そのじゅうきゅう
――19――
未知ちゃんの手に、光の粒子に包まれながら召喚された“ステッキ”。
洞窟を丸々光で埋め尽くす輝きに、オーフは目を抑えて蹲り、けれど、同じく注目していたわたしたちは、眩しさを覚えることはなかった。
理外の法則。わたしたちの、魔法少女……!
「本当に……これなら」
「ん……み、つかさ、先、輩……?」
「新藤さん。あなたは休んでいて。直ぐに、解決してみせるから!」
「は、い」
その光で意識を戻した有香ちゃんに、未知ちゃんはそう力強く告げる。
手にするのは瑠璃色のステッキ。その瞳に宿すのは、炎の様な決意だ。
「う、ぐぐぐ、なんだ、それは? 叩いてくれるのか? フッ――受け入れよう」
「黙りなさい。あなたの非道もここまで。ここより先は、夜に消えゆくものと知りなさい」
未知ちゃんの凍る様な視線に、けれどオーフは喜ぶ。
わたしの遭遇した変質者たちに、いないタイプの変態なんだよね……。
「鈴理、メア」
「うん?」
「未知?」
「――ありがとう。あなたたちのおかげで、私はまた、戦える」
だから、と、未知ちゃんはステッキを振り上げる。
「ぬぐ?! なんだ!?」
同時にそう、オーフがつんのめった。
攻撃行動の停止。変身中は攻撃できない、魔法少女の掟。
「【ミラクル】」
それは祈り。
「【トランス】」
それは誓い。
「【ファクト】ォォォッ!!」
それは、愛と正義の絶対契約!
「愛と正義の魔法少女――」
瑠璃色の光。
質量の持った☆。
身体に張り付く様な衣装は、比べるとわかる懐かしの十才児仕様の、肌に張り付く痺れるほどカッコウイイ魔法少女衣装。
「――ミラクル☆ラピ! ここにすいさ……きゃぁああああああああっ」
力強く告げ、て、何故か身体を抱きしめる様に抑えて蹲る未知ちゃん。
いったいどうしたんだろう? ぁっ、そういえば、わたしはかっこういいと思っているのだけれど、師匠はそうでもないんだっけ。
……女児サイズです、って、言い忘れてた。
「ななな、なんで?! なんでこんなところまであの当時のままなの?!」
「み、未来の未知ちゃんは、そのまま戦っているよ?」
「えっ!? だ、だってこれ、動いたら見えちゃうよ? 未来の私は痴女なの??」
「えぇ、かっこういいと思うんだけどなぁ?」
「ちょくちょく思っていたけれど、鈴理、けっこう変人よね……?」
えっ、そんなこと思われていたの?!
ふ、普通だよ? 本当だよ? そう思っているはずなのに、視線が泳ぐ。うぅ、わたしってやっぱりちょっとだけ変なのかな?
「未知、鈴理、それよりも」
メアちゃんに言われて我に返る。
蹲る未知ちゃんを見るオーフに、気がついて。
「……ボンテージならともかく、純粋な痴女衣装はちょっと」
「誰が純粋な痴女よ! 不可抗力だからね?!」
それでも未知ちゃんは、腰を引いて涙目になりながら、震える手でステッキを握りしめて立ち上がる。しきりのスカートの裾を気にしたり、胸元の衣装を引っ張ったりしているけれど、その度に他のところが強調されていた。
「うぇっ……うっ、うぅ、もうやだぁ」
「が、頑張って、未知ちゃん!」
「未知、さっさと敵を滅ぼしてしまった方が、早く解放される」
「未来の私になにがあったの? 何かがあって心が壊れてしまったの?」
いえ、むしろ日に日に強靱な心になっています。
そんな風に言うのも憚れて、そっと目を逸らすのに留めておく。
「む? もう少し屈んでくれても良いのだぞ?」
「黙れ。いったい、誰のせいでこんな」
「み、未知ちゃん! 少女力が足らないと力が落ちちゃう!」
「少女力?! うぅ、い、今からあなたをミンチにしちゃうんだからね☆」
「クク、望むところだ!」
たぶん、少女はミンチとか言っちゃダメだと思う。
けれど真っ赤な顔で涙を溜めて、震えながら告げる未知ちゃんにそれを教えることは出来なかった。いや、無理だよ、言えないよ!
「いっくよー!」
「うむ、どこから打ち込んでもいいぞ! 俺は今からサンドバッグだ!」
「いい加減に――」
未知ちゃんの姿が掻き消える。
受け入れようと手を広げるオーフに強襲。背後に回り込むと、背中にステッキを打ち込んだ。当然の様にオーフの身体は浮かび上がり、吹き飛ぶ――寸前、前に回り込んだ未知ちゃんのステッキが、オーフの身体を打ち上げる。
「げはァッ?!」
「――しなさい☆!」
「ごふッ!!」
☆マークをウィンクで飛ばし、オーフをそのまま天井に縫い付ける。
オーフは一切の身動きが出来ないのか、必死で足掻いていた。
「待て、待ってくれ、俺はまだこの痛みを堪能できてな――」
「【祈願・魔法少女砲】」
「――待て待て待て、待ってくれ!!」
それこそが、未知ちゃんの狙いだったのだろう。
痛みを自覚させず、快楽を覚えさせず、けれど目の前には極上の餌をつり下げておく。そうすればオーフは、身動きをとることに本気になれないのだろう。足掻きながらも、抜け出すことが出来ないでいる。
「人々を傷つけたこと、来世まで後悔なさい――【成就】!!」
「待て、あ、あああ、ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!!」
瑠璃色の砲撃が、眩い光を放ちながら天を翔る。
極太のビームは容易くオーフを包み込み、槍を砕き、妖力珠と禿頭の男だけ排出。
――それだけでは収まらず、洞窟の天井を貫通。見事なまでに、夜の特専に光の柱を刻み込んだ。
「魔法少女のオシオキ、これにて完了! 今日も可憐にキュートだよん♪」
ぱちっとウィンク。
それから、直ぐに涙目になって――それでも、変身は解かない。
「鈴理、メア」
「未知ちゃん?」
「たぶん、あの宝石、限界だと思う」
「え?」
見れば、銀色の妖力珠には大小様々な傷が刻まれていた。きっと、槍との融合が大きな負担になっていたのだろう。
その事実に、思わず、息を呑む。
「なんとなく、魔法少女の状態でいると感覚が研ぎ澄まされるの。大気の音、空のざわめき、宝石が軋む声、新藤さんの動揺の心音……って、ぁ」
「あ、はは、は……ご、ごめんなさい」
「あとで! お話、しましょうね?」
「ひぇっ」
有香ちゃんはそう言うと、メアちゃんに縄を切って貰い。
いそいそと端っこで丸くなった。それでもちらちらと未知ちゃんの方を見ており、その頬は真っ赤だ。
「で! 急ぎにはなってしまったけれど、今すぐ、帰らないとまずいと思う。だから、手伝わせて?」
「未知ちゃん……その、いいの?」
「ええ。思うところもあるし、もっと一緒に居たいと思う。――でも、あなたたちは、私の特専生活での初めての“友達”だから。私は、そのためにこの力を使いたい」
そう、最初にあったときとは比べものにもならない、穏やかな笑みでそう告げる。
言ってくれた言葉。引き留めようとする言葉を呑み込んで、寂しそうな笑みを、明るく塗り代えて告げてくれた、心。
――やっぱり、師匠も未知ちゃんも変わらない。優しい、ひと。わたしの、わたしたちの、大切なひとだ。
「ありがとう、未知ちゃん。――いつか出会うわたしは、あなたのことを知らない。けれど、今ここに居るわたしは、ずっとずっと未知ちゃんの友達だよ」
「この世界にいる私に遭遇をしたら、契約を持ちかけると良い。あらゆることには飽きているはずだから、正義の誘いも頷ける」
「ええ、ありがとう。嬉しいよ、鈴理。それから、メアも」
本当に嬉しそうにはにかんで、未知ちゃんはわたしとメアちゃんにそう告げた。
――と、同時に、妖力珠が淡く輝き始める。
「あの!」
「有香ちゃん?」
「助けてくれて、ありがとう。短い間だったけど、あなたたちのことは忘れない、から、向こうの私によろしくね!」
「……うんっ」
有香ちゃんの言葉に、頷く。
次に会うときは、担任の先生の有香ちゃん――新藤先生なんだ。そう思うと、一抹の寂しさがあるのは拭えない。けれど、それ以上に、うれしさがあった。
「鈴理、未知、有香、そろそろ」
「うん」
「ええ、わかったわ。二人とも、妖力珠の傍で円陣を組んで!」
メアちゃんの言葉で、わたしたちは妖力珠の傍まで近寄る。
それから、言われるがままに、妖力珠を中心に、わたしとメアちゃんで手を繋いで輪を作った。
「盟約に従い我が力に従え【龍導】」
最初にメアちゃんが、妖力珠を起動して、方陣を展開。
赤黒い光によって形成された“孔”が、空に穿たれる。
「鈴理」
「うん。“干渉制御・空間安定”」
次いで、わたしがその孔を安定。
それを確認すると、未知ちゃんは孔にステッキを向けた。
「【祈願・世界移動少女波】」
瑠璃色の光が渦巻いて、だんだんと形を作っていく。
孔の向こうから銀河のような、宇宙のような空間が見えて、さらにその向こうに光が見えた。その光は僅かに大きくなり、徐々に形を形成して、そして。
「師匠……」
未知ちゃんよりも、フリルと装甲が多い衣装。
魔法少女の姿をした師匠が、祈りを捧げる姿。その周辺には、目元を赤く泣きはらした、夢ちゃんや静音ちゃん、リュシーちゃん、フィーちゃんの姿。
「あれが、あなたの帰る場所だね」
「うん」
「……本当に、平然と魔法少女をやっているのね、未来の私。それも、今の私よりもあからさまに強いなんて」
「ええっと、はい」
平然? 平然かなぁ。平然ではない気がする。
いや、平然な師匠も素敵だけど!
「――さようなら。いいえ……またね、鈴理、メア」
「うんっ」
「ええ」
そして、向こう側から伸びた瑠璃色の光を――
「――捉えた。【成就】!!」
ステッキが捉えて、力が暴れ狂う。
わたしはその力の流れに抗うことはなく、二人で、光に飛び込んだ。
「またね! 未知ちゃん! 有香ちゃん!」
もう、未知ちゃんたちの声は聞こえない。
けれど、思いを伝えられたことには、変わりが無いから。
「メアちゃん!」
「ええ、離れないで。一息に飛び込む」
「うんっ」
全ての未練を押し殺し、全ての感情で光に向かう。
荒れ狂う力。魔力と妖力がせめぎ合い、そして。
「っ……師匠!!」
「鈴理さんッ!!」
光の向こう側。
広げられた腕の中に、飛び込む。
「メアも、無事ね? どこも痛いところはない?」
「ええ」
大人になった、未知ちゃん。
とてもきれいで優しい、わたしの大事な師匠。
目端に涙を溜めて、わたしを抱きしめてくれるひと。
「鈴理、怪我は?! 一週間も留守にして、わたっ、私たち、うぁ」
「ごめんね、ごめんね夢ちゃん、大丈夫。わたしは大丈夫だよ」
「うぇぇ、鈴理、ぐすっ、ぶ、無事で、よかっ、ぁぅぅ」
「静音ちゃんも、心配掛けちゃったね。でも、大丈夫だよ。大丈夫だから」
「スズリ、スズリ。やっぱり、私たちは君がいないとだめだよ。スズリ」
「リュシーちゃん……わたしもっ、ぐすっ、わたしだって、そうだよ!」
「鈴理……うぁっ、ぐす、う、うぇ」
「フィーちゃん、ぁ、ごめんね、ごめんね……っ」
みんなに囲まれて、抱きしめられて、気がつけばわたしも声を上げて泣いていた。
そんなわたしを、変身を解除した師匠が、優しく撫でてくれる。
「お帰りなさい、鈴理さん」
「はいっ――師匠、みんな、ただいま!」
抱きしめられて、抱きしめ返して、温かな気持ちで満たされる。
どうか、あの世界の未知ちゃんたちにも、こんな幸福が訪れますように。
そう、願いながら。




