えぴろーぐ
――エピローグ――
結局。
なんとか復帰することが出来たわたしは、大急ぎで調整。どうにかこうにか炎獅子祭に練習を間に合わせて、参加をすることができた。
「いやー、危なかった」
「ほんとよ。まったく」
わたしの呟きを、夢ちゃんは呆れたような表情で拾う。
夢ちゃんがこうして普通の態度に戻ってくれたのは、あの事件から三日後のことだった。というのも、三日間は静音ちゃんもリュシーちゃんもフィーちゃんも泊まりに来て、なんだかんだと床にお布団を敷いて全員で寝る様な生活をしていたから、だ。
突然いなくなって、行方を掴むことすらもできない。そんな状況が一週間も続いて、不安になってしまった。ことが終わったあと、わたしはみんなにそう告げられたのだ。
……うん、でも、向こうと時間の流れ、違うんだね。直ぐに戻ってこられて、本当に良かった。
「無茶はしないでよ」
「えへへ、気をつけます」
「無茶したら、静音が“闘技場に閉じ込める”って言ってたわよ」
「えぇっ」
とはいえ、わたしとしても日常が帰ってきたことはなにより嬉しい。
本当に、どうなってしまうのか不安だった。メアちゃんがいなければ、立ち上がれていたかもわからない。
「さ、静音たちもそろそろ準備を終えて――」
「ん? おーい、二人とも! そろそろ向かった方が良いんじゃないか?」
「――んぁ、高原先生」
そう、わたしたちに声を掛けてくれたのは、高原先生だった。
先生はわたしたちを見て首を傾げると、出し物の準備のために、第三実習室に向かう様に、と、間に合うのか心配して言ってくれたみたいだ。
そういえば、高原君には挨拶できなかったなぁ。あのあと、大丈夫だったのかな? うーん、高原先生と高原君は違う世界の人だってわかっているのだけれど、未知ちゃんと師匠や有香ちゃんと新藤先生がすっごく似てたから、穏やかな高原先生を見ていると不安になってしまう。
「笠宮? どうした?」
あ、そうだ。
本質が同じかどうか、ちょっとだけ確かめて見ちゃおうっと。
「――いくぜ、やろう共。下克上の始まりだっ」
「鈴理?」
「ぶふぅッ!?!?!!」
吹き出して、動揺する高原先生。
あれ? なんでだろう。思っていた反応と違うような?
「なななっなっなんで、俺の黒歴史の決め台詞を!?」
「え、高原先生、決めゼリフとかあったんですか?」
「ううううう碓氷、おまえはとりあえず忘れて下さい!!」
あれ、決めゼリフだったんだ……。
そうとは知らず、この様子だと悪いことをしてしまったのかも。
「わかったぞ、有香だな!?」
「えっ」
「く、くく、あいつ、さては俺が観司先生の寝顔写真うっかり削除したの、まだ怒ってんだな?! 良いぜ、こうなりゃ戦争だ! おまえら、遅れずに行けよ!!」
「ちょっ、あっ」
そう言い残して全力で走り抜け、曲がり角で瀬戸先生に捕まって、無残に連れ去られていく高原先生を見送る。
「あー、もしかして、話してくれた“過去”のこと?」
「うん、そうだよ。悪いコトしちゃったなぁ」
「ま、気にしないの。それよりも行くわよ」
「あ、うん、待ってー」
夢ちゃんと並んで、窓の外を眺める。
例年の通り、賑やかな炎獅子祭だ。開幕の合図をするのは、凛さんの声。そんな凛さんに向かって手を振る、車椅子の少女が見える。
わたしは、“帰ってくる”ことができた光景を眺めて、思わず、頬を緩ませた。
「鈴理ー?」
「ごめん、今行く!」
失って気がつく、日常の尊さ。
胸の奥から沸き上がるこの感情に、無理に名前をつけたりはしない。
ただ、二度と失わないために、胸に深く刻みつけた――。
――/――
――とある世界。
関東地区・旧都庁。
かつて悪魔たちが大手を振って攻めてきたゲートは今、完全に封印されている。その上で、ゲートを封印する要として建設された巨大ビルは、投資家としても名を馳せている“組織”の顧問官によって指示され建設されたものだ。
地上百八階建。有栖川博士謹製の防衛装置と監視装置を兼ね揃えた要塞。人々はこのビルを、“キャッスル”と呼ぶ。
「――失礼します」
その、キャッスルの最上階にある大きな執務室を、スーツ姿の女性が訪ねる。
癖のある黒髪に、野暮ったい黒縁眼鏡。手にタブレット型の資料端末を持ち、それを報告するためだった。
「悪魔の残党、及び異能犯罪者は例年よりも三パーセントほど下回っています。ですがやはり、天使たちの活動が気がかりです、如何なさいますか? 統括官」
統括官。
大きな机、立派な椅子。
なによりも、関東全域を見渡すことが出来るガラスの壁。
「――そうね、やはりバチカンにも支部を設立しようかしら。どう? 新藤第一秘書」
「法王とのご会談はいつになさいますか? 最短ですと来月に可能です」
「先に、“真天使”ガブリエーラ様と会談をしておきたいわ。そちらの日程を組んで置いて」
「承知致しました」
統括官と呼ばれた女性はそう、静かな顔で指示をする。
それを余すことなく聞き終えた女性――有香は、恭しく頷いて答える。
「明日の予定はなんだったかしら?」
「明日は……休日でございます」
「そうだったかしら? なんだか忙しくて、感覚が変になっていたみたい」
ふぅ、と、大きなため息を吐く女性。
そんな彼女に、有香は、躊躇いながらも尋ねる。
「――後悔、されていますか? 先輩」
「いいえ、有香。確かに、諦めなければならないことも多くあったわ。けれど、後悔はしていないのよ」
二人の間に流れるのは、穏やかな空気だ。
いつだって助け合って支えってきた仲間に対する、信頼だ。
『エマージェンシーシステム起動! 助けを求める声をキャッチしました! 出勤要請承認願います!』
と、突如、壁一面のガラスがモニターに切り替わる。
助けを求める誰かの声をキャッチして、キャッスル――“愛と正義の少女連盟”に送信。統括官の指示の元、隊員が派遣されるという最新システム。
アメリカをスポンサーに世界展開されるこのシステムで、彼女は、彼女たちは幾つもの悲劇を救い上げてきた。
「いいえ、派遣は必要ないわ」
「統括官……?」
「私が出ます」
「え?!」
そう、女性は小さく微笑む。
指を弾くと、ガラス部分含めて天井が展開。風を強く受けて髪を靡かせながら、彼女は大きく手を振り上げた。
「今日が、運命の日――そうなのね、鈴理」
モニターに表示された、“助けを求める声”。
その対象が、荒い息の老人に追い詰められている画像を、特殊ドローンはキャッチしていた。
――そう、自分の記憶よりも幼い、亜麻色の髪の少女が、助けを求める姿を。
「来たれ【瑠璃の花冠】」
眩い瑠璃色の光。
それに気がついた地上の人々から贈られる大歓声。
「【ミラクル・トランス・ファクト】!!」
魔法痴女だとか、セクシー魔女だとか、少女とは? だとか。
未だに絶えない誹謗中傷も確かにある。その度に心をすり減らしているのは、否定できない。自分を題材にした成人向け同人誌は、いつの間にか“燃やし尽くされて”いたが、販売されかけたことはショックだった。
けれど、それで助けられる命があるのなら、象徴として自分を殺そう。それが、彼女の決意であり、覚悟だった。
“平然”と魔法少女に変身しているという、別世界の未来の自分も、平然としているのであれば平然と人助けに精を出しているはずなのだから、と。けれど、そんな、ただがむしゃらなだけの日々も、今日で終わるのだろう。そう、彼女は直感する。
師匠、と、彼女は言った。
なら、と、彼女は思う。
「魔法少女ミラクル☆ラピ、いっくよーっ♪」
愛しい親友の面影のある少女を、魔法少女の弟子に出来るのであれば、きっとこれからの毎日は光輝くものになることだろう。
そんな、淡い確信を抱きながら、魔法少女は今日も飛ぶ。
「待っててね、私の親友」
そう、彼女――未知は、強い決意の瞳で微笑んだ。
――まさか、その親友の世界の自分が、己の正体をひた隠していることなど、知る由もなく、今日も瑠璃色の輝きが、世界を満たすのだ。
――To Be Continued――




