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そのじゅう

――10――




 新藤しんどう有香ありかの経歴は、“普通”の一言に集約される。

 有香はそんな風に、自分自身のことを分析していた。夫婦仲の良い、けれどたまに喧嘩する両親。それなりに仲が良いが、休みの日に一緒に出かけるほどではない妹。会えば挨拶くらいはする、一人暮らしをしている年の離れた兄。

 隣近所の付き合いは良い方で、同い年の幼馴染みとは小さい頃からよく遊んだ。幼馴染みに異能が発現してから急に彼がグレてしまったが、険悪にはならないだろうと楽観視できる程度には、彼のことを知っていた。

 特専に順当に入学し、内申というポイント込みでクラス委員に立候補し、先生から雑用係のように扱われる。それ事態は仕方のないことと割り切っていたが、まさか不良生徒の連れ戻しなんか頼まれるとは思わなかった。有香はそう、それでも、“普通”な自分に“特別”なことなど起こりはしないと、ある意味では楽観視をしていたのだ。



 だから。



「……あなたたちは、いったい?」



 亜麻色の髪の可愛い女の子。

 やけに長い黒髪の神秘的な美少女。

 突然現れて信じられないほどの速度で詠唱して、不良をのしてしまった彼女たちの背中を見ながら、有香はそんな呟きを零すことしかできなかった。

 普通に生きてきた自分が、普通ではないような事態に陥るはずがない。根底にあった価値観と常識と、それに付随する楽観視。その根っこが、ぐらぐらと揺れるような感覚を覚えて、有香は目眩を覚える。




「愛と」

「(ぁっ)……正義の」

『少女戦隊!!』




 ででーん。

 そんな間抜けな声が聞こえてきそうな挨拶に、有香は頭痛を覚える。

 純粋に、神秘的で真面目そうな少女の方から“愛の”とか言い出すとは思わなかった、というのもある。


(冷静に、冷静になりなさい、新藤有香)


 有香はそう、目を閉じて頭痛を抑える、フリをしながら思考する。

 普通な自分は、咄嗟なひらめきなんか持たない。だから落ち着いて、静かに、凡人のように分析するしかない。そう、混乱していたときの記憶を呼び起こして整理整頓し答えを導き出す――有香だけが“普通”だと思い込んでいる(・・・・・・・)分析能力で、このふざけた状況の打破を心がけた。


「すずりとメア、ちゃん? そう呼び合っていたよね?」

「っ」

「……それは世を忍ぶ仮の名」


 見るからに焦る“すずり”と、淡々と答える“メア”。

 そのやりとりで、有香は会話の主導権が“メア”にあると推理する。


「じゃあ、その仮の名を教えて」

「あなたの言ったとおり。鈴理とメア」

「そう……。まぁ、良いわ。助けてくれたのだから、これ以上は追求しない。ありがとう、鈴理とメア」


 そう、追求はしないが分析はする。

 愛と正義の少女戦隊。そう名乗るからには義憤に駆られて助けてくれたのだろうが、今は授業中。平然と抜け出す正義の味方がいるものだろうか。

 なにより、鈴理の魔導科制服はともかく、メアは見るからに和服。それも、改造された十二単のような、不可思議な服装。どう見ても、高校生に達するような年齢には見えないから、もしかしたら中等部なのかもしれない。


(でも、魔導科の制服……あれ、ちょっとデザインが見たことない?)


 中等部と高等部では、ワッペンのラインが違うなど、微妙な変化がある。

 だから妹の通う中等部の制服を思い出してみたのだが、それとも、あるいは高等部とのデザインとも違う。制服の流出により不審者の潜入を防ぐために、定期的に制服のデザインを微妙に変えている、と、有香はどこかで聞いたことがあるのを思い出した。


(ということは、昔の制服?)


 だったら、もしかして。



「……あなたたち、学外のひとなの?」

「ががががくないだよ???!」

「……へぇ」



 反応は、二者二様。

 あからさまに肩を震わせて動揺する鈴理と、感心した様に呟くメア。そのどちらも、態度で肯定を示している。片方は不本意だろうが、有香にとっては同じ事だ。


「しかも、岸間君の様子がおかしかったことと関係している?」

「してないよ?」


 取り繕った様な平静。

 愛と正義の少女戦隊。学外から来た謎の二人。暴力を働こうとした人間を止めた。

 これに、先ほどまでの二人の態度で、有香は一つだけ解ったことがあった。


(悪い人たちじゃ、なさそう)


 そう、二人の様子に結論づける。

 これで悪人だったら、ずいぶんと壮大な嘘つきだ。自分一人騙すことに、なんの意味があるのかわからないが。有香はそう、極力外面に出さない様に思考する。

 ……同時に、一つ、思い浮かんだことがあった。もしも本当に、この人たちが“良い人”ならば。


「うぅ、どうしようメアちゃん。牢屋送りかな?」

「そうしたら、脱獄すればいい。わざと百年くらい引き籠もるのも良い暇つぶしになる」

「逆に暇なんじゃなくて?」

「規則正しい労働と運動、それからバランスの良い食事と本を提供してくれる」


 極力。

 有香は極力、“囚人生活を謳歌していました!”と捉えられ兼ねない会話をしている二人から、意識を逸らす。最近、様子のおかしい幼馴染み。それから、その幼馴染みが絡んでいた不良生徒が、その晩、気絶しているところを救出されたというニュース。

 もう、先ほどの岸間とのやりとりを含めて、無関係とは思えない。そして、大事な幼馴染みが、厄介事に巻き込まれない様にするためには、有香自身もリスクを負う必要があることだろう。


 だから。


「ねぇ、あなたたち」

「は、はい!」

「どうしたの?」


 何故か、背筋を伸ばして畏まった様子の鈴理に、有香はまさか己の将来の姿と重ねられているなどと想いもせず、首を傾げる。


「助けてくれてありがとう。お礼に、あなたの少女戦隊? の任務、手伝わせてもらえないかな?」

「それはだめ! 危ないんだよ?!」

「っ」


 思わず、目を瞠る有香。

 先ほどまであんなにも頼りない様子だったのに、危険に晒されるとなれば即答で止める。てっきり、現状から推測される“一番困っているであろうこと”くらい、頼み込まれると思っていた。

 だからこそ、有香の打算は打ち砕かれる。他でもない、眩しいほどにまっすぐな、“善意”によって。


「そう。なら」


 なら、と、有香は柔らかく微笑む。

 打算とか、裏とか、そんなものは一切放棄して。


「せめて、軒先くらいは貸させてよ。どうせ野宿でしょ? 不法侵入者さん?」


 おそらく一番困っているであろうこと。

 不法侵入なら、まず、建物の中で寝られては居ないだろうということだ。


「あぅ。で、でも」


 その提案にはさすがに思うところがあったのだろう。

 鈴理は、目に見えて動揺した。


「鈴理、ここは借りておくべき。身体を壊したら元も子もない」

「うぅ、でもだよ、メアちゃん」

「私たちに関わろうと関わるまいと、彼女は関わっていた。昨日の朝も、今回も。それが巡り合わせなら、守れるかも知れない」

「っ! たしかに、そうだね。うん、メアちゃんの言うとおりだ」

「結論は出た?」


 尋ねると、鈴理は深々と頷く。

 その顔に浮かぶ者は、申し訳なさと決意。諦念と覚悟だ。


「うん――その、たぶん、ぜったい迷惑を掛けちゃうけど……よろしくお願いします!」


 頭を下げてそう告げる鈴理に、有香は内心で苦笑する。




(お礼だって言ったのはこっちなのに……律儀な子だな)




 けれど、とても好感が持てる人間だ。

 有香はそう、手を差し出して、鈴理と握手を交わす。

 なんとなく、本当になんとなくだけれど、巧くやって行けそうだと考えながら。





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