そのじゅうろく
――16――
――洞窟・上空。
空を埋め尽くすほどの無数の蝙蝠。
その指揮を執りながら侵入者の選別を行っていた男は、森からわき出る様な七色の大軍に、眉を顰めた。
「なんだ? アレは……」
驚異的な視力でその存在を見聞すると、一体一体が蝙蝠サイズの、本当に謎の物体であることがわかる。鉛筆の先を切り落とした様な、五角錐の金属質。何故かアニメーション風な、棒の様な腕に白い手袋。目もアニメーション風で、逆三角形の吊り目がぱちぱちと瞬いていた。
「異能か? む」
それが能力の一部なのだろう。
蝙蝠たちは男の一部であるのにも関わらず、男の命令を無視して軍団に殺到する。まるで、抗争にでも巻き込まれているような有様だ。
「俺とあの方を引き離そうというのか……無粋な」
術者は直ぐに見つかった。
大軍の指揮を早々に離し、森で片膝をつく男の姿。メッセンジャーとして野に放ち、けれど、くだらないプライドで一人で戻ってきたのだろう。
数の暴力とも捉えられ兼ねない異能だ。準備さえ整えば、勝てるとでも思い立ったか。男は、一巳の考えをそう傲慢に断定すると、蝙蝠たちを余所に飛び立つ。
「貴様、使いの一つも果たせんとは、愚かな」
「テメェ……のこのこと!」
「おまえのような愚図が障害とは、我が人生の恋は波乱に満ちている様だ」
「はぁ?」
「わからないか? 消えろと、そう言ったんだよ」
男が手を掲げる。
そこに現れるのは、血を固めたような赤い槍だ。槍は不気味に鳴動し、周囲の空気を歪めている。
「呪槍“ドラグルキア”――担い手に苦痛を与える代償に、強力無比の力を得る槍よ。貴様が我が障害だというのなら、完膚なきまでに蹴散らしてやろう」
「はっ、やってみな――小隊編列!」
一巳の影から現れるのは、銀色の小隊五基と、緑色の小隊五基と、赤色の小隊五基。
一巳は自分の周囲に緑色の小隊を配置。赤色の小隊を男に向かって並べる。
「せいぜい、楽しませて見せろ!」
「うるせぇッ! 行くぜブラザー……突撃!」
『ギュイギュイギューッ!!』
小隊はそう、雁首揃えて突撃する。
五角錐の後ろ側から炎を噴き、まさしく弾丸の様に飛来するそれは、人間の目に捉えられる速度ではない。
「それがどうした!」
『ギュギィ?!』
けれど、男は人間ではない。
人に脅威という程度のものなど敵ではないということか。槍を振り回して弾丸を迎撃――した、つもりだった。
『ギュイーッ』
「なに?! グッ」
振り落とされた仲間を盾に。
あるいは、編隊五基、それぞれを囮に。
“独立思考”と呼ばれる技能を持つ異能が、火花を散らして爆発する仲間たちの爆炎の影から飛び出して、男のみぞおちに突き刺さる。
「良いぜ、ブラザー! 強襲!」
さらに、今度は男の背後。
回り込んでいた銀色の弾丸が、男を襲う。
「ぬうッ」
『ギュギュイギュイッ!!』
「部隊再編成。まだ戦える。そうだろ、ブラザー!」
更に、爆発したはずの赤色の弾丸が復活。
合計十基の弾丸が、思い思いに纏わり付く。
「そのまま攻めろ、休ませるなよ、ブラザー!」
「く、くくっ、雑魚かと思えば思いの外、“気持ちが良い”ではないか。もう少し遊んでやっても良かったのだが、焦らしプレイも飽きた」
男はそう、冷酷な瞳で呟く。
そして、表情を快楽に歪めながら、高速の刺突で弾丸をたたき落とす。そのまま、一足飛びで一巳に接近し、槍を振りかぶった。
「終わりだ」
「ッ編列、守護!」
「その程度の――ッ?!」
そして、槍が振り下ろされる――瞬間。
男はなにかに気がついて、後ろを向いた。
「チッ、貴様、囮かッ」
「今更遅ェッ! 特攻!!」
「邪魔だァッ!!」
爆発。
四方から襲う合計十五基の特攻を受けて、けれど男はすすけながらも無傷だ。けれど、槍を振るう時間すら惜しいとでも言うかのように、男は一巳に蹴りを放って突き放した。
「ぐぁっ!」
「クッ……少し気持ちよかったからと油断した。だが、クククッ、人質を確保した程度では甘い!!」
男はそう告げて、飛び立つ。
その後ろ姿を、ぼろぼろの身体をだましだま使っていた一巳は、木に叩きつけられた背をさする余裕もなく見送っていた。
「づ、ぅあ……はぁっ、ははっ、そうか、人質は、ッ、無事か」
“人質を確保した程度で”。
男が告げた言葉に、一巳は笑う。格好悪い囮役だったが、やり遂げた意味はあったのだ、と。
「小隊、編列、守護」
緑色の五基が、宙に浮かぶ。
一巳は彼らが自分の護衛についたことを見届けると、ギリギリで保っていた意識を、手放すのであった。
――/――
観司未知という少女は、元来、所謂普通の人間だった。
人が好きで、心優しく、面倒見が良く、お人好し。そんな性格だからこそ、他人の悪意を受け止めて自分が矢面に立ち――順当に、傷ついた。
前世の引き継ぎで得た成熟した魂と、不安定な思春期の器に、かつての英雄という中途半端な立場。魔導術の開祖であると知られる訳にはいかないのに、強力無比な魔導術を扱えるという事実。
その全てに折り合いが付く前の、アンバランスな時期に、未知は今回の事件に関わることになった。常ならば――常ならば、もっと冷静に対処をしたことだろう。
例えば、鈴理はどう考えても“知りすぎている”。趣味嗜好まで把握しているということは、相応に親しい関係だったのであろう。なら、自身の正体まで知っていてもおかしくはない。
例えば、メアの存在はどう考えても“奇妙”だ。変わったデザインの異能科の制服(本人曰く仮入学?用だとか)を着ているが、どう見ても高等学校に入学できる年齢じゃない。その上で、深淵を覗き込んだ賢者のような在り方。つぎはぎだらけの情報で、既に理解できるアンバランスさと、冷酷さ。それでいて完成された所作からは、老獪な魔女のようにも見える。
けれど、その全てが見えなくなるほどに、未知は知らず知らずのうちに追い込まれていた。
教師という憧れの職業。
父の友人であった浅井が学園長を務めてくれた特専。
本来、護るべき対象でなければならないはずの、生徒。
彼らを傷つけて欲望のままに振る舞うセクハラ教師を、未知は放置しておくことが出来ず。
善意から導いた解決は、心ない人間によって悪意で以て広められ、未知はわかりやすく孤立した。周囲が自分に向ける視線は、好奇と恐怖。セクハラから助けて庇った女生徒が話していた“未知を隠れ蓑にセクハラを隠せて、教師にも痛い目を見せられて良かった”という陰口。庇う気が無いのは覚悟の上だが、彼女は自分がセクハラされた恥を隠すために、未知の“悪逆非道”の流布に一躍を買っていた。
そうやって、ぐれて、人を威圧する様になり、そんなときに“ファン”であると告げられて。
(この子に、嫌われたくない)
その“闇”を抱えて、今日までついて来た。
いずれ帰ってしまう女の子。未来で出逢える少女。一時的とはいえ、自分の友達になってくれた鈴理とメアに、未知は過剰なまでに信を置いていた。
それも、結局、未知は今に至るまでに何十年と生きてきた。もうあと半年もすれば、精神が、“今が黒歴史”と気がついて折り合いがつくことだろう。それでも、今は、本来の歴史なら有香と一巳に頼られて、麻薬犯を撃退し、ファンクラブによって人気が爆発する“直前”である今は。
(なにに代えても、この子たちを、護らないと……!)
未知はそう決意するより他に、選べる様な選択肢も持たず。
(魔法少女に変身できないのなら、命に、代えても)
鈴理とメアの素知らぬところで。
――無意識に、“未知なら大丈夫”と思ってしまっている二人が、気がつかない領域で、そう、誓った。




