからこそ、可能なことではあるのだが。
(お願い、みんな、無事で居てちょうだい!)
そう、願いながら、時子は滑空する。
――頭の片隅で、クロックがシリアスに敗北するシーンなど、想像できないなどと思いながら。
胸に食い込む手。
赤い血を流しながら、拓斗は必死に足掻いていた。
幼い妹が居て、愛した女が居て、信頼する友が居て――こんな時に、自分だけリタイアをする訳にはいかないのだと、拓斗は強まる拘束の最中で抵抗を続けていた。
「ほら、ほら、早く諦めちゃいなよ!」
「ぐっ、ガッ……ハッ、断、る!」
「そうかい? まぁ、結末は変わらないんだ。どっちでも良いよ、別に」
つまらなそうに告げるオリジン。
そんな彼から視線を逸らさずに睨み付けていた拓斗は、ふと、信じられないものを見つけた様に目を瞠る。
「あ。わかった、それ、ボクの視線を逸らそうってつもりなんでしょ? ざーんねんでしたっ! そんなわかりやすいコト、乗ってなんかあげないよ? クスクス」
そう、であるのなら、拓斗としても好都合だ。
あとのことなど気にせずに、全力を出しても、良いのだから。
「我が意に応えて爆ぜろ、練炎」
「は?」
「雄叫びを上げろッ! 咆吼せよ――」
収束する光。
「まっ」
「――【巨神の鋼腕・覇道の咆吼】!!」
爆音。
巨神の鋼腕に集約されたエネルギーが、オリジンと拓斗の中間地点で爆発。当然のように拓斗自身も怪我を負いながら、彼の拘束から逃れる。
「このォッ! 赦さな――え?」
そして、オリジンが振りかぶった腕を、爆音に紛れて降り注いだ何かが、受け止めた。
「顔は整っているようだが、年増だな。マイナス千点。出直してこい」
「ッなんだよ、おまえ! 気持ち悪い」
オリジンは吐き捨てる様にそう良いながら、大きく距離をとる。
貶しながらも、その瞳に映るのは圧倒的な“不理解”。オリジンは、クロックがなにものであるのか、計りかねていた。
「げほっ、げほっ、気持ち悪いのは概ね同意するが、こいつはおれたちの隠し札だ。油断は禁物だぜ」
「はっ、言うじゃないか。隠しておきたい札の間違いじゃないのか? こんな変態がボクとの謁見を赦されるなんて世も末だ。やっぱり、さっさと滅ぼすのが正解かな」
言葉の節々を良く聞き、情報を入手する拓斗。
彼は痛む身体に鞭を打ちながら、それでも、神を名乗るこの少年から目を逸らさずに居た。
「クロック、どうだ?」
「ふむ――力押しならば神すら屠って見せようが……アレそのものが、高度な技術の結晶だ。俺の能力とは些か相性が悪い」
距離をとりながら告げられた言葉。
怪訝そうに眺めながらも、体勢を崩さないオリジン。
「ねぇ、相談は終わった?」
「もう十五分いただきたい」
「やだね。今、待ってあげただけでも奇跡と思えよ、羽虫共め」
「言われてるぞ、クロック」
「年増に言われても、気持ちよくはないな」
あまりにもあんまりな言葉に、オリジンの額に青筋が浮かぶ。
「あー、もういいよ。慈悲の言葉も君たちには無駄な様だ」
「そうか。だが、時間稼ぎにはちょうど良かったが、な?」
「なに?」
クロックの言葉と同時
オリジンが首を傾げた瞬間、彼の視界が炎に染まる。
空中でオリジンに狙いを定めていた時子が、朱雀の炎を飛ばしたのだろう。祭壇はひび割れ、オリジンは大きくあとずさった。
「なんだよ、びっくりしたなァッ」
「驚きついでに、こんなのもどうじゃ?」
「っ」
その、爆炎の中から飛び出してきたのは、身体に稲妻を纏った老人。
仙衛門は、先ほどまでの大ぶりな一撃ではなく、最小限の動きでオリジンの腹に手を当てる。
「浸透仙技・八門融解【雷神禍震】!!」
「ぐッ、がはっ!?」
初めてダメージを負いながら吹き飛ぶオリジン。
身体の節々を灼き焦がしながら転がる彼を、仙衛門を運んできたカタリナは、覚悟と決意の眼差しで睨む。
「未知がいないのは物足りないが、つぅ、英雄同盟半数が集結だ」
「拓斗さん! 無茶をしないで下さい! 今、治療しますから!」
「はは、悪い悪い、頼んだ、カタリナ」
東雲拓斗。
黄地時子。
楸仙衛門。
クロック。
カタリナ。
「ははっ、いいじゃないか――ハードモードだ。面白そう」
五人の戦士が肩を並べ、対峙する。
――局面は、激戦へと運ぼうとしていた。




