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452/523

そのご

――5――




 ――頬に当たる風。

 ――瞼を焦がす光。


「――り」


 ――揺れる身体。

 ――耳を打つ声。


「――理」

「す――」


 ――だんだんと、声が、強く。


「鈴理」

「へぁ……はれ?」


 ――わたしを見下ろすメアちゃんと、目が合った。


「あれ? メアちゃん」

「まだ寝ているの? 意外と図太い」

「ず、ずぶと? えぇ……?」


 なんだかふらふらする頭を抑えて、身体を起こす。

 服装はいつもの魔導衣制服。炎獅子祭の練習をしていたから、飛翔補助の術式刻印レリーフィングが施されたコート。

 寝ていた場所は……地面。特専の校舎間にある、舗装された石畳。ちょっとこの季節にこんなところで寝ていたら、十中八九風邪を引く。

 ……なんだかちょっと、肌寒く感じてきたかも。


「なんでわたし、こんなところで?」

「ショックが大きかった? 結界は間に合ったように見えたけれど」

「結界?」


 結界を張るようなこと?

 あれ、というかわたし、練習をしていてそれから――






『悪いが、もう遅い!』

『ッ……捕まりなさい、鈴理』

『えっ? きゃっ』






 ――思い、出した。

 あの、稲光する銀の光に飛び込んで、防御結界を展開して、そこから先の記憶が無い。きっと、意識を失ったんだろうなぁ。


「あのあと、どうなったの? どれくらい時間が経った?」

「“ここに到着(・・・・・)”したときにはもう、あの男はいなかった。時間はまだ十五分も経っていない」

「そっか……。とりあえず、師匠と夢ちゃんに連絡して――あれ? 圏外? 特専の敷地内なのに?」


 端末を開いて、圏外と表示されていることに驚く。

 特専から特殊な電波を使っているから、世界中何処でも通じる端末。それが、見るからに特専の敷地内なのに、届かない。


「まだ、詳しいことはわからないわ。けれど、ここは私たちが居た世界とは違う」

「え……?」

「まったく同じと言ってもいいほど似通っているけれど、ここの“竜脈”――世界の流れは、銀の光に呑み込まれる前と少し違う」


 竜脈って、あれだよね? 地脈とか霊脈とか呼ばれている、パワースポット。

 天使カタリナの事件の時、病院が確か霊脈の上にあったんだったと思う。


「――どの道、往来で寝ているわけにもいかないわ。動き回ってあの男を捜しましょう」

「うん、だね。あんまり理解が追いついてないけど、じっとしているよりずっと良い」

「その意気」


 立ち上がって、改めて周囲を見回す。

 他の人の姿は無い。あと、おそらく時間もちょっと違う。東に太陽がまだ傾いてるから、ひょっとしたらまだお昼前なのかも。


「ひとまず、仮説を立てられるだけの材料探し」

「人目をつかないように移動?」

「放課後までは施設の観察。そのあとは、生徒に紛れたら良い」

「わかった」


 メアちゃんは、さすがというかなんというか、落ち着いてる。

 こんなとき、一人じゃなくて本当に良かった。一人だったらきっと、今頃、職員室に飛び込んで大変なことになってると思う。


「じゃあ、早速――」

「オイ!」

「――ひゃあっ」


 移動、しよう。

 そう思った開口一番、大きな声に思わず変な声を出してしまう。な、なに? なにが起こったの?


「私たち宛じゃない。ほら、あっち」

「あっち……?」


 指さされた先。

 校舎の裏から聞こえる、喧噪の音。

 ま、まさか、喧嘩?


「なにかの情報が得られるかも知れないわね。姿を隠して見に行きましょう」

「あわわわ……って、そっか、確かに。行ってみよう」


 念のため、わたしとメアちゃんを包むように“遮光迷彩(ステルス・カット)”で姿を消す。端末が圏外だから、使用記録に残らないのは助かる。あとで反省文はちょっとやだ。

 聞こえてくるのは、第三実習室の裏。確か、ちょっとだけ人目がつかないようになっている場所だ。静音ちゃんが、“もしも過去に戻れるのならここで攫われる前にたたっ切る”と言っていたから、事件に巻き込まれやすい場所なのかも。


「聞いてんのかテメェッ!!」

「やんのかコラ、いてこますぞ!」


 顔を覗かせて見ると、二人の生徒が言い争っていた。

 二人とも白い制服。片方は金髪に赤メッシュの不良さんで、もう片方は紫に染色した髪をつんつんに逆立たせている、すごく目つきの悪い不良さん。


「良いからさっさと言えッ!! “売人”はどこに居るんだよッ!」


 ツンツンと逆立たせている方の不良さんが、金髪赤メッシュさんの胸ぐらを掴んでそう言う。すると、赤メッシュさんは苛立った表情でその腕を外した。


「さわんじゃねぇよッ! どいつもこいつも聞いてきやがって。しらねぇッつってんだろ!」

「あ、オイコラ! ……チッ」


 走り去る赤メッシュ君。

 取り残されるツンツン君。

 わたしとメアちゃんは、ぽかんと顔を見合わせて、首を傾げていた。なんだろう? 売人って。えっ、もしかして……ま、麻薬とか?




(「なんだったんだろうね」)

(「なんらかの取引が行われているようね」)

(「だよねぇ。うーん、いっそあの人に聞いてみる、とか?」)

(「名案……いえ、待って、誰か来た」)




 メアちゃんに言われて、視線を戻す。

 わたしたちとは反対側の、校舎の影。黒い制服の女の子が、ツンツン君に走り寄る。


「こんなところでなにをしているの?!」

「あ? ……チッ、おまえかよ」

「またこんなところでサボって……授業、ついていけなくなるわよ!」

「知るか。良いか? 俺は異能者なんだ。超能力者だ。わかるか? 就職先なんか山ほどあるんだよ」


 あれ、これってもしかして、こう、青春的な?

 でもなんだろう。相手の女の子、ちょっと見たことがあるような気がする。同じクラス……? いや、だったらもっとハッキリわかると思うんだけど。


「山ほどある? そんな訳ないでしょ。努力したこともないのに、なにになれるっていうのよ!」

「チッ……俺はおまとは違うんだよ! 生まれたときから恵まれている俺と、“絞りカス”を比べるんじゃ――ぁ」


 ひ、久々に聞いた差別用語だ。

 最近はこう、師匠のとんでも魔導術を目にした異能者のみなさん、“返り討ちにあったら死ぬ”と思ってくれているようで、耳にしなくなったからなぁ。

 ツンツン君の暴言に、女の子は悲しそうに目を伏せる。それに、ツンツン君は“失敗した”という表情を浮かべると、唇を噛み、逡巡するように手を伸ばし――その手を、捕まれる。

 ええええええ、これってまさか、恋の青春スクランブル?! あわわわ。ど、どうしよう。




「――の……」

「お、おい?」

一巳(・・)の、馬鹿ッ!!」

「げはッ?!」




 掴んだ手を引き寄せて、ボディに重い一撃。

 土煙が立つようなブロウに、ツンツン君は膝から崩れ落ちた。


「あんたなんか、魔女に串刺しにされれば良いんだわ!」

「ぐっ、げほっ、げほっ、~~ふざけんな、この馬鹿力!」

「うっさい、しね!」


 走り去る女の子の背に、ツンツン君は蹲ったまま手を伸ばす。




「おい、待てよ、コラ……ッこの、大馬鹿有香(・・)が、クソッ」




 後悔するように項垂れて、それから、おぼつかない足取りで立ち去るツンツン君。

 私はその光景に――ぴしっと固まって、身動きを取ることが出来なかった。


 あの。

 これって。

 まさか……?


「鈴理?」


 ツンツン頭の目つきの悪い不良さん。

 ――聞き間違えてなければ、“一巳かずみ”と、そう呼ばれていた。

 癖毛のセミロングと黒縁眼鏡の、見たことがあるような女生徒。

 ――聞き間違えていなければ、“有香ありか”と、そう、呼ばれていた。


「め、めあちゃん」

「なにか、わかったの?」


 わたしの、こう、厄介事に巻き込まれる率の高さから考えれば、あり得ないことではないだろう。そんな風に思ってしまえることがもうちょっとイヤなんだけどね?

 だから、そう、もしかしたら、だけど。


「ひょっとしたらわたしたち――過去に来ちゃった、のかも」


 高原一巳先生。

 新藤有香先生。


 幼馴染みだったという、ふたりの先生。

 思い返せばどう見ても、若くした感じの容姿。




「……え?」




 戸惑うメアちゃんに、引きつった笑みを返すことしかできない。

 どうやら、今回は――とんでもない厄介事に、巻き込まれてしまったみたいだ。





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