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そのはち

――8――




 天使ガブリエーラ。

 金髪にエメラルドの瞳の、絵本で見るような天使様は、こう、主観だけど、私をベースに美人さんにしたような感じがする。だからこう、ちょっと、そう――ミランダさんに、似ているような気がするのだ。


「それで、あなたは何故、ここで囚われているのでしょうか?」


 うんうんと悩む私を置いて、七がそう話しかけてくれる。

 ガブリエーラさんはその問いにいくらかの逡巡を見せ、やがて、諦観を携えた表情で頷いてくれた。


「そう、ですね。咎を隠すべきでは、無いのかも知れません」


 愁いを帯びた瞳。

 瑞々しく、濡れた唇。


「(ごくっ)」

「七?」


 なぜだか生唾を呑み込む様な音が聞こえたモノだから、思わず発生源に声を掛けた。


「なななな、なんでもないんだ!」

「?」

『おいおい、マジメにやってくれよ、七』

「ああ、僕もそう思うよ」


 ええっと、どうすればいいのかな?

 とりあえず放置しておこう。今、気にして欲しくもなさそうだからね。


「あの……」

「あ、ごめんなさい。続きをお願いします」

「……よろしいので?」

「はい、七とこちらの人魂は、お気になさらず」

『人魂って、未知、おまえなぁ』


 これ以上、場をややこしくするわけにもいかないから、ちょっと獅堂と七には静かにしていて貰う。

 そうすると、僅かに戸惑う仕草を見せたガブリエーラさんも、迷いを振り切って話し始めてくれた。……無駄に迷わせてしまって、ごめんなさい。


「私は、主の定めた法を犯し、この籠に入りました」

「法、ですか?」

「はい。一つは、主を貶めること。一つは、仲間を裏切ること。一つは、人間と恋をすること。……私は、最後の一つを犯し、人に恋をしました。それが破滅に繋がるとしても」


 人に恋した天使……?

 なんだろう、最近、どこかで聞いた話だ。

 いいや、そう、気のせいでなければそれって――ミランダさんの? いや、早計は良くないか。まずは最後まで話を聞いておこう。


「破滅に、というのは?」

「……天使は、どのように子を成すと思いますか?」

「えぇ? そのような言い方をなさるということは、人とは違う方法なのですね?」

「はい。天使は他者と魂を共鳴させ、その混ざり合った魂核コアからこぼれ落ちた魂を育むことで、子を成します。これを多種族と天装体で行えば、天装体が異常反応を起こして崩壊し――愛した人との思い出を、天装体ごと、失うのです」


 それは――破滅だ。

 好きだった人と愛し合うだけで、その人との全てを失ってしまうなんて。


「それでも、私はもう長く人の世に生きすぎました。だから、愛した人と子を成し、徐々に身体が機能を低下させていき、子が成人する前に身体が崩壊して、咎としてこの鳥籠で過ごすことを命じられたのです」

「ちょっ、ちょっと待って下さい。何故、その、お子さんが成人される前に崩壊を迎えたことなどを、覚えているのですか?」

「……ハッキリと、全てを覚えているわけではないのです。ただ、愛した子を育てることに、自分の全てを捧げて生きて参りました。そうしたら、天界に転送されたあとも、あの子との思い出だけはこの魂に刻まれて、消えてゆかなかったのです」


 愛の力、ということなのかな。

 とても素敵なことだとは思う。けれどそれでも、愛した人を、子を成したいと思った人を忘れてしまうのは、辛い。私だったらきっと、愛した事実が消えない理不尽に、泣いて暮らしてしまいそうだ。

 いや、それとも、これが――“母の力”ということなのかも知れないと、漠然と、そんな思いが脳裏を過ぎった。


『しかし、それだと“主”とやらの場所はわからねぇか……』

「そうだよね。未知、どうする?」

「うーん……」


 獅堂と七の言葉に、思わず唸る。

 当初は正直、主に反逆して“こう”なったのであれば、主への道も知っている……あるいは、弱点の一つでも知っているかなー、なんて期待もあったのだけれど。


「あ、あの、なにかお困りなのでしたら、力になります」

「え? いえ、しかし」

「お願いします。放っておけないのです。ミランダ――娘によく似た、あなたのことが」

「っ」


 ああ、うん、そうなんじゃないかとは思っていたけれど……やはり、そうなんだ。

 ミランダ・城崎。天使と人間のハーフで女優で、私に“鍵”を託してくれた女性。

 やはり、彼女は、ミランダさんの母なのだろう。


「――と、申されても、初対面の天使が信用されるとは思っておりません」

『あー。いや、なんだ』


 ミランダさんのお母さまなら、打算というか、ミランダさんの友人であることをお伝えすれば裏切られたりはしないのではないか、という気持ちがあった。

 けれど、それを言い出すよりも早く、ガブリエーラさんは決意の表情で顔を上げる。あれ、この人ってもしかして、思いの外、おっちょこちょいだったりするのかな……?


「しかるに、そちらの精霊様」

「え、ぁ、僕?」

「はい。どうか、精霊契約の仲介を」

「……さすが、古い天使様だ。けれど良いのかい?」

「構いません。――あの子のためになにもしてあげられなかった私の、罪滅ぼしなのですから」


 決意の表情で告げる彼女を見て、私は七と獅堂と目を合わせる。

 精霊契約。ようは、精神体である精霊の力を使って、魂に刻み込む術式だ。その契約は、破ったときも破らざるを(・・・・・)得なかった(・・・・・)ときも、大きなリスクを伴う。

 それをまさか、知らないとは言わないだろう。だからこそ、この場で引き合いに出したのだろうし。けれど、なら、やっぱり……その覚悟を示して貰っただけで、十分だと思うのだ。


「精霊契約はいりません」

「え?」

「私たちの事情を、お話しします。その上で、協力をしてくださるというのでしたら、そのときはよろしくお願いします」


 と、いうことで。

 私たちはいっそ、彼女に事情を話すことにした。

 私たちの事情。それからついでに、ミランダさんの現在と、彼女との関係を――。


























 現在の状況。

 それから、天使や天兵が、今まで人間たちになにをしてきたか。ミランダさんとはどんな関係で、彼女が今どんな活躍をしているのか。

 全てを聞き終えたガブリエーラさんは、小さく頷いて、そっと瞑目した。


「――なら、やはり私はあなたたちに協力をすべきでしょう」

「よろしいのですか?」

「はい。私は戦闘要員として特化されていたセブラエルと違い、伝達支援に特化された天使です。嘘を見破る、隠し事を察する、そういった能力も備えています」


 なるほど、であるのなら、私たちの事情の全てが本当のことである、というのも伝わっている、ということなんだ。

 それならそれで、話が通しやすくて助かる。なにせ結局のところ、信じて貰う材料なんて、一つも無いのだろう。


「ですから、あなた方がミランダと友誼を結んでいる、というのも事実なのでしょう。娘の友人の頼みです。可能な限り、お応えしたい。なにより――仲間の非礼を、ミランダさえも傷つけて、私たちが愛した人間たちを傷つけてしまったこと。私に、償わせてください」


 それは、彼女の覚悟なのだろう。

 痛みに堪える様な表情。悲しみを噛みしめる様に、強く結ばれた唇。伏せられた目に宿る決意の色は、計り知れない。


「そうは言っても、ここから出ることが出来ない以上、口頭での案内になること、お許し下さい」

『いや、出られたら良いんだろ? だったら、ちょっと待ってろ』

「え?」


 獅堂はそれだけ言うと、人魂状態のまま、鉄格子をすり抜ける。

 そのまま炎の状態で鍵穴に潜り込み、かちゃん、と軽快な音を立てて手枷足枷を外した。


『やっぱりな。この姿だと、どこでもピッキングできる』

「犯罪行為に使わないでくれよ? 獅堂」

『はっはっはっ、時と場合に寄るだろ? そんなもん。そういうことだよ』


 獅堂は本音なのか冗談なのかわからないことを言いながら、鳥籠の錠前にも潜り込み、さっさと鍵を解除してしまう。頼りになるのは間違いないけれど、やっぱりちょっと色々と心配かな!

 いえ、頼りになるのだけれどね?


「さ、どうぞ、手を」

「あ、ありがとうございます」


 戸惑いながらも、私の差し出した手を握ってくれる。

 そのまま鳥籠から出て貰うと、大きな翼が開放感を味わう様に広げられる。綺麗で大きな、翼。三対六枚の美しいものだ。


「ありがとうございます。道筋が複雑故、口頭ではセブラエルの居城までの案内が限度でしたが……私が直接案内できるのなら、私の領土にご案内致しましょう」

「それでも、その、“主”の元へ?」

「セブラエルとは役割が違います。彼の居城を辿るより、確実にご案内できます」


 そうか、さっきも“伝達と支援”を司るっておっしゃっていたもの。

 これは、つまり、“主”への伝達手段も所持している、と、捉えて良いことなのだろう。


「改めまして――天使ガブリエーラ。あなた方に、微力を尽くします」

「ええ、よろしくお願いします。私は観司未知。人魂が九條獅堂、こちらが鏡七です」

「よろしく、ガブリエーラ」

『よろしく頼むぜ』

「はい、こちらこそ。それから、もう一つ」


 首を傾げる私たちに、ガブリエーラさんは緩やかに微笑む。




「娘が――ミランダが、夢を叶えたこと。叶え続けていること。教えてくださり、本当にありがとうございました」




 それは、私たちが初めて見た、彼女の“母”としての素顔であったように見えた。

 そして、同時にこうも思う。母として頭を下げてくれた彼女の言葉なら、信じられる、と――。





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