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そのろく

――6――




 落ちる、という表現は正しくはないだろう。

 重力がない空間で、星の引力に引かれる様に、私たちはばらばらに弾き飛ばされた。

 あのときに見えた目は何だったのか。どこかで、似た様なものを見た気がする。それがなんであったのか、回想に耽る余裕はない。激流に身を置く様に、適当に放り出された身体を丸めて、周囲の状況を掴もうとする。


「【速攻術式セット慣性制御展開陣イナーシャ・コントロール・バレル展開イグニッション】!」


 飛行制御も考えたが、慣性も定まらないのに飛ぶことは出来ない。

 まずは法則を制御下に置いて、己の立ち位置だけでも明確に――


「っ」

「未知、だめだ! さっきから僕も試しているけれど、軌道の変更も安定も出来ない!」


 私の手を掴んでくれていた七が、私の身体を引き寄せながらそう教えてくれる。

 七も先ほどから色々と試しているようだけれど、どうにもうまくいかないみたいだ。


「未知、何があっても君は僕が護る。だから、捕まって」


 そう、頭を抱え込まれるように抱きしめられる。

 でも、この体勢で落下したら、私は助かるかも知れないけれど、七は無事では済まないはずだ。思わず見上げれば、真剣な瞳で着地地点を見極めようとする七の顔があった。


「七、だめ、お願い、離して!」

「悪いけれど、言うことは聞いてあげられない。ごめんね、未知」


 苦笑。

 譲る気のない、不敵な笑み。

 このままそうやって死んでいったとしても、動く気はないのだろう。咄嗟に、なにもできない自分に、悔しくなる。同時に……きっと同じ立場だったら、同じ事をするだろうということも、理解して。


 そして。


『格好付けているところ悪いがな、七――そのまま未知を護ってろ』


 響く声。

 引きつる七の顔。

 七の背中側で、輝く力。




『細かい術が効かねぇなら、力押しすりゃ良いんだよ――』

「し、獅堂、君ってヤツは! 【風乙女の盾(ネライダ)】!」

『――ものみな吹き飛べ、破壊の印。【獄炎爆火(インフェルノ)】!!』




 轟音。


「ギッ」

「きゃぁっ」


 衝撃。


『はーっはっはー!』


 高笑い。


 きりもみしながら吹き飛ばされて、通り過ぎようとしていた大地に着地する。

 そのまま、七に抱きしめられたままごろごろと吹き飛ばされて、転がって、ようやく止まっても目が回って動けなかった。


『俺の悪運も相当だな。大外れか大当たりか、どうにも毛色が違う』

「ま、待て、獅堂、ちょっと待て、君、こういうことをやるんだったら一言くれないかな?」

『はっ、俺を差し置いて格好良く悲壮な覚悟を決めているからこーなるんだよ』

「なんでそこでうらやましがる必要がある?! ……未知、無事かい?」

「うぅ……なんとか……」


 所々痛む身体をさすりながら、立ち上がる。

 獅堂のおかげで無事だったけれど、獅堂のせいで大変な目に遭わされたのでお礼は言わない。うぅ、体中が痛い……。


「つつつ……なるほどね。未知、見てご覧。当たりか外れの二択というのも頷ける」

「え? ――ここ、は」


 これまで見た大地は、自然豊かなものばかりだった。

 けれどここは、どうにも毛色が違って見える。大地は磨き上げられた石膏のように白く、同じ色の柱が乱立している。まるで、そう、合宿の時に佐渡の大離島で遭遇した、天使レルブイルの異界のようだった。

 広い大地。階段が幾つかあり、その上には鳥籠が置いてある。鳥籠の中には誰もおらず、けれど手枷と足枷が落ちているところを見るに――。


「牢獄、なのかな?」

「ああ、そうだね。そんな雰囲気だ。獅堂、もう少し上空から見えるか?」

『そうだな……ちょっと待ってろ』


 人魂状態の獅堂がふわりと浮き上がり、そのままぐいぐい上空へ登っていく。

 ある程度上昇すると軌道がおかしくなったが、大丈夫そうだ。無重力地域に入っても、人魂状態なら関係ないということかな。不便を強いる様で申し訳ないけれど、しばらくこのままマスコットをやっていて貰うのが良さそうだ。


『あー……未知、七』

「どうかしたの? 獅堂」

「まさか、変なモノでも見つけたんじゃないだろうね? 獅堂」

『変なモノというか、まぁなんだ。一つ、“中身入り”を見つけた』

「え? それって」


 私の声に、獅堂は人魂のまま、器用に頷く。


『罪人入りの鳥籠っつうことなんだろうな、これは』


 あー、うん、それはとても複雑だ。

 けれど、逆に、咎人ならば私たちの味方でなくとも敵でもない可能性もある。罪人、というだけで不安はあるけれど……。


「七、獅堂」

「ああ」

『ま、そうだな』


 なんにせよ、話を聞いてみないとわからない。

 私はそう、七と獅堂に声を掛ける。すると、二人とも同じ考えだったのだろう。多くを勝たずとも頷いて、受け入れてくれた。


「会ってみよう。その、鳥籠の天使に」


 どうなるか、わからない。

 けれど早々に見えた光明に、縋らずにもいられないから――なんにせよ、不安なことは潰しておこう。





















 ――なんて、多大な緊張と不安と、僅かな希望を抱いて出向いた先。


「え……?」

「あれ? 何故、こんな?」

『おいおい、マジかよ』


 他よりも荘厳に積み上げられた石段。

 大きく、それでいて装飾が施された鳥籠。

 その中に繋がれているのは、三対六枚の翼を持つ、薄汚れても神秘的な天使の姿だった。


「――あなたたちは、何故、ここに?」


 問いかける声は、深く澄んでいる。

 黄金の髪に薄いエメラルドの瞳。長い髪は、床に広がる癖のないストレート。


『あー、俺たちは所用あって“主”に会いに来たんだが……すまんが、あんたは?』

「そう、ですか。主に……。私は、見ての通りの咎人です。主の約束を破った、愚かな罪人。私は――私の名は、“ガブリエーラ”」


 ガブリエーラ。

 その名前は、聞いたことがある。主が、セブラエルと共に生み出した原初の天使。そんなビッグネームが何故こんなところに閉じ込められているのか、疑問がつきない。

 もっとも今は、まったく別の部分で動揺してしまっているのだけれど。


「いや、参ったね」


 七の声に、思わず頷く。

 だって、その顔立ちは。


「あの、どうかされましたか?」


 首を傾げる天使。

 その顔立ちには、見覚えがある。

 いや、誤解を怖れずに言うのであれば、“私自身によく似ている(・・・・・・・・・・)”のだから。



「?」



 天使ガブリエーラ。

 何故か、私によく似た顔立ちの天使が、きょとんと首を傾げるのであった。





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