そのじゅうさん
――13――
新生少女戦隊結成。
その妙な巡り合わせから結成し、秘密裏に校内の噂などを蒐集。有香は、そんな“普通”ではない活動を、不謹慎と思いつつも楽しみに思う様になっていった。
未知が伝手を使って教員方面の調査を、鈴理とメアが姿を隠しながら少しずつ慎重に森の調査を、一番学内でコミュニケーションが取れる有香が、生徒間の噂話を調査。そうして、少しずつ情報が集まりながら、三日間が経過した。
「ということで、結果発表ーっ」
普段から誰も寄りつかない、“魔女の間”と噂される図書室の一角。
大机に腰掛けた有香たち四人は、鈴理のかけ声に小さく拍手をする。つまるところ、本日は集めた情報を纏める日、だったりするのだ。
「まずは私から」
そう告げたのは、未知だ。
有香はほんの数日前までは恐怖の対象でしかなかった未知を見て、ぱちぱちと拍手をする。まさかこんな関係になるとは……なれるとは、想像もしていなかった。それが有香の偽らざる本音だ。
「りじちょ……伝手のある先生に話を聞いてみたところ、生徒の薬物中毒事件そのものは把握しているそうよ。ただ、一般校にも広がりつつあって、特専だけの被害に収まるものでもないから、あくまで学外の事件として扱っているみたいね」
「学外として扱っている、けれど、怪しんでいるっていうニュアンス?」
「そ。鈴理の予想で正解」
その、学校として怪しんでいる、という話が聞ける教職員とは、どの程度上のランクの人なのか。有香は“あんまり考えない方が良いかも”と、考えをシャットダウンする。
余計な情報は耳に入れない。好奇心は猫をも殺す、と、有香は自身の好奇心が旺盛であることを自覚しているからこそ、自分自身に言い聞かせた。
「じゃ、次はわたしだね!」
「発表は鈴理に任せる」
次いで手を挙げたのは、鈴理とメアのコンビだった。
初対面の印象は、“すこぶる怪しい二人組”、彼女たちの話を聞いてからは、“お人好しの二人組”、今の印象は、“意外と頼りになる二人組”、だ。
明るくてお人好しで可愛らしい少女、鈴理。神秘的で冷静で鉄面皮で頼りになる少女、メア。凸凹だけど、とても良いコンビだと有香は思う。
「少しずつ包囲を狭めていく様な感じで、森の調査を進めていったんだけど……一応、怪しい場所が二つあったんだ。一つは郊外外縁寄りの崖際、一つは山間の洞窟。で、これはメアちゃんの見解なんだけど、崖は薬物中毒者が立ち寄るには難しい。だから……怪しいのは、山間の洞窟」
メアが机に地図を広げ、とんとん、と指で郊外中腹を示す。
その場所は森林公園の裏、奥地にあるが、獣道しかないため生徒は立ち寄らない。さすがに本丸に近づけば警戒されるだろうと、その場に居るかも知れない生徒の安全を考慮して、立ち去ってきたのだという。
「もっと、準備とか調査とか進めてから、踏み込みかなぁ」
「敵の舞台に乗り込むのなら、戦闘の可否はともかく、用意周到は前提」
「理に適っているわね」
「なんで観司先輩まで、拠点制圧の理を唱えられるのかは聞きませんからね?」
さすがにここは、好奇心旺盛の一言で歩み寄るべきではないだろう。
なにせ藪を突いて蛇なら良いが、龍でも出ようものならと、有香は眉間をもみほぐした。
頼むから、手を出した先に藪を置いておかないで欲しいと願いつつ。
「じゃ、最後に私ね」
そう、有香は平穏から外れてきた己自身への苦笑を一つ、ここに置いて、眼鏡をくいっとあげながら告げる。
するとどうだろう、三人からの忌憚ない拍手に、有香は少し照れくさく思ってしまった。
「こほん……色々と噂話を集めてみたんだけど、その中に気になるものがあったわ。なんでも、ストレス軽減やダイエット、“大きな悩み”を解決に導いてくれる“お菓子”が買えるっていう噂。買い方は簡単で、紫色の封筒に青色の手紙、黄色いペンで矢印を書いて、第三実習室の裏に置いておく。そうすると、自分の部屋に印の付いた地図が置かれて、その地図に従ってお菓子を買いに行く……ですって」
「ほへぇ、都市伝説みたい。わざわざ色を指定しているところとか、それっぽいよね」
今日ここに至るまでに、有香は色々と噂を集めてきたが、これ一番多い案であったのだという。
つまるところ、紫が赤であったり、黄色い矢印が願い事であったりと、複数パターンの噂を入手したのだ。その中でも一番多かったのが、前述のパターンであった。
「うーん。先生たちに協力を要請するのは、どう?」
「これだけ深く生徒に浸透しているのに、学外の犯行が一番有力とされていることが気に掛かる。余計な憂いを持つべきではない。どのみち、事を起こすとするなら私と鈴理のみ。有香と未知まで、戦闘の是非を気にする必要は無い」
有香は、念の為にと尋ねて直ぐに封殺される。
教職員の中に、もしかしたらスパイのようなものがいるのかもしれない。そのこと自体は不安だが、それ以上に、メアの言葉には信頼できた。
「それでも、危険だと思えば直ぐに声を掛けて。良いわね? 鈴理、メア」
――だからこそ、有香はそっと息を呑む。
――だからこそ、有香は未知から視線を外せない。
(息をする様に、危険に身を投じることが出来るんだ)
未知の言葉。
それは、有香には言えないことだった。危険が伴うと散々説明して、たくさんの逃げ道を用意してくれている鈴理とメア。そんな二人に、真っ向から、そして自然に、未知は己の覚悟を示して魅せた。
(観司先輩のこと、私はまだなにもわかっていなかったんだ)
むくれて、未知を制止する鈴理。
何処吹く風ながら、頷いて見せたメア。
そんな彼女たちを、一歩引いて眺める有香。
(この人たちみたいに、なれるのなら)
甘い、毒の様な。
好奇心と不安と羨望と、ない交ぜの感情を有香は笑顔の下に潜り込ませる。
ただ、自分にできることだけをしようと、それだけを自分自身に誓って、有香は己の心を誤魔化した。
――/――
図書室での会議を解散して、直ぐ、有香の足は第三実習室に向いていた。
一般校で言うところの体育館ともいうべき、大きな運動施設。その裏手は意外と薄暗く、また、校外にも近いため、不良生徒のたまり場にもなりやすい。
有香は、未知たち三人を見たときに感じた焦燥を晴らすかのように、足早に第三実習室の裏手を目指す。もし、本当に手紙の一つでも落ちていたら、その動向を観察するのも良いかもしれない、と。
普段なら、絶対に考えないようなリスクを、背負って。
(ん?)
そうして有香は、唐突に足を止める。
そこに居たのは、見覚えのあるツンツン頭。その非常に悪い目つきに晒されるのは、復帰したばかりということだったはずのクラスメート、岸間だった。
「良いから言え! マサにヤク売ったのは誰だ?!」
「ひ、ひぃっ、誰だよマサって、知らねぇよ!」
「言い方を変えてやるよ。おまえにクスリを売ったのは、誰だ!!」
マサ、とは、現在中毒症状で入院中の、不良生徒――一巳の、友人だ。
やはり一巳は、友達のためにかけずり回っていた。有香はその、根っこは変わらない幼馴染みの実直さに、頬が緩む。
「言え! 言わないとぶっ飛ばすぞ!」
「ひッ。し、知らない」
「チッ、そうかよ。だったらオレのダチに、聞いて貰うだけだ」
「え?」
ざわめく。
一巳の影で、霊力が蠢く。その、未だ発現せずともわかる凶悪さに、岸間は尻餅をつきながら後ずさった。
「ま、待って、言う、言うから待ってくれ!」
(なら、好都合……!)
有香は咄嗟に端末を手に取ると、録音を開始する。
これで思いがけずに、有力な証拠を得られるかも知れない。そうすれば、眩しいと思った三人に自分も近づけるかも知れない。
どうしようもないほど“普通”で、“普通”でいいと思って生きてきた。それが諦観だと、気がついてしまったから。
だから、新藤有香は気がつかない。
「とっとと言え」
「そ、れは、あ、あが、が」
「おい、どうした? おい!」
「がぎがぐがあああああああああッ!?」
突然、もがき苦しんで倒れる岸間。
そんな岸間に駆け寄る一巳。
そして。
「困りますねぇ。今はまだ、あの方に伝わっているのかどうかもわからないというのに」
有香の背に、粘着質な“声”が、届いた――。




