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そのろく

――6――




 ――関東特専・夜。



 暗がりの特専。

 郊外の森の、夜。


「ひひひ、今回も上々だ」


 男はそう、洞窟の中で“売り上げ”を確認する。

 男はケチな密売人だ。麻薬を仕入れて売る。いまや、中毒者の治療も異能や魔導でできるにようになってしまった。だからこそ、若い中高生相手であったら“一時の快楽”として麻薬を提供できる。

 とくに思春期の不安定な時期にこれを行うと、実に簡単に売りさばくことが出来た。もっとも、“迷彩”に特化した男の異能があってこそのものではあったが。


「マーケットの拡大は難しいが……逃げる前に、もう一山稼いでおきたいな」


 そうやって、各地を回っている男は、嗅覚に鋭い。

 自身が危険な目に遭いそうなら即逃げる。それだけの危機察知能力があったからこそ、今日まで捕まることなく生き延びてきた。

 その直感を男は盲信し――だからこそ、気がつかずに接近を許す。


「――手伝ってやろうか?」

「え? ……ひっ、な、なんだテメェ、いったいどこから?!」

「なに、夜の闇に紛れていたら、面白そうなことをしていたオマエを見つけただけだ」

「な、なに?」


 黒い革鎧。

 黒いマント。

 くすんだ紫の髪。


「面白いコトをしているじゃないか。どうだ、手伝ってやるから分け前を寄越せ」

「て、手伝うだと?」

「ああ。オレの力があれば――、一山どころじゃないぞ?」

「一山、どころじゃ……?」


 男の目が、刹那、赤く輝く。

 すると、売人の目が一瞬蕩けて、直ぐに戻った。

 それが、吸血鬼特有の“魅了”の力であることになど、売人は気がつかない。


「分け前は、どれほどだ?」

「欲しい女がいる。それだけでいい」

「女? へへっ、そういうことなら構わねぇ。金じゃないなら利害の一致だ」


 売人はそう、培った危機察知能力を誤魔化されたことにも気がつかず、男の手を取る。

 ――それが、破滅への片道切符だということなど、気がつかず。


「ああ、頼んだぞ」


 男はそう、凄惨に口元を歪めて、嗤うのであった。





























――/――




 ――関東特専・森林公園。



 ポチの散歩なんかでもよく使う公園のベンチで、わたしは空を見上げてため息を吐く。

 今回ばかりは、ほんとうに困った。だって、過去の世界なんて、どうすれば良いんだろう。わたしは未来から来ました! なーんて触れて回ったら、わたしはあっという間に狂人だ。


「参ったなぁ」


 思わずそう、零してしまう。

 だっていったい、どうしたらいいのだろう。

 わたしとメアちゃんの二人だけで、未来に戻れるのだろうか。


 いつも、ピンチの時はみんながいた。

 だから、頑張れた。乗り越えられた。

 でも今は、みんなも、師匠もいない。


「鈴理」

「メアちゃん?」

「私の契約は、あなたと協力してバレンタインを乗り越えること。それは過去のバレンタインではない。これから起こる、未来のバレンタイン」

「そう、だよね。一緒に乗り越えるなら、わたしも、立ち上がらないと」

「でもね、鈴理」


 変わらない表情。

 でも、手を握ってくれる、仕草。


「“子供たちの未来を守る”ことも、私が時子と交わした契約。だから、あなたは少しだけ我慢して、隠れていれば良い。私がどうにか、解決に導くわ」

「メアちゃん……」


 わたしを気遣ってくれる、メアちゃんの言葉。

 契約を大事にする彼女が、契約の穴を見つけて語りかけてくれた、提案。

 そっか、そうだよね――わたしは、一人じゃない。


「ありがとう、メアちゃん――わたしも、頑張る。だから、協力して」

「ええ、もちろん。あなたと時子と未知は、久方ぶりの“面白い人間”よ。失うには、惜しい」

「ふふ、そっか。それなら、早く時子さんと師匠にも、再会できるようにしないとね!」


 うじうじと蹲って、時間が過ぎるのを待つのは簡単だ。

 けれど、そうやって人任せにして、わたしは師匠の弟子だって誇れるのか。そうは、思えない。わたしは、愛と正義の魔法少女、ミラクル☆ラピの弟子なんだから!


「よし! じゃあまず、どうするのがいいと思う?」

「そうね。ひとまず、色々なことを確定させましょう。鈴理」

「なに? メアちゃん。なんでもするよ?」

「そう、なら――歴史は得意?」


 え? と、首を傾げる。

 相変わらず、メアちゃんは考えていることがよくわからない。淡々として無表情で、だからこそ、今の言葉は真剣なものなのだろう。


「ええーと、人並みには?」


 そう、ぼんやりとした答えを出すことしかできず。

 けれどメアちゃんは、そう、と、しっかりと頷いた。


「放課後まで、あと、どれくらい?」

「うーん。時計が確かなら、あと一時間かな」

「そう。なら、それまでには終わらせるよ」

「う、うん?」


 首を傾げるわたしを、メアちゃんはそう、まっすぐと見上げる。


「整合性を調べる。図書館に、連れて行って」


 どういう、ことなんだろう。

 いやでもまぁ、信じるって決めたからね。

 わたしはメアちゃんの言葉に、しっかり頷いて――端末に保存しておいたマップを、開いた。



 だ、だって、あんまりいかないからつい。
















 図書館――図書室は一応、各校舎にある。その規模はそれぞれかなりのもので、本を護るために一切の異能や魔導が発動できない仕組みになっているのだとか。

 当然のことながら、一番大きい図書室は、大学校舎のものだ。けれど、見つかったときに高校の制服を着た生徒がいるのは怪しいので、わたしたちは高校校舎の図書室に向かった。


「このあたりが歴史書だよ」

「そう。いつなにが起こったのか、年号はわかる?」

「うん。いっぱい勉強したからね! って言いたいところだけど、ほら、勉強用に端末に年表を保存しておいたんだ。これ、真ん中に置いておくね」

「そう。いい機転ね。ありがとう」

「えへへ、どういたしまして」


 意外とほんわかした空気で、本を広げていく。

 精査する内容は、単純な間違い探しだとか。ちょっのズレ、起こった事件、知らない事件。劇的ななにかでなくとも、終着地点が同じでも、過程に綻びはないか。

 メアちゃんはわたしにそう告げて、調査を続けてくれている。


「うーん、これとこれ。あ、これは? 同じかぁ」


 この間違い探し、もしかしてけっこう難しい?

 なにぶん範囲が広いからなぁ。調べ物だけでもけっこうかかる。ピンポイントならまだマシかもなんだけど、全部の歴史を見るのは大変だ。

 一応役割分担はしていて、メアちゃんが古代から中世。わたしが近代から現代だ。歴史以外にも生物とかで当てられる焦点はあるとは思うけれど、なにぶん、一時間で終わらせないとならないからね。


「うーん……ん?」


 そうやって調べて、調べて、調べて。

 大戦後の振り返りを記した歴史書に、ちょっと、見知らぬ言葉があった。


「ね、メアちゃん、これ」

「? ――『いずれも主の助けは及ばず。聖人拓斗・東雲が悪魔共を蹴散らしたあと、人垣の中から現れた貴婦人が人々に治癒の奇跡を施した。主に声は届かず、けれど人の世に紛れた天使は聖人拓斗の声に応えて姿を顕したもうた。故に、我らは聖人拓斗と手を取り合う天使、ガブリエーラ様の絵画を教会に寄贈するとともに』……」


 天使ガブリエーラ。

 わたしはその名前を、知らない。ということはこれって、もしかして。


「違う歴史ってこと?」

「ええ、そうね。――そしてこれで一つ、はっきりしたわ」

「え?」


 資料を片付けながら、メアちゃんはわたしにそう告げる。

 そういえば今に至るまで、調べる理由は聞かされていない。結局、これにはどういう意味があったんだろう? 首を傾げていると、メアちゃんは察して頷いてくれた。


「確認よ。ここが、私たちの暮らしていた世界であるか否か」

「え……過去、っていう意味だけではないんだよね?」

「ええ、そう。歴史が同じ真っ当な過去の世界なら、私たちの行動によって未来が歪む。未来を歪めると私たちの帰る場所がなくなってしまう可能性があるから、全て極限まで隠密に行動して、解決方法を導き出さねばならない。けれど、違う世界ならそれは、あるいは未来が確定していない世界。私たちの行動で、歪める先はない」

「それってつまり、どう行動しても大丈夫、ということ?」


 わたしの問いに、メアちゃんは首肯する。

 つまり、色んな人と関わったとしても、問題ないっていうことなんだね。その代わり、どんな良いことをしても――例えば、今、わたしたちが寄生虫おじいさんを締め上げても、わたしの過去はなにも代わらない、と、そういうことなんだ。


「だから、私は一つ提案させて貰うわ」

「うん。なんでも言って」

「それは――待って、誰か来た」

「え? ええっ」


 どどど、どうしよう、隠れなきゃかな?!

 慌てて書籍を片付けようとするものの、先に、図書室の扉が開く。

 いや! でも! 隠れなくてもいいんだよね?! なんて、カチンコチンに固まっていると、黒い制服の女生徒が入ってきて。






「……? もう人が居るのは、珍しいわね。借りるようだったら、一言頂戴」

「は……い……え?」






 艶やかな黒髪は、肩口で縛って左側から垂らしている。

 縁のない細い眼鏡は、蔦が少しだけお洒落で可愛らしい。

 黒い魔導衣のブレザーに、規定よりも長いロングスカート。



(わわわわわ、若い、かわいい)



 わたしが知るよりもずっと若い容姿の師匠が、固まるわたしに対してことりと首を傾げた。





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