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そのじゅういち

――11――




 暗い洞窟の中。

 男は、ハンチング帽を目深に被りながら、じっと手元を見つめていた。そこにあるのは二種類の錠剤だ。


「【融合】」


 男がそう唱えると、二種類の錠剤が一つになる。

 本来なら、砕いて混ぜようものなら、薬効が途切れたり、逆に一度で致死量に達してしまうことがある。けれど、男の“異能”で行うならば、その限りではない。

 綺麗に二つの要素を混ぜ合わせて、二重の効果を発現させる。それが、男の異能の力だ。


『やるではないか。うまいものだ』

「へへっ、オレにはこれしか取り柄がねぇのさ」

『ククッ、謙遜するな』


 男はそう、脳内から響く声(・・・・・・・)に、けれど微塵も疑問に思わず頷く。


「これで、前よりは上等なクスリになるぜ」

『いいぞ。この調子でもっと凶悪性を引き出せ』

「ああ、任せておけ。正義の味方さんとやらを、引き出すんだろう?」

『ああ、そうだ。さすれば目的まであと一歩』

「そういや、旦那。あんたの目的ってのは、なんなんだ?」


 男の言葉に、姿の見えない影は嗤う。

 ただ、ただ、なによりも愉しそうに笑う。


『深淵を、示すのさ』

「深淵だぁ?」

『そうだ。仄暗い闇の底、明るみすら不要の漆黒、その最奥にも届く――情熱』


 あの光景。

 あの痛み。

 その全て。


 男が、忘れられ無かった“鮮烈な記憶”。

 その全てが、男の心を焦がして止まない。


 だからこそ。


『さぁ、作れ、その先には黄金の海があるぞ』

「へ、へへっ、そうだ。誰にも邪魔はさせねぇ。一生、金と女と酒に塗れて暮らすんだ」

『ククク、そうだ、その調子だ。そうやって、共に――』

「あん? なにか言ったかい? 旦那」

『いいや、なんでもないさ』


 行き着く先は天国か、地獄か。

 きっとこの悪魔にとっては天国で、男にとっては地獄になる。

 そうと理解しているからこそは、吸血鬼は魅了と甘言で、男の精神を侵食させていく。


『ククク、クハハハ、ヒハハハハハハハハッ!!』


 吸血鬼は笑う。

 己に至上の快楽を与えてくれる存在を、最も都合の良いように――ドSの女王様にするために、ドM吸血鬼は心の底から愉しそうに、笑い声をあげるのだった。


「お、旦那、随分と愉しそうだな。へっへ、オレも張り切って作るぜ!」


 ただ、見当違いな“宿主(・・)”を、こっそりドMにたたき落とすにはどうすれば良いか。そんな風に吸血鬼が妄想していることなど知る由もなく、男はクスリを掛け合わせる。

 ここに、すれ違いながらも充実した二人の男の姿が、あった。



































――/――




 ――特専・図書室前。



 なんだかんだと色々あって、味方が増えることになった。

 それ自体はとっても嬉しいことなんだけど、増えたからには仲間への紹介が必要だ。なにより、新藤先生も護る対象だっていうのなら、紹介しておいて損はない。

 だから、部屋とシャワーを貸して貰った代わりにご飯を作って食卓を囲んだ翌日。わたしは師匠に、未知ちゃんに、新藤先生……有香ちゃんを紹介するために、図書室に来ていた。


 ……の、だけれど。


「ままま、まさか、あなたの協力者って、観司先輩のこと?!」

「うん。そうだよ?」

「あわわわわわ、く、黒百合の魔女が、なんで……?」


 こんな風に非常に動揺して、動かなくなってしまったのだ。


「あの、有香ちゃん?」

「あなた、どうやってあの黒百合の魔女を落としたの?!」

「え? 普通に、お友達になりましょうって」


 まさか、プロポーズしました! とは言えないので、無難に言い換えておく。

 だからメアちゃん、きょとんと首を傾げるのはやめてくださいなんでもしますから!

 うぅ、この時代はまだ、同性婚も今ほど現実的じゃないんだよ? ばれたらわたし、変態さん確定だよ……。


「有香。未知の何処に、そんなに恐れを成しているの?」

「えぇ……あ、そっか。学外の人だから知らないんだね。うーん、観司先輩と親しいのであれば、気を悪くしたらごめんなさい」


 そう、前置きをして、有香ちゃんは説明してくれる。

 何故、師匠がそこまで畏れられる様になったのか。何故、そこまで恐怖される様になったのか、その理由を。


「私は下級生だから、そこまで詳しいことは知らないのよ? でもなんでも、気に入らない先生を、彼女が病院送りにしたようなの」

「病院送り?」

「ええ。授業中の様子を語る人はいないのだけれど、その先生が担架で運ばれていく姿は有名でさ。大声でこう、怒鳴り散らしていたのは私も聴いているんだ。“観司に卑劣な手段で攻撃された! 即刻退学にすべきだ! って。でも観司先輩は処分されず、先生は復帰しなかった。その頃から、こんな噂が流れる様になったの。“黒百合の魔女の、呪いだ”――って」


 気に入らない人間を、師匠が攻撃?

 起こしたことの責任もとらず、師匠が呪いを掛ける。




「うーん。それ、違うと思うよ?」

「え?」




 そんなの、どう考えたってあり得ない。

 わたしがそう断言すると、有香ちゃんはきょとんと首を傾げた。

 同時に、何故かメアちゃんがそっと距離をとる。なんだかよくわからないけれど。


 うん。

 わたしの口も、ちょっと止まりそうにないや。

 話を進める前に長引きそうな事実を、わたしは、心の中でメアちゃんに謝る。




 ええっと、あはは。

 ごめんね? メアちゃん。











































――/――




 その日も、図書室はしんと静まりかえっていた。

 未知はその静かな図書室で、昨日は訪れなかった二人組について、考えを巡らせる。

 元気で優しい女の子と、物静かで思慮深い女の子。二人とも、とても好感の持てる人間だった。そして、奇しくも、未知にとっては久々の“友人”と言える人間に、なっていた。


(今日は、来るのかな)


 だからだろうか。

 未知は自然と、そんなことを考える。

 それが、今の自分らしくないものと、知りながら。



『さ、ここだよ』



 そうしていると、声が聞こえてきた。

 扉の、磨りガラスの向こうに見える人影は、三つ。鈴理とメアと、知らない人間のもの。だから未知は警戒をして、出迎えることに躊躇する。



『有香。未知の何処に、そんなに恐れを成しているの?』



 だから。

 聞かれたくない話を、耳にしてしまうことになった。


『私は下級生だから、そこまで詳しいことは知らないのよ? でもなんでも、気に入らない先生を、彼女が病院送りにしたようなの』

『病院送り?』


 怪訝そうな鈴理の声。

 その音に、肩が震える。



『ええ。授業中の様子を語る人はいないのだけれど、その先生が担架で運ばれていく姿は有名でさ。大声でこう、怒鳴り散らしていたのは私も聴いているんだ。“観司に卑劣な手段で攻撃された! 即刻退学にすべきだ! って。でも観司先輩は処分されず、先生は復帰しなかった。その頃から、こんな噂が流れる様になったの。“黒百合の魔女の、呪いだ”――って』



 そのときのことを、未知は忘れたことがない。

 セクハラを受けていたクラスメート。彼女を助けて、決闘になった。だから、彼女を護るついでに、教職と魔導を穢す愚者を叩き潰し、その教師が泣きわめくから救護を呼んだ。

 同時に、セクハラの事実を知るのは、クラスメートと、とくに彼女と仲の良かった三人だけになると、未知は計四人の彼女たちに口止めを願い出たのだ。

 もしもここでセクハラをされていたことを告げれば、裁判で“どのような性的暴行を受けたのか”を、詳細に語らねばならない。それは、彼女の未来に拭えないトラウマを残すかも知れない。

 だから、そのことをどうにか理解して貰って、未知は“喧嘩を売ってきたから買った”というスタンスを崩さずに、内密ということを約束してもらってから理事長にだけ説明したのだ。


 彼女を護るためには、これしかなかった。

 それが、スケバン扱いされ、不良に“最強の座”を狙って喧嘩を売られ、その度に返り討ちにしてきた“黒百合の魔女”の、最初の一歩であったのだ。


(嫌われちゃう、かな)


 未知はそう、仮にもスケバン、あるいは裏番と呼ばれている自分自身のことを思い、悲しそうな――あるいは、諦めた様な笑顔を浮かべる。

 だから……続いて耳に入った言葉は、なによりも予想外のものだった。






『ししょ……未知ちゃんは、そんな人じゃないよ』






 言いきる言葉。

 温かさに満ちた、声。


 否定してくれた優しさに、満たされる。



『未知ちゃんは、面倒見が良くて優しくて責任感が強くて綺麗で、食べ歩きやウインドウショッピングが好きで、小さな花を見つけるだけで少し嬉しくなってしまう様な、そんな可愛い人だよ』



 だが、と、同時に未知は思う。



『言い寄られたらばっさり切れないくらいは優柔不断で、相手を思いやることだったら誰にも負けなくて、自分が傷つくよりも相手が傷つく方が嫌いで。可愛いぬいぐるみとか見つけると抱きしめてしまうような一面を、恥ずかしがって見せない様に努力して、でもモフモフのポチ……んんっ、犬を見つけたらついつい膝に乗せて撫でてしまう様な面もあってそこがけっこうギャップがあって』



 ちょっとこの子、自分に対して詳しすぎないか? と。





『苦手なものはなにもないとか、嫌いなものはとくに思い浮かばないとか言うけれど、本当はお化けがこわ――』

「わーっ!!!!!!!」





 そして、話題がとても大変なことになりそうだろ気がついた瞬間、未知は飛び出して鈴理の口に手を当てていた。


「何故、そんなことを知っているの?!」

「ふがふが」

「良いから答えて!! あっ、でも待って、そこのあなた、別に私はお化けがこわい訳ではないのよ? 少しだけ、ほんの少しだけ苦手なだけで」

「ふが?」


 口を押さえられたまま、首を傾げる鈴理。

 そんな鈴理に、パニックになったまま問い詰める未知。

 その“あんまり”な状況を、呆然と見守る有香。


 見かねたメアは、小さく、未知の袖を引っ張った。


「未知、口を押さえていたら話せないのではないかしら?」

「あ。ご、ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です。えへへ、つい興が乗っちゃいました」


 そこでようやく、未知はちゃんと、第三者の姿を認識する。

 そういえばずっと聞いていたこの少女は、いったい誰なのだろうか? と。




 そして。





「観司先輩ってけっこう、可愛いんですね」





 頬を赤らめて言われた言葉に、未知は膝から崩れ落ちる。

 途中までは良い流であったのに、本当にどうしてこうなったのだろうか。

 ぽん、と、肩を叩くメアと鈴理。未知は、メアはともかく、鈴理には恨めしげな視線を送るのであった。





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