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そのじゅう

――10――




 白い空間の中。瞬き事に変化する宇宙の色を纏った青年は、生気の無い顔で立ち上がる。

 うなり声を上げ、髪をかきむしり、床を殴り、笑い声を上げ、ふらりと歩き出して遊戯台の上を覗いた。


「優秀で使い勝手の良いセブラエルが死んだ。従順で扱いやすいゴグも、その子孫のワルも死んだ。ガブリエーラは裏切って、リズウィエアルは奔放すぎる。次はどうすればいい? ボクは創造主なんだぞ!! なんで誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰もッッッ!!」


 遊戯台を蹴り、浮かび上がる天体に拳を叩きつけようとする。

 だが、甲高いエラー音が、青年の腕を止めさせた。



『error:00000002 禁則事項に抵触』

「チッ……まぁ良いさ、やりようはあるよね。ふっ、あはははっ」



 青年は空中に指を這わせる。

 すると、宙に半透明のスクリーンが投射され、フリック操作によってコントロールパネルが展開される。青年は慣れた仕草でパネルを扱うと、幾つかの項目が現れた。


「コンソール。発動ワードは“神託”、それから“試練”」


 半透明のスクリーンに無数に投影されるコード。

 流れの全てを鼻歌交じりに眺めながら、青年は愉しげに操作を続ける。その最中、ふと、セブラエルの居城に侵入する姿を見つけてほくそ笑んだ。


「盗み見なんて、悪い子だ」


 聞かせる気のない呟き。

 他人に興味は無い。他事なんて蚊帳の外。他者は理外の存在。

 だから青年は、愉しそうに笑う。


「あっははははっ……ボクの思い通りにならないモノなんて、全部全部全部ゼンブ、消えちゃえ!!」


 スクリーンに浮かぶエンターキーを、青年は躊躇いなく押し込む。

 すると、浮かび上がった文字列が複雑な図式を成し、青年の姿を呑み込む。青年はその場に立ったまま、なにも変わらない。だが、青年を模した人形が、モニターの向こう――セブラエルの居城屋上部分に現れる。

 同時に、青年の手に現れたのは、ゲームのコントローラーだ。


「さぁ、ゲームの始まりだ。ボクもブランクが長いから、練習させてね? ふふっ、あっはははははっ」


 スタートボタンを押して、人形を起動する。

 音声は自動入力。挙動はゲーム。行為は遊び。

 誰かの人生も、誰かの幸福も、誰かの結末も、彼には興味が無い。関連はあっても、それだけだ。だから誰より無邪気に残酷に。




『OrderStart』




 人形の目が、輝いた。































――/――




 ――ラエルフリート・屋上



 城に屋上というのも妙なことだが、どうやら塔の一角が祭壇として機能しているようだ。

 拓斗はそう、油断なく周囲を観察して、そう結論づける。


「カタリナ、下がってろ」

「はい。後方支援します」

「拓斗、気をつけよ。何か来るぞ」

「ああ、重々承知しているよ」


 空間の軋むようなプレッシャー。

 祭壇の上が光輝いたかと思えば、圧倒的な“存在感”の何かが、空間の歪みの中から現れた。

 緩やかにウェーブのかかった髪。人間の感情で推し量れない、完璧に整った目鼻立ち。黄金の装飾が施された白いローブを身に纏った、男とも女ともいえないような美青年。瞬きの度に景色が移り変わる、宇宙の色を宿した髪と瞳が、神秘的な雰囲気を際立たせる。


「問いに答えよう」


 声もまた、中性的だ。低くはない。女性の様な高さを持ちながら、男性の様に落ち着いた声色。

 だが、どこからか響いてきたときとは違う。聞いているだけで魂を鷲掴みにされるような圧迫感に、拓斗は思わず息を呑む。弱い異能者や魔導術師が高位の悪魔に対して覚える現象と同じ。存在としての“格”が違いすぎて、魂を揺さぶられていた。



「ボクは主」



 声に、言葉に、カタリナの肩が震える。



「ボクは神」



 踏み出す足に、神意が纏わり付く。

 白亜の床に草木が生え、花が咲き、足を離したところから枯れていく。



「ボクは創造主」



 手を振ると気候が変わり、雨が降り。

 指を弾くと雲が割れ、晴天が広がる。



「ボクの名は、“オリジン”」



 笑顔を浮かべ、涙を一筋流し、冷酷に見下す。



「ボクは君たちの、“主”だ」



 声よりも、力が。

 言葉よりも、存在が。



「君たちの無知は罪だ。このボクに誰かと問い、気がつくこともなく応えさせた厚顔は救いがたい。けれど、ボクとて無慈悲に罰を下すつもりはない。――なにせ、君たちは選別された側の存在だからね」



 誰も、言葉を発することが出来なかった。

 存在が醸し出すプレッシャーが、魂に響いていたから、動けなかった。

 けれど、動かずにいれば、そこに未来はない。



「だから、試練を与えよう。もしも君たちが培い、磨いた“聖霊力(スティグマ)”が、ボクの目に適うものであったのなら、君たちの罪を赦そう! そしてもし力及ばずにその生の旅路を終えてしまったとしても、ボクはそれを赦そう」



 慈悲深く聞こえる様な声色。

 けれどその内容に、慈愛など欠片も存在しない。


「ッ、ふぅ……なるほど、あんたと“遊んで”生き残れば勝ちってことか」

「もう動けるのかい? うんうん、素質があって素晴らしい。そうさ、生き残れば勝ち。死んでも勝ちさ。死んだら赦してあげるんだ。深く懺悔し自害を選ぶのなら、ボクはそれを認めよう。それを、赦そう」


 自害を勧める神など、存在するモノか。

 拓斗はそう叫びだしたい気持ちに蓋をして、仙衛門に目配せをする。




(カタリナは、まだ動けん)

(そうだろうな。いや、いい。あとから復帰できるさ)

(カカッ、そうさのう)




 カタリナは、口元を抑えて震えている。

 信じていた全てのモノに裏切られたような、そんな横顔だ。神と近い天使だからこそ、直接ぶつけられる言葉は、彼女自身が想定していたよりも遙かに深く繊細な部分を、引き裂いたのだろう。

 数々の異世界を回り、無数の価値観に触れてきた拓斗だからこそ、カタリナの抱く痛みに理解を示す。神を信仰する人は等しく、神に裏切られれば、信ずる神と敵対すれば“こう”なってしまうものだから。


「さ、どこからでもかかっておいで」

「では、先手はこの楸仙衛門が頂戴致そうぞ!」


 轟音。


「仙法【爆熱鋼体】――ずぇりゃあああああああああッ!!」


 爆砕。


「へぇ?」

「ぬぅんッ!!」


 仙衛門の放つ拳を、オリジンは人差し指で止める。

 けれど余波はそれだけでは済まず、オリジンの足下に蜘蛛の巣状のひび割れを生み出した。


「仙法【迅雷金剛体】!!」

「すごいすごい! “聖霊力(スティグマ)”をこんな風に進化させるなんて、面白いねぇ。本当に、君たちみたいな人ばかりだったらボクだって、もっと楽しんでいられたのにさぁ」


 一撃一撃の度に、鼓膜を振るわす轟音と稲妻が空気を焼く音、それから立っていられないほどの衝撃波が巻き起こるというのに、オリジンはその全てを、蠅でも払う様な仕草でいなしていた。


「ああ、でもそろそろもう一人が見たいからさ、ちょっと休んでて良いよ」


 そして。


「ぬぅ?!」


 片手で仙衛門の拳を止め、そのまま、城外へ投げ捨てた。


「――いけないっ!」

「仙衛門、カタリナ!」


 その姿を、我に返ったカタリナが追う。

 天使の翼をはためかせて彼女が追ってくれたのなら、仙衛門は無事だろう。拓斗はひと、まず安堵の息を吐き、それから、オリジンを睨み付けた。


「おお、怖い怖い。けれど、気迫があるのは良いことだ。さ、おいで」

「ああ、そうさせて貰うよ。行くぞ、巨神の鋼腕(ギガント)、おれに続け!」

「ん、でも、ペナルティがないと頑張れないかなぁ? そうだ、良いことを考えた!」


 鋼腕が分離し空に上がる。

 拓斗はそれを見届けることなく、竜吼剣ドラグプレイヴァーを左手に構えて走った。


「ボクが満足しなかったら、君は心臓を捧げる。これで行こう!」

「自分の心臓で我慢をしておけ! オオオオオォォッ!!」

「ははっ、そんなの嫌だね! ボクは痛いのが嫌いなんだ!」


 拓斗が剣を横薙ぎに振るう。

 オリジンはその一撃をなんでもないように避けると、がら空きの彼の頭部に狙いを定めて。


「つかみ取れ」

「え? うわっ!?」


 “真上”から振ってきた鋼腕に、捕まれた。


「焼き尽くせよ、練炎!」

「ちょっ、やめっ――」

「燃え上がれ!!」


 そして、オリジンは鋼腕ごと燃え上がる。

 炎に強い鋼腕は、熱伝導率を調整できる。火炎と伝導された熱で、さながらオーブンで調理される様に灼かれるオリジン。彼の悲鳴を尻目に、けれど拓斗は油断なく離れた。


「――どうしてくれるんだ」

「なに?」

「ボクの服に、煤が付いただろ!!」

「ぐぁっ?!」


 鋼腕をふりほどき、拓斗の首を掴み、地面に叩きつけられる。

 肺から空気が絞られ、衝撃に呼吸が止まり、吹き返す痛みで目を瞠る拓斗。肋骨が折れたか、肩甲骨に罅でも入ったか。痛みと息苦しさが、まるで水の中にいるようであった。



「もういい、もういい、もういいもういいもういいもういいもういいッ!」



 狂気。

 藻掻きながら、渦巻く瞳を覗き込む。

 拓斗はそのズレに、顔を顰めることしかできない。


「んっ、ははっ、いやいや操作を間違えた」

「な、に……を?」

「丈夫だね。ああでも、飽きたからいいや。死んで?」

「ことわ……る、ッ」

「ああ、君の意志は関係ないよ」


 首を持つ手に力が入る。

 拓斗はそれでも、最後の最後まで諦めないと覚悟を決めて、オリジンを見据えて。



「ばいばーい」



 無邪気で残酷な言葉が、空しく、響いた。





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