そのに
――2――
忘れ物というのものは、けっこう重要だったりすることがある。
――覚えてないからきっとたいしたことじゃないよね、なんていうのは油断だよね。
忘れ物というのものは、だいたい忘れた頃にひょっこりとやってくる。
――そういえばそんなこともあったね、なんて思い出しもシナイ頃に出てくるのだ。
「どうしたの? ピンチ?」
「ううん! ピンチになんてならないよ?」
そう、わたしは問いかけに対して咄嗟に答える。
もしここでピンチなんていったら、なんだかんだで律儀な彼女のことだ。大惨事になるのは目に見えている。
「そう、なら、いい。もうすぐXデー。気は抜けないから」
「そ、そうだねー、あははー……はぁ」
「?」
床に広がってなお余る長い黒髪。
闇夜を照らすような、眩い黄金の目。
幼い体躯に空ろな瞳と表情の変わらない顔。
「バレンタインは私が護るから、あなたは安心していると良い」
「あ、あはは、ありがとう、メアちゃん。」
抑揚のない声で告げられて、わたしは苦笑と共に頷く。
ファリーメア・アンセ・エルドラド――かつて魔龍王と畏れられた七魔王の一柱は、わたしと交わした“バレンタインをわたしと協力して乗り越える”という契約と、時子さんと交わしたという“愛と正義のために力を使う”という二つの契約を元に、すっかり忘れていたわたしの元へやってきたのだ。
なんだか、計画を交わしたのに忘れていたことが申し訳ないです。はい。うぅ、罪悪感が。
「とりあえず、バレンタインが終わるまでは護るわ」
「うーん、でも、護って貰うような危険も早々ないよ?」
「それは、あなたの人生経験を振り返っても言えること?」
「……えーと、どうだろう」
即答できないっ。
うんうんと唸るわたしに、けれどメアちゃんは無表情のまま頷くだけだった。
相変わらず、感情が表面に出てこないから観察のしようが無い、っていうのもあるんだよね。メアちゃん。
「必ずしも過去の禍が繰り返されるとは限らない。けれど過去とは歩んできた道程であり、何度も遭遇することにはそれ相応の環境、関係、理由が存在するもの。即答できないのなら、やはり護衛はさせてもらう。契約とはそういうものよ」
「は、い。よろしくお願いします?」
うぅ、やっぱり話がちょっと難しい。
思わず頭を下げると、メアちゃんはこくりと頷き返してくれた。
「では、移動しよう」
「え?」
「ここで声を掛けたのは、悪かったわ。そう言っているの」
「それって――ぁ」
言われて、はっと思い出す。
わたしとメアちゃんがいるのは、食堂のど真ん中だ。そんなところでこんな、十二単を着た幼い少女とオハナシしているなんて、妖しいことのこの上ないことであろう。
「ええーと……お騒がせしましたー……っ!」
慌ててパンとミルクを購入。
わたしはメアちゃんの手を握ると、慌てて食堂から飛び出して、ゆっくりと話が出来るところに向かうことにした。
最初は。
そう、最初は、部室に行こうとしたんだ。でも、途中で刹那ちゃんに捕まって。
「笠宮鈴理、見つけた」
「あ、刹那ちゃん」
「会長から呼び出し。行くよ」
「ごめんね、今、この子が一緒で――」
「大丈夫。大した機密もない。あなたもいい?」
「構わないわ」
あれよあれよという間に同行になり。
まぁでも、ちょっと聞く限り学園祭のことについての話だ。夢ちゃんも呼び出されていることだろうから、夢ちゃんに任せてちょっと抜け出させて貰おう。
そんな風に楽観視していたのが悪かったのか、こういうときに限ってよく人と出会うものなようで。
「あ、見つけた。ほら、ルナ! 鈴理を見つけたよ」
「生徒会と一緒? 良かった、ちょうど良いわね、風子」
「そうだね。鈴理、生徒会に行くなら一緒に行くよ」
「Sクラス? そういえば、生徒会呼び出し一覧にあった。後回しにしても面倒だから同行を許可する」
「えっと、こんにちわ、ルナちゃん、風子ちゃん。ところでわたしは今、この子と……」
「こんにちは。私はルナミネージュ・イクセンリュート。こちらは如月風子よ。よろしく」
「ええ、よろしく。気軽にメアと呼べば良い」
途中で逢った風子ちゃんとルナちゃん。Sクラスの二人と一緒になって、なんだか両脇を固められて。
いやこれもう、逃げられないのかも。いやいやでも、メアちゃんと一緒に行くのもそれはそれでまずいよね。ひやひやしながら機会を窺っていたのだけれど、それはそれで手遅れだったらしい。
「あ、刹那。笠宮さんは捕まったんだね」
「六葉ちゃん……」
「大所帯だね。碓氷さんは見当たらなかったから、管狐に伝言を持たせたよ。生徒会室で合流すれば良いと思う」
「さすが六葉。ということで全員、生徒会室へ移動するよ」
「だからね、あの、刹那ちゃん?」
「大丈夫、その子のことは六葉に頼む」
「わかった。同行の旨、会長に管狐で連絡しておくね。行ってきて、コン太」
『キュウ!』
もはや、こう、口を挟める余地もなく。
なんだかんだという間に手を引かれて連行。わたしもメアちゃんも、最早抜け出すと言える感じではなくなっていた。
そう、渇いた笑みしか出てこなくなる中、足取りはまっすぐ生徒会室へ。刹那ちゃんがノックをすると、中から顔を覗かせた管狐がするりと六葉ちゃんの手元へ収まる。六葉ちゃんが頷く様子を見るに、ちゃんと許可が下りたということなのだろう。
「失礼します」
「ええ、どうぞ。報告のとおり、随分大所帯ね。椅子は用意しておいたから、座って」
そう凛さんに言われて頷くと、わたしたちは各々会議用の大きな机の周辺に座った。既に席に着いていたのは、生徒会役員である焔原君と副会長。他に、追いかけて先回りしていたのであろう夢ちゃんと、静音ちゃんだった。
フィーちゃんとリュシーちゃんがいないということは、部室で待機かな? たまたま、夢ちゃんに静音ちゃんが合流したのかも。
夢ちゃんは、わたしに気がついてひらひらと手を振り、わたしの隣のメアちゃんを見てぎょっと目を瞠った。直ぐに首を傾げる静音ちゃんにメアちゃんを指さして見せて、静音ちゃんもぎょっと目を瞠った。さりげなく、ゼノの腕輪を握りしめてもいる。
そうだよね、そうなるよね……。
「それで、鈴理さん。その子はあなたの親戚の子?」
「いえ、その、友達です」
「そう? まぁ良いわ。……私は四階堂凛。あなたは?」
「ファリーメア。よろしく」
「ええ、よろしくね。一応、ここで見聞きしたことは外部に漏らさないで欲しいのだけれど、約束できる?」
「ええ」
この程度なら契約書を持ち出さないのか、それとも空気を読んで出さないのか。
メアちゃんはそう、凛さんの言葉にこくりと頷いた。淡々とした肯定は、なんだか動揺やごまかしが含まれていない分誠実そうに見える。すごい。
「さて、まずはSクラスの話から先に聞かせて貰うけれど、こちらは単刀直入に……まだ、上がらない?」
「そうですねぇ」
代表して答えたのは、風子ちゃんだ。
苦笑して、それから緩やかに首を振る。
「まだ、うちのクラスの出し物は決まっていません」
「そう……一応、Sクラスの出し物は他校も注目するものだから、ある程度は優先される。けれど、施設利用許可証なんかは決定済みの出し物から覆すことはできないから、なるべく早めにね」
「はい」
なるほど、まだ出し物が決まってなかったんだ。
場合によっては相談しよう、ということでの呼び出しだったんだろうなぁ。期限、ギリギリだし。
「それで、碓氷さん。あなたのところの企画だけれど……発想はとても面白いと思うのだけれど、学校全体を使うとなると難しいわね。校舎全域使用のイベントは、生徒会の特例イベント以外はこれまで認められていなかったから」
「なるほど、あー、わかりました。体育館とかはどうでしょう?」
「時間の枠、という制限付きなら可能ね」
「うーん、わかりました。考えておきます」
そっかぁ。
時間制限付き、というのもなんだか味気ない。なら、やっぱり方針そのものを変えた方が良いのかな?
「鈴理」
「なに? メアちゃん」
「協力、という手はないの?」
「協力? 協力って……ぁ」
協力、そっか、そういうことか。
一度だけ深呼吸をして、挙手をする。すると、凛さんは首を傾げながらも発言を許してくれた。
「あの、もし、生徒会とSクラスと夢ちゃんがよろしければ、なんですけれど……」
周囲を見回す。
みんな、耳を寄せて興味深そう。
これなら、もしかして。
「魔法少女団の出し物、生徒会と二年Sクラスと、三グループ合同開催、なんてどうでしょうかっ」
告げると、しんと、静まりかえる生徒会室。
あれ、これってもしかして、やってしまったかな?
そう、不安に思うのもつかの間。最初に、凛さんが動き出す。
「慧司、どう?」
「今からでも充分に間に合う。みんなも良いか?」
『はい』
それから、次いで、風子ちゃんたちが。
「もううちは決まればなんでも良いから」
「その上、あなたたちと一緒なら、私も楽しみよ」
ルナちゃんもそう言って、笑って頷いてくれて。
「端末で確認をとったわ。未知先生はまだだけど、レイル先生が監督権限で許可を出してくれたみたいね。リュシーとフィーは“むしろ賑やかで嬉しい”だってさ」
「も、もちろん、私と夢も、さ、賛成だよ」
そう言ってくれて、思わず笑顔が浮かぶ。
「良かった……ありがと、メアちゃん」
「いい。気にしないで。でも、お礼は受け取っておく」
「えへへ、うんっ」
なんだか流れに乗ったまま、どこへいくものかと不安になったのだけれど――どうやら今回の炎獅子祭、前回よりももっと、楽しくなりそうかも。




