そのじゅうに
――12――
図書室に集まったわたしたちは、なにはともあれ、作戦会議をすることとなった。
元々そのつもりで来たのだし、新しい情報の交換も兼ねて、新藤先生……有香ちゃんのことも紹介しようと思っていた、の、だけど。
「むぅぅ」
「それで、整理のためにも有香の情報を提示して」
「それは、もちろん、なんだけど……?」
上座に座る未知ちゃん。
その膝の上には、無抵抗どころか無反応のメアちゃんが、ぬいぐるみのように抱きしめられている。顔の下半分はメアちゃんの頭で隠れていて、上目遣いでわたしを睨む未知ちゃん。正直、かわいいっていう風にしか思えないけど、口に出したらもうお話しして貰えないかも……なんて察しているので口には出さない。
「私の幼馴染みが異能科にいるんだけど、この幼馴染みがどこに出しても恥ずかしくない不良で、どうも、最近、変なことに関わっているらしいの」
「変なこと?」
「そう。最初は、仲間が妙な連中とつるんでいるってぼやいていたのを聞いて、そのあとはいつになくピリピリした雰囲気で人に喧嘩を売る様になって……調べたら、その仲間の方が、その……入院、しているみたいなのよ。それも、“麻薬”の疑いで」
麻薬!?
えっ、いやでも、現代の異能治療で抜けない薬なんかないはず。
……ということは、まさか。
「異能犯罪……?」
「わからない。先生たちも動いてはいないみたいだし、どんな問題として判断されているのかはサッパリお手上げ」
そっか。
先生たちが動いていないのなら、どれだけ問題になっているかはわからない。少なくとも、問題視しているのなら見回りの強化くらいはすると思うのだけれど、夜半の森林公園に寝てても、結局誰も探知結界に引っかからなかったからなぁ。
「……それなら、それとなく探ってみるわ」
「未知ちゃん……ありがとうっ」
「それとこれ、私のプライバシーを不用意に話したことについては別件だからね? 鈴理」
「あぅ。ごめんなさい」
やっと顔を上げた師匠に言われて、うっ、と言葉を詰まらせる。
だ、だって、ついつい興が乗っちゃいまして……ご、ごめんなさい。
「どうしよう、観司先輩が可愛くしか見えない――じゃなくて」
そう、なにやら小声で呟いた有香ちゃんが、こほんと咳払いをして立ち上がる。
今の小声は、さすがに聞かなかったことにした方が良いのかな。うん。
「それなら私は、幼馴染みにちょっと誘導尋問……じゃなくて、簡単に話を聞いてみるよ。深入りはしない様に気をつけるから」
「なら、わたしとメアちゃんは二人で動く?」
「……ええ、そうね」
メアちゃんはそう、わたしの意図を汲んで頷いてくれる。
二人で行くってことはそれはつまり、“森の調査”をしたということだ。なにせ、あからさまに怪しい箇所が森林公園の奥にある。あの、おぼつかない足取りの人たちが歩いていた方向だ。
その方向になにがあるのか、ある程度だけでも調査しておかないと、安心できないと思うんだよね。
「で、何かあったときの連絡手段だけれど……」
「鈴理、メア、そういえばあなたたち、端末は?」
「端末は圏外で――ぁ」
師匠に聞かれて、つい、ぽろっと言ってしまう。
すると、有香ちゃんが首を傾げた。
「圏外? えっ、学外のひとじゃなかったの??」
「学外の人? 言われてみれば、制服のデザインが妙ね」
「でも、端末を持っている? もしかして、私たちよりずーっと年上で、昔の端末を学校に返却せずに持っていた、とか?」
「そんな風には見えないわ」
あわわわ、どうしよう。
どんどん事情が暴かれていく。これはもう、誤魔化しようがないのでは? そんな風にさえ思えてきた。
「め、メアちゃんどうしよう」
「もう、隠さない方が早い」
「そうだけどぉ……」
メアちゃんを膝から降ろした師匠が、わたしの左に腰掛ける。
元々わたしの右側に座っていた有香ちゃんが、椅子ごとスライドして、わたしの真横にぴったりとくっつく。
「説明」
「して」
「くれる」
『よね?』
左右から交互に言われて、冷や汗が止まらない。
うぅ、夢ちゃんだったらぜったいにもっとうまくやるのにっ。
そんな気持ちが溢れて、けれどメアちゃんは我関せずで、そして。
「じ、実は――」
どうやらわたしに、師匠に対して隠し事は難しかったみたいです。
両側から感じるプレッシャー。身を竦ませる様にして、わたしは口を割らざるを得ない。
うぅ、どうしてこうなったの……?
「別の世界の未来から来た、人間?」
同じような仕草で首を傾げる二人に、わたしは思わずぐったりと頷いた。
両側からのプレッシャーは流石につらいです、先生……。
「未来かー。さすがに、私は関わりないんだろうなぁ」
「なるほど。あなたたちの目的とも合致するわね。つまり、未来から来て過去を乱そうとする人間に巻き込まれて、ここに来た、と」
信じて貰えない。
さすがに、嘘を言うなって怒られちゃう。
そんな風に怯えていたわたしに、けれど二人はすんなりと受け入れてくれた。
「信じて、くれるの?」
「ええ。――(輪廻転生に比べたら、タイムスリップくらい)」
「え? 未知ちゃん、今、なんて?」
「いいえ。荒唐無稽なことに慣れているから、大丈夫。そう言ったのよ」
それは、考えてみればそうか。
なんていったって師匠は天下の魔法少女。七英雄の伝説が、この程度で動じたりはしないということなんだろうなぁ。
思えばここのところ、すごく身近な存在だったから失念していたけれど、やっぱり師匠は器が違う。すごい。
「私は半信半疑だけどねー。信じられなかったところで、たいして問題は無いかなって思うのよ」
「ええっと、有香ちゃん、それってどういう意味??」
「それはだって、あなたたちは見るからにお人好しで、騙されても見る目がなかった……ということで諦められる程度には、人柄を信頼して協力を申し出たんだよ? わからないことだらけなのは、これまでと変わらないよ」
「有香ちゃん……ありがとうっ、未知ちゃん、有香ちゃん!」
メアちゃんとたった二人で迷い込んで、本音を言うと、不安で不安で仕方がなかった。
わたしに本当のできるのか。相棒も、親友も、みんなも、私の知る師匠もいないこの世界で、あの男を倒して未来に帰ることができるのか。
でも、もう、不安はない。まだちょっと過去に取り残されたら、なんていう恐怖は少しだけ持ってる。でも、メアちゃんと、未知ちゃんと有香ちゃんが信じてくれるのなら、頑張れる。
「よし。なら、四人で儀式が必要」
「え? メアちゃん?」
「契約、誓約、祈り、誓いを立てるということ、約束を諳んじるということ。己にしか刻めない約定は、けれど己の希望となる。手を合わせて、声を上げて、誓えば良い。それはなんの強制力も無い、けれど己への揺るぎない誓約となる。――最初の時の様に、手を重ね合えば良い」
最初の時……未知ちゃんとメアちゃんと、手を合わせて頑張ろう! って言ったときのことだね。
それなら、と、わたしが手の甲を差し出すと、まずメアちゃんが、次いで未知ちゃんと有香ちゃんが手を重ねてくれた。
「それではここに、世界平和のため、愛と正義の新生少女戦隊の結成を宣言します! みんなで世界を護ろう!! えい、えい、おー!」
「おー」
「おー!」
「お、おー……って、少女戦隊ってなに?! そんな名前なの!?」
「あ、そっか、観司先輩は知らないのか」
うんうん、少女戦隊って、我ながら良い感じだよね。
なんていっても、魔法少女っぽいし!
「うぅ、せっかく恥ずかしい名前からは解放されたと思ったのに……」
「恥ずかしい名前ってあれですか? 黒百合の魔女が定着する前に流行っていた、“夜の君”っていう、通称のことですか?」
「ちょっとまって新藤さん! 私それ、知らないよ?!」
「あ、あれ?」
わたしがそううんうんと頷いて満足している中、未知ちゃんは何故かずずーんと落ち込んでいた。
あ、あれ、どうしたんだろう?
わたしはそう、頷くことしか出来ず、きょとんとカオスな二人が落ち着くのを、待った。




