表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
461/523

そのじゅうよん

――14――




 あれ? と、空を見上げる。


「メアちゃん、雨」

「そう。今日は、森に入って調査を進めるのはやめておく」

「だねー」


 薄暗い空から降り始めた雨。

 わたしはメアちゃんの提案に頷くと、急いで寮に戻った。けれど、有香ちゃんの部屋の前に来て、しばらく待っても有香ちゃんは戻ってこない。


「うーん、どうしたんだろう?」

「未知の部屋はわかる?」

「あ、聞いてない」

「そう。なら、一応図書室に行って、未知がまだ居るようであれば、端末で連絡してもらう」

「なるほど、そうだね」


 いや、メアちゃんは頼りになるなぁ。

 今、わたしの手の端末は圏外のままだ。相変わらず、存在しないIPアドレス扱いになっていて、連絡ツールとしては使えない。でもまぁ、それ自体は仕方のないことだからね。


「よし、校舎まで急ごう」

「ええ」


 バレないのを良いことに、さくっと身体強化。

 雨道を急いで駆けて、校舎へ直行。直ぐに図書室に向かうと、すんなりと扉が開いたことに安心する。


「未知ちゃん?」

「鈴理? それに、メアも。まだ帰っていなかったの?」

「うん。未知ちゃんはなにをしていたの?」

「小説を読んでいたの。どうにも、だめね。切りの良いところまで終えて見れば、こんな時間だもの」


 もう、時計の針は六の数字を半ばまで過ぎていた。

 校舎の鍵が閉まるまで、あと三十分程度しかない。そのことに気がついて苦笑する未知ちゃんは、どこか愛嬌があって可愛らしい。


「それで、どうしてここに?」

「あ、うん。有香ちゃんがまだ帰っていないようだったから、未知ちゃんに電話をかけて貰おうと思ったんだ」

「ああ、なるほど。そういえばあなたは未来の人間だったわね。良いわ、ちょっと待って」


 未知ちゃんはそう言うと、姿勢を正して電話を掛けてくれる。


「これで一安心だね、メアちゃ……メアちゃん?」


 声を掛けて、それから首を傾げる。

 窓から空を眺めるメアちゃん。その視線は虚空に寄せられ、何処を視ているかは解らない。けれど、“いつもと違う”ということだけは、なんとなく、理解できた。


「どうしたの?」

「なにか、妙ね。妙な空気を感じる」


 妙な空気?

 本当に、なんのことなのだろう。でも……無視してはならない。そんな気がして、わたしも一緒になって空を見た。


「……だめね、繋がらない」

「え? 有香ちゃん、電話に出られないってこと?」

「ええ。何度か掛けてみたけれど、だめね」


 電話に出られない状況?

 そんな状況になるんだったら、有香ちゃんの性格的に一報あるはずだ。

 そうでないのなら――。


「緊急事態……?」

「そうね。鈴理、メア、心当たりはある?」

「いいえ。虱潰ししかない」


 ひとまず、会議で出た場所を探すべきかな。

 下駄箱、第三実習室、崖際、山間の洞窟。

 ピックアップして、どうにか――。




「――黒百合の魔女!!」




 稲妻の音。

 かき消す様に開かれた扉。

 雨水で泥だらけになった、ツンツン頭の少年。



「ぐっ、ぁ……なんでもする、どんな対価でも払う! だから、アイツを――有香を、助けてくれッ!!」



 大きな声。

 悲壮に嗄れた音。

 また、稲妻の落ちる音が、響いた。



































――/――




 ――時は、僅かに遡る。



 第三実習室の裏。

 苦しみながら気絶した岸間を前に、一巳かずみは小さく後ずさる。何が起こっているのかわからない。けれど、想像以上の厄介事に巻き込まれていることだけは、理解できた。


「チッ、こうなったらダチを集めて――」

「きゃああああああああああああっ!?」

「――ッ、今の声……有香か?!」


 直ぐ近くで響いた悲鳴に、一巳はハッと顔を上げる。

 校舎の影。また、お節介で傍に居たのか。一巳は舌打ちを堪えて、悲鳴の方に駆けた。


「おい! 有香――誰だ、おまえ」

「ん? はは、ナイトサマの登場か。ククッ、ちょうどいい」

「チッ、クソが……。おい変質者! さっさと有香を離せッ!!」


 ぐったりと、青白い顔で抱きかかえられる有香。

 そんな有香を抱えているのは、くすんだ紫色の髪の、男だった。

 男は整った顔立ちを下品に歪めて、一巳を見下している。


「んっんっんっ……やはり、弱者の罵倒は響かんな。まぁいい、おまえにはメッセンジャーになって貰おう」

「はぁ? 頭おかしいんじゃねぇのか、アンタ」


 男の、まったく一巳の話を聞こうとしない様子に、一巳は苛立つ。

 まるで一巳を、羽虫か何かだと思っているかのような、無機質な表情だ。


「口には気をつけろ」

「なに? ――ガッ?!」


 衝撃。

 一巳の腹に突き刺さったのは、男の足だった。硬いブーツに覆われた蹴りをくらい、一巳は地面を跳ねて転がる。


「ヒヒ、良く跳ぶボールだ」

「ぐっ、つ、ぁッ」

「良いか? おまえは女子生徒が洞窟に攫われた、と、それだけ言って子供の様に泣きわめけば良い。すると勝手にあの方の耳に入り、悪辣外道な俺は天国を味わうことが出来るのだ!!」


 ようは、学校で騒ぎ立て、洞窟に一巳の知らない誰かをおびき寄せることで、目的を達しようとしている。身体を襲う痛みに耐えながら、一巳は男の目的を推測しようとしていた。

 小さな頃からの、文字どおりの幼馴染み。“分析”が得意な有香に付き合わされて培った、経験の力。


(騒ぎを大きくすることも、目的の一つ、か? ――だったら、騒ぎは最小限にして、強力な助っ人を……そうだ、アイツ(・・・)なら、もしかして)


 追い詰められた状況が、一巳の頭を動かしていく。

 普段よりもずっと早く、有香を救い出しつつ、男の目的を挫くために。


「では、任せたぞ」

「おい、待てよ、クソッ、この野郎、おい、おい――!!」


 当然の様に、男は振り返らない。

 けれどそんなことは、一巳にだってわかっている。

 だから一巳は、自分に出来る“今、もっとも正しい行為”をやり遂げた。


「ククククッ、ヒャハハハハハハハハッ!!」


 喜び勇んで飛ぶ男。

 その背に張り付く、“一巳にしか見えない”透明な五角錐が、一巳に手を振る。


(頼んだぞ、兄弟)


 突撃特攻弾丸兄弟ビーソルジャー・アイアンブラザーズ

 一巳は、共存型キャリアタイプの異能者だ。己の異能で生み出した。コミカルな仲間を張り付けたことを確認すると、ふらりと立ち上がる。


「ぐっ、づぁ」


 痛みに耐えて向かうのは、魔女の根城。

 教員すらも打倒する魔女ならば、あるいは。

 一巳はそう、一縷の望みにかけて、痛みに鞭打ち走り出した。






































――/――




 高原先生……高原君の話が、終わる。

 ぼろぼろの身体で、高原君は促されるままに事情を話してくれた。


「俺の力じゃ足りない。でも、アイツの思い通りにさせる訳にはいかねぇんだッ! こんなこと頼める義理がないのはわかってる。だが、頼む! 俺の寿命くらいなら持っていっても良い……だから、あの馬鹿を、有香を助けてやってくれ!!」


 有香ちゃんを助けるのなんて、決定事項だ。

 でもその前に、その、なんで未知ちゃんは“寿命を吸い取る”みたいな扱われ方なんだろう?

 そう思うと、なんだかとってもやるせない気持ちになった。


「……命を対価にする。その言葉に、偽りはない?」

「み、未知ちゃん?」

「命を対価にするの? 儀式が必要だったら教える」


 えっ、ほんとうに?

 そう疑問を呈するわたしの隣で、メアちゃんは儀式を教えようとしていた。いや、なんで知っているのかは今更聞かないけれど、教えちゃだめだからね?


「――ああ。有香を助ける分だけ残してくれ。あとは、全部持っていけ!!」


 高原君の覚悟は、本物だった。

 僅かな怯え、僅かな恐怖、大きな決意。

 友達のために、全部を賭けることが出来る。それが、高原君という人間の真実なのだろう。


「そう、なら目を瞑って」

「ッ、ああ! いつでも頼む!」


 ぎゅっと目を瞑る高原君の額に、未知ちゃんは指を向ける。

 どうなってしまうのか。未知ちゃんの表情が読めなくて、どうしたらいいかわからない。



 そして。



「あだっ!?」



 未知ちゃんは、高原君にぱちんっとデコピンをした。



「え? は?」

「ふふっ……あなたの覚悟は、言葉だけで充分よ。それに、有香さんは私の数少ない友達の一人なの。一緒に、手伝わせて」

「お――お、う」


 未知ちゃんの、悪戯が成功した様な可愛い笑顔。

 ぺろっと出した舌とか、小首を傾げる仕草とか、なんというか小悪魔チックで素敵だ。こんなお茶目な表情、わたしたち(生徒)には見せてくれたことがないからなぁ。

 その表情を真正面から浴びた高原君は、顔を赤くして、どもりながら頷いた。あれ、これってもしかして――いや、今は良いか。


「急ごう、鈴理、メア、高原君」

「うんっ、だね!」

「異論は無い」

「なんだよあの笑顔反則……じゃなくて、おう!」


 話はまとまった。

 なら、次の行動は決まっている。

 わたしたちは互いに頷き合うと、雨の郊外へと飛び出していった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ