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そのなな

――7――




 別世界の過去であることが判明した、関東特専の図書室。

 かちんこちんに固まるわたしの眼前、扉の前で首を傾げる魔導衣制服の女の子。

 瑠璃色の瞳は、わたしを見て訝しげに揺れ――何かに失望した(・・・・・・・)ように、つい、と逸らされた。その仕草に、ずきりと胸が痛む。

 どうしよう。今、師匠はなにを考えているのだろう。昔のことは、なんていっていたか。そういえば、スケバンだったんだっけ。いやいや、それって望んでのこと?


(あの優しい師匠が、自ら望んで恐がれる? ――あり得ない)


 がたん、と、音を立てて立ち上がる。

 師匠はその行為になにを思ったのか、扉の前の道を空けるように半歩、身を引く。


「鈴理?」

「ごめん、メアちゃん。さっきの話はあとで」


 つかつかと音を立てて歩いて、師匠の前で足を止める。

 そんなわたしの行動が予想外だったのか、師匠は困惑した表情で口を開き、逡巡して閉じる。


「ししょ――観司先輩!!」

「は、はい。観司ですが……?」


 そうか、人違いの可能性もあったのか!

 ……いや、この場合はセーフと言うことで。師匠と言いそうになって焦ったけど、これもまたギリギリセーフ。なんかミスをしてしまいそうな気もするけれど――女は度胸。ここまで来たら、勢いだけで突っ走る!




「ファンです! ――結婚して下さいっ!!」




 あ。


「え?」


 ま、


「っ」


 間違えた~っ!!!!!!

 どどっど、どうしよう、こんなことを言うつもりじゃなくて、その、ほら、未来に影響がないなら協力して貰えないかなーなんて思っただけなのに、どうしてわたしの口はこんな、夢ちゃんみたいなことを言っちゃうのかな?!


「ええっと、からかっているのかしら?」

「ちちちち違うんです。あわわわ、こんなことを言うつもりじゃなくて?!」

「別に、怒ってはいないから落ち着いて……?」


 うぅぅ、顔が熱いっ。

 どうしよう。なんて弁明したら良いんだろう。責任はとります? いやいやいや、そんなことを言ったら蒸し返しちゃう!


「……横からごめんなさい、少し、良いかしら」

「え、ええ。あなたはこの子の友達?」

「(“()”と面識はないか、良かった)――そう。私が代わりに説明するわ」


 混乱してうずくまるわたしを背に庇うように、メアちゃんが一歩前に出る。


「私はメア・アンセ。よろしく」

「え、ええ、よろしく」


 おお、さらっと偽名を言った。

 これなら呼び間違えることもなくて安心だけれども。


「この子は以前からあなたのファンで、やっと踏ん切りが付いてあなたに会いに行ったのだけれど、自己紹介の台詞を練りすぎて間違えてしまったの」

「ふぁ、ファンは言い間違いではなかったのね……?」


 あれ、師匠、完全に戸惑い切っている?

 この時代の師匠って、本当にどんな立場だったんだろう。今の優しくて強い師匠しか知らないわたしからすると、なんだかとても妙ちきりんな感じだったのかな?

 初々しく戸惑う師匠の姿を見ていたら、なんだかちょっと落ち着いてきた。人の振り見て我が振り直せ。人様の慌てる姿を見ていると、かえって自分が冷静になるよね!


「あの、改めて、初めまして! 笠宮鈴理です。よろしくお願いします、先輩!」

「先輩……って、あなた何年生なの?」

「二年生です!」

「可笑しな子ね。それだと、同い年じゃない。……ふふっ、敬語なんか使わないで。観司未知よ、よろしく」

「ふぇっ、は、はいっ」


 同い年……ってそっか、過去だからか!

 ええええ、いやでも、どうしよう。あんまり敬語でも怪しまれちゃうかな?

 差し出される手。握手、ということだろう。その手を掴む勇気が持てなくて逡巡している間も、師匠は苦笑と共に待っていてくれる。最初に醜態をさらしたから、“こういう子なんだ”って思っているんだろうなぁ。うぅ。


(め、メアちゃん)

(覚悟を決めなさい、鈴理)

(うぅ、だよね)


 ……と、アイコンタクトで会話をしてから深呼吸。

 同い年の師匠と握手。いやいや、握手に焦点を当てて考えるのはよそう。今、わたしはわたしにできることを全力で。

 わたしに、前を向くことを教えてくれたあなたに、もう一度向き合おう。


「……すぅ、はぁ……うん、よろしく、未知ちゃん」

「ちゃん……? なんだか、新鮮ね。少し、恥ずかしいわ」


 ああ、もう、顔が熱い。


「さて。私も未知と、そう呼んでもいい?」

「ええ、構わないわ、メア」


 メアちゃんはそう、わたしたちの間に入る。

 うん、このままだと、会話が弾まないからね! 助かります。いえ、本当に。


「まずは、席に着かない?」

「あ。そうだね、メアちゃん。し、未知ちゃんもそれでいい?」

「ええ。なんだか、妙な成り行きになったわね……?」


 そ、そうだよね。

 とくに友達になったとかそういうことでもなく、とりあえず名前で呼び合えるようになっただけだもん。まだ、ちょっと間違えそうになるけれど。


(でも、一歩前進)


 少しずつでも歩いていけたら、きっと、望む未来が開かれる。

 わたしが弟子として師匠に学んだことの全て、今ここで導き出せるように頑張ろう。























 そんなこんなでわたしたちは、奥まった箇所にある大机に集まった。

 こんなに堂々とお話しをしていいものかと思ったのだけれど、なんでも、この図書室を利用するひとは滅多にいないらしい。

 その理由はとくに言ってくれなかったけれど……なんとなく、予想はついていた。“黒百合の魔女”として怖がられ、スケバンとして君臨していたという高校時代。そして、さっき見せた失望の表情と、出て行かれることが当たり前であったような動き。それに最初の“珍しい”という言葉を併せれば、自然と答えが見えてくる。

 つまり、師匠がいるこの図書室に、日頃、入ってくる人間などいないということだろう。いや、本当になんでこんなに畏れられているの? 師匠……。


「それで? あなたたちは私と話がしたくて図書室にいた、と、そういうことではないのでしょう?」


 そう、師匠に聞かれて頷く。

 まぁ、最初はあからさまに調べ物をしていたからね。見られた上で隠すのは、どう考えても得策ではないだろう。


「わたしたち、ちょっと、調べたいことがあったんだ」

「あった? もう、見つけたの」


 わたしがそう言うと、メアちゃんが引き継いでくれる。


「見つけたわ。けれど、それは目的の一部でしかない。これを聞いたら後戻りできなくなるけれど、良い?」

「はい?」

「そう、ありがとう」

「あっ、今の“はい”は“イエス”ではなくて――」

「私たちは、目的のためにある男を追っているの。男の目的を知ってしまったのは、ほんの偶然。居合わせてしまっただけよ。男は危険な力を放つ道具を使って、平和を取り戻しつつある今の世界を乱そうとしていることは間違いない。私たちの目的はその男を止めることで、その男の目的が本当に関東特専にあるのかどうかを、過去の資料を基に紐解いていた。巻き込まれると知って、なお聞いてくれてありがとう、未知」


 一息だった。

 師匠の弁明をまるで聞こえていないかのように、一刀両断のノンブレス。さすがの師匠も頭を抱えて、ため息を吐いている。


(「最初の私の提案。この時代の人に協力を要請したい、と、そう言うつもりだった」)


 メアちゃんの小声に、思わず唸る。

 なんという手腕なのだろう。あっという間に、なし崩し的に師匠を巻き込んだ。舌を巻くほど華麗なやり方、だけど。


(「メアちゃん、ごめん。気持ちはすごく嬉しい、けど、やっぱりこんなやり方は、辛い」)


 辛い、なんていう独りよがりの理由。

 けれどメアちゃんは、肩をすくめて受け入れてくれた。


「あの、未知ちゃん」

「鈴理?」

「荒唐無稽な話をしちゃって、ごめんね。わたしは、せっかく近づけた未知ちゃんを巻き込みたくない。だから、わたしたちはわたしたちで“彼”を探す。どうか、この話は忘れて――きゃんっ」


 ぱちん、と、弾かれる額。

 見れば、頬杖をつく師匠が、苦笑と共にデコピンをしていた。


「ばかね。この学校の、この世界の平和のためなのでしょう? 確かに荒唐無稽でおかしな話だけれど、そういうことには慣れているの。……そうね、新しい“友達”のあなたたちが困っているようだから、力を貸したい。これではだめかしら?」

「し、ししょ……未知ちゃん」


 ああ、変わらない。

 世界が違っても、過去でも、かわらない。

 初対面だろうがなんだろうが、困っている人を見捨てられない、優しくて強い、わたしの大好きな師匠だ。


「手伝って、くれますか?」

「ええ、手伝わせて、鈴理、メア」

「うん……っ。ありがとう、未知ちゃん!」

「助かるわ。ありがとう。それから、だまし討ちをしてごめんなさい、未知」

「ふふ、構わないわ」


 そう、差し出した手が結ばれる。

 なんだろう、とうてい口には出せないけれど――これって、魔法少女団みたいだ。

 そんな想いが胸の内側から溢れかえって、わたしたちは顔を合わせて、微笑んだ。


 うん、今日が“真・魔法少女団”結成の日、だね!

 わたしはそう、心の中で気合いを入れて、力強く見えるように笑って見せた。






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