そのよん
――4――
跳ぶ、跳ぶ、跳ぶ。
跳んで、走って、走って、跳ぶ。
夜の帳が降りてきた街並みを、ビルの上から移動する。
「彰君、不自由な思いをさせてごめんね。もうすぐだから!」
「ぼ、ボクの方こそ……っ」
彰君を横抱きにしたまま、向かうのは大きな公園だ。
扉を破って追いかけてきたのは五人。私が一人倒したから本来は七人のはずだけれど……二人分、“力を分けた”のかな。
さっきまでは身体強化について来られなかったはずなのに、今は張り付くように追いかけてくる。なら、敵わないと思わせて、本体を引き摺り出すのが先決か。
時間稼ぎをして警察を待つのも手だけど……。
『おお、お』
『うぐぁああ』
うん……それでは、依り代が保たない。
「【術式開始・形態・地形展開陣・様式・厭人結界・付加・遠地指定発動・展開】」
眼前に見えた公園に、人が近づかなくなり、退去する結界を張る。
元々、夜にさしかかった公園は人もまばらだ。結界を張って直ぐに、無人の空間を作ることができた。
「着地するよ! 【速攻術式――」
「は、はい」
勢いよく地面に着地。
土煙と共に大きく滑り、威力を殺し。
「――捕縛・展開】!」
『うぐるぉぁッ!?』
『ぎぇアッ!?』
振り向き際に、飛びかかってきた二人を空中で纏めて捕縛。
彰君を降ろして、転がるように前へ飛び込む!
「【速攻術式・麻痺・展開】」
捕縛した二人に麻痺を与えて、行動を封じ。
「すぅ……はぁッ!」
『がうッ!?』
後続の三人のうち、一人が着地する間際に麻痺を加えた掌底をたたき込む。
二人は着地されてしまうが、構わない。操られているだけの人形よりも、私の戦術勘の方が、速い!!
「【速攻術式・影縫いの剣・展開】!」
二人の足下に、影縫いの魔法。
ぴたりと動きを止めた二人の間に、身体を横回転させながら割り込み、遠心力の反動で掌低を顎にたたき込む。
「せい!」
――ズ、ダダンッ!
『あぎっ!?』
『ぎゃぐっ!?』
麻痺。
同時に影縫いから解放。
二人の身体が傾いて、倒れる。
意識を封じただけではむしろ操りやすくさせてしまうだけだが、麻痺は別だ。
確実に身体の自由を奪うので、操られることすらなく倒れ伏す。
「す、すごい……これが、特専の、教員――!」
うん、ごめんね、彰君。
こんなに戦闘に手慣れた教員、実のところそんなにいないんだ……。
ま、まぁ、それはいいか。特専の株が上がるし、ね!
「彰君、怪我はない?」
「は、はい! すごいです、未知先生」
「えーと、うん、ありがとう。でも、まだ終わりじゃないんだ」
「え?」
そう、麻痺をさせて操れなくする。
それは無力化だけが目的では、ない。
『オォォオオォォオオオォ』
「ッ、あれは!?」
「憑依していた低級悪魔ね。抜け出して合体、というところ、かな」
合体中に狙うのが一番なのだが……こういった場合、合体しきるまでの間は“依り代”と何かしらの繋がりが残っている可能性がある。
素直に合体を待って、それから攻撃をしないとならない……ので、とりあえず、強化された身体を使って、倒れている浮浪者やチンピラの方々を、茂みに投げ込んでおく。
……うん、手荒なまねしてごめんなさい。急ぎだったんです。
『オオオオォォォォオォッ!!』
「中級悪魔ってところかな……【術式開始・形態・攻勢展開陣・追加・防御展開陣・様式・短縮・付加・時限:十分・起動】――彰君は、下がっていて」
「で、でも!」
「大丈夫。お姉さんに、任せて」
ウィンクを一つ残して、駆け出す。
泥のような形状だった悪魔は、その形をヘドロでできたゴーレムに変えていた。
悪魔は口を歪ませて咆吼すると、口から泥の固まりを吐き出す。
「【防御陣】!」
短縮して展開したバリアで泥を防ぎ、足首のステップで重心をずらさず側面へ。
「【切断】!」
悪魔の腕を切り落とし。
「【弾丸】」
悪魔の膝に穴を開け。
「【爆裂】!」
その頭部を、吹き飛ばす!
『――ッ!?!?!!』
傾く巨体。
だが、錯乱はしているが、倒れる気配はない。
倒しきれない、か。なんて丈夫!
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………すぅ――はぁ……」
息を整えて、悪魔を見据える。
こちらの方が消耗は激しい。警察が早く来てくれたら良いのだけれど……たぶん、遅れている理由は私が高速で場所を動きすぎたせいだろう。
ううむ……依り代が人間でなかったら、公園まで引っ張る必要なかったのになぁ。
仕方ない。
もうひと踏ん張り――
「危ない!!」
『オォオオオオオオオオオォオ!!』
――ッもう一体!?
わき出た場所は、吹き飛ばした泥があった場所。
核を潰さないと無限増殖するタイプ? それとも、依り代になにかあった?
彰君の声が無かったら危うかったほどに、気配が薄かった。なら、核を持つ個体以外は、使い捨て量産型か!
「【一点防御】!」
張った結界で、背後からの一体を防御。
「【切断】!」
振り向かずに、後方に斬撃。
「【半円結界】! ――っ」
一点防御が破られる。
合わせて結界展開。状況の立て直しを。
「【エクス――しまっ」
爆裂魔法を展開する直前。
足を掴む、泥の腕。
壊れる結界。
迫る、泥。
そして。
「ボクはもう――迷わない!」
光が、弾けた。
――/――
ボクは。
『大丈夫? 彰君』
ボクは。
『ふふ、楽しみにしてるね?』
ボクは――。
『歩くことを決意したのは、彰君自身だよ』
ボクは――何故、こんなところで燻っているのだろうか?
名家に生まれた。
古代から京の都を守護し、妖怪たちを狩り、技を磨いてきた退魔師の名家だ。
ボクの家はその中でも上位の家であり、幼い頃から血統のみ扱える特殊な技を磨いて、磨くことを強要されて生きてきた。
ボクよりもずっと優秀な姉さんは、ボクが物心の付く前に、“やりたいこと”を認めて貰えず出て行った。
だからスペアでしかなかったはずのボクは、やりたいことがなんなのかもわからずに生きて、楽しいことも嬉しいこともわからず生かされて、それがたまらなく嫌で……怖かった。
だから、逃げた。
みんなが教えてくれる“あの戦い”で、魔王の襲来で本来の当主たちはみんな、戦える身体ではなくなったり、亡くなられたりしたという。ボクの家も“そう”で、だからボクは十五才の誕生日を迎えると同時に、元服の儀式を行い、当主となる。
なにも知らないまま。ただ、姉さんの残した成績と比べられる劣等感と、自分の中身が空っぽだっていうことへの恐怖を抱えたまま、また、人形のように生きてボクみたいな人間を、人形を作らなければいけなくなる。
それが、たまらなく怖かった。
だから、逃げた。
元服前、東京で会合を行い、その帰りに抜け出した。
抜け出して、彷徨って、あの人たちに絡まれて――そして、出会った。
『大丈夫?』
年上の、綺麗なおねえさん。
未知さんは、何も聞かずにボクの背中を押してくれた。
二人で食事をして。
――今まで食べたどんな高級な料理よりも、美味しくて。
二人で観光に出かけて。
――今までみたどんな名所よりも、胸に響くような光景で。
二人で、遊園地へ、出かけて。
――今までに体験させられたどんな娯楽よりも、ずっとずっと、楽しくて。
生まれて初めて、満たされた。
なのに。
「【防御陣】!」
結界を張り、弾丸を放ち、光を振るう。
舞い踊るように戦う未知さんの額に浮かぶのは、きっと、焦燥の汗。
ボクの心を守るために、見ず知らずのボクのために遊びに連れ出してくれた未知さんが。
ボクの体を護るために、弱く役立たずなボクのために必死になって戦う未知さんが。
傷ついていくのを護れずに。
ただ見守ることしかできない自分で。
本当に、あの誓いを果たせるのか?
いつか必ず、未知さんの手を取れるような男になるという誓いが、守れるのか?
「【拘束術式解放】」
左腕の腕輪が輝くと、黒い表面が砕けて緑の水晶が露わになる。
本来ならば、未知さんのように特殊な職につき、特殊な申請をした人間でなければ、能力や魔導術を扱った瞬間に警告と通報が施される。それは、端末から一定時間離れていても同様だ。
けれど、“特殊な立ち位置”の人間に限り、自由に異能の力や魔導術を振るうことができる。
その証こそが、この腕輪。
使えば、もう、ボクはこの未来から逃げることはできなくなることだろう。
それでも構わない。それでも良いと、全てから逃げ出しはしないと覚悟をした今ならば、どんな未来とも戦ってみせるから。
だから。
「【発動――“光掌拳”】」
だから!
「ボクはもう――迷わない!」
貴女の手を取れる男になります。
ボクの未知さん!!
2017/04/02
誤字修正しました。




