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そのよん

――4――




 ――深夜・関東特専上空。



 黒い翼をはためかせながら、男は星明かりに照らされた特専の敷地をじっと眺めていた。

 この場まで来たのは、純粋に“匂い”を追ってこれたからだ。自身を快楽の淵に落とした女性。彼女の“匂い”――吸血鬼という種族独特の、異性を追う力。


「さすが、人間共の拠点だ」


 彼はそう、手を翳す。

 すると刹那、幾何学模様が空に浮かび、消えた。


「触れると発動するトラップか」


 外敵の侵入を拒むだけではない。

 触れることによって発動。侵入を拒み、その上で守護する人間に伝わるシステム。吸血鬼の“爵位持ち”と呼ばれる悪魔である彼は、手を翳して微弱な妖力に反応させるだけで、それを読み取った。

 ――そう、本来なら、どんなに下位でも“爵位”を持つ悪魔に人間は手も足も出ない。モルホンド伯爵の部下であった彼の爵位は、“子爵”。伯爵の直ぐ下の爵位であり、それ相応に強力で有能な悪魔であった。


 快楽に目覚めた、あの日までは。


「妖力珠よ」


 彼がそう唱えると、腕輪に嵌められた銀の宝珠が鈍く輝く。

 “歪空わいくうの妖力珠”――空間を歪めるだけ、という、レア度は高いが使い勝手の悪い妖力珠。その使い勝手の悪さに関わる一番の理由は、“小さくしか歪められない”という一点にある。

 即ち、この妖力珠で起こした歪みでどこかに侵入しようとすれば、激痛が走るということだ。


「くっくっくっ……だが、オレの前では無意味」


 男が妖力珠に妖力を流し込む。

 すると、空が歪み、穴が開いた。そこへ、男は躊躇わずに身を乗り出す。


「うぎぎぎ、ガッ、グアアアアアアアァッ」


 叫び、悶え、苦しみ、出る。

 僅かな時間だが、身体を引き裂くような痛みだ。彼は解放され、自分の脚で立ち上がり――その痛みを振り返って、喜悦に笑う。


「くひ、ははははははっ、ひははははははははッ」


 楽しげに、愉しげに、男は笑う。

 その姿はもう、全て、特専の敷地内に侵入してしまっているようだ。これで、“匂い”の主の元へ行けば、最高の快楽が得られることだろう。

 だが、それではだめだ。それでは、足りないのだ。あの日見た女性は、魂に優しさを帯びていた。そんなことでは、足りないのだ。




「もうすぐあなたをドSに教育してさしあげられますね。くひひひはははははッ」




 深夜の特専。

 声を上げて笑う彼の様子に、けれど周囲は気がつかない。歪められた景色の中、男はただ、笑い声を上げ続けるのであった。
































――/――




 動き。

 演技。

 視線。

 誘導。

 魔法。



「ああ、良い感じだ。未知――ラピは、とにかく可愛いポーズに余念が無いからな」

「そうだね。ついでにそこのターン。少し落ち込んで見せるとよりリアルかな」


 最初は、魔法少女の動きの監修には、久遠店長に声を掛ける予定だった。

 けれど師匠が“それだけはやめてくれ”とおっしゃるので、急遽変更。


「エフェクトは☆マークが良いね」

「物理効果も併せ持つとなお良いぞ」


 こうして、わたしたちは魔法少女を良く知る人物――九條先生と鏡先生にお越しいただいて、こうして実技指導をさせて貰っていた。

 でも、さすが、ずぅっと身近で師匠を見てきた人たちだ、動きの指導一つにも余念が無い。


「これでフリフリなら完璧だったんだがな」

「さすがに、未知が許してはくれなかったからね」


 ……そう、今回のわたしたちの衣装は、なんだかんだで会議が紛糾し、やましさを感じさせない魔女っ子衣装、ということで落ち着いたのだ。おかげで、わたしたち女生徒の服装は、統一黒マント。

 なんだか吸血鬼っぽい配色だが、上から黒髪のツインテ女の子の幻術スキンを被せると、なんともこう、小悪魔っぽいかわいらしさがあって嬉しかった。はふぅ。


「でも、本当に手伝って貰っちゃって良かったの?」

「いい。これも契約の内」


 そう答えてくれたのは、一時的に特専の制服(白)に身を包んだメアちゃんだった。

 メアちゃんは、バレンタインを乗り越えるのなら運営側に立った方が楽、という意見と共に、こうして“仮入学”という形で一緒に参加してくれることになったのだ。

 これが中々ノリノリで、淡々と表情は変えないまま、くるっとターンしてポーズを決めたりしている。元が人形のような美少女だから、無表情でもすっごくかわいい。


「ありがとう、メアちゃん」

「かまわないわ」


 ほんわか微笑みかけると、すとんとふんわり頷いてくれる。

 その様子に九條先生と鏡先生は顔を引きつらせていたようだけれど、いったい二人はどうしたのだろうか?

 うーん、気にしない方が良いのかも。


「鈴理もメアも、上達してきたわね」

「えへへ、ファンだからね!」

「これくらいは、過不足無い」


 夢ちゃんに声を掛けられて、頷く。

 体育館型施設、第三実習室貸し切りの、放課後秘密特訓。みんなで瑠璃色のステッキに跨がって、イベントの要である“飛行訓練”の最中だ。

 風子ちゃんや静音ちゃんなんかはすんなり操縦して見せて、対象に、ルナちゃんやリュシーちゃん、六葉ちゃんなんかは手間取っている。難しいもんね……。


「うーん。よし、わたし、ちょっと飲み物買ってくるね」

「そう? んじゃ、端末購入ね。部費で落ちるから。私は離れらんないから、誰か荷物持ちに……」

「私が一緒に行くから問題は無いわ」

「あー。メアが一緒なら大丈夫ね。……レイル先生ー。鈴理、買い出しに行って貰いますねー!」


 夢ちゃんが指導中のレイル先生に声をかけると、レイル先生は親指を立てて頷いてくれた。

 ……ちなみに、師匠は今、席を外している。学園祭中のメアちゃんの取り扱いについて、一部の先生で職員会議をしているらしい。


「欲しい飲み物、聞いとく?」

「えへへ、だいたいわかるから、正解だったら褒めて?」

「よし、任せなさい!」


 だてに、みんなとずっと一緒にいたわけではない。

 それに、前回の学園祭や合同実践演習のおかげでSクラスのみんなの、合宿や遠征競技戦のおかげで生徒会のみんなの好みもなんとなく把握している。

 練習に熱心なみんなのテンションを潰したくもないし、ぜひ、任せて貰っちゃおうかな。


「じゃ、頼んだわよー」

「うんっ。……いこ、メアちゃん」

「ええ」


 頷くメアちゃんの手を引いて、第三実習室をあとにする。

 一番近い自販機まで、たったの六百メートル。さっさと行って、しっかり選んで持っていこう。


「鈴理」


 なんて、浮き足立っていると、ふと、メアちゃんに止められた。


「メアちゃん?」

「あれ」

「ええっと……えっ」


 指された先。

 校舎の影でうろつく、不審者。

 どう考えても怪しい状況に、手は自然と端末に伸びていた。怪しいことが確定したら、直ぐに通報しなきゃだね。


「悪魔ね。吸血伯爵子飼いの貴族かな。珍しいわね」

「有名なの?」

「魔界でも、変態として有名」


 そ、それはどうなんだろう。

 いやでも、だったら迷っている場合じゃない。直ぐに通報しよう。そう、端末を強く握りしめて。




「存外迷ったが、もうここで良いか。力の集まる気配もする……ひひひ、妖力珠よ、今こそ」

「そこまでよ」

「!?」




 男が腕輪に嵌められた銀色の腕輪を掲げると、直ぐに、メアちゃんがそれを止めた。

 もしかして、あれってけっこう危険なもの? 通報から、師匠へのメッセージに切り替える。この方が、ぜったいに早い。


 そう思っていたのは、もしかしたら、油断だったのかも知れないと、そう思う。


「悪いが、もう遅い!」

「ッ……捕まりなさい、鈴理」

「え? きゃっ」


 宝玉を中心に巻き起こる銀の嵐。

 男はそうそうに嵐の中に消え、わたしたちも身体を徐々に吸い込まれていく。


「あわわわわ」

「鈴理、可能な限り全力の防御結界で、己の身を守りなさい」

「う、うんっ【速攻術式セット平面結界フラットバリア速攻追加インクリース多重顕現(マルチ・タスク)展開イグニッション】!!」


 小さな平面結界フラットバリアを、鎧のように張り付ける技法。

 暦探偵事務所の、茅ちゃんの技から見て学んだ技術だ。


「吸い込まれるわ。手を離さないように」

「――うんっ」


 やがて、脚が浮かび上がり、銀の光に吸い込まれていく。

 そのあまりの激しい光の奔流に、うまく動くことも出来ず。




「っきゃぁぁぁぁぁあああぁぁッ」




 わたしたちは、銀の光の中へと吸い込まれているのであった――。





2017/10/14

誤字修正しました。

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