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そのさん

――3――




 ――東京湾。



 一般の方に対しては“夜間警戒訓練”と称して、国連の船が東京湾に集う。

 ゲートの位置に空母を設置。甲板の上にゲートが出現する様に調整して、国連や退魔古名家の人たちがゲートを開いてくれたようだ。

 たくさんの人間たちで溢れる空母の上。偉い方への挨拶は時子姉や獅堂たちが行い、私はあくまでおまけ扱いだ。せっかくなので、その間を利用して見知った方々に挨拶をしておくことにする。


「あら~、未知じゃない。あたしに会いに来てくれたの?」

「馨。ふふ、ええ、そうね。今日はよろしくね」


 橙色の緩やかなパーマ。長身痩躯の垂れ目美男子。

 退魔七大家序列六位、“橙寺院とうじいん”現当主の、かおるは、私に向かってぱちんっと妙に似合うウィンクをして出迎えてくれた。


「ええ、よろしくね♪ あなたたちの縁はしっかり結んでおいてアゲルから、大船に乗ったつもりでいなさいな」

「頼りにしているわ、馨」

「んふふふ、良いわぁ、本当に良いわ。素敵よ、未知」


 所謂お姉系の馨はそう、私と手を合わせて喜んでくれる。

 なんだかそうやって気分を和ませてくれるのも、“向こう”と変わらない。馨の、良いところだ。


「――馨さんばかりずるいです。ボクには、声を掛けてくださらないのですか?」

「彰君?」


 そう、馨に挨拶をしていると、微笑みを讃えた少年に声を掛けられる。

 退魔七大家序列四位、“緑方みどりかた”当主の、あきら君だ。緑がかった黒髪と、緑に澄んだ瞳。柔らかな空気を纏う少年は、いつしかの弱さを乗り越えて、強さを宿した声で語りかける。


「久しぶりね、彰君」

「はい、未知さん。お久しぶりです」

「あらやだ、お知り合い? あなた、相変わらず顔広いわねー」

「いや、成り行きで……」

「どんな風に成り行けば、退魔七大家の過半数と成り行けるのよ」


 せ、正論だけに反論できない。

 ええっと、私の知っている退魔七大家と言えば、序列一位の赤嶺、序列二位の黄地、序列四位の緑方、序列六位の橙寺院……あっ、本当に過半数だ。

 実のところ、古名家と言えば探偵事務所の暦黄泉さん始め神無月、文月とも知人なのだけれど……うん、わざわざ言う必要も無いよね!


「未知さん。本音を言うのであれば、ボクはあなたに、危険な場所に踏み込んで欲しくはありません。けれど同時に、あなたが行かなければならないほどのことだということも、存じております。――それが、弱いボクには歯痒い」

「――彰君」

「ですからどうか、約束をして下さい。必ず、生きて戻ると」

「ええ……ええ、約束するわ」


 真剣で、真摯な眼差し。

 その瞳に、帰らない覚悟をしていた自分が恥ずかしくなる。あの、杯を交わしたときにも誓ったことだ。必ず、生きて帰る。その覚悟こそが、私が担わなければならなかったモノだ。


「良かった。では、馨さん。それも縁に追加して下さい」

「……やるわねー、あなた。それってあれでしょう? 成就に良縁を乞うっていう」

「え? え? どういうこと?」

「なんでもありませんよ、おねーさん」


 にこにこと告げる彰君を前に、何も言えなくなってしまう。

 い、いやー、強くなったね、彰君。


「まぁ良いわ。頑張ってきなさいな」

「くれぐれも、お気を付けて」

「ええ、頑張るわ。二人ともありがとう」


 頭を下げて、二人から離れる。

 そのまま甲板を歩いて行くと、見慣れた白衣の男性と、目も眩むほどの美女が機械を調整している様だ。邪魔しては悪いから、立ち去ろうとして――


「おお、これはこれは先生!」

「お久しぶりですね、観司先生」


 ――向こうから、声を掛けられた。

 うーん、邪魔には、なりそうにないのかな? なら、私もご挨拶をしておきたかったからちょうど良い。


「有栖川博士、ベネディクトさん。お久しぶりです」

「いやいや、今回は正式に先生が参加なされるのですね! はっはっはっ、こちらもあなたがおられると安心です。なにせまほ――」

「わーっ! だ、だめです! それはだめです!」

「――おっと、秘密だったね。いや、すまないすまない、少し気分が高揚していてね」


 つぎはぎだらけの顔、白髪にぎらぎらとした目。

 有栖川昭久博士は、私の生徒で友達、アリュシカさんの御父君だ。同時に、隣に控える目も醒める様な美女。メイド服に金髪碧眼の女性、ベネディクトさんは、アリュシカさんの御母君だ。


「なにせ――クッ、静間の無念を晴らせると思うと、ねぇ?」

「っ」


 色濃く漂う、闇の気配。

 肩にのしかかる様な重圧。世界を股に掛ける世紀の大科学者。マッドサイエンティストとも称されることも“あった”、天才博士。

 その憤怒が、霊力を伝って立ち上る。


「旦那様」

「っと、すまないすまない、重ねてすまない。ついつい昂ぶってしまってね」

「い、いえ」

「代わりに、最高の援護を期待してくれていたまえ! 必ず、君たちの敵を後悔させてあげよう! はっはっはっ」

「は、はは、頼もしいです」


 いや、うん、びっくりした。

 けれど、そうしてくださるというのであれば、これほどに心強いことはない。


「あー、だが、どうか娘を悲しませる様なことは、しないでくれたまえよ?」

「……はい、必ず」

「ありがとう、助かるよ」


 先ほどまでとは正反対。

 優しく穏やかな表情で告げた博士に、私も笑みを返す。

 本当に、奥様と娘さんを、心の底から愛している方なのよね。だからこそ、過去はどうあれ信頼できる。


「観司先生、ご武運を」

「……はい!」


 ベネディクトさんにも背中を押されて、笑顔を見せる。

 これほどまでに充実したバックアップを貰って、ネガティブになんていられないよね。そう思うと、胸の奥から力がわき上がってくる様だった。

 と、彼らと別れて直ぐ、見知った後ろ姿を見かける。菫色のポニーテールがぴょこぴょこと浮き沈みするあの姿は、もしかして?


「凛さん?」

「え? あれ? 観司先生?」

「あなたもここにいらしたのですね」

「それはこちらの台詞です! 何故、先生が……?」


 そうか、凛さんは奉仕活動の一環で特課に派遣されている身だ。

 階級のこともあって、他の方々のように、サポートが私だとは聞かされていなかったのだろう。


「例のサポーターです」

「ああ、そうですよね、アレですもんね」

「あの、アレ扱いは許して下さい……」

「あっ! ごめんなさい、そんなつもりではなかったんです!」


 後輩や部下に対しては威厳のある態度で接し、目上の人には丁寧に対応しているが、心を許してくれるようになってから、こうして年頃の表情も見せてくれる様になった。

 ――それが、アル・サーベたちと共に過ごした“あの世界”の彼女と重なって、少し,嬉しい。


「でも、心配だわ。いくら未知(・・)が強いといっても……って、あ、あれ? なんで私、呼び捨てに?」


 だから。

 正直に、不意を、打たれた。


「ごめんなさい、私」

「いえ、良いんです。それよりも、その、少しだけ……私も、呼び捨てにしてしまっても、よろしいでしょうか?」

「え、ええ、はい――はい、大丈夫です」


 手を取って、目を閉じる。

 戸惑う様な空気は感じない。まるで本当に、あの日にパートナーとして事件を解決した、“凛”のようだった。


「凛――心配をかけてしまって、ごめんなさい。心配をしてくれて、ありがとう」

「……いいえ。あなたが無事に帰ってきてくれたら、それでいいわ」


 目は開けない。

 ただ、心からの言葉で応えてくれた彼女に、感謝を捧げる。

 あの世界に戻ることは出来ない。私は、私の世界で戦うから。それでも時々、思うことがあるのだ。あの世界で、みんな(・・・)と肩を並べて過ごしていたら、私はどんな私になっていたのだろうか、と。




「――何故、二人で百合の花を咲かせているんだ?」

「こら、エルルーナ! 見守るって約束をしたでしょう?!」

「いやしかし、不躾に見ている方が失礼だぞ、ジェーン」




 途端、私と凛さんは慌てて離れる。

 直ぐ隣で見ていたのは、二人の姿。黒から青へグラデーションがかったロングウェーブヘアの、背の低い少女、エルルーナ・浦河。かつて、怪盗と呼ばれた女性。

 もう一人は、ミランダ・城崎きざきさんとの事件でお見かけした、アメリカから異動してきた女性警察官。金髪のショートヘアにネコ科の動物を想像させるスレンダーな体型。特課所属の、ジェーン・マクレガーさんだ。


「お、お二人とも、お久しぶりです」

「声を掛けて下さっても良かったのでは? 性悪め」

「言う様になったな、凛。それと、久しいな、未知」

「お久しぶりです、Ms観司」


 そう、エルルーナとジェーンさんに悪態を吐く凛さん。

 だいぶ、気を許して居るみたいだ。なるほど、特課はけっこう肌に合っているのかも。凛さんは、裏切りの悪役をやるよりも、正義の味方の方がよほど似合っている。


「すまんな、見守れといったのは俺だ」

「っ正路さん!」

「ちわーッス!」

「柾刑事まで……」


 黒の短髪、くたびれたコート。

 今はアメリカにいるはずの、くすのき正路せいじさん。それからその部下である、まさきたかしさんが、駆けつけてきてくれた様だ。


「昔から、未知は無茶ばかりをするから、心配になったんだよ」

「もう。世話焼きなのは変わりませんね。獅堂には……」

「獅堂の馬鹿は後回しだ……と言いたいところだが、今回は重鎮だ。癪だが、背中を叩いてきたよ」

「ふふ、そうでしたか」


 横目で見れば、政府の重鎮と話をしている獅堂だが、しきりに背中をさすっていた。

 さすが、十年来の親友。獅堂が英雄以外で気を許した表情を見せるのは、“悪友”枠のイルレアか、“親友”枠の正路さん相手くらいだ。


「後ろは我々に任せろ。おまえは、気兼ねなく飛んでこい。いいな?」

「はい……!」


 見回せば、凛さんが、エルルーナが、ジェーンさんが、柾刑事が、まっすぐな瞳で私を見てくれていた。

 人界は、なにがあっても守り抜く。英雄のいない隙しか狙えない様な輩には、後れをとらない。そう、心から伝えてくれる彼らのおかげで、後顧の憂い無く戦える。


「行ってこい、未知」

「はい、行ってきます」


 深々と頭を下げて、手招きする獅堂たちのもとへ向かう。

 もう、これで、心配事はない。私には力強い仲間たちが居て、彼らが背中を護ってくれるというのなら、怖い物はなにもない。ただ、走り抜ければ良い。




(ありがとう)




 私はそう、声を掛けてくれたみんなに感謝を誓い、獅堂たちが待つゲートへと走り抜けた。





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