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そのに

――2――




 ――回転寿司型個室居酒屋“りつ”。



 料理の類いは一切無く、机には七つの杯が置かれている。

 まさしく、こういった意味での全員集合に、思わず苦笑した。


「全員、集まったわね」


 そう、告げたのは、巫女服姿の時子姉だ。袴は淡く上品な黄色で、白いケープの様な外套をつけている。手には小さな籠手。足にも同様だろう。背には、頑丈そうな本が括られていた。

 気負い無く、けれど、強さを込めた声。覚悟の声色で、そう、投げかける。


「ほっほっほっ、久々の顔もあるようじゃな」


 仙じいはそう、快活に告げる。

 いつものように簡単な着流しではなく、手には物々しい籠手を身につけ、姿も試験管のくくりつけられたポーチに仙服と呼ばれる特殊な着物だ。けれど、眼差しは誰よりも穏やかだった。


「呼ばれてんぞ、クロック。ま、集まれる機会なんざそうないからな」


 くつくつと笑いながら、獅堂はそういって口角をつり上げた。

 相変わらず無駄に整った顔立ちで、それでいて、誰よりも肩の力が抜けているのは羨ましい。軍服を模したオーダーメイドの服は、上半身の拘束を緩めてラフな形にしていた。


「まったく、これからという時に気を抜きすぎだよ、獅堂。まさか直前にここに集まることになるとは予想もしていなかったけれど……発案は君かい? 獅堂」


 じとっと獅堂を見ながら、器用にため息を吐く七。

 精霊の力で編んだ青い外套と、前が開かれた外套の下から覗く白い軽鎧。両手足に嵌められた簡易鎧も、同じく白。というか、よく見ればこれ、フード付きの外套だ。サーベの黒い外套の色違いだ。


「はっはっは。悪い悪い、集めたのはおれだよ、七」


 困った様に笑う拓斗さんからは、やはり緊張は見られない……よいうより、慣れている感じがした。

 黒いズボンに袖無しの黒い上衣。それから、右手を多う黒い手袋と、簡易の籠手。左手はさらけ出されていて逞しい素肌が覗いている。それは、鋼腕のためのスペースなのだろう。


「世の幼女を護るためだ。死力を尽くそう」


 一言、そう告げてロケットを握るクロック。

 彼もまた、しっかりとした格好だ。黒いズボンに黒いシャツ。黒く大きな手甲と脚甲。今は立てかけているが、背に長身なクロックより大きな大剣を装備してきた。


「杯を交わすため、だと思ったのだけれど、違うのかしら?」


 そう、勤めて平静に告げると、みんなの視線が私に集まった。

 私も、それはもうしっかりと準備をした格好だ。魔導衣の黒いローブと黒いズボン、黒いブーツ。その上から装甲を嵌めて鎧にし、ベルトを巻き付けてナイフや小道具を装備している。さらにその上から、黒いコートだ。ともすれば、不審者一歩手前なのは自覚しています、はい……。

 髪は先端を纏めて肩口から前側に垂らしていて、術式刻印レリーフィングの施された特殊眼鏡も装備。その上で、背中に特注の長杖まで完備していたりする。重量? さすがに、術式刻印レリーフィングで軽減しないと無理でした……。夢さん、というか、霧の碓氷様々である。

 ちなみに、ポチとリリーは先に、“中継地点”に向かっていってくれていたり。


「それも間違いじゃないんだが……ま、今回の協力者について、だ」

「拓斗、私にまで直前まで知らせないというのは、どういう了見なのかな?」

「いや、そう睨むな、時子。なに、どこかで漏れてここが天使に襲撃されても面倒なことになっていたからな。なにせ前例(・・)がある」


 そう、拓斗さんはタッチパネルの注文機械で、素早くなにかを入力する。

 すると、数分もしないうちに、個室の扉がノックされた。


「拓斗さん、店員さんを入れてしまって大丈夫なの?」

「ああ、問題ないよ、未知。――と、すまん、入ってくれ」


 そして、拓斗さんの言葉に導かれる様に――小柄な少女が、ちょっと色々と無理をしていそうな笑顔で入ってきた。


「お待たせしました! ご注文の杯です!」

「って、え?」

「え? あっ、あなたは!?」


 少女はそう、あからさまにうろたえて、バランスを崩す。

 そんな彼女の細い腰を、いつの間にか移動したクロックがそっと受け止め、杯も零れない様に手を持った。


「大丈夫か?」

「え、あ、は、はい」

「そうか、気をつけると良い。ほら、俺の膝が空いているぞ?」

「え? え? え?」

「クロック、ハウス」


 時子姉が強く呼びかけると、クロックはしぶしぶと席に戻る。

 少女はもちろんそんなクロックの趣味嗜好など知らないのだろう。ハニーブロンドの髪を抑えつつ、鮮やかな碧眼をぱちぱちと開く。

 ――かつてあの病院の地下で対峙した、フィリップさんの妹。



「……ええっと、お久しぶりですね? “カタリナ”」

「ひっ、魔法少女?!」

「ごめんね、私のことは未知と、そう呼んで?」

「っ。ご、ごめんなさい、承知しました、未知さん」



 魔法少女の力で、天装体を生身の身体(の様なモノ)に作り替えた、天使の幼女。

 光の剣を操る天使、カタリナ・オズワルドは、困惑した表情で席に着いた。


「カタリナ、以前、話した件だ。協力して欲しい」

「……はい、ついにその時が来たのですね、拓斗さん」


 カタリナはそう、拓斗さんの言葉で気を取り直した様だ。


「こんな日も来るかと思って、様子見ついでに話をしていたんだ」


 そう、拓斗さんは、私たちにもわかりやすいように話す。

 なんでもカタリナは、始末をしようとした天使に襲われて殺されかけたらしい。それを拓斗さんが助けて、ここのオーナー、御食国みけつくに亮月りょうげつさんに預けた、というのがコトの顛末らしい。

 さすがに、居酒屋で裏方としてだとしても実際に働きながら隠れているとは、さすがの天使でも思い浮かびはしないだろう。そんな狙いは見事に成功し、今まで隠れ住めていた、ということだ。


「今回、カタリナには天界の案内役を勤めて貰おうと思っている」

「……なるほど。でも、フィリップさんではまずいの? いえ、カタリナを不信に思っている、とかではなくて、自分でしたこととはいえ少女を連れて行くのも……」

「いえ、気を遣ってくださりありがとうございます、未知さん」


 そう、答えてくれたのは、他ならぬカタリナだ。

 カタリナは居住まいをただし、杯に浮かぶ己を見つめている様だった。


「ですが、お兄様では不可能なのです。天装体では、天界に足を踏み入れることは出来ません。なにせ、天界以外での活動のために生み出された“殻”ですので、そのまま想定されていない場所に踏み込めば、その、簡単に言うと“故障”します」


 なるほど。

 続く説明を聞く限り、天界に戻るのなら天装体である必要は無い。

 そのため、天装体に入ったまま天界に戻るという発想そのものが、基本的に存在しないらしい。



「……ですが、今の私は、精神生命体ではなく“生身の天使”ともいうべき存在です。天力で試してみたところ、十中八九、私は損害なく天界に行けます」

「いいの……?」

「はい、未知さん。ここでの生活は、私に人間の優しさを教えてくれました。ですから――協力させてください……っ!」



 私は、彼女の強い言葉を受けて、周囲を見回す。

 すると、口々に、みんなは私の視線に答えてくれた。




「道案内がいてくれるのなら、助かるのぉ」

――と、仙じいが。

「提案したのはおれだ。問題なんかあるがはずがない」

――と、拓斗さんが。

「ま、未知の見る目は信用してっから気にすんな」

――と、獅堂が。

「僕はむしろ、君のみが心配だよ。クロックのせいでね」

――と、七が。

「俺は大賛成だ。必ず守り抜こう」

――と、クロックが。

「クスクス。では、私はクロックから守り抜かねばならないわね」

――と、時子姉が、言ってくれる。




 なら、私に、異存なんてあるはずがない。


「――意見は固まったみたいね。こちらからもよろしくお願い、カタリナ」

「みなさん……未知さんも……はい。天使カタリナ、その力を皆様のために振るうことを、ここに誓います。どうか、よろしくお願い申し上げます」


 深々と頭を下げるカタリナに、頷き返す。

 正直に言えば、右も左もわからない天界に、どうすれば良いのかと不安もあった。けれど彼女が、天界を知る天使が味方についてくれているのであれば、それに越したことはない。


「よし、それなら心配事はねぇな」

「ええ、獅堂。……話し合いで終わってくれたら、随分と楽なんだけどね」

「そうね、未知。でも難しいでしょうね……あの、天兵や天使を見る限り」


 時子姉の言葉に、深く頷く。

 そりゃ、もちろん、戦わずに帰ってこられるのならそれが一番だ。けれど、今、高確率で遭遇する事態は、二種類あると思っている。





 目的の相手がそもそもいない――人間や天使を見捨てて消えた可能性。

 目的の相手との交渉が決裂し――かつてない規模の戦いになる可能性。





 各国の政府や特専理事会には既に、“帰ってこられない可能性”を示唆してある。

 その上で、今後の防衛に対することや、次期のことも相談済みだ。これらは時子姉が表立って交渉してくれて、政府から全面的に協力を取り付けることが出来た。

 ただ、どうやっても特別な存在でないと高位次元にはわたれないので、彼らにお願いしたのは、私たちが不在の間を狙われない様に警備を徹底することと、天界への経由地となる、魔界へのゲートの安定化と守護だ。

 各地の空間系異能者と、有栖川博士の協力が取り付けられたので、これについては心配していない。私に関してはどうしたのだろうと思ったのだけれど、“高位次元に渡れる資質”を唯一保持していたので、サポートとしてついていく、ということに。おかげであまり存在を告知されておらず、国連以外は“観司未知”という人物がサポートにつくことは、把握されていない様だ。

 サポートがいる、ということのみは、もちろん伝わっている様だけれどね。


「……よし、全員、腹は決まったな?」

「僕らは元よりそのつもりだよ、拓斗」

「ははっ、違いねぇ! 見くびるなよ? 拓斗。未知と肩を並べられるんなら、死線すら我が王道というものさ」

「獅堂、あなたは相変わらずね。未知、ひどいことをされたら逃げるのよ?」

「うむ。さすれば、儂のところで匿おうぞ!」

「若返れば、俺でも良かったんだがな。……いや、手は在るか」

「ないから。若返る予定なんか無いから!」

「……これが英雄。なんという余裕。私も、見習わなければ」


 いえ、ごめんなさい、カタリナ。どうも仲間内で集まると、ノリが緩くなってしまうだけなの。

 ……なんて言えるはずもなく、そっと、覚悟を決めるカタリナを見守るに留めておく。無力な私でごめんなさい。これからは、極力優しくしよう。


「さて、それじゃあ時子、音頭を頼む」

「ええ、拓斗。――では、杯を持って」


 言われるがままに、杯を掲げる。

 中は神酒。事前にオーナーに時子さんが渡しておいた、清めの酒。

 霊力的に効果のある、祝福されたモノだという。



「では儂から――“仙法師”ひさぎ仙衛門。此度に死力を尽くそうぞ」



 そう、仙じいが杯を飲み干す。

 次いで、拓斗さんがいつものような頼りになる笑顔を浮かべた。



「“異邦人トリッパー”東雲拓斗。鋼腕の名に恥じぬ戦いを見せよう」



 飲み干して、次は獅堂へ。



「“紅蓮公プロミネンス・イーター”九條獅堂。我が紅蓮のかいなに焼き尽くせぬ悪などいないと見せつけてやるよ」



 ニカッと不敵に笑うと、くいっと顎を向けて七を促した。

 促された七はというと、ため息を吐いて苦笑して、直ぐに穏やかな表情に戻る。



「“蒼時雨ネロ・コズモ・ウラノス”鏡七。精霊の御名のもと、世を救う導となろう」



 七は穏やかに神酒を飲み干して、それから、クロックを見る。

 クロックはいつもとなにも変わらない。余裕なのかそうでないのかもわからない。

 でも十中八九、ろくでもないことを考えているんだろうなぁ。



「“幻理の騎士”クロック・シュバリエ・ド・アズマ。幼子たちの為に、未来を切り裂く剣となることを、我が騎士の魂に誓う」



 クロックでなければ、良いことなんだろうけどね……?

 クロックは飲み干して、次いで、私を見た。



「――“魔法少女”観司未知。これ以上、悲しみを繰り返してはならない。そのためには、全てを賭けることを誓います」



 そう、御神酒を飲み干す。

 滑らかで飲みやすい。アルコールはさほど強く感じない、けれど、胸の裡から熱がこみ上げてきて。全身を緩やかに巡った。力を、満たす様に。



「さ、カタリナ」

「はい――天使カタリナ・オズワルド。皆さんの道導として、人間の友として、人界に尽くすことを誓います」



 杯を飲み干して、その味に目を瞠る。

 もしかして、お酒はまずかったりするのかな? いやでも、肉体年齢はともかく、魂は年上だしね。



「――では統括して。“式神揮”黄地時子がここに宣言致しましょう。誰一人として欠けることなく、再び杯を交わすことを」



 静かに、けれど力強く告げられた言葉。

 ただ、帰れない覚悟を決めていた私は、その言葉に、奮い立たされる。

 そうだよね、もう一度、帰ってみんなの顔見るまでは、立ち止まるわけには行かないんだ。



「さ、行きましょう。みんなが笑顔でいるために、ね?」



 時子姉の笑みと言葉に、深く頷く。

 もう、この心に、迷いも淀みもなかった。





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