そのいち
――1――
二月が近づくと、毎年、特専はとても騒がしくなる。
それは当然、わたしたちも同じことだ。しかも、今年からはクラスの出し物ではなく、部活の出し物として模擬店を運営することになる。これが、楽しみじゃないはずないよね。
ということで、我が魔法少女団は、放課後に集まって作戦会議に乗り出していた。
「さて、それじゃあ出し物を決めていくわよ。最初は挙手で」
そう告げるのは、杏香先輩が引退して、引き継いで部長になった夢ちゃんだ。
夢ちゃんはそう、ホワイトボードの前に立ってわたしたちに告げる。
「え、ええーと、喫茶店なんかは? ま、魔法少女風のエプロンとかで」
そう、最初におずおずと手を挙げたのは、静音ちゃんだ。
前よりもずっと自分の意見を言ってくれるようになった彼女は、夢ちゃんにそう提案をしてくれる。
「喫茶店か、良いわね。場合によっては未知先生の手作り……いや、なんでもないわ。他は?」
「前回、シズネのクラスでやっていた演奏会のような出し物も、おもしろいのではないかな?」
「映像系ね。せっかくの魔法少女団だし、実録魔法少女! みたいなのも良いかもね」
「実録したらミチが泣いてしまうよ、ユメ……」
リュシーちゃんはそう、苦笑しながら夢ちゃんにツッコミを入れる。
なんだかより“王子様”っぽさが増してきたリュシーちゃんは、それだけでけっこう人目を引く。下級生の女の子がリュシーちゃん目当てで見に来て、魔法衣装所が実録されていたら、確かに師匠はショックかも。
かっこういいと思うんだけどなぁ、あの衣装。どうも賛同を得られないのは不思議でならない。
「ふむ。では、写真展などはどうだろうか? 異能や魔導を使って、部活の趣旨にあった魔法少女に関わるような写真を造り、展示する」
「なるほどねぇ。フィーの意見も面白いわね」
フィーちゃんはそう、紅茶の紙パックを飲みながらそう告げる。
写真かー。確かに面白そう。でも去年、杏香先輩がクラスで魔法少女系の展示をしてたって言うからなぁ。被ったら、それはそれで心配かも。
「鈴理、あんたは?」
「ふぇ……ええーと、そうだなぁ」
夢ちゃんに振られてうぅんと唸る。
魔法少女、異能、魔導、併せてできることってなんだろう?
「間違い探しとかどうかな? 魔法少女の人形を異能や魔導で作って動かして、本物の魔法少女を当てるっていうのは?」
「良いわね。でも、このメンバーだと、全員が活躍できないんじゃない?」
「あぅ、そっか……」
「で、でも、良いと思うよ。ど、どうにかアレンジできないかな?」
うーん、と、みんなでホワイトボードを眺めて唸る。
夢ちゃんがボードに書いてくれた選択肢。喫茶店、映像系、写真展、間違い探し。そのどれも含めた内容とか……というか。
「夢ちゃんはなにかないの?」
「私? 鬼ごっことか、どうかなぁって考えていたわ。人形を動かして、捕まえさせるの」
「なるほど……って、夢ちゃん、それだよ!」
「それって?」
喫茶店……というか、魔法少女風の衣装。
写真や映像を用いたトリック。
間違い探しをしながら“鬼ごっこ”をする。
「つまり、魔法少女に扮装したわたしたちが、学校中を逃げ回るの。で、目印のついた本物を見つけたひとには、景品を渡す! って、どうかな?」
「い、いいかも。ほ、本物役は無理だけど、に、偽物なら!」
「なるほど、それなら全員が活躍できるね、スズリ」
「ふむ。そうならば、父に願い出て山羊を借りてこよう」
山羊ってあれだよね? 稲妻を纏うような、こう、神話に出てきた。
う、うーん、それはどうなんだろう? 怒られそうかも。
「じゃ、その方針で纏めて、許可を申請しに行ってみようか?」
「生徒会室だよね? わたしも行くよ!」
「じゃ、じゃあ、夢と鈴理に任せるね?」
「私たちは留守番をしているよ」
「レイル先生と未知先生に、事情を話さねばならんしな。戻ってきたら伝えておこう」
ということで。
夢ちゃんがちゃっちゃと資料を纏めてくれたので、わたしたちは一路生徒会室へ。
年明け前に会ったきりだけど、凛さんたちは元気かなぁ、なんて、思ったり。
「よし、行くわよ、鈴理」
「あ、うん、夢ちゃん!」
出来たての企画書。
差し出された、夢ちゃんの手。
掴んで椅子から立つと、隣に並んで出発する。
「今年は、去年よりも穏やかに終わると良いなぁ」
「あー。去年のバレンタインイベント、すごかったものねぇ」
「しかも、水面下では悪魔とか、そういうのもあったんだよね?」
「みたいね。碓氷の情報網は、バッチリ経緯を把握していたわ」
さすがに魔法少女への変身シーンとか、結末までは記録できなかったのだとか。
それでも正直、水面下に隠された事件を丸裸にできるって、それだけでとてつもないことだと思うんだけどなぁ。どうも、碓氷の忍たちは、結果も把握しきれなかったことを悔やんでるのだとか。
「今回のバレンタインイベントも、結局はまだ掴めていないのよ」
「あちゃー。変なことにならないと良いね」
そういえば。
バレンタイン、イベント、そうきたら、なにか一つ思い出す必要のあることはあったと思う。
けれど。
「うーん?」
「鈴理?」
「まぁ、いけばわかるよね」
「それも間違いないわね」
悪魔も天使も犯罪者も、今回ばかりは放っておいて欲しい。
そう、握り返した手に願いながら、生徒会に祈った。
なんて。
生徒会室に入って直ぐ、端っこの椅子に案内される。どうやら今の生徒会には、悪魔の一人も入り込める隙はないようだ。
「野球部から入電。新しい施設利用についてです」
「その件なら終わったはずよ。刹那、そのまま交渉。しつこいと予算削っても良いわ」
「会長、クラス内で喧嘩です。生徒が生徒会を呼べ、と」
「却下。心を向かわせなさい。荒事に便乗する活動は面倒よ」
「部長、魔導スケートの連中が、庭木を切り倒したそうですが?」
「慧司と一緒に解決に向かいなさい。喧嘩はあとで向かえば良いわ」
ひっきりなしに舞い込む案件。
来年からは次の生徒会が炎獅子祭を取り仕切る。今年で最後と言うこともあり、張り切り方もすごかった。
「ふぅ……待たせてごめんなさい。企画書?」
「はい! お疲れ様です、凛さん。みなさんも」
「気にしないで。……さて、企画書は預かっておくわ。明日には議論の結果を出して教えに行くから、そのつもりで居て」
「はいっ。ありがとうございます!」
「ありがとうございます、会長」
誰か、魔法少女団の部室に人を寄越してくれるということだろう。
それはそれで申し訳ない気もするけれど、うん、とても助かります。
「引き留めて悪かったわね」
「性悪の碓氷が嫌になったら、いつでも生徒会に来ると良い」
「いやいやいや、影都刹那! 引き抜かせないわよ?」
「やはり、碓氷は性悪」
和やかに締めるわたしや凛さん。
一方でにらみ合いを続ける二人。
そんな二人の様子に、わたしと凛さんは、目を合わせて苦笑する。
「ほら、刹那。そこまでにしておきなさい」
「もう。行くよ? 夢ちゃん」
「うぬぬ、承知です会長」
「あはは、鈴理、ごめんって」
ただでさえお忙しいのに、これ以上は引き留められない。
わたしは慌てて手を取って、夢ちゃんと一緒に生徒会室をあとにする。
企画書、とおると良いなぁなんて、思いつつ、わたしは夢ちゃんの手を引いて部室を目指した。
(ところで、なにか忘れているような気がするのだけれど、うーん?)
なんて、心にほんの僅かなひっかかりを、覚えながら。




