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そのご

――5――




 手に光りを纏わせた彰君が、泥人形に向かって走る。

 光りの色は緑。左手首には、同じ色の光りを放つ腕輪。


「【仙疾歩せんしっぽ】」


 光りが足に分散したと思うと、瞬きの間に彰君の姿が消える。

 そして、辺りを見回すよりも早く、泥人形の背が輝いた。


「【斬光掌ざんこうしょう】――切り、裂けええええええええ!!」


 振り上げられた手刀。

 輝き伸びるは、緑の斬撃。

 泥人形はバターのように滑らかに切り取られて、更に二体目まで振り抜く。


退魔七大家たいまななたいけ、序列四位、緑方みどりかたが次期当主、緑方彰――ボクはもう、運命から逃れるつもりはない。死にたくば、我が光りを前に、こうべを並べて見せるがいい!!」


 そう言い放つ彰君の姿には、先ほどまでのおどおどとした、迷い子のような雰囲気はない。代わりに彼を包むのは、覇気、とでも言えば良いのだろうか。

 ずっしりと重みを宿した声。それが、責任を、宿命を受け入れた人間独特のものだ。


「黙っていて、ごめんなさい」

「……聞かなかったのは、私だよ?」

「それでも、です」


 退魔の力、それは即ち“浄化”の力だ。

 力の源を取り払わなくても、染みついた闇の気配を根こそぎ洗浄するような、そんな力。

 その力を思い切りぶつけられた泥人形たちは、シュウシュウと音を立てて溶けている。

 ……というか、すごい威力だ。“核”や媒介を傷つけずに、存在の根底にダメージを与えるとは……。


「頑固」

「血です。今日までは、ボクにその素質があるとは想像すらしていませんでしたが」

「そっか」

「そうです」


 退魔七大家かー。

 って、本当に? うひゃあ、古名家の一つじゃないか。そりゃあ悪魔も狙うだろう。なんていったって彼らの王を倒したのも、退魔七大家の一つ、序列二位、黄地おうじのご意見番だ。

 動揺するのは彰君に悪いから顔には出さないけれど、ううむ、び、びっくりした。


「ん。わかった、その謝罪、お受け取りします」

「ありがとう、ございます」


 向け合う笑顔は、苦いものだ。

 けれど不思議と、不快感はない。


「――ボクは力を振るうことからずっと逃げてきました。自分が持つ力に、責任を持つことから逃げてきました」

「……うん」

「でも、もう逃げません。未知さん……あなたを、守れる男になるために。あなたに恥じない男に、なるために。ボクはもう、逃げません!」

「う、うん……?」


 ありゃ、なんだか、こ、告白みたいだ。

 なんだかお姉さん、照れちゃうな。


 街灯に照らされる彰君の横顔は、可愛らしい顔立ちなのに、今はどこか勇ましい。

 それはかつての戦いの中でも見てきた光景。覚悟を決め、意思を定めた人間の、顔だった。

 ……本当に、私はほんの僅かに背中を押しただけだ。なのに、彰君は自分で壁を乗り越えて、胸を張って、踏み出して見せた。


「すごいね、彰君は」

「すごくなんかありません。ですが」

「?」


 彰君は私の前に立つと、私の両手をとる。

 今はまだ、私の方が背が高い。けれど、あっという間に追い抜かされてしまいそうだと、予感せざるを得ない。


「ですが、必ず、ボクは“すごい”を胸を張って受け止められる人間になる。その姿を、あなたの傍で見せていたい」


 うひゃぁ、うひゃぁ……これ、勘違いじゃないやつだ!?

 どうしようこれ、え? 十一か二下だよ? 淫行罪!? あわわわわ。


「ええっと――私は、あなたの傍にいる事は出来ないよ」

「わかっています。先生としての未知さんは、とても魅力的であろうということくらい。だから、ボクが未知さんの元へ参ります」

「へ?」

「だから、見ていて下さい」


 彰君はそう、微笑む。

 その瞳の奥に押し隠された照れを見つけて、そのことに、少しだけ安心した。

 男の子も女の子も、この年頃の子は直ぐ大きくなってしまうから。


「ふふ、そっか。うん、彰君が私を驚かせてくれることを、楽しみにしているよ」

「……今は、それでいいです」


 どこか拗ねたような表情に、おかしくなってしまう。

 うーん、関東特専に入学かぁ。楽しみなような、ハラハラするような、不思議な感じだ。


「ですが、その前に」

「ええ」


 彰君が私から手を離し、私を庇うように前に出る。

 そこにたつのは、よろけた泥人形だ。




「あれに、とどめを――」

――ダァンッ!!

「――!?」




 踏み込もうとした瞬間。

 泥人形に風穴が空く。


「A班迂回、B班はそのまま、C班はB班を援護」


 響いてきた声。

 同時に、特殊な加工が施された制服を着た警官たちが、泥人形を取り囲む。

 その手には銃や剣、それに異能の力。


「彰君、下がるよ」

「はいッ」


 泥人形は、断末魔をあげる暇も無く、蜂の巣にされていく。

 そして、数分も経たないうちにその存在のほとんどをえぐり取られて、塵となった。

 うーん、国家予算にあかしたオーバーキル。やることが徹底しているなぁ。


「おまえからの連絡があるとは思わなかったぞ、未知」


 そう、私に声を掛けたのは、私服の警察官だ。

 煙草を吹かしながら特殊加工の外套をはためかせる、焦げ茶のオールバック。鋭い目つきでぶっきらぼうな口調だが、誰より正義を愛し、悪を挫く真面目な男性。

 あの九條獅堂の同級生で、親友で、私も学生時代はお世話になった方で、“特課”に所属する警部さんでもある出世頭。


正路せいじさん? 出張から、戻られたんですか?」

「一時帰国だ。九月には、イギリスだよ」


 くすのき正路せいじ

 現在は他国の“特殊技能犯罪対策指導”のために世界を飛び回っている、お巡りさんだ。

 そう小声で彰君に告げると、彰君は眉をあげて首を傾げた。


くすのき? ですか?」

「ん? ああ、その腕輪……緑方の御当主、でしょうか?」

「いえ、まだですよ。今晩の、元服の儀式でそうなります」

「今晩?」

「ええ。十二時を回ったら」


 へ? 今晩!?

 ええっと、今が八時だから……あと四時間か。十五才になると同時に、ということか。なるほど。


「では、ご実家に送らせます。よろしいでしょうか?」

「ええ、願ってもないです」

「畏まりました。では――未知、言いたいことがあるなら、言い合っておけよ」

「うん、ありがとう。正路せいじさん」


 私からの発信だったから、合間を縫って見に来てくれたのだろう。車の手配をしにいく、と、正路さんはひらひらと手を振って立ち去った。

 相変わらず、クールな見た目に似合わず面倒見が良い人だなぁ。


「未知さん。ええと、今日は本当にありがとうございました」

「いいえ。私も、彰君が元気になってくれたのなら、良かった」


 はにかむ彰君の顔は、うん、やっぱり可愛らしい。

 さっきまで、凜々しい横顔をしていたとは思えないほどに。


「ボクは、きっとこれから、色んなものに縛られます。それは時として鎖のように、時として泥のように、時として鳥かごのようにボクを縛り付けることでしょう」

「うん……」


 当主、当主か。

 古名家だもんなぁ。


「――ですから、もし、ボクがその全てを呑み込み、押し伏せるほどの男になったときに、返事を聞かせて下さい」

「返事?」


 誘うような瞳に首を傾げ、少しだけ屈む。


「ボクに、未知さんの将来を、下さい」

「へ?」


 頬に僅かなリップ音。

 瞑目する間に、艶やかに微笑む彰君。


「お返事をいただける日を、楽しみにしていますね?」

「ふぇ、う、うん?」

「では、“また”!」


 混乱する間に立ち去る、彰君の背。

 その体に満ちあふれるのは自信か、覚悟か。

 というか、恋愛方面はちょっと不得意すぎてどうすればいいのかわからないんですけど!?


「また、また、かぁ。……もう」


 でも、ああ、もう、うん。

 彼がどんな成長を遂げるのか……今から、もしかしたらけっこう、楽しみかも。


 なんて、赤くなった頬を隠すように、瑠璃色の空を見上げながらそんな風に、思った。





















 ――と、綺麗に終わりたかったというのが本音だ。

 だが、私にはもう一つだけ、仕事が残っている。


「【術式開始オープン形態フォーム身体強化フィジカルエンチャント様式アーム背部バックポジション付加パーツ飛行制御フライ展開イグニッション】」


 東京湾海上を飛び、雲を抜ける。

 そして、彰君を乗せた車が走る方向を睨み付ける、悪魔の姿を見つけた。


「見つけた」

『――貴様、さんざん我の邪魔をした小娘か』


 そう。

 今日一日、彰君をつけ回した悪魔。

 その大元だ。


『矮小なる術師の身で我の前に出てきたことは褒めてやろう。だが、その無謀さにあの小僧は息絶える。貴様の屍をさらせば、さぞ愉快なことになるであろうから、な』


 翼の生えた悪魔。

 その肌は鱗のように、硬質な殻が重なり合っている。蜥蜴鳥怪人、ってところかな。


緑方みどりかたを片付けたら、他も怯もう。黄地おうじの憎き女を屠るまでの繋ぎとして、な』

「他も狙うつもり、ということ?」

『そうだ! 赤嶺あかみねも、青葉あおばも、橙寺院とうじいんも、藍姫あいひめも、紫理ゆかりも、全てだ! そのために配下を失いながら、綿密に調べ上げてきたのだからなぁッ!!』


 執念、か。

 普通、悪魔は人間の名字なんか覚えない。

 それを暗唱できるだけ覚えるとは……恐ろしいほどの、執念だ。


 なら。


「来たれ【瑠璃の花冠】」


 油断も。

 慢心も。

 加減も。

 何もせず、徹底的に、ここで潰す。


『貴様、なんの悪あがきを――』


 マジカル・トランス・ファクト。

 いつもの呪文に光が満ち、満ちた光りが途切れるその間際。

 重ねて放つは、変化の詠唱。


「【トランス・ファクト・チェーンジッ】!!」


 その執念。

 その憎悪。


 ここで私が、塵に帰そう。




「人々の夢を護るため」

――振り上げた手に纏うは、気になり始めたふりそで(二の腕)を強調する長手袋。

「空より出でて愛を唄う」

――緩やかに上げた足に纏うは、もう少し細くしたいと密かに悩む太ももを強調する足袋。

「希望と夢の使者」

――胸をこれでもかと強調するのは、首元で交差する白い天使服。乳袋? 知らんな。

「魔法少女、ミラクル☆ラピっ」

――背に生えるのは天使の羽。※ただし当時でも小ぶりだったソレは今や糸くず毛玉。

「スカイフォームで、淑やかにす・い・さ・ん♪」

――槍型ステッキをくるりと回すと、ハイレグを隠すA4サイズの羽衣が翻った。




 色んな痛みに耐えながら、悪魔を見る。

 悪魔は驚愕におののいた顔つきで、ふらりと後ずさった。


『やはり、人間は恐ろしい――力を得るためなら、痴女になることも厭わないのか!』

「びみょーに否定しきれないことを言わないでくれるかな!?」


 そうだけど、そうだけどさ!

 そうじゃないんだよ! 昔は、こんな代償はなかったんだよ!?


「人々の夢を穢し、大切な希望を壊そうとするあなたを、魔法少女は許しませんっ!」

『魔法少女……? 子供たちの夢を現在進行形で壊している貴様に、その資格があるのか?』

「なんで今ちょっと素で突っ込んだの?! あと、どれだけ人間のことを研究してるのさ!?」


 ああ、もう、キリが無い!

 空を飛ぶ。そのイメージに従って、体が高速移動する。

 レンジャー()フォームより早くはないが、空での動きはマリン(スク水)フォームが見せる水中でのソレより滑らかだ。


『ぐぅ、油断させて攻撃とは、それでも正義の味方か!』

「油断させた覚えはないよ。ぷんぷんっ」

『きめぇ』



 突く。

 ――ガードした手を傷つける。

 突く。

 ――咄嗟に張ったであろう障壁を破る。

 突く。

 ――顔の横を掠めて、羽を傷つける。

 引っかけて。

 ――胴に一撃。悪魔が怯む。

 返して。

 ――足に一撃。悪魔が体勢を崩す。

 なぎ払う。

 ――翼と腕でガードした悪魔が。大きく弾かれた。



「【祈願セット現想フォーム闇を穿つ光槍(グングニル)】」

『ぐぅぅぅううぅッ!? ばかな、まさか、こんな』


 投げ槍のように構えた槍型ステッキが、瑠璃色の輝きを放つ。

 それは雲海に映る夜の虚像のようで、一面を真の夜に染め上げた。


『こんな、舞い踊る痴女に、我が――』

「女の子を痴女扱いしちゃう悪い子には、制裁おしおきだぞ☆ 【成就イグニッション】!!」

『――ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアァアアァァッッ!?!?!!』


 解き放った光りの槍が、悪魔の心臓を貫く。

 すると心臓にぽっかりと空いた穴が悪魔の体を吸い取るように拡大し、断末魔と共にその存在を夜に解かした。




「これにて今日も、魔法少女のオシオキ☆完了♪」




 これでもう、彰君は無事だろう。

 そう安堵する一面と同時に思い浮かぶのは、彰君の横顔だ。


 舞い踊る痴女だって知ったら、流石に幻滅するんだろうなぁ。

 あは、はははは、はは、は、……はぁ、しにたい。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日もギャグ(迫真)で締められたか…… [気になる点] 私利私欲に魔法使えないって事は、自身の存在を世界に捧げる的なことすれば寿命を克服するために少女の姿で固定されたりしないだろうか? …
[一言] >子供たちの夢を現在進行形で壊している 今までで一番マトモなツッコミきたー
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